テスト五日目と六日目
翌日、フィールドに古賀さんが現れると、新しいフィールドに行くぞと引きずられた。
そういえば、特殊フィールドがどうとかと言ってたな。
「ここは、ポイントで入れるようになる特殊フィールドだ」
連れてこられたフィールドは、サバンナだった。
テレビとかで見たことのある動物が、うじゃうじゃいる。
「ここの動物たちは反撃どころか、襲ってくるから気をつけろよ」
襲ってくるだと!!
なんという恐ろしい場所に連れてきたんだ!!
襲ってくると聞いては、迂闊に歩き回れない。
古賀さんの背中に隠れるようにして、古賀さんのあとをついていく。
「おい、そんなんじゃ、楽しめないだろ?」
グイッと引っ張れて、前に出される。
ここがVRだということを忘れてしまいそうな光景に、しばらく固まったままだった。
キリンが優雅に木の葉を食み、その近くではバッファローが群れで歩いている。
ツチブタの親子が餌を探していて、ガゼルとシマウマもいる。
「ここら辺なら歩いても大丈夫だから、行くぞ」
見える範囲にいるのが、草食動物ばかりだからか、古賀さんは動物を説明してくれながらのんびり歩いている。
サバンナのフィールドには大きな鳥もいて、ツルの仲間らしい。
聞いたことのない動物もいた。
ウォーターバックにハーテビースト。
どちらもウシの仲間で、変わった角を持っている。
「このゲームの一番の目玉なんだぜ、このフィールドは」
元々、他のフィールドもかなり作り込んであったが、それ以上に力を入れているのがよくわかる。
「なんといっても、現実じゃあ触れない動物ばかりだからな。しっかりと世話をして、ご褒美を与えたりすれば、ライオンだって懐くぞ!」
いや、それは遠慮したい。
ちゃんと懐かなければ、パクッといかれちゃう!
サバンナフィールドでは、特に動物を捕まえることはなく、ただおしゃべりをしながら動物を眺めるだけだった。
今の装備で捕まえろっていう方が無理な話だけどな。
「そういえば、古賀さんはなんでこのゲームを作ろうと思ったんですか?」
古賀さんが作るゲームといえば、男性向けのアクションゲームのイメージが強い。
こういった、ほのぼの系の箱庭ゲームは初めてじゃないかな?
「あぁ。俺の弟が、アレルギーで動物全般が駄目なんだよ。触れないからこそ、憧れも強くてな。VRの技術が進んで、感触が再現できるようになったら、弟でも楽しめるゲームを作ろうって思ってたんだ」
「なんか、意外です」
「まぁ、この歳になれば、こっぱずかしくて言えないけどな」
照れているのか、どこか気まずそうな顔する古賀さんだが、優しい一面を垣間見れてなんだかほっこりする。
「そろそろ行くか。草原のレア動物の出現率を上げたから、捕まえられるかもしれないぞ?」
やっぱり今日も捕まえないといけないのか…。
というか、いい加減この職権濫用をどうにかさせた方がいいんじゃないのか?
サバンナに風が吹いた。
その瞬間、周りの空気が変わった気がした。
どこか緊張をはらんだような、そんな感じがする。
しかし、動物たちの様子に変化はない。
時折、頭を上げて周囲を気にする動物がいるが、耳をピクピクと動かしたあと、再び草を食べる。
「古賀さん」
「ん?どうした?」
プログラムに気配があるわけではない。
しかし、長年の経験から、敵に見つかっているのがわかる。
「そのまま、動かないでください」
「何があったんだ?」
古賀さんが私の側に動こうとしたとき、近くの草むらから何かが飛び出してきた。
奇襲に遠慮は無用!
一撃目で怯ませて、二撃目でとどめを刺す!
これまで、幾度となく繰り返してきた動作だ。
VRの中だからこそ、理想的なタイミングで決まる。
重心を落とし、思いっきり拳を叩き込む一撃目。
敵はグルルルと声を出して、地面に倒れ込む。
そして、頭目掛けて、ナイフを突き刺す!
