01.目覚めた場所は…
パチパチと鳴る火の音で目が覚める。どうやら気を失っていたようだ。
どうやら誰かがベッドに運んでくれたようだが……ここは何処だ?
身を起こして辺りを見回すも、俺の部屋と比べて全体的に薄暗い室内…というか光源がおかしい。一般的に蛍光灯のある場所には何もなく、部屋の四隅に白熱灯の光が瞬いている。
いや、よく見たら白熱灯ですらないし。あれは松明!?
パチパチという音はたき火じゃなくて松明かよ!よく見たら壁も石壁だし。
本当にいったいここは何処なんだ!?
近所に洋館なんて無かったはずだし、そもそも洋館だって石壁の部屋なんて今時は珍しい部類に当たるんじゃないだろうか?
ここは考えをまとめよう。
俺は外で黒歴史を処分していた。そこは間違いなく実家の裏庭であり、築四十年の年季の入った和風建築だ。そして魔方陣のページを焚き付けている最中に気を失った…?
次に、気を失って気付けばこの部屋にいた。ご丁寧にベッドに寝かされてはいたが、部屋自体は石壁でできた見知らぬ部屋で電気も通ってない(ように見受けられる)。四隅には明かりとしての松明が備え付けてあり、ほかには外と繋がる木製のドアが一箇所あるだけで、明かり取りの小さな窓すらない。
営利目的の誘拐が考えられるが、特に体が拘束されているというわけでもない。脱がされて揃えてある靴以外に衣服に変化もないし、ズボンに挟んでいた財布の中身もそっくりそのまま入っている。
今気づいたのだが、サイドテーブルらしき物に水と果物が置いてあるのを見ると、むしろ丁寧な扱いに感じられる。
…本当に何なんだこの状況。
とりあえずこの部屋から出てみようかと靴を履いていると、小さくドアがノックされる音が響いた。
「…だ、誰!?」
思わず警戒心丸出しの声が出てしまったのは勘弁してほしい。こんなよくわからない状況で初めて会う人だ、こっちからすると敵か味方かもわからない。
友好的な人物なら良いのだが、もし誘拐犯だったら…そう思うと声のかけ方を間違ったかもしれない…
「お目覚めのようですね。失礼します」
ドアを開けて入ってきた人物は女性だった。
不安からどんどん進む悪い想像の中では、凶悪なガタイのいい誘拐犯が銃を構えて入ってくる所まで進んでいた俺としては拍子抜けだった。
体格もごく普通の成人女性といった所で、決してムキムキとかそういうわけではない。ラノベで出てくるような訓練された暗殺者といったようでも無さそうではある。
そのままベッド脇まで近寄ってきたのでまじまじと見ると、容姿は金髪に青い目、白い肌という西洋人のテンプレのような人だ。そりゃ洋館なら外人がいてもおかしくないわな。
服は質素なデザインの洋服に、大きなエプロンをつけている。…まるで中世の侍女?
「あの、何か気になる点でもございますか?」
「いえ、すみません。何でもないです」
女性をじろじろ見すぎてしまったようなので慌てて謝る。
って、そうじゃない。気になることだらけじゃねーか。
「あの、ここは何処ですか?私は家にいたはずが…気づいたらここで寝てまして…」
「残念ながら私にはあなた様をご案内することしかできません。そのことをご説明するには別の場所を設けております」
「いや、場所を教えていただけるだけでも…」
「申し訳ございません」
「あ、ハイ」
情報は得られず。他にも質問してみたが答えは同じ。
申し訳なさそうにしているのを見るからに、この人自身は悪意があるわけでもなく、職務に忠実といったところだろうか。恰好からしてやはり侍女と判断する。
相変わらず現状に不安しかないが、危害を加えるつもりが無さそうなのが幸いか…
「準備がよろしければご案内いたしたいのですが…」
侍女さんは考え込んでしまった俺見て、少し困ったように言う。
そういえば説明は他でするという話だった。
気の俺には何か出来ることも無いし、覚悟を決めて付いていくことにした。
侍女さんを先導に松明が掲げられた石造りの道を進む。
てっきりあの部屋だけかと思いきや、どうやら建物全体の作りが石造りのようだ。
部屋と同様に窓が無いことから、ここは地下だろうか?本当にどこなんだ。
そのまま道すがら今後の予定と注意点を聞かされる。
一、途中で侍女さんより立場が上の案内役と代わるので、その人の指示に従ってほしい。
一、そのあと高貴な人物と会うので粗相のないようにして欲しい。
一、意見を言うときは相手が訊ねた時だけ。
いやいや、どういうこと!?
