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10.動物と触れ合おう

 俺は目前にそびえ立つ生物に圧倒されていた。

 体高は二メートルを超え四本の足は人間の胴のように太い。当然胴回りも太く、北海道のばんえい競争で見られる巨大馬をさらに太くしたようだ。

 特徴的なのはその体表で、体毛の代わりに硬い鱗で覆われている。しかもその色合いは見る場所(・・)によって変化する。ここで言う場所はこの生物がいる場所の事で、森の中にいれば緑か茶色に岩場にいれば灰色にというように、周囲の環境に応じてその色合いを変化させるカメレオンの如き機能を持つのだ。

 それでいて顔つきは地球に住む馬のように見える。まあ、あくまで見えるだけであってようく見ると違うのだが。


 その巨体から凄まじい存在感を発揮するファンタジー生物に圧倒されている俺に対し、メリーさんは事も無げにいう。


「本日はこのかわいい『馬』と戯れましょう」

「バカじゃないの!?これが馬って!似てるの顔だけだろ!?」


 恐ろしいことにこの巨大生命体がこの世界の馬だという。体高で二メートル越えなので頭の高さを入れればゆうに三メートルは余裕で超える。


「と申されましても、名付けられたのは過去の勇者様ですし」

「だろうね!」


 困った風に言われるが俺だってわかってるさ!あの顔だけ見たら俺でもそう名付ける。

 馬(仮)は俺の反応が気に障ったのか、腹に響くような重低音の嘶きを上げて首をもたげる。

 その動作に驚いた俺は自然と腰が引ける。


「そ、そもそも何でこの馬(仮)と触れ合うことに?」

「それはカミムラ様はお疲れだと思ったので、動物と触れ合って心身ともにりふれっしゅ?していただこうかと」

「逆に疲れそうだよ…」

「…おかしいですね。過去の記録で勇者様の世界には『あにまるせらぴー』という癒しの方法があると調べたのですが」

「触れ合う動物にも限度があるわ!」


 普通は小動物を持ってくるだろうに何でこんなことに…。過去の勇者のせいですね。

 力が有り余ってるタイプばかりだったろうからなあ。どんなじゃじゃ馬でも乗りこなせるし、それこそドラゴンとかそういう生物でも平気だったんだろう。


「どうやら勘違いされているようですが、この子は大人しい種族ですよ?」

「え、こんな巨体なのに?」

「見てください、先ほどからカミムラ様が大声をあげるので怯えてしまっています」


 馬(仮)を見上げれば先ほどと同じように嘶きと共に体を揺すっている。

 …いや違う、震えてる!?

 よく見ればぷるぷると小刻みに震えている。


「馬は元来とても臆病な生き物なのです。ほら、あんなに怯えて可哀想に…」

「冗談じゃなかったのか…」


 地球の馬も臆病な動物というけれど異世界の馬も同じのようだ。サイズは二倍くらいあるけどな。


 怯える馬(もう馬でいいや)の鳴き声を聞きつけたのか、奥にある大型厩舎から小さなサイズの馬が出て来た。そのまま怯える馬をなだめる様に体を大きな足に擦り付けると子どもらしい高い声で優しく鳴く。

 体高二メートル超えの大型馬に比べて小型馬はその半分程度しかない。日本で見るポニーと同じくらいと言えば想像がつくだろうか。このくらいのサイズなら可愛いんだけどな。


「子馬か。親の鳴き声で寄ってきたのかな」


 子供の方が親をなだめるとは、もう少ししっかりしろよ巨大馬!