頭の中では握られていたナイフも、実際にはそんな装備はなく、頭をぶん殴られた敵を意識を失ったようだ。
「すげぇな、おい」
古賀さんの驚いた声で我に返り、敵だったものを見る。
ネコ科の猛獣であるのは確かだが、ヒョウなのかチーターなのか、私にはわからなかった。
「ヒョウか。そこまで襲ってくるようには設定してなかったはずなんだが」
気を失ったヒョウを、心配そうに見つめる古賀さん。
「まぁ、レア現象に当たるなんて、ラッキーだったな」
「アンラッキーですよ!」
もし、攻撃が当たらなかったら、食われていたかもしれないのに!!
「まぁまぁ。今なら触り放題だぞ」
そう言って、ニヤけた顔をしてヒョウを触りまくる。
いや、起きたら食われるで。
「私はいいです」
「そう言わずに。サバンナの動物は、特にこだわったから、触り心地は抜群だぞ」
いつもの如く、無理矢理触らせられた。
そして、めちゃくちゃ驚いた。
ウサギやマーモットとは違う、肌に吸いつくような毛並み。
毛が短いので、ヒョウ自体の体温も感じられるし、するっと指が滑る撫で心地が止められない。
「な、気持ちいいだろ?」
触る場所によって、感触が違うのもまた凄い。
特に首周りの毛は、ファーよりもふわふわで、お腹付近はもっとふわふわしている。
尻尾はしっかりとした重量感みたいなのがあって、もこもこしている。
目をつぶっているとあどけなさもあって、本当にネコみたいだ。
「捕まえたくなったか?」
「…捕まえられるんですか?」
「起きる前に檻に入れればいい」
…この大きさを担げと?
起きたら食われる!
「無理です」
「大丈夫だって。手伝ってやるから」
結局、ヒョウをズルズル引きずって、檻の中に入れた。
しかし、ヒョウを飼育小屋で飼えるのだろうか?
「あの飼育小屋だと、逃げたりしませんか?」
「脱走はまだ装備されてないから大丈夫」
まだってことは、いずれ装備されるのか。
それとも、イベントみたいな感じになるのかな?
動物が逃げました。捕獲しなおしましょうってな感じで。
「それより、黒崎さんって何かやってる?ただ者じゃないよね?」
「あ、格闘技を…」
「格闘技!?なんでまた」
普通は驚くよね。
空手とか柔道ではなく、格闘技だもんね。
女子が習うようなものではないかもしれないが、意外にも習っている人は多い。
エクササイズ感覚の人がほとんどだけど。
「その…」
ここで、シューティングゲームをクリアするためですとか言っちゃっていいものだろうか?
でも、嘘をついてバレたときが気まずい。
「ゾンビドームをクリアするために…」
私がどハマりして、格闘技を習うきっかけにもなったゲーム。
近未来の世界で、ドームシティの中でバイオハザードが発生し、ゾンビまみれになる。
ゾンビを倒しながら、ドームから脱出するというのがメインなのだが、そのゾンビがやたらと強いのだ。
基本、飛び道具は使わないが、ナイフやバッドなどを持っていて、ステージが上がるごとに頭もよくなってくる。
物陰に潜んで背後から襲うなんてこともしてくるので、何度ゲームオーバーになったか。
「はぁ!?」
うん。ゲームのためにそこまでするのはおかしいってよく言われる。
でも、自分自信のスキルを上げないと、クリアできなかったし!
「シューティングゲームが好きで、ゾンビドームはどうしてもクリアしたかったので…」
「いや、そこまでしてくれるっていうのは、作った側としては嬉しいよ」
そう、ゾンビドームのプロデューサーも古賀さんだ。
というか、私が古賀さんを認識したのも、ゾンビドームでだった。
「そっか。シューティングの方が好きか…」
古賀さんはどこか困ったような、途方に暮れたような表情で遠くを見ていた。
これは、どん引きされたのか?
