00.プロローグ
年末も押し迫る中、俺は庭で一人、たき火をしていた。
大学を卒業し、無事に就職して二年もたつと仕事にも慣れた。幸い身辺も落ち着いている。
ただ通勤には時間がかかっている事もあり、四月からは住み慣れた実家を出て職場に近い場所に引っ越すことにした。
決断すれば後は早い。
ときどき不動産情報を漁っては新居の候補を眺めつつ、現在は年末の大掃除に合わせて、家を出る前に不要なものを少しずつ処分している最中だ。
俺が一人でたき火をしているのも、今日はたまたま家族が買い物に出かけていて家にはいないというだけ。
あらかじめ庭を軽く掃いて集めておいた落ち葉に、カモフラージュに用意した古い新聞紙などもあわせて燃やしつける。
やがて満足のいく火の勢いになったのを見て取ると、念のために周囲を確認してから本命の|ブツ≪・・≫を懐から取り出し、静かに火にくべた。
そう、これは証拠隠滅である。絶対に気付かれてはいけない。
だからわざわざ塀で囲まれお隣さんからも死角となる、この寂しい裏庭でやっているのだ。
近くに人がいなければ誰にも気付かれることはないだろう。
もちろん、ここまで念入りにしているのも理由がある。
燃やしているのは黒歴史。
黒い装丁のノートをわざわざ買い求め、中には思いつく限りの空想・妄想を書き連ねたのだ。
表には白いペンで『黒曜の書』と書いてあり、開けばデ○ノート風の注意書きが…
ぐああああ!昔の俺が心をえぐる!
これぞ過去からの刺客……
はっ!いかん。これを見ていると死んだはずの中二病が息を吹き返してくる…
俺は慌てて目をそらすと、火の勢いを維持すべく燃料となる枯れ草などを追加で火にくべるのだった。
本は開かないと燃えにくい。
当たり前の事実に敗北した俺は、火かき棒代わりの枝で手繰り寄せたブツを手で数枚ごとに破いては、静かに火にくべていく羽目になった。
強制的に認識させられる内容にかすかな郷愁と、結構な精神的ダメージを受けながらも、この重要なミッションは次第に終わりへと近づいていった。
ノートといっても終わりまでびっしり書いてあるものでもないのだ。
高校に入学して暫く経ったとき、まるで状態異常から回復したかのように、急に目が覚めた。
それは高校生活という新しい環境になったことが、あたかも転地療法のように作用したのかもしれない。
少なくとも中学校時代の友人が数人しか一緒に入学しなかったせいで、今まで通りのんびり空想している余裕が無かったのは確かであり、それによって中二病から自然と距離をとったのが結果としてよかったのだろう。
だからと言って思い入れのある物をすぐに捨てられるわけもなく、処理する機会をずるずると伸ばしてきた結果が今日となったのだった。
そんな思いもよそに、書き込みのあるページも残り少なくなっていく。
……おお、これは懐かしい。
ひときわ目を引くのは、見開きを使って描かれた大きな魔方陣だった。
梵字やらラテン語やら、当時思いつくままそれっぽいのを使って、なんと二ヶ月もかけて書き上げた大作だった。
当初は何か目的を持って書いていたものの、途中から作成する事自体が目的となってしまい、書き終わった頃には大きな達成感を得たが、何を意図して書いたか本人ですらわからないという謎の魔方陣を生んでしまった。
ついでにしばらく書かなくて良いや、という思いから最後の書き込みとなっている。
ただ、ずいぶん思い入れのある作品なのは間違いない。
しばしまじまじと眺めた後、家族の帰ってくるであろう時間を思い出しては慌てて火にくべるのだった。
長々と燃やしていたたき火も可燃物の減少とともにその勢いは弱まっており、それが放り込まれたときには既に火も消えかけるようだったが、じりじりと裏から炙られるように熱が加えられると、まるで魔法陣を外側から描くように燃え上がっていった。
直後、唐突に目の前が真っ白になった。