振り返らないで
関東でも雪がちらちらと降り始めてきて、行きかう人の息も一層白くなっている今日この頃―――――
「今日は俺の為にありがとな。まさか俺の誕生日にこんなことしてくれるなんて」
照れながらも嬉しそうに話す彼は大路智琉。同じ大学の1つ上の先輩で3か月前から付き合っている彼氏。
今日は智琉の誕生日祝いの為に私が計画したデートをしている。人と接するのが苦手な私の事をいつも気にかけてくれるお礼、という意味も込められているけど。
「そんなこと、ないですよ。私は....私は智琉の喜んだ顔が見たくてやっているだけですから」
勇気を出していつもは言えない気持ちを伝えた。
「みほ...そんなこと言われたら俺、余計好きになっちゃうじゃないかよ!」
そう言って抱きしめる彼を信号を待っていた周りの人たちが冷ややかな目で見ていた。
「も...もうっ、すぐに抱き着かないでください、ていつも言ってますよね!」
心底嬉しそうに抱きしめる彼をはねのけ周りの視線に耐えながら言った。
「あはは、ごめんごめん。でも本当にうれしいよ」
「ほんとに、ありがとう」
私の耳元で囁いた彼の息が耳に当たり恥ずかしさのあまり何も考えられ無くなった私は、タイミングを見計らったように青になった信号を無我夢中で駆け出した。
こんなのずるいよ、こんなことされたら誰でも照れるに決まってるよ!智琉のバカ――――――――
「みほ危ないっっ!!」
智琉の声が聞こえたと思った瞬間、私の体は猛スピードで横断歩道に突っ込んで来た車とぶつかり跳ね飛ばされた。
ぶつかる寸前車を運転していた運転手と目が合った。血走った目を見開き私を見て嘲笑っている顔はまるで悪魔の様だった。
「みほ、みほっっ!どうして、どうしてお前がこんな目にっっっ....」
血まみれになった私を抱き起して目から大粒の涙を落しながら智琉は言った。
普段はどんな事が合っても笑って励ましてくれるのに...泣いている私を隣で優しく慰めてくれてたのに....
「な.....か..な...」
泣かないで―――――
そう言いたいのに苦しくて痛くて声が出ない。だんだんと意識が朦朧としてくる。
私、死んじゃうのかな。まだ何も智琉にやってあげてないのに。いつもそう、されてばかりで肝心な時は何もできない...ごめんね智琉こんな彼女で。でも私、幸せだったよ。
そうして智琉の涙を頬で感じながら意識を離した――――――
気が付くと私は辺り一面が花で覆われた場所で横たわっていた。なんでこんな所にいるんだろう。私は事故で死んだはずじゃ...
「こんにちは」
突然後ろから声がした。驚いて振り返ろうとすると
「あ、だめ振り返らないで。そのまま前を向いてて」
「なんでですか?」
「僕は君を助けたいんだよ。もし君が僕を見たら永遠に元の世界に戻れなくなっちゃうよ」
怖い事を冗談の様に言って後ろを見ようとしていた私の顔を前に向かせた。声からしてまだ若い男の人みたい。でもどこかで聞いたことがある懐かしい声だった。
「ここは死後の世界の一歩手前の世界。ここから死者は地獄行きか天国行きか選択されてそれぞれ言われた場所に行くんだ。でも、君はまだここに来るべきじゃない。君にはまだやり残している事がたくさんあるからね」
私が困惑していると分かっているのかいないのか続けて私に
「だからあそこに白い道がみえるでしょ。あの道を光が見える方へ歩いて行くんだ。そうしたら元の世界に戻れるから」
いきなり知らない人に立て続けにしかもよくわからない事を言われてパニックになった私は
「わ、私は、死んだ...んですよね」
しどろもどろになりながらも目が覚めてから思っていた1番の疑問を彼にぶつけてみた。
「...うん、そうだよ。でも死なせたくないんだ、君の事は....」
今まで明るく話していた人とは思えない胸が締め付けられるような声でそう言った。彼の想いに合わせたかのように辺りは急に静けさに包まれた。
その時に私はこの声の人物が誰かに気が付いた。昔、私はこの声を聞いたことがある。
今までずっと会いたくても会えなかった―――――――
「お父さん...なの?」
あまりの驚きに振り返った私の目に懐かしい顔が映った。そう、そこにいたのは私が今まで1番会いたかった、決して会う事が出来なかったお父さんがいた。
「お父さん...なんだね。私、ずっと....ずっと会いたかったんだよ」
そう言って抱き着いた私の頭を昔の様に優しく撫でる。私が大好きだった大きなあたたかい手で。私は何度こうしてほしいと願ったことだろう。
「みほ。この世界には目を見るとその相手を殺すまでずっと追いかけて来る怪物がいるんだ」
唐突に言い出した言葉を私はよく理解出来ずにいた。なんでその様な事をいきなり言うのだろうか。
「その怪物は元々は今のみほと同じ死んだ人間なんだ。でもこの世に対する未練が大きすぎると地獄にもましては天国にも行けずにこの世界に留まってしまう」
私はここで想像もしたくない事が頭をよぎった。お父さんは私が幼い頃に病気で亡くなっている。なのにいまだにここにいるという事は........
いや、そんなはずはない。だってさっき見た時は昔と同じ私の大好きなお父さんの顔だった。でも.....
でも、なんで最初に「後ろを振り返らないで」って言ったんだっけ?
「みほには生きていて欲しかった...それなのに.....なんで、なんで後ろを振り返っ...た..ん....」
そう言うお父さんの顔はいつも優しく微笑んでいた顔では無く、土気色の顔にぎょろりと見開いている充血した目から血が涙の様に流れていた。頬には刃物で何度も執拗にえぐられた様な大きな穴がぽっかりと口を開けてこちらを見ていた。
「おと、うさん...?」
あまりの驚きで目を離す事が出来ずにいた私は恐怖のあまり1、2歩後ずさりしてその場に座り込んでしまった。
「はや..く...にげ..ろ....」
苦しそうに言う口からは次々と赤黒く染まった何かが出てきた。よく見るとそれは髪の毛の様な物や、宝石の様にきらきらと血と共に光っている白い―――――
「あ...あ..ああ....」
この人は私の知っているお父さんじゃない。お父さんがこんな事するはずがない...お父さんは...おとうさんは....オトウサンハ......
気付いたら私は今までどこにこんな力があったのかと思わせる速さで走っていた。人は身に危険が起きそうになるとなんでも出来るんだなとなぜか冷静に思っていた。
「もう、大丈夫かな...」
後ろを振り返って誰も追いかけてこないのを確認して走るのに慣れない体を落ち着かせようと立ち止まった。お父さんが言っていた光る方に走っては来たがもう結構な距離を走っているはずなのにまるで出口のない迷路の中に放り込まれたようにグルグルと同じ所を走っている感覚に陥る。辺りを見回してみたが誰もいない。物音さえも不気味な位しない。私はこれからどうすれば良いんだろう。心の中が段々と恐怖を上回る不安と孤独感で覆われていく。
突然視界が真っ黒になった。いや、違う。誰かが私の目を手で隠してる―――――――大好きだった大きな冷たい手で。
「ツカマエタ」
ああ、なんで私は振り返ってしまったのだろう。
振り返らなければこんな事にはならなかったのに。
振り返らなければもう一度智琉に会えたかもしれないのに。
振り返らなければ綺麗な思い出のままのお父さんでいれたのに。
振り返らなければ.........
童話っぽくなく無いですがここまで読んでくれてありがとうございます。