「確かに親子ですが、大きい方が子供ですよ」

「はい!?」


 危険が無いようにと近くで見守っていた飼育員の男性が困ったように言う。

 どう見たってサイズ的に逆だと思うが、なんと小さい方が母親らしい。


「あの小さな体からこの巨体が生まれるのか…」

「ははは、さすがに生まれる時は子供も同じサイズですよ。むしろ今は母親が小さくなっているだけです」

「小さくなっている?」

「ええ、通常なら母親もあの子と同じサイズです。つい先日長距離を走ったので体力が落ちているのです」

「体力が落ちたってレベルじゃねーぞ…」


 そのまま飼育員に異世界の馬の生態について聞くことになった。


 この世界の馬とは大型に成長するがその体格に反比例するかのように臆病な性格らしい。そのため戦闘用には向いておらず専ら移動や連絡に利用されている。

 この移動や連絡用に訓練するのも臆病な性格が災いして結構大変なようで、まずは人に慣れることから始まり、専用の御者や馬車に慣れさせて初めてまともに使えるようになるそうだ。


 連絡用に至っては利用目的も伝達手段の中でも急を要する事態に限定され、その巨体から繰り出される圧倒的な馬力をもって恐ろしい速度で走り抜ける。…のだがこれも臆病な性格が邪魔をするので、なんと走行中は目隠しをして疾走する。この目隠し走行の為に道を覚えさせるのも一苦労だそうだ。ただし覚えたらあとは本能で走り抜けるそうなので楽だという。


「伝馬の走る姿は圧巻ですよ。その巨体で街道をあっという間に走り去っていきますからね。初めて見た人は皆唖然とします」


 とはメリーさんの言葉。それくらい凄い物らしい。


 なお、この馬の存在はすべての民が教えられる。というのもその走りに巻き込まれたら無事ではいられないからだ。日本人の感覚で言えば高速で走る中型トラックの前にいるような感じだろうか?ぶつかればまず助からない。

 そこでしっかり馬が来たら道を開ける様に国際法で決められており、街道沿いに住む人々は地域の大人からきつく教えられる。


「『耳を打つ強烈な音が聞こえて来たら急いで道から離れるんだよ』これがその教えです。あの巨体から出るスピードに加えて光学迷彩ですからね。まず見れませんし、見ていたら間に合いません。そこで頭部につけた風笛から出る音を聞いたら一目散に離れるというわけです」


 実際に見せてもらった風笛は風車のような飾りに連動して音が鳴るようになっている。少しだけ回して音も聞かせてもらったが警笛の音に似ている。用途からして似たような感じになったのだろう。


 その走りをメリーさんが見た時は、遠くから強烈な音が聞こえてきたと思ったら疾走する砂ぼこりがやって来て、その中でちらちらと何かが光っているかな?と思ったら既に通過していたそうだ。

 …なんだかF1の通過シーンみたいですね。なんて思わずこぼしてしまいメリーさんに問い詰められたりもしたがそれは置いておく。


「そうして走り終わった姿があのサイズです。馬は日々の生活で貯めた体力を一気に使用して走り抜けるのです。走り抜けた後の体は自然と再構成されその時の体力に見合った体格まで縮みます。これは野生時代に外敵から逃げるための走行能力と光学迷彩、その後の落ち込んだ体力で体を維持できるようにした形態変化と目くらましのための縮小化でしょう」

「馬ってスゲエ…」


 俺は異世界動物の神秘を体感した。なお、怯えられて触れ合いは出来なかった。




「本日はパンダを見に行こうと思います」

「今度はパンダですか」


 今日もメリーさんに連れられて動物見学だ。だがそのメリーさんの服装がおかしい。下は動きやすいパンツルックに上はポケットのたくさんついたジャケット。そう、まるでサファリジャケットを着た探検家のような出で立ちだ。


