五話、確かな形となって宿る。
光が消え、閉じていた瞳をそっと開く。
いつの間にか、薫は光と入れ替わる様に現れたハンドガンを握りしめていた。
包まれた光と同じ、橙の混じった濃い黄色をしたそのハンドガンは、初めて持ったはずなのにずしりと酷く手に馴染む。
馴染むのだが、先程の羽根で負傷している右手で握っている為にズキズキと痛みが走る。
(あれ……?もしかして、このハンドガン……)
「契約シタカッ……!!」
苛立ちの混じった色狩の声に、ハッと顔を上げる。
「シカシ、目的ハ変ワラン!」
色狩が羽を右に薙ぐと、再びビュッと何本かの羽が針のように飛んでくる。
それだけではなく、飛ばした色狩自身も薫を鋭い嘴で貫こうと迫ってくる。
薫は座り込んだままの逢音の前に立ちはだかると、片手でハンドガンを構えて色狩本体へと狙いを定める。
ゾンビゲームやガンシューティングゲームが好きな薫にとって、銃は慣れ親しんできた物だ。
サバゲー好きの叔父さんが集めているエアガンに触らせてもらった事もある。
だからこそ、扱い方は知っていた。片手でハンドガンを扱う事が難しいという事も。
しかし、今やろうとしている使い方は初めてだ。でも、これが正解のはずだと確信していた。
「かおかおっ!」
動かず、狙いを定めた癖に発砲する様子を見せない薫に逢音が叫ぶ。
心配しなくとも、黙って攻撃を受けるつもりは無い。
今の薫には、全てがスローモーションの様に見えていた。
羽根に紛れながら接近してきた色狩の鋭い嘴が薫の首へと突き出される。それを紙一重で交わしながら、フリーだった左手に握ったものを色狩の横顔へと突き刺した。
「ギャアアアアアアア!!」
ブスッと生々しい音がして、突き刺した所から黒い靄の様な物が大量に噴き出す。
それを浴びてしまい、薫は思わず顔を顰めた。
靄のはずなのに、まるで血のようで気持ち悪い。
突き刺していたものを引き抜きながら色狩から離れれば、色狩の体は力なく床へと落ちた。
「か、かおかお……?それ、何で……?」
呆然としたような逢音の声に振り向けば、彼女は何処か戸惑ったような目で自分を見上げていた。
薫の左手に握られていたのは、刃渡り十五センチメートルほどのサバイバルナイフ。
刃の色は勿論、山吹色だ。
「普通、色って一つの武器にしか形状変化出来ないんだよっ!?何でかおかお、銃もナイフも持ってるの!?」
「逢音さん、山吹色は一つの武器にしか形状変化していないよ。この武器は、これとこれで一つになるんだ」
逢音に説明しながら、薫はハンドガンの銃身の横にある、着剣ラグと呼ばれる出っ張りにサバイバルナイフをスライドさせて装着する。
これで、ハンドガンの銃身の下にサバイバルナイフの柄がついており、銃口の真下からナイフの刃が出ているという見た目になった。
それを、未だ床に倒れたままの色狩の頭へと向ける。
「どうするんだ?色狩。弾切れを狙うか?でも、弾が切れたとしても僕はお前に近付いていけばブスリと刺せるぞ?遠距離からのフォローもあるしね」
「クッ……!」
憎々しげに色狩が薫を睨みあげる。
予想していた通りまだ生きてはいるが、流石に今すぐ起き上がって攻撃を加えてくるほどの元気はないらしい。
先程までは、確かに色狩の方が有利だった。
しかし、今では手負いとはいえ薫達の方が有利だ。遠距離の弓矢を使う逢音に、中・近距離に対応できる銃剣を持った薫。おまけにこちらは二人だ。
「小癪ナ、真似ヲ……ガァッ!!」
発砲音。
銃剣から出た弾が色狩の眉間へと命中し、体がビクンッと跳ねた。
動かなくなり、殺れたのかと薫は一息つく。
しかし、恐る恐ると言った風に逢音が声をかけてきた。
「……かおかお。色狩はね、首を刎ねないと絶命しないんだ。うちの月白だとちょっと難しいから……お願いしていい?」
「……分かった」
確かに、首を刎ねるのならナイフの方が適任だろう。
一瞬躊躇ったが、言ってもられないと覚悟を決める。モタモタしていたら、いつ復活してくるか分からない。もう自分の迷いのせいで逢音を危険に晒すのは嫌だった。
