三話、現象にやはり説明があって
やたらオリジナル用語の説明が多いです。
「わかんねえよ!」って方は、用語解説をどうぞ。多分、そっちの方がわかりやすくなっているはずです。多分。
「さ〜てと。どこから話したもんかねぇ〜」
「その前にここのやたら整った設備について突っ込ませてください」
「長話になっちゃうから、楽な格好で話そうよ」と逢音が提案して数分後。
薫が寝ていたソファーの前に置いてあるローテーブルの上には、いくつかのお菓子の袋が開けられ、紙コップには飲み物が注がれていた。
便達はローテーブルを挟み、各自パイプ椅子を持ってきて座っている。ソファーから動こうとすれば、そこでいいと言われたので薫はソファーのままである。
「ね〜。ここ、何故か冷蔵庫とか置いてあるし、クーラーも付いてるんだよ〜!ある物は使っちゃえ☆的な?あ、お菓子食べる?」
「結構です……」
にこにこと逢音がスナック菓子の袋を差し出してくれるが、断る。
問題はそこではない。
「なんでお菓子普通に食べてるんですか!?飲み物のジュースもこれ、学校の自販機で絶対売ってないですよね!?この学校……というより、塚園生徒会長が厳しく取り締まって」
「かんけーねーよ、塚園なんか」
突然便が不機嫌そうに薫の言葉を遮る。
「ほんっとによ……何なんだよ、塚園の奴。ムカつくんだよなぁ、いっつも生徒会長だからって偉そうでよぉ!!」
「いや、実際生徒会長って事は、生徒の中で一番偉いですからね。彼女」
「ケッ」
那由多が冷静にツッコミをいれるが、便はつまらなそうに紙コップの中のジュースを呷った。
そんな便の態度にため息をつき、那由多は「まあコイツは放っておいて」と薫に向き直った。
「すみませんね、気にしないでください。ここの設備に関してはこれから説明していく事に関連してくるので、おいおい説明していきますね」
「わ、わかりました」
自然と背筋が伸び、薫はソファーに座り直した。
そんな薫に、逢音が「そんな緊張しなくても大丈夫だよ」と笑いかけた。
「まず、碓氷さんは“色”という言葉を聞いた事はありますか?」
「いえ……聞いた事ないです」
「日本人は他の国の人と比べ、視認出来る色の種類が多いと言われています。そんな色の事を和色、又は伝統色と呼びます。色というのは、その和色が生命を持った生命体の事です。見た目は、野球ボール程度のカラーボールを想像してください」
「かおかお」
不意に逢音が薫を呼ぶ。
逢音の方を見れば、彼女は自分の左肩少し上を指さした。
「ここ、何か見えない?」
「えっ?」
言われてよく目を凝らして見るが、生憎薫には何も見えない。
「何も見えないです」
「やっぱかぁ〜……」
深々と逢音がため息をついて項垂れる。
「な、何かすみません……」
その態度に謎の罪悪感を感じ、たじろぐと「気にすんな」と便が笑った。
「ネタバレしておくと、逢音の指さしている所には色が居てさ。何故か現代人は色を視認出来なくなっちまってるんだ。見えないのが普通なんだ」
「そうなんですか……」
(それはそれで何か……寂しいな……)
かつては見る事が出来た色という存在。
今まで一緒に居る事が出来ていたはずの存在が突然見る事が出来なくなったら、どんなに寂しいだろう。
それに、便は「現代人は」と言った。
もし色には、かつて人間が姿を見る事が出来ていた頃を覚えていたとしたら、どんなに悲しいだろうか。
「話を戻しますね」
那由多の声に、ハッと我に返る。
そうだった。まだ説明は始まったばかりだった。
「そんな色と契約を交わす、私達のような人達が居ます。その人達は“色守”と呼ばれています。色守の仕事はただ一つ、“色狩”の息の根を止める事です。
色狩というのは碓氷さんを襲った黒いモノの事です。コレに関しては人や動物に取り憑いて悪さをする、悪霊のようなモノだと思ってください。
