07.剣と戦車
色とりどりの花が咲き乱れる庭園の椅子に腰をかけ、ぼーっと通り過ぎる人々を眺める。
この庭園は城内で自由に俺が歩き回れる場所の一つで時々利用している。
すぐそばにメリーさん(とおそらくセバスチャン。呼ぶとどこからか出て来る)が控えているのが気にならないではないのだが、軽い気分転換には丁度いい。
「メリーさん。騎士が腰に下げている剣に結構種類が見えますけど、あれは自由にできる物なんです?」
「確か部隊ごとに基本は決まっていたはずですが…装飾など自由は効くはずです」
初日に見たのは緊張していた上に、眺めたのが明らかに配属が違う人だったので参考にならない。
確かに連れ行く人をようく見てみれば恰好から同じ部隊のようでも微妙に意匠が違う。
「カミムラ様、ライデン様がいらっしゃったのでお連れしました」
セバスチャンがライデンさんを連れて来る。やっぱりセバスさんいたよ。しかしなんとも都合よくライデンさんを連れて来るものだ。執事って凄い。
お、そういえばライデンさんは武門の出だったな。ちょっと聞いてみるか。
「騎士の持つ剣ですか。そうですね、例えば今歩いている三人組見てください。まず彼らは統一した剣を帯びています。でも鞘や鍔の意匠が違うのがお分かりいただけますか?」
「あ、わかります。手前の人は鍔に鳥みたいな絵があしらってありますね」
「はい。剣と合わせて銘が付きます。さしずめ手前から雷鳥虎徹、清流虎徹、山本小鉄といった所でしょうか」
雷鳥虎徹…あの鍔の装飾の鳥が雷鳥なのだろう。次が清流虎徹…鞘に小川のような装飾がしてある。
最後に山本小鉄…鍔も鞘も装飾はないが、頭をそり上げ鍛え上げられた肉体が…
「ちょっと待てーい!」
「は、何でしょうか」
「その、さも心外といった顔を止めるんだライデンさん」
何か変なこと言いました?って顔をするんじゃない!
メリーさんは詳しくないのかよくわかっていないようだ。セバスさんは柔和な笑みを崩さない。
「最後の山本小鉄って何だ!?そもそもロングソードなのに虎徹ってのもおかしいが、最後の完全に人じゃん!プロレスラーじゃん!?」
「ははは、何をおっしゃいますやら…。そもそも虎徹は剣のランクの名称です。他にも長船や正宗などたくさんありますし」
「わかった、剣の方はとりあえず納得しよう。でも山本小鉄はダメだろ!」
「もちろん山本小鉄は剣のランクではありません。階級です」
「階級!?」
頭が痛くなってきたが、ここで聞いておかないと今夜は眠れそうにない。
「山本小鉄はその風体に加えて指導的立場になれるものだけど許されます」
「おいおい風体が条件になっちゃったよ」
「指導は厳格に、しかし訓練後は食事をおごるなど硬軟使い分けた指導ができる者だけがなれるのです」
「指導者枠なのか…」
「そして相手が上司と言えど練習試合中に危険な動作があれば『あ、ちょっと待ってください』と止めに…」
「やっぱりただの山本小鉄だろ!!」
後日、同じ風体の服装違いを数人見つけた。所属グループごとにいるらしい…
「勇者様にご覧いただきたいものがございます!」
昼食を済ませて部屋に戻る途中、いきなり初老の男性に呼び止められた。
上頭部が禿げ上がっているわりに左右はふさふさしている特徴的な髪形の人だ。
でもこの人初対面だよね。どちらさま?
