テスト四日目
今日も今日とて、私の隣りに古賀さんがいる不思議。
プロデューサーって、そんなに暇なんだろうか?
ちなみに、今のところの成果は、ウサギとマーモットが二匹ずつ。
ホームである動物園で、それぞれご飯タイム中だ。
動物園の画面では、飼育小屋の「清掃」と「餌やり」をすることができる。
とは言っても、選択すると自動的に行われるので、プレイヤーがすることはない。
「よし、今日の目標は、岩場フィールドの解放と、新しい捕獲道具のゲットだな」
古賀さんは凄くやる気満々だ。
しかし、岩場フィールドということは、爬虫類系がいるってことだ。
どうしよう、でっかいヘビとか出てきたら。
「ほら、行くぞ!あと一匹捕まえれば、フィールドは解放される」
昨日でおなじみとなった感じのある、古賀さんに引きづられながら、森のフィールドを移動する。
「タヌキを狙おうぜ」
そう言うと、あちらこちらを調べだした。
箱罠を設置する場所を探しているらしい。
草原と森は、初心者用のフィールドなので、本来なら虫捕り網で捕獲が可能なんだと。
ただ、私には心の準備が必要になるので、箱罠を勧められた。
なんとか無事にタヌキを捕まえられて、ここでも強制的に触らされた。
しかし、このタヌキが人懐っこくて、果物をあげたらもっとちょうだいと自らすり寄ってきた。
古賀さんが言うには、動物は二十パターンくらいの性格があるそうで、この子は人懐っこい食いしん坊なんだろうって。
タヌキを捕まえたことで、岩場のフィールドが解放された。
そして、新しい捕獲道具が「吹き矢(麻酔)」という、これまた使えないものだった。
最終的には麻酔銃まで進化するそうだ。
そして、合成で作れる罠の種類も増える。
箱罠がグレードアップしたり、落とし穴だったり、お酒というのもあるらしい。
このゲームがおかしく感じるのは気のせいかな?
吹き矢の練習も兼ねて、岩場フィールドに移動することになった。
これまた、古賀さんに引きずられているが気にしない。
吹き矢で眠った動物は、一定時間内に捕獲しなければ、目を覚まして逃げてしまうらしい。
絶対に触りたくない爬虫類は、捕獲しない方向でお願いした。
岩場となっているが、所々に木や草が生えている。
生息している動物が、アナグマやイタチ、ヤマネ。ヘビ、トカゲ、ヤモリといった爬虫類に、フクロウ、カケス、ヨタカといった鳥類も捕獲可能らしい。
しかし、メインが爬虫類なので、爬虫類だけで八種類もこの岩場フィールドで捕獲できるんだとか。
そんなにいっぱいいなくていいのに。
草原や森と違い、動物が多い。
少し歩いただけで、すぐにマーカーが出てくる。
爬虫類ばっかりなので、スルーしたいのだが、古賀さんが許してくれなかった。
遭遇する動物を全部、吹き矢で眠らせるという、過酷な作業の始まりだ。
『ヘビ(アオダイショウ)
様々な環境に適応性の高いヘビ。基本は木の上で生活するが、町などにも出現する。
昼行性で、人を怖がることはない』
舌をチロチロ出して、トグロ巻いてた。
そのトグロに向かって吹き矢を吹いて、おねんねしてもらった。
『ヤモリ(トッケイヤモリ)
ヤモリの中でも大型種。
気性が荒く、協調性も持たないため、人に馴れることはない。単独飼育がよい』
30センチはあろうかという大きさで、赤い点々がめちゃくちゃ気持ち悪い。
というか、トカゲとの違いがわからない。
『トカゲ(フトアゴヒゲトカゲ)
様々な場所に生息しているが、オーストラリア固有種。
昼行性で、昆虫や野菜を食べる雑食性。
性格は穏やかなものが多いが、繁殖期には荒くなることもあるので、雄は単独で飼うのがよい』
なんか、全身厳つくて、どこを狙えばいいのかわからん。
もう、爬虫類やだ!
吹き矢の扱いにも慣れてきたので、爬虫類じゃない動物がいるポイントに移動することにした。
爬虫類だけは、好きになれそうにない。
少しだけ木が生えているところに来てみた。
イタチやヤマネといった小動物を狙うらしい。
「熱帯雨林のフィールドに行けば、爬虫類や両生類がいっぱいいるぞ」
絶対に行かない!
