表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/13

03.異世界の洗礼

「知らない天井だ」

「やはり仰られるのですね」


 部屋の隅から聞こえてくる声に驚愕する。

 慌てて振り向くと、そこには座っていた椅子から立ち上がりこちらに頭を下げているメリーさんの姿が目に映る。


 あの後に用意された部屋は、落ち着いた内装ながら素人目に見ても高級感が漂う造りだった。

 どうやら過去に召喚された日本人は、広くて豪華な部屋よりも落ち着いて程々の部屋が好んだかららしい。

 望めばもっと広い部屋に換えてくれるそうなのだが、小市民の俺には今の部屋ですら身の丈にあってない。慌てて固辞した。


 昨夜は疲れていたせいか(主に精神的に)、体を心地よく包み込むベッドに横になると自分でも驚くほどすぐに寝てしまった。

 そして目覚めればシャンデリアのかかった天井だ。あのセリフを言いたくもなる。

 しかし、目覚めを観察されているとは思わなかったぞ。何処行った俺のプライバシー。


「い、いつからそこに…」

「御安心を。つい一時間ほど前です」

「安心できねーよ!」

「これは初回のみの行動です。先代勇者様より『たぶん言うから』とのことで確認に参りました」


 いや、言ったけど!言ったけどさ!?

 やはりこのメリーさんも油断できない。この分だと記録に何を書かれているかもちゃんとチェックしないと恐ろしい。


「すぐにセバスを呼んで参ります。お着替えの後に、彼から本日の予定をお知らせいたします」


 メリーさんは俺が内心で戦慄する様子を気にした風でもなく、一礼して部屋から出て行った。



 用意された服は思ったよりカジュアルなスーツだった。

 セバスチャンの目測で、既製品の中から丈が合うのをいくつか用意していたらしい。結構ぴったりなのが凄い。

 スーツがあるのも近現代の日本人の影響で、平民もワイシャツにズボンといったそこそこ現代風の格好をしているらしい。

 ちなみに王様たちの服装は中世の西洋風だったが、これは『様式美なので』という何ともいえない言葉を貰った。普段はわりと普通の格好をしているらしい。


「本日の御予定はお食事の後に軽く城内を散策となります。この世界のことも大まかには御説明いたしますが、詳しい点はその都度触れていきます」


 ライデンさんが淀みなく今日の予定を告げる。

 ようやくこの世界のことが聞けそうだ。



 食事はパンにサラダ、オムレツといった至って普通の食事だった。

 ナイフが…フォークが…と、テーブルマナーを必死に思い出していた身としては少し拍子抜けした。

 最初は慣れてもらうことを第一に考えているため、あまり負担になるようなことはさせないらしい。正直助かる。



 食後の紅茶(と思う物)を飲みながら、大雑把にこの国のことなども聞く。


 まず、この世界の種族は赤黒黄白と様々な肌の人間、過去には争いあった魔族、動物が直立歩行したような獣人、海洋系の主に魚由来の海人、鳥由来の鳥人、そしてそれぞれの種族のハーフが存在する。


 ハーフはどちらの種族に寄るかで外見がだいぶ異なる。

 人間に獣の特徴が少し足されただけ、よく言うケモミミのようなパターンもあれば、体は人間で頭が獣のままなんてのもいる。

 ただ、それによる差別なんてのは無い。どれも個性という点で許容されている平和な世界だ。


 次に、この国は大陸の中でも大国にあたり、事実上の盟主といえる立場にある。

 それは勇者が召喚されるほど力があるということでもあり、同時に勇者が召喚されたことで、知識や技術といった物の広がる出発点となっていることを意味する。知識は力を地で行く国だ。


