三段とばし
私は、キミが三段とばしで階段を駆け上がっていく姿を、ずっと羨ましく思っていた。男女の運動神経の違いを知り、自分が女であることを初めて呪った時でもある。
「こんなのもできねーのかよ?」
そう言われて、本気でむっとしていた当時の私。時間が過ぎ、今ではなんでもないことだけれど__当時の私は、かなりの負けず嫌いだったのだと思う。
「待ってよ」
なんて、言葉に怒気を込めて、階段に立ち向かったりもした。頭に血がのぼって、視野が狭くなって、その時には気付けなかったことがある。
「一歩…… 二歩…… 三…… きゃっ!」
高過ぎた、三段とばしの壁。遠い遠いその領域に、到達することは叶わなかった。危うく転倒しそうになり、反射的に手すりを掴む。
なんとなく抱いていた『自分ならできるかも』という幻想が打ち砕かれ、ショックに思う反面、血の気が引いて冷静にもなれた。
そんな風に冷静になれたからこそ、私は気付いたんだ。
「おい!大丈夫か!?」
階段を登り切ったところで、いつもキミが見ていてくれたことに。
「ったく、しゃーねーな」
面倒くさそうな表情を浮かべながらも。
「ゆっくり来いよ」
いつまでも私の方を向いて。
「待っててやるから」
見守ってくれていたことに。
○
「昔は青かったなあ」
少し気恥ずかしくなり、頬を手のひらで覆ってみた。すると、ぽかぽかと熱が伝わってくるのを感じる。
「今日でこの階段を使うのも最後なんだよね」
キミを追って、当時はとばした階段。今では一歩ずつ、大切に噛みしめるように。
私は今、階段を登っている。
「この場所も、もう最後」
目線の先には、屋上の扉へと続く階段がある。
そこで待つキミは、一体どんな顔をしているのだろう。
「うう…… 緊張してきた」
そう言って、呼吸を整える。
そして少しの助走をつけて、私は走り出した。
「一歩!」
昔は自分が女であることを呪っていた。
「二歩!」
でも、女だったからこそ。
「三……」
キミを__好きになれた。
「歩!」
昔は到達し得なかった、遠い遠いその領域も。
今ではちゃんと、足元の感触を確かめることができる。
『待っててやるからさ』
そこで待つキミの顔が、昔と変わっていなければいいな。