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ある平和な村 Ⅲ

「あら、ルトス君にラガットさん!見ない子ぉ連れてるねぇ」


 ふんわりと甘い匂いを漂わせる焼き菓子を売る、ふくよかな女性がルトスに話しかけます。


「昨日、入村したんだ」


「今日はおれが二人を案内するんだ!」


 ルトスとラガットはよく似たにっこり笑顔を返します。つられてシープとウルフも笑みを浮かべました。

 他にも


「よう。見かけない子連れてんじゃねぇか。寄ってけよ」


「パンが美味しく焼けたのよ~。ほら、試食」


 人々は皆、気さくに通りを歩くルトス、ラガット、シープ、ウルフに声を掛けていきます。皆、笑顔が絶えません。


「皆さん、とても好意的ですねぇ」


「だねぇ」


 シープは隣を歩くウルフに話しかけました。ウルフは食べ物の匂いで、若干顔をしかめながらも、楽しそうに辺りをきょろきょろと見渡しています。そんな様子の二人に、ルトスは案内をしてくれます。


「服を買ったら湖に行こう。魚が美味しいんだ」

「ほら見て。皆、自分ちの家ごとに小さな畑を持っていて、そこで野菜を育ててるんだ」

「ああ。あの人たちは隣村からの移住者たち。この村の平和な空気が気に入ったんだってさ」


 ルトスはまるで自分のことのように得意気に話します。たまに、ラガットが助言しますが、ルトスの説明はとてもわかりやすいです。シープとウルフはそれに耳を傾け、時折質問をしました。そうして、てくてくと歩いたころです。


「服屋に、到着っ」


 ルトスが服屋の扉を開きました。


「大抵の村民がここの服屋で服を買っているんだ。シープちゃん、ウルフ君、好きなのを選んでいいぞ」


 ラガットがへらっと笑いながら二人に言います。


「いえ、大丈夫ですっ。本当にお世話になっているので……」


「お、おれも大丈夫。お金ならあるよ」


 ラガットは シープとウルフの頭をぽんぽんと撫でました。


「子供が大人に遠慮はしちゃだめだぞ。ほらほら」


 と、ラガットがシープを女物の衣類売り場の方へ、ウルフを男物の衣類売り場の方へ押し出しました。おそらく、昨日のウルフの演技によっての気遣いであるのだと気付き、二人は困惑した表情で、互いを見ました。小さく頷きます。二人はラガットの方を向きましたお辞儀をしました。シープとウルフのマントが小さく揺れました。


「で、では……、お言葉に甘えさせて頂きます」


「ラガットさん、ありがとう」


「おう!」


 ラガットは嬉しそうに笑いました。

 しかし、一人だけ仏頂面をしていました。ルトスです。先程までにっこにこと楽しそうでしたが、一人だけ輪の中から弾かれたことにむっと口を尖らしています。


「二人ばっかりずるいや」


 ラガットはそんな息子を愛しそうに目を細めて見て、ルトスの頭をシープとウルフ以上に激しく撫でました。


「ルトスにも買ってやるよ」


「本当!?やった!」


 ルトスが白い歯を見せながら笑いました。シープとウルフはその様子をほんの少しだけ羨ましそうに見て、すぐに視線を逸らし、色とりどりの服が掛かる棚を見ました。

 ウルフとシープは黙々と比較的安く丈夫で、動きやすい服を探し求めました。



 湖はとても綺麗でした。陽の光が水面に降り注ぎます。風が吹く度、鏡のようになった水面はゆらゆらりと揺れ、光が乱反射しています。

 


「ねぇ、後で何か食べようよ」


 ルトスが買って貰ったばかりの、白い猫の模様が可愛らしいカーディガンを風で揺らしながら言いました。ルトスの指は湖の畔に立つ小さな小屋を指差しました。その辺りからはもくもくと煙が出ています。湖の魚を売っているのでしょう。