ハンドガンからナイフを取り外し、腰に巻かれていたホルスターにハンドガンを差し込む。
色は一つの武器にしか形状変化出来ないという話だが、その武器に関係しているものなら変化してくれるらしい。
その証拠に、薫にはホルスターとナイフケースが巻きついているし、逢音は背中に矢入れを背負っていた。
移動し、色狩の体が薫から見て横たわっているように見える位置に膝をつく。
スゥッと息を吸い、そのまま勢いよくナイフを振り下ろした。
グチュッと生々しい音と共にナイフが色狩の首へと突き刺さり、ナイフに込めていた力が一瞬弱まる。が、グッと握り直してそのまま一気に自分の方へとナイフを引き寄せた。
ブチブチッという生々しい感触が最高に気持ち悪い。
よくゲームのキャラクター達はこの動作を臆せずやれるなと感心しながら、思っていたよりもあっさりと首と胴体が離れた。
「ッ……ハァッ……」
自然と止めていた息を吐き出す。
胴体と離された色狩の体は岩本の時の様に黒が霧散していき、やがて一匹のカラスがそこに横たわっていた。
一応脈を確認してみたが、ちゃんと生きていた。
────終わった。
そう実感した途端、体から力が抜けた。
握りしめていたナイフを置き、両手を体の後ろへ付いて天井を仰いだ。
「よっ、後輩共。生きてる〜?」
ガラッと教室のドアが開き、聞き覚えのある声が入ってくる。
薫がそちらに顔を向ければ、「なゆ〜っ!」と嬉しそうな声で背後で逢音が立ち上がり、教室へ入ってきた二つの人影の一つに抱きついた。
「もーっ!よーさんもなゆも遅いよ〜!」
「わーるかったってば。にしても逢音、随分とまあやられちゃって……。誰かを庇いながら戦うの、大変だったろ?」
「めっちゃ大変だった!でもねっ、かおかおが凄かったんだよ!」
「……みてぇだな」
便の視線が自分に向き、薫は力なく笑った。
「へへ……ようやく、僕にも見えました。色が……」
「……まあ、色々と言いてぇ事はあるが、とりあえず此処から撤退する事と治療が先だな。二人共動けるか?」
「うちはへーき!かおかおは?」
「た、多分大丈夫です」
酷い倦怠感のせいで身体が重いが、頑張って立とうとすると「無理しなくていいから」と便が肩を貸してくれた。
「いいな〜。……なゆ、うちも運んでくんない?」
「あんた大丈夫だって今言ったでしょ」
「やっぱ無理〜!ね?いいでしょ?」
「……」
抱きつかれたままの那由多は呆れた様にため息をつき、容赦無く逢音の体を自分から引き剥がす。
その行為に、逢音は心底ショックを受けた表情を浮かべたが那由多はそのまま肩を貸してやる。
「なっ……なゆがデレたっ……!?」
「ふはっ」
先程とは一転、驚愕に目を見開く逢音に思わず便が吹き出した。
すぐさま那由多のボディブローが便の腹に叩き込まれたのは、言うまでもないだろう。
◆
場所は変わって北棟四階、旧進路資料室。
ソファーに二人仲良く座らされ、薫と逢音は那由多に怪我の治療を受けていた。
「……で、今回の色狩が憑依していたのはカラスだったと。お前達の怪我の大半は飛ばされた針みたいになっていた羽根。薫の契約した色は山吹色、形状変化は銃剣か……」
ローテーブルの向こうでパイプ椅子に座っている便が薫と逢音による説明を聞き終え、簡潔に纏める。
「なるほどな」と言いながら、便の視線は再び薫の手元へと向けられる。
まだ薫は、山吹色の形状変化を解けていなかった。
「薫、見せてもらっていいか?それ」
「どうぞ」
それぞれケースに入れた状態で治療されていない左手で便へと渡す。
こちらへ近づいてきていた便はそれを受け取り、再びパイプ椅子へと腰掛ける。
先程こちら側へ座っていると、那由多に「邪魔です」と蹴飛ばされた為に、彼の定位置はローテーブルの向こう側になっていた。
「おお……。すっげぇ、リアルだなこの銃……。で、これがナイフか。めっちゃよく切れそうだな。ナイフここに引っ掛けたら銃剣になんの?」
