05.魔法あれこれ
「本日の講師は魔法学の権威であらせられる、ジェシカ・セイメイ女史です」
メリーさんの紹介で今日の講師が登場する。
セイメイさんは長く学問の世界で生きてきたのが見て取れる年配の女性だった。自信あふれる態度に年齢を感じさせない立ち振る舞いは、女性が少ない学問という男社会で競い合ってきた結果だろう。
そして名前は…安倍晴明が元ネタだろうな。一応確認を…
「あの、失礼ですがセイメイさんのお名前の由来はどこぞの勇者が?」
「あら、よくご存じですね。当家の初代が文字を扱う魔法を得意としていましたところ、当時の勇者様の『安倍晴明みたいだな』との一言からセイメイという家名になりました」
「あははは…やっぱり…」
セイメイが名前でなく苗字なのは、この世界の標準ネーミングルールが名前・苗字だからだ。俺の名前のように苗字・名前の順番は日本由来なので許容はされているが珍しい部類に当たる。
彼女の魔法について聞くと、その名前に反して皆が陰陽師と聞いて思い浮かぶであろう呪符とは違い、どうも西洋の魔方陣に近い。基本は紙などに書いた文字やその配列の意味合いで力を持たせ、通常の魔法以上の力を行使する魔法となる。でも別に紙でなくともよいので地面や服、さらには空中!に書いたりとその利用場面は幅広い。
「この魔法という力ですが、昔は統一した名称はありませんでした。飛ぶ火、土の壁など事象を表すものや単に大いなる力といった漠然としたもの、神の怒りや鱗の光など使うものによって様々でした」
あれ、このパターンは…
「ある時召喚された勇者様が『マジックパワー』と言い、その名称が使われました。当時はあまり広まりませんでしたが、統一言語が広まり辞書の作成にあたって同一と思われる存在が各所で認識されたのです。その時に訳したのがフジワラ様で、魔法という名称に落ち着いて現在に至ります」
なんだ、マジックパワーから魔法になったのか。たぶん最初は外国人だな。
この件に関してはフジワラさんで良かった。変に中二病的なネーミングをされても困る。
「ところでカミムラ様は魔族についてどの程度ご存知ですか?」
「魔族ですか?えーと…東の方にいて昔は戦争してて、肌が黒いとか翼が生えてるとか…。あれ、外見の特徴だと獣人とかと一緒の部分もあって…」
俺の答えに生徒を褒めるようににっこりと笑う。
「良い着眼点です。魔族の名称は外見的特徴ではなくその能力に由来します。よく勇者の方々は勘違いなされますが、別に彼らは存在や行動、信仰が悪とかそういうものではありません」
そういえば人魔大戦も生存競争の一種という話だったな。
それと信仰か。この世界に神様はいるのだろうか…
「それは『魔法や魔力が優れている者』が魔族たる由縁です。彼らが住みにくい環境の東部に住んでいたのも、その身体能力に加えて魔法の力が優れていたからです。むしろその優れた力ゆえにギリギリになるまで西に出てこなかったのが悲劇と言えます」
「我慢しすぎちゃったんですねぇ…」
メリーさん、今の一言はメモらなくていいよ!さも名言みたいに頷かないでくれ!?
「そうだ、勇者様好みの理由も一つありました。魔王に使えるという意味から魔族とも言います」
「魔王ッ!?」
ついに定番の魔王様が来た!どんな悪逆非道をするのだろう?
