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04.ことばについて

「今日は過去の勇者様の一人、フジワラ・エイジ様についてお話します」


 本日は座学から始まる。

 この世界でなぜ日本語がこの世界で利用されているのか。それは勇者が広めたからだ。QED(証明終了)

 うそうそ。もちろんそれだけじゃない。今日はそのことについて学ぶことになっている。


「フジワラ様は王国の動乱期となる、アルムサース朝が倒れて現在のカイラス朝に交代してすぐの時期に召喚されました」


 つい先日見た肖像画の件もここに関連する。現王朝とは血脈が違うため、歴代国王の肖像画に前王朝の国王は飾られていなかった。歴史の保存という意味で肖像画の保存自体はされているそうだけど。

 しかしまあ、大変な時期に召喚されたものだ。権威づけかはたまた復興目的だったのか、呼ばれた方は災難だったろう。


「戦後の混乱の最中に召喚されたフジワラ様は、戦争によって荒れた国土、人心の荒廃に心を痛めておられました。そして自らの体験に基づき、戦後の復興計画に参与していくこととなります」


 先ほどから解説してくれているのはライデンさんではなく専門の歴史学者だ。いかに知識が豊富なライデンさんであっても専門家には敵わない。ここは適材適所と言える。


「フジワラ様は元の世界で小学校-現在の学校制度における初等部の教職についておられました。その経験を活かし、この国における教育に深く携わっていくこととなります」

「へー。先生か」


 この国には学校制度が整備されている。小学校に当たる初等部は全児童を対象とし、中学校にあたる高等部からは希望者を入学させる形となっている。

 初等部は身分の貴賤をを区別せず、貴族も平民も一緒に教育される。これはたとえどんな身分であっても、同じ国を支える一人だということをそれぞれに実感させるためだという。


「当初は戦争によって生まれた孤児や寡婦の救済といった目的で孤児院の運営から始められ、次第に教育を受けられない平民のための学校設立へと進みます。しかし、平民へ学問を普及させることは理解を得るのにたいそう苦労され、初の学校が王都に作られたときには既に召喚から十年が経ち、フジワラ様五十五歳の時でした」


 フジワラさんはこの世界に四十五歳で召喚されている。奥さんを早くに亡くされ、両親は兄弟が面倒を見ていたので一人暮らしだったそうだ。そのため元の世界に戻ることは早々に断念し、この世界で第二の教職人生を歩むことを決めている。


「フジワラ様の偉業の一つ、日本語の普及はここから始まったといえます。当時の文字は知識層が理解できる一方、一般市民にはなじみの薄いものでした。加えて多様な種族がそれぞれの文化を持ち、言語も一つではなかったのです。これは今後の発展を考えるにとても大きな問題でした」


 獣人の中には爬虫類系の人もいるからね。ちなみに彼ら以外にも現在も日本語が離せない人たちがいる。これは知識の問題ではなく、人体の構造の違いによる生物としての問題なのでどうしようもない。

 シューとかキキッとしか話せない構造の人はどうしろと?そこで文字だ。


「口語と文語、どちらかを使えれば意思の疎通が図れる。そのための統一言語として選ばれたのが日本語でした。当然それぞれの文化に誇りを持つ者たちからの反発がありましたが、フジワラ様は『どれかから選ぶとそのことが問題となる』として、優劣をつけない為にもこの世界の全ての文化から離れた言語、日本語を採用しました」


 詳しく聞くとこの辺りの話も凄い。『貴族も平民も、人も獣も魚だって初めて習う言語なんだ。全てにおいて平等だろ?』との一言で押し切ったらしい。これには誰も文句が言えなかったらしい。

 じゃあそれ以前の意思疎通はどうしていたのかというと、召喚の際に付与された『多言語理解』の能力でコミュニケーションをしていたらしい。だからフジワラさんはどの種族とでも話せたのな。