「そうです。スライドさせて装着します」
「へぇ〜……。……これ結構重くね?」
言われた通りにハンドガンにナイフを装着させた便が呟く。
ハンドガンだけでもずしりと重みがあるのに、小ぶりとはいえ装着するのはサバイバルナイフだ。確かに構えていて重かった。
「それを言うなら、よーさんの大鎌だって重くない?よくあれ振り回せるよね〜」
「だろぉ?もっと褒め称えてもいいんだぜ?」
「調子乗って頭からドン底まで落ちろ」
「那由多っ!?何処のドン底に落ちろとっ!?」
黙々と薫の右手を治療してくれていた那由多が一際低い声で呟き、便が悲鳴を上げる。
しかし、相も変わらずスルーして那由多は巻き終えた包帯の余分なところをハサミで切った。
「終わりました。利き手でしょうけど、あまり使わないようにしておいてくださいね」
「あっ、はい……」
那由多は便に恨みでもあるのだろうか。
当然聞く事はできず、那由多はさっさと逢音の治療に取り掛かってしまった。
「当然の如く無視かよ……。まあいいや。薫、相当疲れてるだろ?」
「ドッと疲れましたね……」
本人もスルーしている様なので、あえて薫も何も言わずに便の言葉に返す。
「色の形状変化には気力や体力使うからな。使ってなくても、形状変化させとくだけで消費されちまってるから、今すぐ解くか。……やり方、知らねぇよな?」
「知ってたらもう解いてます」
「だよな」
便は苦笑する。
相当疲れているのだろう、少しムッとしながら答えた薫に「ごめんごめん」と軽く謝り、再び口を開いた。
「色ってのは便利な生き物で、元がいろのついた液体だから何にでも擬態化する事が出来るんだ。まあ、このカラーボール形態は視認しやすくするって意味も込めてんのかね?そこは俺も詳しく分かんねぇけど。
……話逸れちまったな。それで、だ。つまり、色は何にでもなれる。ただし、いろはその色のいろだけどな。つまり……」
「これこれ!」
逢音が自分の前髪を留めているピンを指さす。
白をうっすらと水色に染めたような、そんないろをしたヘアピン。言わずもがな、月白である。
逢音の呼びかけに答えるように、ピンが淡く光ると薫の目にはもうピンは映っておらず、代わりに月白がカラーボール形態となってふよふよと浮かんでいた。
「逢音ちゃんの様に、ヘアピンに擬態化させている人も居れば会長みたいにピアスに擬態化させている人も居ます」
治療が終わったのか、手を止めた那由多の補足に便が自分の髪をかき上げて耳を出す。
そこには、血のように鮮やかな紅の猩々緋が小さなピアスとしてはめ込まれていた。
「だから、碓氷さんも何か物を思い浮かべれば山吹色が答えてくれますよ。なるべく、いつも身につけている物がいいと思います」
「身につけている物ですか……」
少し考えてみるが、薫はあまり物を持たない人だ。すぐにパッと思い浮かばない。
逢音と違ってピンは必要ないし、ピアスの穴は痛そうなのでなるべく空けたくない。
そういえば、那由多は何に擬態化させているのだろうかと彼女を見やった時、視線が合ってしまった。
「……ああ、私のやつ言ってませんでしたね」
その顔が何処と無く不機嫌そうで、薫は「無理に聞こうとは思ってないです」と断ろうとしたが、突然那由多が首元に付けているリボンを緩め、白シャツの第一ボタンを外した事に目を見開いた。
「し、色路さん?」
「別に露出しようって訳じゃ無いですよ。私が形状変化させているのは、これなんで」
「これって……」
露にされた、那由多の首元。
そこには、黄緑色に少し緑を足したような色をした首輪が付けられていた。
「なんで形状変化がこの形かって事ですけど、趣味とかじゃないですからね、断じて。ちょっとまあ……家の事情と言いますか」
家の事情って、いつも身につけている物として首輪に形状変化させる家ってどんな家なんだというツッコミを飲み込み、薫は曖昧に笑った。
正直なところ聞き込みたいが、詳しく聞くのは野暮だろう。
「ちなみに……その色はなんていう……」