「…その格好は?」

「対象はパンダですからね。下手な恰好をすれば()られます」

「何を!?」


 メリーさんは何も答えず、不敵にニヤリと笑うと俺を同じような服装に着替えさせる。

 そこは何か答えろよ。普段は周囲に溶け込んでいるニンジャの皆さんが今日は増員され、しかも似たような恰好で姿を現していることも不安をあおる。


「いったい何が起こるんだ…」


 俺は先日の馬が牽く目張りされた馬車に乗せられ、行く先も告げられないまま目的地へと向かったのだった。



「ここが国の特殊動物保護地区で、通称『触れ得ざる竹林』と言います」

「名前からして穏やかじゃないね」


 目の前には竹林が鬱蒼と広がっている。竹林は周囲を堅牢な柵で囲われ定点おきに物見櫓が監視するように建っている。問題はその監視先が外というより中を重視しているのが非常に気になるところだ…


「あの物見櫓は…」

「もちろん監視のためです。出てこられたら大変ですからね」

「…何が出てくるというのかな」

「パンダに決まっているでしょう?」


 何を当然のことを?みたいな顔で見られた。

 いやいや、パンダの監視に何で完全武装の兵士が必要なんですかね?



「これから竹林内に設けられた第一砦に向かいます」


 その発言で誰もが沈黙し空気が張り詰める。集まった中でも若い護衛は顔が強張っており、あのハットリさんですら緊張の色を隠せない。


「安心してください、既に数日前から砦へ至る道には忌避煙幕が張られています。目標のパンダも離れた地点で遠巻きにしている姿が確認されています」

「わかった。そこは特殊警備隊(あいつら)の仕事を信じよう。俺たちは無事に砦まで護衛するだけだ」


 ハットリさんの言葉に皆が決意のこもった眼差しで頷く。

 あまりに静けさに誰かが緊張からごくりと唾をのむ音が聞こえた。

 …なんだこれ


「あの、そろそろ俺に説明して貰えませんかね?」

「そうですね、ここまで来たら説明した方が安全でしょう。まず、パンダですが…」

「待て!様子がおかしい!」


 メリーさんが説明を始めたところでハットリさんが異変に気付く。

 俺も何事かと周囲を見回すと遠く離れた空に赤い色の煙が上がっていることに気付く。あれは狼煙か?


「おい!赤い狼煙があがった!お前ら早く櫓にあがれ!!」


 櫓にいる特殊警備隊から声がかかり、俺達はハットリさんの指示で分散して櫓に登る。

 いったい何が起こっているんだ!?



 櫓に登り終えた頃には最寄りの櫓からも赤い狼煙があがるのが確認された。

 俺たちが入る筈だった入口の門は固く閉じられ、避難先の左右の物見櫓にいた隊員は真剣な目で煙の上がる方向の竹林を凝視している。

 理由はわからないが狼煙の方向に何かありそうだ。


「何が起きているんですか?」

「パンダだ…」

「え?」

「パンダが柵に近づいている」


 隊員は監視する目はそのままに絞り出すような声で答える。

 そう言われても全くピンとこない俺はメリーさんに視線で問いかける。

 メリーさんは監視の邪魔をしないようにと小声で話し出した。


「説明の途中でしたね。この森にはパンダという白黒の模様の動物が生息しています。本日はそのパンダを遠くから見る予定でした」

「最初にそう言ってたね」


―本日はパンダを見に行こうと思います―だもんな。そこは分かる。


「パンダとは非常に珍しい動物です。動物でありながらその強靭な肉体で他の獰猛な生物を退け、竹と呼ばれる植物のみを食べて生活します」


 パンダは漢字で大熊猫って書くくらいだからね。白黒だけどありゃクマだ。


「その強力な一撃は重装の兵士すら吹き飛ばし、記録では馬すら屠ったといいます」

「あの馬を!?」

「はい。その影響力…いえ、支配力と言いましょうか。その支配力から生存区域には無害な生物以外は近寄らず、悠々と竹林を闊歩する様子をもって『竹林の覇者』と呼ばれています」

「ち、竹林の覇者…」


 俺の知ってるパンダと違う!?

