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馬車に乗って

──ガタ、ゴト、ガタ、ゴト


「君たち、気分は悪くないか?」


 男の人にしては長い焦げ茶色の髪を無造作に跳ねさせた壮年の男が訊ねました。現在、シープとウルフは栗色の毛並みを持つ馬が引く、赤い四つの車輪が印象的な屋根のある馬車に乗っていました。


「大丈夫でーす」


「お気遣いありがとうございます。ラガットさん」


 馬車を運転するのはラガットと名のる人の良さそうな笑顔を見せる男でした。


「すまんな。この道は凸凹だから、よく揺れるんだ。それに、荷物が邪魔だろう」


「平気ですよ。運んで頂けるだけで光栄です」


 シープが丁寧な言葉遣いで受け答えします。ウルフはぼうっと、窓から形を変えていく雲を眺めていました。ラガットは一回、髪を掻き上げました。


「しっかし、驚いた。あんな所にシープちゃんと、ウルフ君が座ってたんだもんなぁ」


「私たちも驚きました。まさか乗せてくれるとは思ってませんでしたので」


 はは、とラガットは笑いました。


「ちょうど、俺も帰るところだったんだ」


「そうだったのですか」


 ウルフが馬車内を見渡しました。馬車には何かが詰まった袋と水らしき液体が入った樽が置いてありました。

 ウルフは鼻をひくつかせました。

 眉をしかめ、袋に触れようとしましたが、「やめなさい」とシープに手を叩かれました。

 ウルフは外を覗きました。そして、前を向きました。


「ねぇ、ラガットさん。ラガットさんは何してる人?」


「俺は代金を払ってくれたお客様を自分達の村から隣の村に送り届けるのが仕事さ。さっきの運送が、最後の仕事で、今が帰り」


「やけに早い時間に終わるんだね」


「いや、今日はもともと休み。だけど、一人同僚が昼からしか馬車を運転できなくてな。荷物は隣の村でおすすめの果物を買ってきたんだ」


 ラガットが嬉しそうに笑った。ウルフは、先程からしていた甘酸っぱい匂いはそれだったのか、と頷きました。続いてシープが訊ねました。


「ところで、ラガットさん。ラガットさんのはどのような村なんですか?」


「"平和"」


 ラガットははっきりとした口振りで、一言、言いました。


「?」


「すっごく平和(・・)だ。誰もが平等(・・)に暮らしてる」


 "平和"。それはシープとウルフが、あの暗闇のなかで血で濡れながら、何度も願った望みでした。シープとウルフは心臓の鼓動が一瞬、激しくなったと感じました。


「そう、なんですか……」


 すると、ラガットは意気揚々と語りだしました。

 作物の実りが良いこと。

 特別大きいわけではないが、食べれる魚がいる湖があること。

 身分が高い者でも、身分の低い者に手を差しのべること。

 そして、領主として村を治めるのは、年若い者だということ。


「まあ、俺と同じような年の頃だけどな」


 と、ラガットは笑いました。

 ウルフはすでに、シープの肩に頭を乗せて眠っていました。

 それを気にすることもなく、ラガットは続けます。


「ロイ様はすごいんだ」


「ロイ様、ですか」


「ああ。この村の領主であるロイ・イーブル様。先代のときとは違い、身分の差が激しかったこの村を"平和"で"平等"な村に変えてくれた。それに他村との交流も増えた」


 シープがそうなんですか、と相槌をうちます。ラガットは言葉を続けます。


「だから、おれはこの仕事で家族を養える」


 そして、ラガットはヒーローを夢見る少年のように、瞳を輝かせながら言いました。


「ロイ様は村の誇りだ。"平和"のためには、何でもしてくれる」


「素晴らしい人ですね」


 シープが言いました。

 ラガットは得意気に喋り続けましたが、傾いた太陽の位置に気付くと急に、馬車の速度を緩めていきました。


「ちょっと、ごめん。昼飯......といってももう遅いけど、パンを食べてもいいかな?」





 馬車の車輪をストッパーと石で固定すると、ラガットは樽を慣れた手つきで外へ運び出して馬に飲ませました。

 どすんっと御者台に座り直しました。そして、荷物から二つのパンと飲み物を取り出して食べ始めました。


「君らも腹が減ってるだろ。リンゴだ」


 と、シープと目を覚ましたウルフに言いました。ラガットは袋から、真っ赤に熟した丸い果物を一つ取り出してシープに渡しました。


「ありがとうございます」


 シープはありがたくいただきました。シャクッと気持ちの良い音を立てて、赤く薄い皮を歯で破ると、黄色い中身が見えました。酸っぱい匂いからは予想できない、爽やかで甘い汁が喉に滑り落ちました。