 周辺には小国もあるが、中でも特徴的なのは東にある魔族の国だろう。

 険しい山脈に加え、あまり肥沃でない土地では生存競争が激しかった。人間と戦争になったのも国が貧しかったからだ。


 過酷な生存競争で種として鍛えられた魔族はやがて生存圏を外に求め、ついには他者と衝突し大きな戦争となってしまった。

 昔は種族間の相互理解が低かったのも原因といえる。自分に無い羽や長い爪があれば、それは恐れの対象にもなっただろう。

 現在は魔族も他種族と共存し、その過酷な地に縛られなくなったことで人口が流出しつつある。今後も魔族の国は緩やかに縮小し、将来は都市クラスで落ち着くだろうというのが一般的な見解だ。


 最後に勇者についての話を聞いた。

 何故、この世界で勇者召喚が始まったのかは定かではない。あまりに昔のことは記録として残っていないそうだ。

 ただ、神代の時代と言われる頃から召喚されていたと考えられている。それはこの世界では見られない、不定形の生物の伝承があるからだそうだ。


 前にも聞いたが昔は勇者の召喚元も決まっていなかった。言葉が通じない、人型ですらないこともあったらしい。それは双方に不幸をもたらした。

 考えてみて欲しい。いきなり別世界に出現し、周りには見たこと無い生物がいる。自分と違うもの、何か判らない物は恐怖だ。本能的に殺しあうこともある。

 運よく似たような姿をしていても生態が違うものもいる。そこで生存環境が合えばいいが、中にはそのまま死んでしまうものもいた。


 そういった召喚に関わる数々の問題点を少しずつ改善し、ようやく地球人に限定されたのが約八百年前だそうだ。そこからさらに日本人に限定されたのが五百年前。気の遠い話だ。


 召喚された勇者も様々だ。ただの一般人から芸術家、兵士などまさにランダムで呼ばれていた。

 ただの一般人は何の役にも立たなかったんじゃないか?というと、実はそうでもない。それは知識の頒布という点や、この世界特有の事情である、召喚者の肉体強化という機能もある。


 どうも召喚とは上位世界からこの世界に生物を降ろしてきている節がある。

 そのため元は普通の人が呼ばれた途端に格闘家並みの能力を持っていたり、長く生活するうえで強化されていく傾向がある。いつかは超人となれるのだ。


 加えて召喚の術式に、儀式を行った者の力を勇者に付与する記述があり、元の世界には無い魔法やら精霊やらといった不思議能力を勇者は与えられていた。

 と、いうのが今までの勇者召喚による見解だそうだ。


 ちなみに俺にはどんな力があるのか聞いてみたが、何も無かった。

 そう、何も無かった(・・・・・・)……

 先代勇者の術式最適化により、俺は極めてローコストに呼ばれたらしい。

 『今は呼ぶだけなら数人で出来るんです』なんて笑顔で言われ、ショックで思わず膝から崩れ落ちた。



 まあ、そんな勇者たちのおかげで文化が発展して生活環境が向上する。そして生存圏の争いであった種族間の戦争も解決された。

 そうなるとこの世界の人間が勇者という存在に対して好意的になってもおかしくない。実際にある程度甘やかしてもいたそうだ。


 その結果が俺の左右に控えている猫耳の侍女たちだ。

 獣人というだけじゃない、服装が他の侍女と違う。

 フリルのついたエプロンをしているが、スカートの丈は短いし、頭にはひらひら(ホワイトブリムというらしい)をつけている。


 そう、メイドだ。


 けしからん!いいぞもっとやれ!なんて思ったりもするが、これ教えたのは比較的最近のヤツだな…

 配膳時にあの姿で現れ、いきなりオムレツにケチャップで不思議な呪文(おいしくな~れ)を唱えながらハートを描かれて驚愕した。

 思わず凝視してしまい不審がられたが、彼女たちにすれば何らおかしいことも無いらしい。

 笑顔で「何でもお申し付けください」なんて言われ、「ここはメイド喫茶ですか?」と聞きたくなるのを懸命にこらえる。発作的に「萌え萌えきゅんをお願いします」なんて言いいたくもなったりするが…


