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09.やつが来る

「お待ちかねの人魔大戦についてです」

「誰が待っていたというのか」

「おかしいですね、私にはそう感じられたのですが」

「そうですか…」


 今日もいつもの講堂で座学の時間です。

 はぁ…ついに赤い彗星が来るのか。いや本人は来ないけどそのあふれ出る存在感がね…

 今までも何か話を聞くたびに不意に顔を覗かせるんだ。ライデンさんの家名から始まって、肖像画に戦闘車とかね?


「おや、ため息などつかれて。何か悩み事でも?」

「先行きが不安で仕方ない」

「勇者様ともあろうお方が何をおっしゃいますか。少なくともこの国では下にも置かない扱いをいたしておりますが?」

「この話の展開だよぉー!?」


 メリーさんとのやり取りも最近ではこれだ。どちらも遠慮が無くなってきている。

 まだ午前中だというのに早くも疲労感がつのる。今日はそれなりの覚悟をしよう。


「人魔大戦そのものは以前お話しした通りです。人間種の生存圏の拡大による東進と、魔族側の生存圏に起きた問題に起因する西進によって双方が衝突しました。決戦の地はそれまで緩衝地帯となっていた大平原、現在ではセキガハラと呼ばれている場所です」

「うん、いきなり来たね関ケ原。東西軍だからわからなくはないけど。ああ、続けてください」


 メリーさんのメモに記入する手が残念そうに止まった。ただ小声で「あとでチェック…」とつぶやいている。


「それでは気を取り直して、人魔大戦を語るうえで欠かせない人物に登場いただきましょう。国家公認語り師のナガイさんです」


 そういわれて入室してきたのは還暦を過ぎたであろう男性だった。

 少々薄い頭髪と丸眼鏡をかけてほほ笑む様は、なぜか国民的お父さんという感じがする。


「どうも、ご紹介いただきました国家公認語り師のナガイです」

「よろしくお願いします(やはり国民的お父さんでロボットの方だとナレーションの人だ…)」


 特徴的な声色で挨拶をされ元ネタを確信する。だが不思議と拒否感は無かった。


「では始めます。人間種が広がった生存圏を東に拡大させて既に半世紀が過ぎていた。セントラルの周りの都市は…」

「おお…」


 俺は現地風に変更されたナレーションに謎の感動をしていた。本来はツッコむべき所なのだが不思議と続きを聞きたくなる。ええい、これが国家公認語り師の能力というものか。


「…戦争は膠着状態に入り、半年あまりが過ぎていた。そんなとき王国に一人の勇者が降り立った。彼は全身を赤い衣で身を包み、頭部には角が特徴的な兜を被っていた。その名を西津田守(にしつだまもる)、今日の勇者『シャー・ツダマモル』である」

「偽名かと思ったらわりと本名!?」


 絶対にあり得ない名前だと思っていたら、一部の読み方と区切りを変えただけという衝撃の事実。

 正に事実は小説よりも奇なりだ。

 ちなみに登場時からあの服装なのも本当で、どうもイベント帰りだったらしい…


 俺の驚愕をよそに、時々不思議な魔道具を使い効果音などを出しつつ講談師のような弁舌は続く。


「…快進撃を続ける人間種側であったが、あるとき魔族領の外れで不穏な動きを察知する。調査に向かった先でシャーの随伴騎士が目にしたものは、王国に勝るとも劣らない規模で行われる召喚儀式であった」

「ん?この流れどこかで…」

「今ならまだ間に合うと判断し飛び込む騎士であったが、数名を切り伏せたところで儀式が完了し、魔方陣より現れた者に一撃のもと倒される。そのとき別の騎士が遠目で確認したのは、黄色いツバの帽子に青と白で構成された衣服を纏い、赤いマントで颯爽と風を切って走る女性の姿であった」


 いつの間に用意していたのか壁に大きな絵がかけられる。これは紙芝居のノリだな。

 というか、召喚された者の恰好はりぼんの騎士じゃねーか!

 例によってイベント前の衣装合わせ中に呼ばれたそうです。


「彼女は強力な召喚儀式によって得た、その類稀なる能力をもって各地で人間種側の進撃を止めると、やがて魔族の各部族をまとめ上げ魔王となる。彼女は人間種側からはその風体を元に『魔族連邦の白い悪魔』と呼ばれるようになる…」

「やっぱり来たか!予想外に良いネーミングしやがって!というか色々と逆じゃね!?」


 いや、魔族側だから悪魔であってるんだが…。王国の勇者が赤い彗星といいモヤモヤする!