高貴な人物って、日本じゃ皇族くらいしか思い浮かばないんだけど!
でも皇居はこんな作りじゃなかったはずだけど…
そもそも会う理由が思いつかない。いったいどうなっているんだ…
突き当りの階段を上った先には西洋甲冑が立っていた。そう、西洋甲冑が立っていた…
会釈する侍女さんに向かって頷き返している様子から、人が入っているのだろう。
落ち着いて見回せば、部屋の作りも豪華なものに変わっている。
床には立派な絨毯が敷かれ、ヨーロッパの神殿で見るような柱まである。
…西洋の城?
思わずぽかんと口を開けた、間抜けな顔で立ち止まっている俺を侍女さんが呼ぶ。
それからもう一度階段を上った後に、大きさに加えて精緻な彫刻といった立派な扉が奥にある部屋に案内された。
侍女さんに準備が整うまで少し待つように言われ、俺は扉を守護しているであろう甲冑や豪奢な部屋をぼんやりと眺めていた。
甲冑…というか騎士なんだろうが、先ほど見たのより見栄えがいい。よく見れば派手にならない程度に彫刻が刻まれているし、腰に帯びている剣の鞘や柄には素人でも高そうと思える作りになっている。
床も最初の部屋で見たような石畳でなく、大理石のようなつるっとした作りになっている。壁には大きなタペストリーがかかっているし、敷いてある絨毯も明らかにグレードが上がっている。
まあ、素人だからどれも凄い!としかわかんないだけど。とにかく俺の場違い感がハンパない。
しかし…なんか、見覚えがあるような?
こんな場所は絶対に来たことはない。だけど見たことはある…
これが既視感というものか?
なんて変な感慨に耽っていると、侍女さんに比べて遥かに身なりのいい男性がやって来て、自分が俺の案内役だと告げるのだった。
「これから国王様に会っていただきます」
うん。そんな予感はしていた。
これ以上無い程おかしな状況だろう。俺はいったい何を言われるのだろうか…
予想される展開は①勇者よ!魔王を倒してくれ!②異世界人よ!(以下同様)③ドッキリでした!(笑)
俺としては是非とも③であって欲しい…!
「大丈夫ですか…?」
「だ、ダイジョウブ」
彼はおそらく真っ青になっているであろう俺の顔を見て不安そうにしていたが、どうせダメと言っても中止にはしてくれないだろう。
彼は俺の様子に憐憫の視線を向けつつも、自分の役目を全うすることにしたようだ。
「…一礼した後に私について進み、立ち止まったら同じように右隣に立ってください。私はそこで退場するので、そのまま国王様のお話を伺ってください」
男の合図で立派な扉が観音開きに開かれる。
俺は緊張でガチガチになりながらも指示通りに扉の内側へと歩を進めるのだった。
謁見の間は控室をさらに豪華にした作りだった。天井から下がるシャンデリア、壁に刻まれた金縁の彫刻類といいとにかく凄い。小学生並みの表現で泣きたくなるが、凄いのだ。
左右には要所で見かけた例の西洋甲冑の一団が列をなして並んでいる。おそらく近衛騎士団とかそういうのだろう。錯乱して暴れたらばっさり斬られそうだ…
足元のレッドカーペットが続く先には数段上がった場所があり、そこには王冠を被り立派な髭を蓄えた男性が立派な緑のローブを羽織る『これぞ王様!』といった様子で玉座に腰かけている。
一段下には青い服の初老の男性が控えており、こちらは大臣とか宰相といったものだろう。
対して寒さ対策に羽織っていたコートの下はトレーナーにジーンズという、現代のカジュアルな恰好の俺はすさまじく浮いている。
しかしそんなことも気にならないほどの緊張と、先ほどからずっと感じている違和感に既視感。
何とか案内役の指示通りに所定の位置に立つと、静かに下がっていく案内役を横目で見送る。
いったい何が起こるのかと震えながら王様を見ていると、背後で扉の閉まる重い音が聞こえ、大臣らしき人物が静かに王様に頭を垂れた。
王様は椅子から立ち上がると、俺を見据えて威厳たっぷりの振る舞いで声を張り上げる。
「よくぞ来た!勇敢なる異世界の者よ!敵は魔王じゃ!世界の人々は…」
「ドラ○エかよ!!」
思わず叫んでしまった。
途中で遮られた王様や大臣らしき人物が、こちらを向いたまま目を見開いている。
左右の騎士達からも息をのむ音が聞こえてくる。
やっちまった!!