熱帯雨林のフィールドは、もっと上級者向けらしい。
なんでも、毒を持つ動物もいるから、毒消しのアイテムが必要なんだとか。
私は行かないので大丈夫。
まぁ、妹には教えておいてやるか。
爬虫類と離れて、どこか油断していたのかもしれない。
「ひぃっ!!」
突然のことすぎて、悲鳴にならない悲鳴が出た。
頭の上に何かが落ちてきて、スススッと移動すると首元から服の中に入ってくる。
「やだやだ!何これっ!!」
「おい、どうした!?」
「なんかいる!取って取って!!」
服を着ている感覚はないのに、何かが肌の上を這っている感覚はある。
悪寒にも似たものが、ぞわぞわっと湧き上がり、鳥肌が立つ。
「落ち着けって!」
「無理だし!」
こんな状況で落ち着ける人なんているものか!
服を脱いでしまった方が早い!
そう思いついて、シャツを下からめくり上げようとした。
「それ以上は勘弁してくれ!」
古賀さんの慌てた声が聞こえたが、私はそれどころではないのだ。
脱ごうとして、腕を胸くらいまで上げると、その腕をがっしりと掴まれた。
うぐぐぐ、動かない!
「そのままじっとしてろ」
首元から入ってきた何かは、胸から脇腹の方へ行き、腰辺りに向かっている。
ぞわぞわがピークに達し、もういっそのこと暴れてやろうかとしたとき。
「ひゃぁ!」
別の冷たい何かが触れた。
「なんだ、こいつか」
掴まれていた腕が解放されると力が抜けて、草の上に座り込んでしまう。
古賀さんを見上げると、両手の中のものを優しく見つめている。
それ!元凶だよね!!
「木の上から落ちたのか?」
指先でちょいちょいっと触って、しだいにいつものデレ顔になっていく。
この人のこの顔は卑怯だと思う!
胸がギューッてなって、ゴロゴロと転がり回りたい気持ちになる。
「大丈夫か?こいつが上から落ちてしまったようだ」
ようやく、私の恨めしい視線に気づいたのか、古賀さんは片膝をついて、私のことを覗き込んでくる。
見せられたものは、小さな動物だった。
『ヤモリ(ニホンヤモリ)
民家の周辺に生息するヤモリ。臆病な性格なので、飼育する際は隠れる場所を作るとよい。
また、骨格も弱いため、取り扱いには注意が必要』
ひぃぃぃ!
こんなものが服の中に入っていたなんて!
ヤモリを見ると、再び悪寒に襲われ、腰が引けてしまう。
「悪い、怖かったか?」
古賀さんの問いに力いっぱい頷く。
すると、古賀さんは立ち上がり、近くの木にヤモリを放した。
「本来なら壁などに張りつけるように、特殊な指になっているので落ちることはないんだが、おっちょこちょいな性格なんだろな」
おっちょこちょいだろうが、まぬけだろうが、女の子の服の中に入るのはアウトだ!
うん?
「ほら、立てるか?」
古賀さんが手を貸そうとしてくれているが、私はあることを思い出し、今なら恥ずかしさで死ねるかもしれない。
「黒崎さん!?具合でも悪くなったのか?」
急にうずくまった私を心配して、背中をさすってくれたのだが。
やけにその手の感触がリアルで…。
服の中に入ってきたヤモリが気持ち悪くて、早く取りたい一心だったとはいえ、古賀さんの前で服を脱ごうとしていたなんて!
ましてや、最後の感触が古賀さんの手だとしたら…。
古賀さんにお腹触られたぁぁぁ!!
「とりあえず、今日はもう終わろう」
そう言うと、ホームに戻り、終了操作を古賀さんがやってくれた。
真っ暗なポッドに意識が戻ると、大きな溜め息が出た。
ポッドから出ると、社員さんから大丈夫ですか?と声をかけられた。
プレイ中に具合が悪くなったとでも、古賀さんに言われたのだろうか?