「美味しいです……!」


 シープはラガットに向けて言うと、再びシャクシャクと食べ始めました。


「ほら、ウルフ君も」


ウルフはお腹がいっぱいだ、と断りました。ラガットが訊ねます。


「ウルフ君は何歳?」


「じゅ、十四……」


「おれの長男と同い年じゃないか! 食べ盛りだろう。ほら、遠慮せずに食べな。美味いから」


 渋々といった様子でウルフは受け取りました。ひんやりとした冷たい感触が手袋を通して伝わりました。シープが心配そうに見ています。ウルフは意を決して、口を開けました。


──シャク


 口の中に転がった黄色い欠片を何度か咀嚼をして、ウルフはそれを飲み込みました。

 そして、笑いました。


「"美味しい"……」


「だろう?」


 ラガットは満足して頷き、パンをかじりました。ウルフはゆっくりと、味のしない赤い実を咀嚼しては飲み込んでいきました。シープもそれに合わせて、甘酸っぱい爽やかな果実を胃に収めていきました。


 ラガットはパンをもぐもぐと食べながら、シープに訊ねました。


「ところで、シープちゃん達ってどうしてあんなところにいたんだ?」


 ウルフは静かに額に冷や汗を浮かべ、シープは危うくリンゴの欠片を喉に詰まらせそうになりました。


「けほっ……わ、私達は、移住できる村を探しています。理由は、その……」


 シープか咄嗟に言った適当な言葉にラガットは「訳ありなのか」といった顔で頷きました。そして言わなくていいよ、と首を振りました。

 シープとウルフは安堵の溜め息をそっと吐きました。





 ラガットは食べ終わると、馬車を出発させました。


「あと一時間ぐらいで着くからなー」


 ラガットは御者台から、そう言いました。


 出発して、数分が過ぎました。

 ウルフは若干気分が悪そうに、手でお腹を押さえています。


「大丈夫ですか?」


 シープが小声で訊ねました。ウルフの背中を何度か(さす)りました。


「……っ」


 シープはもう一度、ウルフの背中を撫でました。

 ウルフは肩を震わせると大きく息を吐きました。そして、辺りの酸素を吸い尽くすように、息を吸いました。

 ウルフは犬歯を少し見せるように笑いました。


「もう平気。果物とかはまだ楽だから」


 シープは何か言いかけたのか口を数回、開いては閉じましたが、結局何も言いませんでした。

 シープは腰のポーチから手帳と先の尖った木炭を取り出すと、何かをメモしました。ウルフがその手帳を覗きます。


「シープはたくさん文字が書けるんだね」


「……親が厳しかったものですから」


 ウルフはこの場合の親はシープの産みの親のことなのか、団長のことなのかわかりませんでした。

 シープが書いた黒く細い線が交差する言葉をウルフが指差しました。


「これ、何て書いてあるの」


 くす、とシープは笑いました。


「これはですね───」


 シープはウルフの指差す部分を、読んでやりました。内容はシープが今までの学んだことを書き留めているものなので、難しいこともたくさん書いてあります。


「難しいなぁ。でもおれももう少し書けるようになりたい」


 ウルフはシープにじぃと物欲しそうな目を向けました。先の尖った木炭をもう一本取り出したシープは、それを差し出します。


「着くまで文字を書く勉強をしますか?」


 ウルフは木炭を受け取りました。


「する」


 そして、村に着くまで二人は頭を寄せ合い手帳に文字を増やしていきました。通りすぎた物の名前や、今まで見てきたもの。自分が今話している言葉。たくさんのことを目から手へ、耳から手へ落としていきました。

 ウルフは夢中で文字を頭に叩き込んでいたので、いつの間にやらお腹の疼くような違和感は薄れていきました。




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