色狩は本能のままに動き、手当り次第に色を吸い取ります。しかし、色狩も生き物なので限界はあります。限界まで色を吸い取った色狩は宿主ごと弾ける、つまり自爆します」
えらく淡々と那由多は言うが、宿主ごと自爆というのはなかなかグロテスクである。
つまりは人間が宿主だった場合、その人間も事情を知らない人からすれば謎の死をとげる事になるのだ。
「え、えっと……一回整理させてください。とどのつまり、皆さんは色という生命体と契約を交わしている色守という人で、あの教室で見た岩本さんは色狩というモノに取り憑かれていた……って事ですよね?」
「そうです。碓氷さん、理解が早いですね」
「逢音の時はすごかったなー……。あいつ、興奮で大人しく話聞いてる暇なんてなかったし」
「よーさんっ!!」
クスクスと笑う便を、逢音が睨む。
相当恥ずかしかったのか、頬が赤く染まっていた。
「事実だろ〜?」
「殴るよ?」
「勘弁してください」
グッと握り拳を作り、ニコッと笑ってみせる逢音に便が物凄い速さで謝罪する。
相当痛いのだろうか。
「もう一つだけ、質問にお答えしておきますね」
「色路さんのスルースキルの高さ、凄いですね」
「いちいち構っていられませんよ」
そういうものだろうか。
しかし、ここでいちいちツッコミを入れていては話が進まない。
「碓氷さんが見た、会長の持っていた鎌の事なんですが、色狩を倒すために必要不可欠なんです。色狩を宿主から引き剥がす為には、よくあるお札や聖水等でも出来ます。しかし、それだと「引き剥がす」だけなので色狩自体は生きています。色狩本体を殺るには色が形状変化した姿である武器じゃないといけません。それが、会長の持っていた鎌の正体です」
「成程……」
大体の疑問が解決し、薫は頷く。
そして、ふと浮かんだ事を口にした。
「あれ?……皆さん、色守なんですよね?そして、裏生徒会。という事は、もしかして裏生徒会って……」
「お、そこ気付くか。薫、勘いいな」
便が楽しそうに笑う。
「まあ詳しい事は、会長である俺自ら説明してやろう!」
「当然ですから。サボらせませんよ」
「……那由多の俺への塩対応なんなの?」
「きっと、よーさんへよ愛ゆえだよ!」
「んなわけあるか」
「ごめん、流石に俺もそれは無いと思うわ」
「あれ?なんでうちが論破されてるの?」
逢音としては、便をフォローしようとしたのだろうが、何故か自分が責められる様な状況になってしまっていた。
薫はといえば、目の前で突如始まったコントの様なやりとりに目を白黒させているだけだった。
収拾がつかないと思ったのか、便が咳払いをする。
「ンンッ!ま、まあいい……。えっと、まず薫。お前、裏生徒会についてどこら辺まで知ってる?」
「荏杢高校七不思議の一つであって、人知れず武器片手に何かを狩っているって事は聞きました」
「うん、まあテンプレだな。で、裏生徒会の正体は薫が勘づいた通り、色守達の集まり。でもさっき言った通り、現代人は色を視認出来なくなっているからおおっぴらに戦う事もできない。普通に武器とか禁止されてるしな、日本は。だから、秘密も多くなる。その結果が七不思議にカウントされちまったって事だな」
確かに、見えないのだから色の存在を知っている人は極一部だろう。
そもそも、こんなファンタジーをあっさりと信じる人の方が少ないだろうし、普通に武器を振り回していれば警察沙汰である。
「拠点にしてるのも北棟だしな〜。専ら人は寄り付かないだろ。来たとしても、四階へ繋がる階段にはバリケードはってあるからそう簡単に来れねぇし」
「バリケードはるぐらい厳重なんですね……」
ちなみに、荏杢高校は無駄に敷地が広い為に東西南北に校舎がある。
生徒達の教室がある東棟(又は新校舎と呼ばれている)、視聴覚室等がある西棟、部活動の合宿等で使う事が出来るセミナーハウスの南棟、そして今薫達の居る旧校舎こと北棟である。