 前回の馬といいなんとなく予想はしていたけどさ!馬を一撃で屠るってなんだよ。馬は前長三メートル以上あるんだぞ。


「来たぞ…!」


 俺たちの会話を遮るように隊員が小声で叫ぶ。そのまま流れるような手つきで松明に円筒を投げ込むと、やがて先ほどまでに確認したのと同じ赤い煙が立ち上る。


 俺は別の隊員が冷や汗を垂らしながら凝視する方向を見れば、そこには先ほどまではいなかった白黒の大型生物がのしのしと二足歩行しているのが確認できた。


「あれがパンダ…!?」


 ベースの黒に白いまだら模様が全身に広がり確かにパンダの色をしている。馬と同様に体格は地球種より全体的に大きく体長は二メートルほどだ。特徴として右目は開いているが大きな爪痕があり可愛らしい顔が強面に見える。また、ここに来るまでに戦闘でもしてきたのか体には赤い血が飛び散っている。

 何よりおかしな点は二足歩行だ。確かに見た目はパンダなのだが、パンダとしてなんとも肯定しづらい。


 俺がそんな感想を抱いていると、パンダはある一方をじっと見つめて底から響くような遠吠えを放った。

 そのパンダらしからぬ恐ろし気な鳴き声に近くの竹林から鳥が一斉に飛び立つ。


「あれ本当にパンダ?」

「まずいな…若者組の暴れん坊の野郎だ」

「暴れん坊?」

「叩いた竹のしなりを利用して体を鍛えるような奴だ。加えてその気性の荒さからついた名が暴れん坊さ」

「何それ怖い」


 隊員はその監視任務のうちに個体の把握も入っているが、暴れん坊は中でも有名個体だという。

 どうやら暴れん坊は竹のしなりを利用したシャドーボクシングをしているらしい。避けることで反射神経を鍛えるとともに、わざとぶつかることで打たれ強さも鍛えているという。


 しばらくして暴れん坊の現れた反対側からも狼煙が上がり、その勢いはだんだんと近くの櫓へと近づいてくる。これは反対側からも何かが来ているのだろう。まあパンダだろうけど。


「おいでなすった!キングのお出ましだ!!」

「キング?」

「この森の群れを統率しているリーダーだ。今のところ10年もその地位を維持している化け物さ」

「パンダってだいたい二十年くらいの寿命だよな。それを考えると凄いな」

「へへっ…こいつは血を見るぜ…」


 隊員さんはこんなキャラだったのかとメリーさんと二人で顔を合わせる。最初はシリアスな登場したのに。


 やがて暴れん坊に相対するように大きなパンダが堂々とした振るまいで現れる。

 こいつも見た目は普通のパンダなのだが体のいたるところに古傷らしき跡があり、何より特徴的なのは首から斜めにたすき掛けのように黒いベルトを巻いている。そしてベルトには眩く光る金色のメダルが中央に嵌め込んである。


「チャンピオンベルト…?」

「そうさ、あいつはこの森の王者として君臨している」

「え、いや…何で?」

「あのベルトは王者の証だ」


 そんなわかるだろう?みたいな顔を…あれ、皆頷いてるし。理解できないの俺だけ!?