 彼女は悪魔なんて呼ばれているが立ち位置としては悪魔側の勇者で、立場は魔王にあたる。


「…人間種側の勇者投入によって進んだ戦線は白い悪魔の召喚により再び膠着し、場所によっては盛り返されることとなる。これは双方にとって望まない消耗戦が続くかと思われた。その後も各地で激突する赤い彗星と白い悪魔、双方が決戦の地を大平原へと定めるのも時間の問題であった…」

「これでセキガハラ決戦に続くのか…」


 もうだいぶお腹いっぱいなんだがここからが重要らしい。

 あ、例の戦闘車レオポルドは魔王召喚の時に運用試験中でそのままお蔵入りになったそうです。

 赤い彗星が召喚の場面に出てこれなかったのもこのせいね。


「…大平原でにらみ合う勇者と魔王の二人には共通点があった。それは異世界から召喚されたことと戦争を望まないということだった」

「まあ、日本生まれならそうだろうなぁ…」

「それまでの各地での戦闘のさなか、二人は幾度も言葉を交わした」


 そこまで話すとナガイさんは脇に移動する。するといつの間にか来ていた男女が中央に出張る。

 おや、あの見た目で強烈なインパクトを与える恰好の男女は…


男「ああ、天気の状態ぐらい教えてくれればいいのに(小走りで)」

男「鳥だ(何処かを見つめながら)」

女「かわいそうに(同じ方向を見ながら)」


 …寸劇が始まった。思わず隣にいるメリーさんに目で訴えると「創作です」と小声で返答された。

 創作なのかよ!やりたかった出会いのシーンなんだろうけどさ!

 でも赤い彗星が白い悪魔役で、白い悪魔が新人類な女の子の役をしている。もう色々とメチャクチャだ。


女「私は救ってくれた人の為に戦うの」

男「それだけの為に?」

女「それは人の生きるための真理よ」

男「では、この僕達の出会いはなんなんだ?」


 話が飛んでるし!再びメリーさんを見る。「尺の関係です」と返ってくる。生々しいな!

 そのあと『戦争を止めるために呼ばれたのだろう』という展開に落ち着いて終わった。

 原作だと死んじゃうしなぁ…なんて思ってるうちにそそくさと二人の役者は退出した。


「戦場で分かりあう二人、そこにかつての憎しみ合う姿は既になかった。二人はこの決戦で戦争を終わらせようと考えていた」

「何事も無かったかのように続けるプロ根性が凄い」


 セキガハラの戦いは大軍同士の争いに加えて勇者と魔王という強力な二人がいる。それは悲惨な戦いとなったそうだ。

 双方とも多大な犠牲者を出したにも関わらず決着のつかないまま撤退することとなる。


「…人々は自らの行為に恐怖した。それは従来の各地での小規模な争いと異なり、見晴らしの良い大平原で行われたため種族を問わず人々の心に深く突き刺さった。それは双方の陣営で静かに広がっていた平和への欲求が、あたかも燎原の火の如く大きなうねりとなるのに十分な出来事だった」

「本気の勇者同士の激突だしな。悲惨な出来事だったろうなぁ」

「勇者と魔王、加えて双方の和平派の尽力によりこの戦いのあと、人間種を代表して王国と魔族連邦の間で終戦協定が結ばれたのであった」


 結果として勇者の存在が戦争を終わらせたといえる。

 二人は戦争に勝つためではなく、終わらせるために呼ばれたというわけだ。


「ここまでが公表されている正史です」

「……おい」


 実際は一計を案じた二人が戦線にそれぞれの強硬派を集め、混乱のどさくさで殲滅していったそうだ。今後の和平の障害となるであろう勢力を取り除いておこうという腹だった。


 選ばれた側もろくでもないのが多かったので、思ったより罪悪感は少なくて済んだという。

 人間種側で言えば戦争継続させて私腹を肥やしたり領土欲にかられた貴族となり、魔族側では力に溺れ殺人に狂った者や権力闘争に利用していた者たちなどだ。ほんとろくでもないな。


「終戦協定がうまくいったのも双方で和平工作をしていた結果です」

「戦争時でも交渉窓口を持つとか、勢力を説得するとかかな?」

「ソフトなところでは吟遊詩人を使った大衆の扇動や、甚大な被害を受けたといった虚偽を交えた真実の流布。ハードなものは危険人物の排除ですね」

「結構えげつないな」


 すべては早期平和のためと割り切った結果だろう。

 結果として双方の和解と今の平和があるのでうまくやったと言える。


「それでその後の二人はどうなったの?」

「お二人は共同で戦後の復興と人魔問わず種族の融和に努めました。加えて新規に始めた特殊文化出版業務では各業界に多大な影響を与えました」

「特殊文化出版業務?」

「いわゆる漫画に同人誌です」

「ああ…」


 まあ、彼らの嗜好を考えれば広めるだろうね。

 新聞に載っていたデフォルメの技法はこいつらが元だろう。


「ですが嗜好性の違いから、のちに決裂しそれぞれの道を歩まれました」

「ミュージシャンみたいな理由だな!」

「だからと言ってその功績が色褪せることはありません。それくらい偉大な方たちなのです」

「嗜好性の違いがなんとなく予想がつくのが辛い。やはり濃い人だった…」


 萌えとかBLとかその辺なんでしょうね。しかしこれで一つの大きな山場を乗り切ったのだ。

 俺はそう思うことで無理やり気を静めることにした。

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