いや待て、この流れだと単に統一した王様ってところかな…
「どうも一人で納得されておられるようですが…。おそらく想像通りで、数ある種族を統一した者の称号です。主に魔族全体が危険な時に生まれる傾向があります」
「ですよねー」
当然ながら魔族や魔王だからといって特に差別的ないわれも無いらしい。むしろ魔王は『勇者と同じくらい凄い人』扱いだ。
少しがっかりした俺の顔を見て、でセイメイさんはいたずらを思いついた子供のような顔をして言った。
「でも人魔大戦の時の魔王様は凄いですよ。いつか専門の者がお話しすると思うので楽しみにしていてください」
なんとも気になるセリフで午前の講義は終了した。
午後も引き続きセイメイさんだ。
「さて、午後は先代勇者のイワタ様についてお話します」
例の魔法を好きなだけ改造して帰ったという人か。まだ実例は召喚魔法くらいしか聞いてないな。
「イワタ様にお会いした時の衝撃は未だに忘れられません。なんせ召喚陣の上に現れた体勢が椅子に座って両手を前に出した形でしたから。当然ながら彼はそのまま後ろに倒れまして、そのまま無言のまま数秒身じろぎせず。そして第一声は『データが―!』」
「…ギャグかな?」
「私共はその一連の流れも叫ばれた内容も何が何やらさっぱりわからず、大変なことをしてしまったのではないかとただオロオロとするだけでした」
そりゃ倒れて第一声が『データがー!』じゃ何のことかわからないわな。確かに衝撃的な召喚場面だ。
「そのあと『データが…納期が…』と虚ろな目で繰り返すのを何とか召喚魔法の概要を伝えることで落ち着いてもらいました。聞けばお仕事が締め切り間際の修羅場だったそうで食事も睡眠も殆どとっておらず、安心したのかそのまま気絶するようにお眠りに…」
「…ずいぶんとお困りだったでしょう」
「ええまあ、でもこちらでも研究者は似たような者が結構いますので」
セイメイさんも身に覚えでもあるのか少し恥ずかしそうに笑う。どこも一緒ですか。
「次は目覚めた後にトイレに向かわれて、そこでまた悲鳴が」
「トイレ!?…今度は何でしたか?」
「トイレが洋式じゃないと」
「…洋式じゃない?あれ、俺の部屋は水洗でウォシュレットもついていましたけど……!?」
よく考えたらウォシュレットが付いている方がおかしい!
どう見ても中世レベルなのに何で水洗トイレがあるんだ。召喚されたショックで何気なく利用していたけどおかしいだろ!気づけよ俺!
「そうですね。勇者様のお部屋はイワタ様が改造された水洗トイレ『トト最上級モデル』がついてます」
「トト最上級モデル!?」
トトはおそらく日本のメーカーの名前が由来だよなぁ。確かにそれっぽいロゴが入っていたような気も…
「イワタ様はこちらのトイレの不便さに嘆き、憤慨されました。そして私共から魔法について学ぶと、トイレをあの方曰く『文明的に』改造されました」
「えっと、以前はどんなトイレだったのですか?」
「和式と呼ばれる形でしたが、処理方法は水洗でした」
「あれ。十分じゃないですか?」
「ええまあ、私共はそうだったのですが…その…イワタ様のお仕事は常に座ってされるそうで、何やらお尻に爆弾を抱えていると…」
「痔かよ!」
いや、でも痔持ちには死活問題なのか…?召喚時の能力とか身体機能の強化で治ってそうな気もするけど。
とにかくイワタさんはトイレに我慢ができなかったらしく、魔法を徹底的に研究して満足いくまでトイレを改良したそうだ。研究期間は丸一年。それこそ寝食を忘れてのめり込んだという。
「バカじゃないの!?」
「でもその恩恵は大きく、イワタ様は同じ病に苦しむ者たちからは神のようにあがめられ…」
「これがほんとのトイレの神様ってか!?」
「そこ詳しく!」
「メリーさんは引っ込んでて!」
イワタさんは没頭するタイプだ。それも悪い方に。
俺の部屋にあったトイレは最上級モデルで、ウォシュレットの他に消臭や保温など日本と同等の機能がついている。
そして王城に配備されている高級モデル、市販されている普及モデル、外での利用目的で携帯モデルなど数種類が作成された。
いやほんとバカじゃないの!?
「しかも最上級モデルに関しては謎の技術が使われていたりするんですよね。魔力を込めたわけでも無いのに魔法が作用するのです。おかげで勇者様が不在の時は未だに研究者が熱心に研究してます」
「バカと天才は紙一重…」
「カミムラ様の世界の言い伝えですか?」
「メリーさん、後で説明しますから…」
事前の話から凄い人だとは思っていたけれど、本当にとんでもない人だった。