 驚愕する俺をよそに相対したパンダは低いうなり声をあげながらにらみ合う。

 五分も経過したあたりでパンダたちにに戸惑いの空気が流れる。二頭とも困惑したように櫓をちらちらと見上げてくるのだが、意味が分からない。


「しまった!審判か!?まずい、今日はバッカスの野郎は休養日だ!」

「審判!?」

「パンダファイトだよ!これから群れのリーダーをかけたパンダファイトが行われる!!」


 隊員さんはこの世の終わりでもあるかのように頭を抱える。

 いや、何で審判に人間が当たるんだよ。そもそもパンダファイトって何だ。



「私にお任せください」


 その一言が背後で聞こえたかと思うと俺の隣を人影が走り抜ける。そのまま櫓の端まで辿り着くと止める間もなく軽やかに飛び降りた。

 唖然とした俺の目に、空中で前方回転しひねりを加えながら二頭のパンダの真ん中に降り立つ執事服の男―セバスチャンが映った。


「な、何を…」

「おいお前!危険だからすぐに戻れ!」

「くそっ、止められなかった。俺の目をすり抜けるとは何て奴だ」


 ようやく事態に意識が追いついた面々が騒ぎだす。


「ご心配なく。これでもレフリー資格一級を持っております」


 セバスチャンは慌てず余裕の笑み。


「え、セバスさん?何言ってんの!?」

「一級だって!?あの難関を突破したのか!」

「さすがセバスだ。これなら安心してみていられる」

「何その手のひら返し!どういうこと!?」


 一人混乱する俺。なんだか俺だけおかしいみたいじゃねーか!

 セバスさんを襲うかと思われたパンダすら感心するかのようにセバスさんを見ている。

 見かねたメリーさんが説明してくれる。


「レフリー資格はあらゆる争い事の裁定が行えます。中でも一級となれば、ご覧の通り猛獣同士の決闘から吹き付ける風とそれを受ける岩の争いまで判定できます」

「後半の説明でますます混乱したんだけど!どういうこと!?」

「執事の嗜みです」

「執事って何だ!?」


 大騒ぎの俺に周囲の人たちどころかパンダすら迷惑そうな顔で見てくる。

 わかったよ!静かにしてるよ!


 セバスチャンはキングから丁重にベルトを受け取ると、俺が不満顔ながらも押し黙った確認し咳ばらいを一つした。


「ではこれよりパンダファイトを行います。本日の対戦は王者『こたろう』と挑戦者の暴れん坊『ぷち』となります」

「名前可愛いな!」


 『こたろう』もそうだが『ぷち』は絶望的に似合わない。あの殺し屋みたいな風体のパンダのどこにぷち(・・)要素があるのだろうか…




「双方とも気合十分ですね。では始めます。パンダファイト、レディ―ゴッ!」


 セバスチャンは合図と同時に後退し二頭は一斉に距離を縮める。

 二足歩行のパンダも戦闘時の本気走りは四つん這いのようで、そのまま恐ろしいスピードでぶつかり合う。


 衝撃で双方の頭が上がるもその反動を利用して思いっきり右腕を振り下ろす暴れん坊に対し、キングは慌てずに左腕でがっぷりと掴んで応戦する。きっと左は利き腕ではないのだろうが、スピードが乗り切る前に組み合うことで威力を殺して対処するキングの経験を見せつけられた。


 強力な一撃をお見舞いするはずだった初手を止められた暴れん坊は苛立ちのうなり声をあげ、すかさず頭部を狙って下から救い上げる様に左腕を伸ばす。これをキングは状態をそらすようにして回避、逆に右腕を頭上から叩きつけるように振り下ろす。


 思わぬ一撃を食らった暴れん坊だが、弾みで外れた右腕も使って四つん這いになると胴体を狙って体当たりを仕掛ける。まさか堪えられると思わなかったのかキングが驚きの声をあげながら後ろに倒される。すかさず追撃の一撃をかける暴れん坊だが、そこはキングが横に転がって避けるとそのまま距離をとる。


「パンダのイメージが変わるな…」

「いや、これでこそパンダファイトだ!」

「カミムラ様、パンダの順位争いは滅多に見れるものではありません。一瞬たりとも見逃せませんよ」


 思わず手に汗握る戦闘をパンダに見せられている。

 クマでもない、あのパンダに激しい戦闘を見せられていることに俺は驚きを隠せないが、周りはそうでもないらしい。

 気付けば俺やメリーさんだけでなく、普段は冷静な護衛のメンバーも含めて皆がその熱狂に飲み込まれていた。


 一度距離をとった二頭だが、キングも暴れん坊が勢いだけの若造ではなく侮れない相手だと認識したのか先ほどより動きが慎重になっている。対する挑戦者の暴れん坊も今まで降してきた相手と違い、歴戦の勇士であるキングには力だけでは通じず攻めあぐねている。