「もう一つの偉業が、文字通り全ての種族に教育が行われたことです。近親の人種のみならず当時では一段低く見られていた亜人種や、動植物系の種族、そして既に小競り合いが起きていた魔族にもその教えを広めました。このことによって意思疎通ができることが初めて知られた種もあり、それぞれの偏見や差別が相互理解で是正されていくきっかけになりました」


 昨日の話には出ていなかったが、植物、昆虫、妖精なんて種族もいる。彼らは(ヒト)種とするには判断が難しいので○○系種族と呼ばれることが多い。

 初日に見た妖精みたいな存在も、自分たちがよくわかってないので便宜的に妖精と呼んでいるそうだ。それもどうなんだかな…


 そんな種族の中でも魔族に教えたことは、その後の人魔大戦終結の一助になったらしい。

 魔族の領域の奥深く潜り込んだ部隊が日本語で商品を並べる少数民族の村を発見する。そこから言葉が通じる種族もいることがわかり、魔族側の現状と戦争にまで発展した経緯を理解する。

 その言葉が通じる村は、かつてフジワラさんに教育を受けた魔族が帰郷した際に、文字を持たなかった部族に日本語を広めたのが始まりと言われている。どこで何が繋がるかわからないものだ。


「最後にフジワラ様は文化の保護にも力を尽くされました。完全に日本語だけにしてしまうとそれぞれの文化由来の言葉の意味が伝わりにくくなる。そこで固有の言語の保存と、口伝によって起こりうる不慮の消失を防ぐために辞書や歴史書を残すように指導されました。これは現在も国立重要書類所蔵館に保存されています」


 彼は文化の破壊者にはならなかった。日本語を広めてお終いとしなかった点はまさに慧眼と言える。よくある物語では転生や転移後の全能感で色々やっちゃった話を聞くことが多いので、なんとも聡明で同じ日本人として誇りに思う。

 午前中はそんなフジワラさんの素晴らしい話を聞いて過ごした。




 で、だ。

 俺の手元には一冊の本がある。

 その名も『わが教育人生』。もう誰が書いたかわかるよね?


「フジワラ様直筆の原本です。毎年保存の魔法がかけられていますので安心してお読みください」


 午後になってメリーさんが持ってきたのはフジワラさんの自伝だった。

 なぜ午前の歴史学者の人でないのかというと、内容が内容だけに一般への公表が難しいそうだ…

 だから勇者にかかわる人物でも一定のラインを超えた人しか閲覧できない。

 それを、持ってこられた。


「是非ともご覧の上、感想をお聞かせください」

「嫌な予感しかしない!」



―私がこの世界に召喚されたのは四十五歳も半ばの時だった。その頃の私は愛する妻を病で亡くし、その悲しみから休職をしている最中だった。思えば旧制中学校を卒業後に運良く代用教員となり、そのまま戦後に正式な教員となってはや四半世紀、それまで大して休みもせずによく続けたものだ―


 フジワラさんは代用教員に採用後、徴兵適齢になった後も地域の男児が減ったため徴兵されなかったと考えていたようだ。終戦間際に二十歳になるかどうかだったようなので実際はどうだったかはわからないが、無職でいると徴兵されると思っていたし、結果として教職に就いたこと自体は天職だと感じていたらしい。


―召喚された土地は西欧の物語の世界とでも言えば良いだろうか、とにかく現実感が無かった。顔立ちは西欧人だが言葉は通じ、恰好は中世の貴族のようである。加えてなぜか私に対してへりくだる者も多い。一介の教師にこのような態度をとる様など未だ知れず―


 言葉が通じるのは付与された能力なのだが、彼が気付くのは少し後になってから。王城からなかなか外に出してもらえず、市街で獣人と会話して初めて気づいたらしい。


―獣人は王城の人々とはまるで違う言語を話しているそうだった。聞けば流民街で暮らしており、片言の会話でなんとか仕事を貰ったりして食いつないでいるという。しかもそれは彼らだけの事ではないらしい…―


 フジワラさん覚醒の前段階です。

 午前の話だと、確かここから本領発揮して復興に携わっていくはずだ。確か孤児院を作るのが最初だったかな?