「こちらは兵器開発局のワイリー主任です」
「おっと、いきなりヤバそうなの来たぞ」
どうやらメリーさんは顔見知りのようで挨拶している。
なるほど、ワイリーさんね…。ロボット作って世界征服しようとしてそうな人だ。
「実は兵器開発局には過去の勇者様と共同で作った物が残っておりまして、一度ご覧いただいたうえ意見をお聞きしたいのです」
「これはネタの宝庫っぽいな…」
「午後の予定はございません。私も興味があります。ぜひとも行きましょう」
メリーさんが過去の勇者と聞いてやる気を出し、俺の午後の予定がはからずとも決まった。
「あの箱ですか?」
予想に反して残されていたのは一つだけだった。
それは鉄で大きな長方形を作ったような外見で、左右に移動用と思われる車輪。車体の上にはもう一つ小さな長方形があり、そこから前方に向けて長い筒がついている。
この見た目ならメリーさんが箱と思っても仕方ないが、あれはおそらく『戦車』だ。
勇者が推進したか開発者が話を聞いて戦車を作ろうとしたが、技術レベルの関係でああなったのだろう。
「おそらく戦車ですよね?」
「さすがは勇者様、ご存知でしたか!これは戦車を参考に作った物で戦闘車レオポルドといいます!」
「戦闘車レオポルド!?」
確かドイツの戦車でレオパルドというのがあったが微妙に名前が違う。
おそらく目指したところなんだろうが…
「これは勇者様の中でも軍隊に関する知識が深い、サガラ様発案の戦車構想をもとに作られています。ただ残念なことにご存命中に完成には至らず、その後も歴代の勇者様がいらっしゃった際にご存知の方から意見を聞いて作られました」
「うん、嫌な展開だ」
俺の呟きも説明に夢中なワイリー氏には届かない。
「当初の構想にある『頑丈な鉱物で作られ、前方に強力な一撃を発射する箱状の車』という点から着工し、現状の形のひな型ができあがります。その際に『きゃたぴら』というものが再現できなかったため、馬車の車輪を流用しました」
「馬車に行っちゃったかー…。まあ、これは仕方ないよね」
なんせ自動車も無い中で、車と言ったら馬車くらいのものだ。
今はそれに自転車が加わっているらしいが、どっちみちキャタピラには行きつかない。
「次に前方に強烈な一撃を発射する際に使われる火薬ですが、こちらも作れる方がいなかったので魔法で代用することになりました」
ん?魔法なら発射する場所は前でなくてもいいんじゃないか?
となるとあの砲塔は何のためにあるんだろう。
「あの、魔法でいいなら前方の砲身は何に使うんですか?」
「見栄えです」
「言い切りおった」
「ご協力頂いた勇者様たちからは『戦車に砲身がないと外聞が悪いよね』とか『ロボットの角と同じくらい必要』といったご意見をいただいております」
「他に『無いと納まりが悪い』や『砲身がないとなんだかわからん』、『現状ですらモヤモヤするのにこれ以上意味不明になってたまるか』といった記録が残っているようですね」
メリーさんの読む過去の勇者の意見が辛辣だが、俺もそう思う。
俺の冷ややかな視線にワイリー氏もさすがに居心地が悪そうにしている。
「さて!最後に動力源ですが、これは開発段階から魔力を用いることになっていました」
「話をそらしたな」「そらしましたね」
「エンジンなる構造を作ることも考えましたが、まずは単純に魔力を流すと車軸に回転が伝わる構造に決定しました。左右で別の挙動をする構造に手間取ったようですが、これは問題なく動作しています。」
「人魔大戦中に勇者様の手によって何度か運用されています」
「お、ちゃんと動いたんだ」
見てくれはカッコ悪いが戦車は陸戦の花形だからね。男の子としてはワクワクする。
実弾の代わりに魔法を打つ戦車か、どんな活躍したんだろう?
「砲身こそ見栄えの為の存在となった代わりに専用の特殊魔法が開発され、その威力はとても強力でした」
「へー、どんなのですか?」
「直撃と同時に炸裂する魔法です。当たれば一般的な壁も貫通し、それこそ人体に当たれば弾け飛んでしまうだろうと言われる程の威力だったそうです」
「それは強力だな…」
そこでワイリー氏の表情が暗く陰る。
「ただ問題もありまして…、その圧倒的な性能を誇る強固な車体ゆえ、乗りこなせる人が勇者様しかいなかったのです」
「わかりやすく言いますと、でかくて重くて魔力を大量に使用する燃費の悪さが勇者様クラスでないと動かせなかったということです」
今回もメリーさんの補足が辛辣です。共同制作とはいえろくでもないの作ったな…
聞こえなかったのか、はたまた気にしてないのかワイリー氏は言葉をつづける。
「もしこれがその性能を十全に発揮し正式採用されていれば、名前もレオポルドといった略称でなく、レオポルド・ダ・ミンチという正式名称を大手を振って発表できたものを!」
「ドイツとイタリアに謝れ!」
名前の由来はドイツのレオパルド戦車をうろ覚えに、その独創性からレオナルド・ダ・ヴィンチを加え、相手がミンチになる点からミンチを混ぜて『レオポルド・ダ・ミンチ』に決まったという。
勇者も研究者も大満足のネーミングだったそうだが、これ絶対徹夜のテンションでつけたネーミングセンスだよな。
話しているうちに興奮していたワイリーも落ち着いたのか、いそいそと乱れた衣服を整えると俺に向かって真面目な顔を作る。
「それで本題となりますが、これはどうしたら良いでしょうか…」
「知るか!」
俺は今日もろくでもないことにつき合わされた疲労感で一杯だった。
「ちなみにどうして数回の運用で終わったの?」
「運用後すぐに魔王が現れまして、同じ威力の魔法を放たれては避けられないとお蔵入りになりました」
「ダメじゃん!」