「そうだな。シープちゃんとウルフくんもおいで。湖の周りを歩こう。魚が見れるぞ」


 シープとウルフはルトスとラガットに駆け寄りました。

 四人は時折湖を覗き込みながら、湖の周りをてくてくと歩きます。シープは水面の眩みそうなほどの光に目を猫の様に細めました。口元はどこか嬉しそうに緩んでます。ウルフは魚を見つける度に、指をぴくりと動かし、玩具の獲物を狙う犬のように反応しています。ルトスは楽しそうに二人を見ていました。


「二人共、昨日よりその服装の方が似合うな」


 ルトスは昨日とは打って変わった身形のシープとウルフに言いました。二人とも満足げな表情を浮かべています。

 シープは薄緑色の丈の長いチュニックシャツと薄茶色のパンツ。深緑色のマントによく似合いました。

 ウルフは黒いシャツに夜のように深い藍色の大きめのズボンを足首のところで折り曲げていました。こちらも紺色のマントによく合っています。


「そうですか……ありがとうございます」


「ラガットさん、買ってくれてありがとう」


 シープとウルフは再びラガットに頭を下げました。

 気にするな、とラガットは笑いました。


「……ところで、ラガットさん。ルトスは何をしているのです?」


 シープが訊ねました。

 ルトスはそんな三人をお構いなしに、ぐぐぐっと湖に身を乗り出していました。手を必死に伸ばして、その手の先にある、白い帽子を取ろうとしていたのです。


「あ」


 ルトスが声をあげました。体の重心が移動し、ルトスの体が傾きます。


「ルトス、落ちる!」


 ウルフが間一髪、ルトスの首根っこを掴みました。ルトスは芝生にどすんと尻餅をついてしまいました。


「痛て……。ウルフ、ありがと」


「はぁ、驚いた」


 二人のそばにラガットとシープが駆けて来ました。


「大丈夫です?」


「ルトス、その帽子は?」


 ルトスは濡れた、白い帽子を見ました。


「向こうから飛んできた」


 ルトスがくるりと後ろを向いて、指差しました。指差す方向には一台の馬車。見たところ普通の物でしたが、じっくり見ると細部はほんの少し豪奢に作らていました。

 その馬車の扉が開き、白いワンピースを風ではためかせながら、一人の少女が駆けて来ました。


「すみません。それ、わたくしの物ですの」


 近くで見ると、そのサーカスの衣装を彷彿させる白いワンピース着た少女が肩で息をしながら言いました。年の頃は十七か、十八かでした。


「そーだったんだ。はい、どうぞ」


 ルトスが白い帽子を渡しました。


「ありがとう」


 少女は微笑みました。ルトスは思わず少女の太陽の輝きのような金色の髪に目を奪われました。


「その、髪色珍しいね。どこからか来たのか?」


 ラガットが少女に訪ねました。少女は胸に手を当てて質問を答えました。


「ほんの少し前、移住してきたんですの。わたくしは、ソフィアと申します。よろしくお願いしますわ」


 仕草や言葉から、どこか気品さを漂わせる少女は再び、笑いました。そして、ソフィアはラガットの陰に隠れていたシープに気がつきました。


「こんにちは、可愛らしいお嬢さん」


 ソフィアはシープの身長に合わせて、腰を屈めました。


──シャラン


 白いレースの合間から、見覚えのあるネックレスが見えました。

 鳥のようなものの複雑な紋様が刻まれた金色のネックレスです。


「グーリン……」


 シープの手は、腰のポーチに伸びました。声は微かに震えています。


「あら?なぜ、わたくしの名字を……?」


「あの……ソフィアさんはこの村に、貴女の父親といらしたんですか?」


 ソフィアは驚いたように目を丸くしました。


「ええ。今は、この村にない病気を患ってしまったのでロイ様の自宅にて、療養させて頂いているのですわ」


 「まだ、部屋が片付いていませんの」と顔を赤らめて言いました。反面、シープの顔は血の気が引いていきます。シープの脳裏には、森で見たあの、男が浮かび上がります。