 ちなみに部屋の隅にいるメリーさんは何か感づいたらしく、俺に話を聞きたそうにしていたが、この場では空気を読んで抑えている。


 こんな過去の勇者によるやりすぎや、ツッコミの入らなかったネタやボケを解明していくこと。

 それが俺の求められる役割という事実に軽い頭痛を感じつつ、朝から嫌でも実感させられるのだった。



「こちらが勇者様来訪の折には、まずご覧頂く部屋となっております」


 案内された場所は大きさを除けばごく普通のお城の一室と思える。中央には左右十人ずつが使える大きめのテーブルと椅子が配置されている。

 左右の壁に人物画がズラッと掛けられている点以外には、とりたてて珍しい物も無い。


「あれは…王様の絵?」

「はい。右手に御座いますのは歴代の国王陛下の肖像画です」


 入り口側に先日あった王様の絵が掛かっており、奥の方に行くほど古くなるらしい。

 それでも思ったほど枚数が無い。召喚の歴史を教えられた時に聞いた八百年分があるようにはとても思えない。


「こちらは現在この国を統治されている王朝の方々のみになります」

「なるほど…」


 俺の疑問を察したのか、ライデンさんが補足してくれる。

 そりゃ戦争じゃなくても政変やらで変わるよな。それでも二十枚以上は掛かってるんだから、この国は安定していると言っていいんだろうな。


「では、左手をご覧ください」


 左側にも肖像画が掛かっているが、何か変だ。どこかで見た気がするんだが…

 ……あ、音楽室のバッハだ!あの変なくるくるした髪形をしてる。

 それにしても、全員が同じ髪型をしてると間違い探しみたいだな。あ、この人なんて日本人っぽい。和風な顔立ちにバッハの髪型なんて下手なコスプレみたいだな。


「こちらもお姿が残っている方のみとなります」

「へー、前の王朝の人たちですか?」

「いえ、この国に多大な貢献をされた方々…歴代の勇者様です」

「ぶっ!」


 噴出してしまった。そりゃ日本人顔なわけだ。日本人なんだもん。

 しかもよく見ると途中から雑になってて、髪の毛は金髪なのに眉毛が黒とか!


「もはや国父と考えておりますが、国民からは親愛の情を込めて『パッパ』と呼ばれ…」

「それでバッハか!?」


 思わず叫んだ言葉にメリーさんの目が光るが気にしない。

 ネットスラングのパッパとバッハをかけてやがる!髪型も本当にただのコスプレだった…

 て、おい!赤い彗星のヘルメットの上にかつらは流石に無理がある!誰か止めろ!?


「そしてこれが7代目ジュウシマツ和尚の…」


 俺はその後も畳み掛けるように続く案内に撃沈した。



 立ち直ってからはメリーさんに肩をつかまれ、判る限りのネタの解説をさせられた。

 この世界に無い概念が多々混じり、特にネットスラングの件を説明するのが大変だったがなんとかこなした。

 聞けばちゃんとした肖像画もあるらしく、これは召喚された勇者に対する洗礼の一つと言われた。

 どうも理解できるできないは半々程度だったらしく、大体わかった俺は優秀な部類らしい。嬉しくは無いが…


 しかし、ここで疑問点が沸いてくる。

 …なんか時系列おかしくね?

 聞けばこの肖像画のネタは結構前からあるらしい。それこそ赤い彗星が来るずっと前からと言う。

 インターネットなんてあの当時無かったし、さらに前となるとパソコンすら危ういとも思える。

 それなのに使われているネタは新旧様々で、俺ですら何とか知っているという古いものが後に来たりする。いやまあ、恣意的に入れ替えられてたらおかしくはないんだけど。


「どうやら勇者様を召喚するにあたり、日本という場所までは特定できたのですが、時間までは出来なかったそうです」


 疑問に対する応えはこれだ。メチャクチャだよ!

 ということはだ。俺の次に来るのは江戸時代の武士かもしれない。はたまた二十三世紀の未来人か…?

 そりゃネタを理解できない人も出てくる。だって、まだ地球がその時代に到達してないんだから。


 俺はまた一つ、ここが異世界なんだと実感するのだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