―子供は宝だ。捨てられた子供や貧しい子供たちを保護する為に孤児院を作ることにする。なに、見れば空いた屋敷などたくさんある。衛視に聞けば処罰された貴族の家だそうだし、かまわず使ってしまおう。闇市で中に残っている物を売ればそれなりの資金にもなりそうだ―


「不法占拠して闇市で勝手に物売ってるし!」


 さすが戦争を生き延びた世代だ。こういう時たくましい…

 その後さすがに勇者としてその行いは困ると泣きつかれ、今度は正式に予算をぶんどる。それで文官がさらに泣いたそうだ。


―孤児院で保護した子供たちには日本式教育を叩き込む。ここでは日○組なんて組織も無い。好きに教えることができる。よく考えたらこの世界の言葉や文字は理解できるが、能力無しで他者に教えるとなると心許ない。そうだ、ここは主に日本語を教えよう。そしてこの子たちを使って次世代に普及させて行くのだ―


「結構行き当たりばったりだった!」


 でも、ちゃんと王都で使われている言葉も苦労しながら教えたそうだ。

 それとフジワラさんは日教○が大嫌いだった。何度か教育方法などで喧嘩して、そのたびに奥さんが頭を下げて回ったらしい。戦前の教育で育った人間が、戦後は急に共産主義かぶれなことを言い出したなどと怒っている。手記にもことあるごとに書いてあり、どんだけ嫌ってたんだよと…

 

 不意に後ろから視線を感じる。


「メリーさん、あとで説明するから無言で背後に立たないで!怖いわ!」

「…絶対ですよ」


 なんとか元の位置に戻ってもらってから続きを読み始める。


―孤児院を始めてそろそろ十年となる。治世も安定してきたようだし、そろそろ本格的に教育を広めねばならない。それにはまず王都からだ。国王には王子に高等教育をつけるとか言ってだまくらかして予算をもぎ取ろう。なに、教育に関しては日本の方が優れてるんだ、文句も言うまい―


「国王だまして予算もぎ取ってる!?」


 午前中のイメージがどんどんと崩れていく。

 いや、やっていることは素晴らしい。素晴らしいのだが、その言動が……


―基礎学校では身分に関わらず通えるようにした。子供が働いている環境の多い平民の為に無料で昼食を出すことで通いやすいようにする。貴族と平民が一緒に通うことに反対する者もいたが、王子が納得したらおいそれと反対も出来ないだろう。王子とは小さい頃から接していて良かった。何故かわからんが尊敬されてるしな―


「王子はここでもだしに使われてるなぁ」


 なんか不憫になってきたが、王子は孤児院とか貧民救済した立派な人物と本気で思ってたという。知らぬが仏とはまさにこのことだ。

 それでもさすがに学校運営に関しては考えていた。この世界では珍しい制服を用意し、普通はバラバラで下手するとみすぼらしい恰好になりがちな平民の服装をなんとかしている。

 体操着も別に用意して使い終わったら学校で洗濯して保管している上に、この洗濯や給食づくりは未亡人などを雇用して救済策にもなっている。

 さすがに王子のクラスはフジワラさんが教師役を受け持ったらしいけど、制服は『平等の精神』とか『民と一緒に』とかうまいこと言い含めて貴族にも着させている。

 この人、教師にならなかったら詐欺師にでもなっていたのではないだろうか…


―王子や貴族子弟の教育の成果も出て、無事に学校制度が全国に広がることとなった。孤児院を巣立った子供たちに加え、なぜかやたら纏わり付いてくる教え子の少女も手伝ってくれるらしい。そこで今度は全ての種族も受け入れることにした。『種族に関わらず税金はとってるんだ、子供の面倒くらい見てやればいいじゃないか』って言ったら白昼堂々暗殺者が来た。ぶん殴って撃退した―