 事態は膠着状態へと突入した。


「キングは既に十四歳の高齢だ。対して暴れん坊はまだ九歳、体力的に最も脂がのっている時期と言える。経験ではキングが勝るが、長期戦になると暴れん坊に有利だな」

「人間にしたら親子ぐらいの歳の差だな。その年で現役とはキングと言われるだけある…」


 隊員と護衛の会話が格闘技の解説を聞いているようだ。

 おかしい、俺はパンダを見に来たはずなんだが。…いや、確かに見ているか。


 俺の内心の葛藤をよそに事態は唐突に動いた。



「暴れん坊が勝負をかけた!」


 長時間の戦闘でスタミナが切れてきたのか動きにキレを欠いてきたキングに暴れん坊が仕掛ける。

 一見すると試合開始時の突進を彷彿とさせるが、それ以上の勢いと迫力をもってキングに襲い掛かる。

 その勢いにキングはとっさに反応できず、目前で身を起こした暴れん坊をに思わず一歩退く。


「な、何ぃー!?」


 その時俺たちは驚愕の展開を目撃する。

 キングは暴れん坊の勢いを殺さずに真後ろに倒れ込む。そうして覆いかぶさるような形になった暴れん坊の腕を掴むと右足を腹にあてて蹴り上げ、後方に投げた(・・・)


「と、巴投げ!?」


 そう、柔道の巴投げだ。クマに襲われ巴投げで撃退した人がニュースになったが、こちらはパンダがパンダを巴投げたのだ。

 思ってもみなかった形で投げられた暴れん坊は受け身をとれず、地面に激突した衝撃で失神したのかピクリとも動かない。

 あまりの展開に辺りは恐ろしいまでの静けさだ。


 暴れん坊の様子を確認していたセバスチャンだったが、やがてキングのそばに寄ると右腕を持ち上げ高らかにその勝利を宣言する。


「勝者、キング!!」

「うおおおおおおおー!!!」


 俺たちはその世紀の一戦を目撃した興奮か、歓声と惜しみない拍手を捧げる。

 セバスチャンは預かっていたベルトをキングの腰に巻き、そのまま送り出す。


「キーンーグ!キーンーグ!」


 キングは歓声に応える様に右手を一度大きくあげると、来た時と同じように堂々とした振る舞いで竹林に消えていった。


 それから一分もしないうちに暴れん坊も意識が戻ったのか頭を振って起き上がると周囲を確認するが、既にキングの姿が無いことに気付いて自分の敗北を悟ると少しの間放心した。

 セバスチャンが労わる様に暴れん坊の背中を撫でてやると、暴れん坊は小さく感謝の鳴き声を上げ元来た道を帰ろうとする。


「いい試合だったぜ暴れん坊!」

「次は期待してるからな!」

「絶対諦めんじゃねーぞ!」


 背後からかかった声援に暴れん坊も思わず立ち止まる。その矜持からか決して振り返りはしなかったが一度だけ左腕を力強く掲げると再び四つん這いになり颯爽と走り去った。



「これは暴れん坊の今後が楽しみですね!」

「キングもあの老練な動きを考えるとまだわかりませんな」


 帰りの馬車の中は当然ながらパンダファイトの話題でもちきりだった。それも出発前のピリピリしたムードからは考えられない和気あいあいとした雰囲気だ。


 俺にとっては単なる動物見学のはずが当初から想定と異なるとは思いもよらなかったが、結果としては素晴らしい物を見れたと思う。

 パンダの生態から群れのリーダー争いまで貴重なものがわんさか見れた。これは本当に幸運なことなのだろう。


 だがその一部始終を見てもなお、思わずにはいられない。


「パンダって何だろう」


 答えは出ない。

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