「萌黄といいます。伝えるの、遅くなってしまってすみません」
「あ……いいえ、大丈夫です」
まだ聞き覚えのある名前だった。
それを言うのなら、薫のパートナーである山吹色も認知度ら高い方だろう。山吹は、キャラクター等の名前としても使われる。
(見せていただいた所悪いけれど……正直、参考になったかと言われると……)
那由多がきっちりと制服を崩すこと無く着ているのは、本人の性格もあるのだろうが恐らく首輪を隠すためでは無いだろうか、と詮索してしまいつつも薫は試しに目を閉じて考えてみる。
いつも身につけているもの。
そして、あまり山吹色をしていても可笑しくはなさそうなもの。
無難にストラップ等でいいのではないだろうか。
(……あ)
思い出した。
高校へ入学する時にはもう壊れてしまったけれど、お気に入りだった左腕に付けていた物。
(そうだ、あれにしよう)
ハッキリと思い浮かべる事が出来た「それ」を脳裏に描いた時、仄かにひんやりとした感覚が左腕に巻きついた。
「……すごいや。イメージ通りだよ、山吹」
そう褒めれば、小さめの四角い文字盤に自身のいろのベルトの腕時計へと変化した山吹色は、自慢するように淡く光を放った。
「へぇ〜……。腕時計か」
「はい。前まで使ってたんですけど、壊れちゃって。本当に色って何にでもなれるんですね。そっくりです」
「流石に人には擬態化できねぇみてーだけどな。……おっし、じゃあもうちょい二人が休んだらファミレスにでも行くか!」
「マジでっ!?」
便の提案に、逢音が目を輝かせる。
「マジで!薫の色守就任祝いって事で、パァッ〜とやろうせ。バス停の近くにあるファミレス、今チョコレートフェアやってるし!」
「はいはいはーいっ!そのファミレス行くんならうち、もっかいチャレンジしたい!一時間以内に食べられたらタダでお金貰えるってやつ!タダだし、お腹いっぱいになるしお金もらえるし!サイッコーだよね〜!」
「え。逢音、またあれやんの?」
ピキリと便が笑顔を固まらせるが、逢音は「もちのろん!」と満面の笑みを浮かべる。
バス停の近くにあるファミレス、というのを薫は知らないが、とりあえずそこの大食いチャレンジで逢音が何かしらしたのだろうなという事は想像出来た。
「あまり周りに迷惑かけないでくださいよ。……まあ、一つの学校に色守が四人も集まるなんて、そうそう無いことですし。碓氷さん、遠慮せず食べたい物頼んじゃってください。会長が出すんで」
「そうそう、遠慮すん……っておい待て那由多!俺奢るなんて一言も言ってな」
「マジですか!やった、何ご馳走になろっかな〜」
「え、ちょっ……薫さん?」
ワクワクと考え始めた薫に、若干顔色を青ざめさせた便が恐る恐る声をかける。
「よーさんの奢りなら、うちももっと食べ〜よっ!」
「待って逢音の食う量は洒落になんねぇからやめてっ!!破綻する!!俺の財布すっからかんになっちゃうからぁっ!!」
便の悲鳴を笑い飛ばしながら、薫達は旧進路資料室を後にする。
勿論薫には、便に全額負担をさせる気は無い。しかし、デザートぐらいは幾つか……と黒い考えを巡らせていると、「マジで逢音は自腹で払えよっ!!那由多もっ!!奢ってもらう資格があるのは薫はだけだかんな!!」と便が追いかけてきた。
「何でよー!うちだって一年生なのにーっ!」
「うるっせえ!!」
「別にそんな食べないんですし、私も奢ってくださいよ」
「元はと言えばお前が奢るってホラ吹かなきゃこんな事なってねぇんだよ那由多!!つかお前ら廊下走んなっ!」
ぎゃーぎゃーと言い争いをしながら、廊下を走って階段を駆け下りる。
窓から射し込む光の主は、昨日と同じ夕陽。
その光に校舎内をオレンジ色に染め上げられつつ、薫は思わず口元を緩めた。
────もう既に、こんなに楽しいのだ。
彼らと過ごす「これから」が、楽しくないわけがない。
その事を確信し、薫は声を上げた。
「これから、よろしくお願いします!句坂さん、色路さん、逢音さん!!」