厳密に言えば南棟は校舎では無いのだが、位置的に校舎扱いでいいだろうという考えである。
専ら北棟は怪談の巣窟であり、四階へは立ち入り禁止となっているらしい。その為、便が言った通り四階へ上がる階段全てにバリケードがはってあるのだろう。
「バリケードはコツ掴めば簡単にすり抜けられるよ〜。後でかおかおにも教えてあげるね!」
「あ、ありがとうござ……え、コツ掴めば簡単に通り抜けられるバリケードってそれバリケードなんですか!?ゾンビものだったら全滅フラグですよ!?」
「細かい事は気にするなっ☆」
「そのネタ古い!」
逢音へのツッコミも全力である。
色々話を聞いていく内に、段々薫も彼らのテンションについていけるようになって来た。
「とりあえず、疑問に思っていらっしゃるであろう事は説明し終えましたが……他にも何か質問はありますか?」
「あ、いえ。大丈夫です。ありがとうございました」
那由多の問いかけにそう答えて頭を下げると、「気にしないでください」と言われた。
「むしろ、こっちこそ巻き込んでしまってすみません。もう少し早く対処できれば、碓氷さんも怪我する事無かったのですが……」
「ほんとごめんな。お詫びついでに送ってくよ」
便が言いながら立ち上がる。
「えっ、そんな」
「いーっていーって!かおかおって何通学?」
「電車です……」
「うちらと一緒だ!じゃあいこっ!」
「ちょっ、戸浪さんっ……!!」
グイグイと逢音に腕を引かれながら立ち上がった薫は、ふと思い出した事にサッと顔色を変え、慌てて制服のポケットを探った。
探しているものがない事に、さらに薫の顔色が青くなっていく。
それに気付いたのは便だった。
「ん?どうした、薫」
「あ、あの、僕……担任から預かっていた教室の鍵……職員室に届けないといけないんですけど……」
ブレザーの胸ポケットにも両ポケットにも、中に着ているセーターの両ポケットにも、ズボンのポケットにも何処にも鍵が無い。
それが、薫を青ざめさせている原因だった。
「だぁーいじょーぶっ!それなら、色狩に憑かれてた女の子が持っていってくれたよ!」
「岩本さんが……?そういえば彼女、あれからどうなったんですか?」
逢音の答えに、便を見れば彼は頷いた。
「あの後割とすぐに目が覚めてさ。取り憑かれて日が浅かったんだろうな。ついでに廊下に落ちてたクラスの鍵、届けておいてくれって頼んどいた。適当にそれっぽい事情話しておいたら、すげー申し訳なさそうにしてたから明日辺りにでも謝罪されるんじゃね?」
「そうだったんですか……。とりあえず無事みたいですね。良かったぁ……」
「ほらほらっ、早く行くよかおかお!よーさんもなゆも、早く来てねーっ!」
「どわぁっ!?」
再び愛音に引っ張られ、薫は半ば強引に部屋を出ていく。
残された便と那由多は顔を見合わせると、どちらともなく表情を和らげた。
「逢音の奴、ご丁寧に薫のカバンも持ってってるぜ。どんだけはしゃいでんだっての」
「同学年の人が来たっていう事と、色守として先輩になれるっていう二つの喜びがらあるんでしょうね。……私達も帰りましょう。あのままだと、碓氷さんが心配です」
そう言って、那由多が空になっている紙コップを纏めてゴミ箱に捨てたりと、後片付けを始める。
その背中に、便は声を掛けた。
「なあ、那由多。あいつ……薫さ。気付くと思うか?」
「……さあ?」
「おっ前……冷めてんなぁ」
「本人次第じゃないですか」
軽く部屋を掃除し終え、那由多は便に彼のカバンを差し出す。
それを受け取りながら、便は言葉を続ける。
「気付いてほしいけどなぁ……。見たろ?あんなに懐いてるんだぜ?」
「そうですね」
那由多も小さく同意した。
「色が可哀想ですし」
「だな」
部屋を出て、鍵を閉める。
裏生徒会の戸締り担当は那由多である。
日が落ち、空が濃紺に染まっていく中で二人も廊下を歩いていった。