大丈夫ですと答えると、社員さんが申し訳なさそうに、少しお話をいいですか?と言われ、大丈夫と言ってしまった手前、断ることはできなかった。
前回と同じ部屋に案内され、古賀さんと田川さんがいた。
「黒崎さん、具合は本当に大丈夫か?」
「お疲れ様です、黒崎さん。無理はしていませんか?」
部屋に入ると早々に、二人に囲まれた。
二人とも、心配してくれているのはわかるのだが、恥ずかしくてダメージを食らったとは言えない。
恥ずかしすぎて、古賀さんの顔がまともに見れない。
私の顔色が悪いわけでもないし、ヤモリに驚いたのでと説明すれば、二人は納得してくれたようで解放してくれた。
椅子に座ると、お茶だ、お菓子だとすすめられ、私が口にすると安心したのか、古賀さんがちょっとニヤついた顔で尋ねてきた。
「どうだ、少しは楽しくなってきただろ?」
楽しいかどうかは別として、飽きるということはない。
毎日ハラハラドキドキしながらプレイしている。
「…楽しいんでしょうか?」
「やっぱり、まだ足りないか…。特殊フィールドしか…」
うっ。嫌な予感。
明日は変なところに連れていかれるんじゃなかろうか。
「古賀さん、変なことしていない?一応、ログは確認しているけど、変なことされたら、すぐに通報してね」
…田川さんの古賀さんって、どんなイメージなんだろう?
ログってことは、ひょっとしてヤモリ事件を知っているのか?
「はい。大丈夫です」
とりあえず、ヤモリ事件は不可抗力だ。
できれば、私の行動は忘却して欲しい。
「本当に?」
さらに念押ししてくるか!
もしかして古賀さん、田川さんになんかやったのか?
「田川。あとで話し合おうか?」
普段の声とは違う、ちょっと怖い顔の古賀さん。
「仕方ありませんね」
田川さんは慣れているのか、くすくすと笑いながら答える。
仲良いな、この二人。
…羨ましい。
……ん?
今、何考えてた?
羨ましいって、二人がだよね!?
彼氏いないから、こういうナチュラルなラブラブが羨ましいってことで、別に古賀さんと仲良い田川さんが…。
嘘だぁぁぁぁ!!
「あ、あの!」
「ん?」
「もう、帰っても大丈夫ですか?」
「あぁ、引き留めて悪かったな」
お疲れ様さまでしたと挨拶をして、ダッシュで帰路を急ぐ。
すぐにでも、家に帰って、布団の中に隠れたい!!
「やっぱり、なんかやったんじゃないんですか?黒崎さん、顔真っ赤でしたよ?」
「お前、やたら突っかかってくるな」
「だって、黒崎さんって、古賀さんの好みでしょう?」
「なんでそれを…」
♦︎♦︎♦︎
布団の中で丸くなり、先ほど感じたことを全力で否定していく。
古賀さんのことが好きとかありえない!!
どこに好きになる要素があった!?
イケメンだからか?
だとしたら、それは錯覚だ。
普段、大人の男性と一緒にいることなんてないから、好きと勘違いしているだけに違いない!
うん。そうだよ。
大丈夫だ。私の好きは、親戚のお兄ちゃんに感じるような、大人への憧れのようなものだ。
テストが終わって会わなくなれば、自然と忘れていくさ。
よし!
あと三日、乗り切るぞ!
もふもふではなく、爬虫類の回になってしまった(笑)
本来、ニホンヤモリは原生林には生息していませんのでご注意を。
民家などの灯りによってくる虫を主食としているため、家を守るものとして家守と呼ばれているようです。
ちなみに、我が家の地域では「かべちょろ」と呼ばれています。
↓おまけにならない、実際にあった出来事(笑)
我が家のかべちょろ
夜。仕事も終わり、ようやく帰宅した私が、玄関の鍵を開けようとしたとき、何かを感じ斜め上を見上げた。
すると、配電盤の隙間から、つぶらな瞳がじっとこちらを見ていた。
「早くお家に入ってよ。わたし、そこにいるカナブンを食べたいの。あなたがいると、怖くて出ていけないから、早くドア閉めてね」
と、視線で訴えているかのようだった。
ちらりと、蛍光灯の側にいるカナブンを見やり、私は玄関に入りそっとドアを閉じ、施錠した。
翌朝、玄関前には、かべちょろの姿もカナブンの姿もなかった。