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ある平和な村 Ⅱ


「ここが俺の家だ」


「うわぁ……、広いですねぇ」


「そうだなー!」


「小さい畑があります。他の家にもありましたね」


「おお!たくさん実ってるな」


 はしゃぐ二人の様子を見て周りにある、自分の家と似たような家を見渡し、ラガットは頭を掻きました。


「うーん……、普通だと思うけど」


 そう言いながらラガットは鍵を取り出すと、扉を開きました。


「おかえりなさ~い」


「父さーんっ!リンゴ買ってきたー?」


 そして父の帰宅を嬉しそうに迎えたのは、優しげな雰囲気を纏う女性と、その女性とラガットを足して二で割った様な少年でした。


「……って父さん。誰?その子達」


 焦げ茶色の髪の少年は怪訝そうに眉を寄せて訊ねました。


「ああ、この子等は──」


「初めまして。私はシープと言います。一応、旅人の様な者です」


 続く言葉をやや強引に奪ったシープは丁寧に自己紹介しました。そしてウルフの袖を引っ張りました。


「おれはウルフ、です」


「私たちが村の外で迷い、途方に暮れているところをラガットさんが拾ってくださったのです」


「そうそう。なあ、リリス。うちで少しの間泊まらせてもいいかな」


 リリスと呼ばれたラガットの奥さんらしき女性は手のひらを頬に当てて考えました。


「そうねぇ。二人が同じ部屋でいいなら良いわ」


「大丈夫です」「大丈夫でーす」


「良かった。じゃあ、ルトス。空いてる部屋に連れていってくれないか」


 ルトスと呼ばれたラガットの息子らしき少年は「うん」と言うと、シープとウルフに向き合いました。父親そっくりの笑顔を二人に見せました。


「シープとウルフだっけ。おれはルトス。ルトスって呼んで。よろしくな」


「よろしくお願いします」「よろしく」


「じゃあ、部屋に案内するから。こっち」


 ルトスは玄関のスペースに靴を脱ぎました。シープとウルフもそれに続きます。

 三人はペタペタと音を鳴らして廊下を歩きました。廊下の奥に緑色の扉の部屋がありました。


「この部屋」


 ルトスが扉を開きます。扉は微かに軋みました。


「あまり使ってないけど、掃除は母さんがしっかりやってる。綺麗だと思うよ」


 ルトスが言うように部屋は、とても清潔で整ってました。部屋の真ん中は大きめのベッドが一つ。ルトスが奥に入りました。空気を入れ換える為にカーテンと窓を開けました。窓から太陽は見えませんが、影のおかげで陽はかなり傾いていることがわかります。


「荷物は適当に置いて」


 二人が荷物をベッドの隣に置きました。ルトスがじぃっとシープとウルフの格好を頭から爪先を見つめました。二人がマントの下にだぶだぶのシャツを着ていることに気が付きました。


「どうかしましたか?」


「二人共、新しい服を買った方がいいかも」


「ああ、私達もそのつもりです」


「じゃあ、おれが案内するよ!父さんから許可を貰ってからだけどな!」


「本当!? ルトス、ありがとう!」


 ウルフはルトスに向かってビシッと親指を上げて、笑いました。久し振りに同年代の男の子、そして本当の自分を知らない子に会ったからでしょうか。ウルフのテンションはふわふわと上がっています。

 その時です。扉がノックされ、開きました。リリスがにこにこと微笑んでいます。


「少し早いけど夕飯にしましょうか。 シープちゃん達も疲れているだろうし、さっさと寝たいでしょう?」


「うん、腹減った! ご飯なぁにー?」


 ルトスは嬉しそうに笑い、


「ちょうどお腹が空いていたんです」


 シープは頬を緩ませ、


「……おぉ……、おれも……」


 ウルフは顔をひきつらせて笑いのようなものを浮かべました。




 大きなテーブルに並ぶのは、ここの村でよく実る小麦を使ったふわふわのパン。白い湯気を立ち上らせる野菜のスープ。皮がパリパリに焼かれた鶏肉には自家製のトマトソースがかかっています。

 ふわん、と空腹を感じさせる香りがシープの鼻腔をくすぐります。

 一方、ウルフは頬を掻くふりをしながら口を押さえていました。


「シープちゃん、ウルフ君。遠慮せずに食べなさいね」


「はい」「は、い」


 わくわくとしながらシープは一口サイズに切られた鶏肉をフォークで一欠片刺し、口に入れました。もぐもぐと口を動かして、すぐに満面の笑みを浮かべます。


「美味しいです! 特にソースが」


「まあ、ありがとう」


 ウルフは手袋を外していない手でスプーンを掴んで、琥珀色の汁と共に人参を掬うと口に流し込みました。


「"美味しい"……!」


 そう言うと、続いてもう一口。さらにもう一口。凄い勢いでスープを飲み下すウルフをリリスは嬉しそうに見ています。シープも翠玉色の瞳を見開いて呆気にとられています。ルトスとラガットは、ウルフに負けじとパンや肉を食べていきます。