♦︎♦︎♦︎
あぁぁ。行きたくない!
絶対、古賀さんに引かれた!
ヒョウを素手て倒す女子高生とか、私でも引くわ!
「お姉ちゃん!時間だよ!!」
一向に部屋から出てこない私を、妹が起こしに来た。
「具合悪いから、そっとしておいて」
「何言ってんの!休んだら特典がもらえないじゃん!!」
鬼め!
少しは姉を労わろうという気持ちはないのか!!
「そんなに欲しいなら、留年すればいいじゃん」
「そんなことしたら、お母さんに殺される!」
あー、そうかも。
というか、確実にゲームは没収されるわ。
「私は死ぬ気で勉強するから、お姉ちゃんも死ぬ気でやって!」
なぜ私まで死ぬ気を出さなければいけないのか?
そう疑問に思いながらも、妹は半泣き状態ですがってくるので、渋々ファムゲーの本社に向かうことにした。
なるべく、古賀さんに会いませんようにと祈りながら。
しかし、私の祈りが届けられることはなく、今日も古賀さんはいた。
「今日は、昨日できなかったレア動物を捕まえるぞ!」
何事もなかったように、いつも通りの古賀さん。
大人なので、気を使ってくれているのだろう。
私も普段通りにしなければ!
「レア動物ってなんですか?」
「それは遭遇してからのお楽しみだ」
素直に教えてくれるわけがなかった。
古賀さんはそういう人だ。
草原をひたすら歩き回るが、遭遇するのはウサギとマーモットばかり。
ときたま、ワシが飛んでいたりするが、ワシは草原フィールドでは捕獲できないらしい。
「いたぞ、あれだ」
古賀さんが指差す方向に、動物のマーカーがあった。
『ヒツジ
群れをなす習性があり、食欲も旺盛。飼育する場合は、多頭飼いがよい』
「ヒツジですか?」
「あれは、ただのヒツジではないぞ。カラクールという、高級毛皮としても有名なヒツジだ」
そういった毛皮の良し悪しはわからないが、普通のヒツジではないことはわかった。
だって、毛が黒い。
顔も黒いから、ヒツジと言われなければわからない。
「ヒツジは耳がいいからな。そっと近づいて、吹き矢で眠らせよう」
古賀さんの言う通りに、吹き矢を握りしめ、気配を殺してヒツジに近づく。
群れをなすと書いてあったが、レア動物なためか、いるのは一匹だけ。
これなら、気づかれなければやれる!
自分の射程距離もちゃんと把握しているし、あと少し近づければ…。
ガザッと音がして、ヒツジが頭を上げる。
そして、何かを察知したのか、走って逃げていった。
「あーあ、逃げたか」
「もう!古賀さんが音を立てるからですよ!」
「わりぃ」
悪いと言いながらも、悪びれた様子のなさに、睨み返しておく。
そして、再び草原をさまよい歩き、ヒツジとの遭遇を待つ。
ようやく見つけて、次こそはと、古賀さんに動かないようお願いして、ヒツジに近づいていく。
フッと勢いよく吹き矢を吹いて、麻酔針が刺さったことを確認した。
しばらく待つと、ヒツジがドサッと音を立てて倒れ込む。
「さすがだな」
上達した吹き矢を褒めているのか、頭をポンポンされた。
これは完全に子供扱いされている。
私よりも先に、古賀さんがヒツジに触った。
これこれ〜とか言いながら、もの凄くだらしのない顔になっている。
ヒツジといえば、もこもこした毛並みを想像するが、このヒツジは違うのだろうか?
恐る恐る、自分から手を伸ばすと、古賀さんが嬉しそうにしていて、なんだかいたたまれなくなる。
そっと触れた指先は、想像以上のもこもこを伝えてきた。
ゆるふわパーマのようにカールしている毛は、しっとりなめらか。
思い切って手のひらを埋めると、めちゃくちゃ温かい。
冬のコタツのような、安心する温かさだ。
これが、高級毛皮!