「ソフィアさん、失礼なことを問いますが、もしかしたら……あなたの父───」


「ソフィア」


 シープの言葉を遮り、低いが耳に心地好く響く声が馬車の方から聞こえました。


「あぁ、ロイ様。すみません、待たしていましたね」


「大丈夫。私も風に当たりたかったからね」


 シープは馬車から、こちらに向かって歩んでくる壮年の男を見ました。ふわり、と後ろで束ねられた栗色の髪が揺れました。

 ロイ・イーブル。アーデル村の若き領主です。領主というわりに、ロイの服装は意外にも質素なものでした。ラガットや村の皆が着ているものと、そう変わりません。

 ただひとつ、村民たちと違うことといえば、腰に、シープたちもよく知っているポーチを提げていることでした。

 ロイが怪訝そうに自分等を見る、シープとウルフに微笑みかけました。次にラガットとルトスへ笑みを向けます。


「やあ、ルトスとえーと……ラガットだったかな」


「はい、覚えていてくださって光栄です。イーブル様」


「ラガット。ロイで良いと何度も言っているだろう?」


 シープとウルフは驚きの表情を隠せませんでした。ウルフが数回瞬きをした後にロイに問います。


「ロイ様って。この村の全員の名前を覚えているの?」


 ロイは見知らぬ少年の突然の質問にも、優しげな笑みを浮かべて答えてくれました。


「ああ。この村の人口は二百人程度で案外少ないからね」


 村の人口として、二百人は少ないのかもしれませんが、その全ての人を覚えていることに、シープとウルフはさらに驚愕しました。傍らでソフィアも目を丸くしていました。ルトスがウルフの隣で、自分のことのように胸を張っています。


「ところで、この子たちは誰かな?」


 ロイはシープとウルフを首を傾げて見ると、ラガットに訊ねました。ラガットは「えぇと」と、前髪を掻き上げます。


「昨日、入村したシープちゃんとウルフ君です。昨日は俺の家に泊まってました」


「ああ、君らか。話は聞いているよ」


 ロイはわざわざ腰を折り曲げ、シープとウルフの顔をしっかりと見ます。親しみやすそうな声音で「よろしくね」と言いました。ラガットとルトスは、その優しげな彼の姿を見て、自分の村の誇りであるロイを尊敬の眼差しで見ていました。


「君らは、この村に住むつもりのかな?」


「……そうですね。その可能性もあると思います」


「そうか。だったら、話が早いな」


 ロイは声を弾ませて言います。


「ラガット」


「はいっ」


 突然声をかけられたラガットは焦りの急いで返事をしました。


「明日、この子たちを借りてもいいかな?」


「えっと……?」


「この子たちは、この村に住むかもしれないだろう?ならば、この村のことを教えておかないと」


「そうですね」


「だから、明日、私の家に招こうと思ってね」


「ああ、それは良い案だ!なぁ、ルトス」


「うん!行っておいでよ、二人共」


「…………」「…………」


 進展が早く、シープとウルフは付いていけていませんでした。そんな二人など気にせずに、「おいで」とロイはソフィアを呼び寄せました。ソフィアは白い、つばの広い帽子を胸に抱えて、シープとウルフの真正面に立ちました。

 ロイは腰を屈め、シープの肩に手を置いて、微笑みました。

 シープとウルフは、ロイの顔を見ると、背中に氷が這っているような感覚を覚えました。

 ロイの薄い唇を三日月の形の様に開きます。

 ロイの細めた瞼の奥の瞳は、笑っていないように見えました。

 風が走り、湖面が揺れます。乱反射した陽の光が、ロイの顔を一瞬照らしました。








「"平和"にするための規則(ルール)を知ってもらわないとね」




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