「暗殺者来た!しかも殴って撃退してる!?」

「それは歴史書にも載っている有名な事件ですね。『私は子供たちの、ひいてはこの世界の為になることならどんな暴力にも屈しない』と誰もが学び、テストに必ず出ます」

「テストに!?」


 …まあ、事件自体は平民と同窓になるのに反発した貴族がいて、それなりの暗殺者を送り込んだらしい。

 でもみんな忘れていたのはフジワラさんは召喚された勇者だってことだ。

 しかも内乱で出た敵対者達をを弱体化させるため召喚の儀式で彼らを大勢使ったらしく、フジワラさんは史上稀にみる強力な勇者だったそうだ。この辺りはその半ばいけにえ的な儀式の内容から公にはされていなかったようなのだけれど。

 ちなみに今まで平和的なことしかしてなかったのでフジワラさんも能力を忘れていたそうだ。


 結果としてフジワラさんに弱みができてしまった王国は条件を呑むこととなった。

 そりゃ強力な暗殺者を一撃で倒して『次、文句があるやつは直接俺のところに来い』なんて勇者に言われたらね…


―辺境に視察に行った際にトカゲ姿の男と話したら結構いいやつだった。惜しむらくは彼の良さが他の人種には俺を通してしか伝わらないことだ。それに何かあるごとにいちいち通訳として呼ばれたらたまったものではない。そうだ、彼らの言葉に関する辞書を作ろう。他に蝙蝠みたいなやつらもいるらしいし、めんどくさいから呼べるだけ呼んで王都でまとめて作ろう―


「もうちょっと言い方を!良いことしてるんだけど!」


 これが文化保護の始まりか…すっごくモヤモヤする。

 ここで出てきた『蝙蝠みたいなやつ』が後の魔族領で見つかる、日本語が通じる村に帰った魔族らしい。

 見た目が動物系だと獣人とも魔族とも判断つかないパターンも多いってさ。


―この世界にきて三十年近くが経つが、あまり老化した様子が見られない。これが勇者の力なのだろうか。おかげで年甲斐もなく後妻を貰う羽目になってしまった。あいつ(亡き妻)には悪いことしたと思うが、どうもあいつに似た娘なのでこれも運命なのだろう―


 史上稀にみる力を持った勇者の弊害かフジワラさんは寿命が長かったらしい。彼は百歳近くまで生きることになる。

 聞けば家名こそ違うがその血脈は今も残っているという。やっぱり教育関係に強いそうだ。



―思えば長い人生だった。学校を作れば政治や宗教を持ち込もうとするバカを張り倒し、身分で差別しようとする子がいれば言葉で説得し、学校も基礎学校に加えて高等学校や専門学校まで作った。思いがけず再び家族も出来た―


 …彼の特技に延々と話せるというものがあり、そこは『説得という名の拷問部屋』と呼ばれ今日でも残っている。

 言動はとんでもない所もあったけど教育に関しては真摯だった。やはり偉大な人物だったのだろう。

 モヤモヤするけど!


―しかし、二人目の妻が亡くなる前に言った『また私が先にお別れですね。次も必ずお会いしましょう』とは何だったのだろうか。もしかしてあいつが…?いや、そんなはずは…今でも気になる―


「最後にホラーぶっこんで来た!?」


 やはり最後まで気が抜けない。第一印象がまともそうな人ほどぶっ飛んでることもある。

 というか、これは前妻の女性も魂が勇者として…?いやまさか…

 怖くなってきたのでそこで思考を打ち切る。


 途中からあえて放置していたメリーさんの視線が刺さる中、残る日本人の数に思わずため息が出た。

お読みいただきありがとうございます。

誤字脱字等がありましたら感想までお願いします。

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