「……ぷは」


 ウルフはスープを飲み干すと、次はパンを小さく千切って口にし、肉をぱくっと食べました。


「げほッ……!」


 ウルフは咳き込みました。シープがやれやれ、とナプキンでウルフの口元を押さえました。ウルフは目をぎゅうと瞑ります。


「はぁ。勢いよく食べるからですよ」


「ウルフ君、大丈夫か?」


「ウルフー?」


 思わず手を止めたラガットとルトスも心配そうにウルフを見ます。シープはもう一枚ナプキンを取ろうとしたときです。コップに半分程残っていた水をウルフの胸元に溢しました。シャツがウルフの肌にぺとりと貼り付いています。


「あ……! すみません!」


「あらら。シープちゃん、ウルフ君の着替えはあるかしら? 着替えておいで」


「では、お言葉に甘えて」


「洗面所はあなた達の部屋の右隣よ」


「ウルフ、行きましょう」


「う、うん。リリスさん、ごめんなさい」


「平気よ~」


「昼とは違って、腹減ってたんだなぁ」


 廊下に出たとき、ラガットが呟くのが聞こえました。

 着替えたウルフは皆が夕食をとる部屋に戻る途中、嘔吐(えず)きました。


「ウルフ、大丈夫ですか?」


 シープは洗面所に行き、トイレの前でウルフを跪かせました。手のひらでウルフの背中を何度も擦ります。馬車内でリンゴを食べた後とでは、とても違いました。


「うぉえっ……やばっ……い。……うぐっ」


 胃の中のものを吐く寸前のウルフは、顔を真っ青にしながら切れ切れに言います。


「大丈夫ではなさそうですね」


「肉……やっば……! 破壊力抜群んんぶっ」


「申し訳無いですけど早めに吐いてください。ラガットさん達が怪しみます」


「先行ってて……うぶっ」


「では、お先に行きます」


 あっさりとウルフを見捨てたシープは早足に出ていきました。途中、「おぇえぇぇぇ」と吐く声が微かに聞こえました。




「先程は失礼しました」


「あら、ウルフ君は?」


「少し着替えに戸惑っています」


 着替え、という言葉に反応したのかルトスは口の中に残っていたものを飲み込むと、ラガットとリリスに訊きました。


「あ! そうだ、父さん母さん。明日、シープとウルフの服を買いに行ってもいいかな。村の案内ついでにさ」


「いいけど、父さんも行ってもいいか?」


「あれ、仕事は?」


「今日、代理で行ったから休みを貰えたんだ。だから、さ」


「本当ですか? ありがとうございます。ラガットさん、ルトス」


 シープが柔らかく微笑んで、礼を述べた時です。ウルフがやっと戻ってきました。


「ああ、ウルフ。ラガットさんとルトスが明日、村を案内してくれるそうです」


「わあ、二人共ありがとう。それとリリスさん、さっき洗面所で服を(ゆす)がさせてもらったんだ。ありがとう」


 さすがは、嘘が得意なウルフです。辛いはずなのに、笑顔を貼り付けたまま言いました。

 一家はつられて笑い返しました。





「わぁ~っ! ウルフ、毛布がふわふわですよ!」


 お風呂に入れさせてもらったシープがベッドに倒れ込みました。ウルフも「おおー!」と嬉しそうにシープの隣に寝転びました。その様子をリリスは扉の隙間から見ていました。先程まで堅苦しい口調だったシープの微笑ましい姿に思わずくすくすと笑いを洩らしてしまいました。


「ひあっ、リリスさん……。何でしょうか?」


 リリスに気付いたシープが即座に起き上がりベッドに腰掛けると、恥ずかしそうに乱れた服を整えました。


「うふふ。シープちゃんの髪は長いじゃない。もう一枚、タオルがいるかなぁと思ったの」


「そうですね。ありがとうございます」


 リリスは「おやすみなさい」と微笑み、出て行きました。足音が完全に消えました。

 シープは部屋の電灯を消して、毛布に包まるウルフの隣に潜り込みました。


「ウルフ。温かいですね」


「おう」


 シープの方を向いていたウルフはごろんと寝返りをうちました。そして、扉の隙間から漏れる光に、一瞬だけ目を細め、言います。


「シープ。おれたち、もしさ、まだ旅を続けるのなら、何のためなのかな」


「どういうことです」


 シープはウルフに訊ねます。


「わざわざサーカスを脱け出したことに、意味はあるのか……と」


「ありますよ」


 シープはそっと手を伸ばして、ウルフの髪に触れました。


「言葉にするなら、"幸せ探し"の旅ですね」


「"幸せ"かぁ……」


 ウルフはシープの方に向き直りました。


「すでに幸せなんだけど。人に優しくしてもらって、ふかふかのベッドに寝て。それに、……殺してない」


 シープは先程から、ウルフが飢えに苦しんでいることを知っていましたが、肯定しました。なぜなら、ウルフの声が本当に嬉しそうに弾んでいたからです。



「そうですね。なら、もっと幸せを見つけましょう。私にとっても、ウルフにとっても」



 “幸せ”とは、どんなものなのでしょう。

 “痛み”のない、しかし等しい“痛み”のある日々。

 “飢え”のない、そして人を殺す必要のない日々。

 訪れるのでしょうか。

 見つけ出せるのでしょうか。

 訪れても、見つけ出せても、手に入れても、それは本当に“幸せ”なのでしょうか。

  わかりません。まだ、二人にはわからないのです。


 ふふ、とシープは笑いました。



 そうして、数分後。

 二人の意識は、とろりと闇に溶け、眠りにつきました。




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