これで作ったコートとか、めっちゃ温かそう!!
「癖になるだろう?」
確かに!
ヒョウも凄かったけど、この毛並みは止められないんじゃなくて、離れられない!
「頑張って、こいつの仲間も捕まえてやろうぜ」
残りの時間をすべて使って、ヒツジを捕まえた。
それでも、三匹だけだったが、いないよりは寂しくないだろう。
「少しは、動物を好きになれそうか?」
「はい!」
「なら、よかった。明日はテスターの動物園を公開するからな」
えっ!
それはちょっとマズいかもしれない。
「じゃあ、ヒョウとヒツジは展示しない方がいいですよね」
「そうだな。ヒョウはまずい。ヒツジは一匹だけなら大丈夫だと思う。すでに捕獲しているテスターもいるしな」
じゃあ、今のうちに設定をしておこう。
あ、でも小屋ごとだから、ヒツジを一匹にしないといけないのか。
それは可哀想だから、ヒツジは明日にしよう。
「…やっぱり可愛いな」
「ん?どうかしましたか?」
「いや、なんでもない」
様子のおかしい古賀さんだが、大丈夫だろうか?
そういえば、ヒョウを馴れさせるのってどうしたらいいんだろう?
ヒョウもまた触ってみたいな。
♦︎♦︎♦︎
テスト六日目。
古賀さんが言っていた通り、今まで捕まえた動物を見せ合うらしい。
つまり、他のプレイヤーの動物園に行くことができるってことだ。
グリーンチームだけに限られているようだけど、岩場の次のフィールドを出している人もいた。
ウサギ、マーモット、タヌキはみんな捕まえていて、リスやフクロウなんかもいた。
爬虫類はスルーして、新しいフィールドの渓谷の動物を見にいく。
渓谷フィールドでは、一気に動物の数が増えるみたいで、キツネ、アライグマ、シカ、ムササビなど、覚えられないほどだ。
グリーンチームで一番捕まえた人は、30種類68匹って言っていたから、凄いと思う。
そんなにいっぱい小屋に入るのかと思ったら、自動的にアップグレードされたらしい。
本来ならポイントを使ってアップグレードなのだが、このテストではポイントが貯まらないので自動にしてあるらしい。
しかも、ふれあい広場まで設置してあった。
そこには、たくさんのテスターたちが集まっていて、動物の感想を言い合っている。
中には、白熱した議論をしているグループもあって、ちょっと怖い。
さすがに、あの中には入れそうにない。
「あ、ヒツジを展示していた人だよね?」
アバターにプレイヤーネームが表示されるので、それでわかったのだろう。
「あ、はい」
「どうやって捕まえたの?遭遇しやすいポイントとかある?」
「えっと、ずっと草原を歩き回ってたらいたので、ポイントはわからないです。吹き矢で眠らせて捕まえましたけど…」
なんか勢いに飲まれて、しどろもどろになってしまう。
その人は、やっぱりそうかとか、吹き矢でもいけるのかとか、一人でブツブツ言っていた。
やっぱり怖い!!
「じゃあ、私はこれで」
急いで逃げて、別のテスターの動物園に飛ぶ。
そこにはヒツジがいて、ヒツジの前でテスターたちが談義している。
ここも危ないな。
人気の少ない動物園を探し、ほっと一息つく。
早く終わらないかな?
見るのは飽きてきたので、自分のホームに戻り、展示していないヒョウと残りのヒツジを眺める。
あ、ヒョウの馴らし方聞くの忘れてた。
やっぱり、一人だとつまらないな。
結局、今日は古賀さんに会うことなく終わってしまった。
明日で最後なのに。
ジャンルをVRゲームから、現代恋愛に変更させていただきましたm(_ _)m