だけどさっきから感じていた既視感の正体が分かった。
国民的RPGである『ドラゴン○エスト』の始まりの一節にそっくりじゃねーか!
よく見たら部屋の作りに人物の配置までまねてやがる。一体どうなってるんだ!?
いや、それよりも今の状況の方がヤバイ!
王様のセリフを思いっきり遮っちまった。
場内は恐ろしいほどに静まり返っており、全身に冷や汗がびっしりと浮かんできたのが分かる。
目が泳いでいる俺を見て、既に平静を取り戻している王様はゆっくりと頷くと再び口を開いた。
「世界の人々は未だ魔王の名前すら知らぬ…」
続けるのかよ!
今度はなんとか叫ばずに済んだが俺の奥歯がヤバイ。食いしばりすぎて歯が折れるかも。
まだ話が続きそうなので考えを纏めると――②の可能性が急上昇。
俺は何としても③の可能性を信じたいのだが、よく見ると大臣の耳が長い。
ファンタジーでよくあるエルフ?ってくらい長いんだ…
それとさっきから視界の端に妖精?のような小さな少女がふよふよ飛んでいるんだよね。
どうか見間違いであって欲しい。
「…これで装備を整えるがよかろう」
話がいったん途切れたところで二人の騎士が重たそうな宝箱を持ってくる。
目の前で開けてくれた宝箱に入っていたのは、わざわざ『50G』と書かれた小袋に袋、そして木の棒と太めの木が二本。
「これ完全にドラ○エ3だ!」
思わず叫んでしまった俺に、目の前の騎士がビクッと体を震わせる。
こんな近距離で叫んだら、そりゃビックリするよね。ほんとすみません。
王様たちも再び目を見開いており、今度は顔も赤くなってきている。
まずいまずい!本格的に怒らせてしまったようだ!
俺は慌てて頭を下げて謝罪する。
「申し訳ありません!」
しばらく頭を下げるも、叱責どころか返事すらない。
おそるおそる頭を上げて王様を見ると――
「よくぞ来た!異世界の勇者よ!おぬしがつぎのレベルになるには29の経験が必要じゃ…」
「経験値あんのかよ!!」
もうダメだ。つっこむしかない。
この畳みかけるような出来事にはつっこまずにはいられない。
不敬罪で斬られても仕方ない。こんなの止められるわけないじゃない!?
俺のツッコミに顔を真っ赤にしてぷるぷるしていた王様だったが、どうにか心を落ち着かせるように深く息を吐いた。
次に来るセリフが怖い。これが本当のゲームだったらよかったのに。
俺の人生も二十四歳で終わりそうだ。色々したかったなぁ…
ところが王様の次の言葉は予想外のものだった。
「皆の者、待ちわびた勇者の到来じゃ!」
その瞬間、謁見の間が歓声に包まれた。
お読みいただきありがとうございます。
長編に挑戦です。開始早々ですが不定期連載となります。
8/20 ドラゴンスレイヤーが実在していたので改訂。元ネタに準拠して変更