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ある双子の話 l




 樹の枝に丁寧に縄を縛り、垂れるその輪っかに首を括った一人の女性。黒い髪に、綺麗に染め上げた紅色の縄が首飾りのように映えていました。

 ゆらり。ゆらり。

 時折吹く風に身を任せ、体を前に後ろに揺らしています。

 金色の糸で紋様が描かれた麦色のワンピースも風に合わせてゆらりゆらり。

 草原に落ちる影も、風に合わせてゆらりゆらり。

 ウルフだけが、目を輝かせてその女性を、いえ、女性だったものを見ていました。


「シープ!」


 弾んだ声で、ウルフは言いました。シープは頷きます。


「ええ、どうぞ」


 ウルフははしゃぎながら、女性だったものの側へ寄りました。紅色の縄を切って、木から下ろしたかったのですが、どうにも届きません。木に登ろうにも枝に届かなければ無理難題なのでした。

 もう脚だけでも千切ってやろうか、とウルフは紫がかった白い脚に手をかけますが、顔をしかめて止めました。首を吊ると、排泄物が垂れ流しになってしまうのです。乾いているといっても、嫌なものは嫌なのでした。

 すると、ウルフは思い出しました。


「シープぅ」


 その言葉にシープはやれやれとため息を吐くと、重い腰を上げて、腰に手を当てました。吊るしてある拳銃を両手で構えると、安全装置をかちりと外します。

 引き金を、引きました。


 破裂音。


 しかし弾は、細い縄には当たりません。


「む」


 もう一度、破裂音。

 ゆるりと揺れた縄は、弾を避けます。

 それから何発か撃って、ようやく縄に掠りました。


「……訓練をさぼってはいけませんね」


 悔しそうにシープがもう一発再び引き金に指をかけました。しかしそのときにはもう。

 ぷちぷち。

 女性だったものの重さが、かろうじて繋がっていた数本の繊維を千切っていきました。

 ぷつん。最後の一本が切れ、女性だったものは重力に従って落ちました。地面にぶつかる直前にウルフが女性だったものを抱えます。

 大切な食料ですからこれ以上無駄に壊したくないのです。


「えっへへ」


 嬉しそうに、笑います。

 ウルフは女性を地面にそっと横たわらせました。

 紅色の縄を外すと、死体の首にはぐるりと紫色の痕が残ります。それに花びらを散らしたような、赤い痕。きっと苦しくて、痛くて、掻きむしったのでしょう。

 そんなことを気にすることなく、ウルフはどこかの村で買ったガラス細工のナイフを取り出すと、つぅと頸動脈を切りました。

 とぷ。

 てらてらと光るピンク色のお肉の隙間から血が溢れました。甘い香りがウルフの鼻腔をくすぐって、思わず口角が上がります。しかし、あれ? と声をあげて首をかしげました。

 首を切ったと言うのに思ったよりも血は流れていないのです。

 よく見てみると足先が赤紫色に染まっています。対して顔の色は粘土のような灰色です。


「あー、足に血が溜まってるのかぁ」

 

 失敗したぁ、と唇を尖らせています。それでもやはり食べないという選択肢はありません。ウルフはガラスをちかりと光らせながら、せっせと解体に勤しみました。

 そんな中、シープは木の周りやら湖の側やらを散策しました。何か刺のような違和感が頭に引っ掛かり、それを抜くためにシープは頭を働かせます。

 女性がゆらりゆらりと揺れていた枝の下に立つと、シープは首を吊った女性が向いていた方向に身体の向きを合わせます。

 それから上を向いたり、下を向いたり。髪をふわふわとなびかせながら、首を動かします。ふと、女性が排泄物を垂らしていたことを思い出し、数歩後ろへ下がります。

 と、そのとき、シープは首をかしげました。


「ない、です、ね」


 細い人指し指を唇に当てました。翠玉の瞳であちらを見て、こちらを見て、上を見ます。木漏れ日に目を細めて、揺れる紅色の縄の切れ端を眺めました。再び地面に視線を移します。


「ふむ」


 シープは排泄物の染みる地面をひょいと飛び越えて、一歩、二歩、三歩、四歩、五歩。膝をとすんと着いて湖を覗き込みます。二つの緑の瞳と見つめ合います。水は透き通って底の砂利も、揺蕩う藻も、きんと銀色に鱗を光らす小魚も見えました。

 それから、背の高い踏み台も───



「手がべたべたぁ」


 そう言ってウルフが背後で立ち上がる音が聞こえました。シープは咄嗟に振り返り、


「動かないでください!」


ウルフに向けて声を上げます。

 手の先からぽつぽつと血と泥を滴らせ、ウルフは腰を曲げた石像のようにその場に固まりました。申し訳程度に血抜きをし、残滓を捨てるために申し訳程度に穴を掘り、血と土とでぐちゃぐちゃに汚れた手を見てから、疑問いっぱいの瞳をシープに向けました。

 シープが問います。


「その手をどうするおつもりですか?」


 ウルフは答えます。


「湖で、洗おうと……」


 じぃ、と緑の双眸がウルフを睨みました。ウルフのその視線から逃れるように、真ん丸の瞳を右に左に、泳がせます。


「飲み水を確保するまでは、手を洗わないでくださいと」


「……何度も言われました」


 しゅんと肩を落としながら、ウルフはシープが大きい鍋に一杯、それから小鍋に一杯、湖の水を掬うのを待っていました。

 そのまま水筒に入れるために、シープは大きい鍋の水を濾過すると火にかけて煮沸消毒を始めます。ラビットの荷物に一式揃っていたのでとても助かりました。

 時折火加減を調節しながら、シープはウルフの解体作業を見ていました。ウルフは慣れた手付きで、女性だったものを解体していきます。

 すでに、首から上が草の上に鎮座し、切断面から流れる赤で緑を染めていました。

 それからウルフは女性だったものの衣服を脱がしました。首回りは血で黒く染まっていましたが、繊細な金の刺繍も麦わら色の布もとても質の良いものです。そんなことをお構いなしに、ウルフはその衣服を肌着と一緒に裂きました。

 傷のない滑らかな肌に浮かぶ紫斑。露になった乳房にまで紫色の斑点が射しています。


「しごこうちょくー! かたぁい!」


 ウルフは脂まみれは嫌だよー、と言うと乳房をざくざくと切り落として穴にぽいぽいと放り込みました。

 シープがふと訊ねます。


「ウルフはそれを見て、どきどきしないんですか?」


 指を指した方向を、ウルフの視線が追いました。指の先には乳房の入った穴があります。ウルフが親指と人差し指で、一つを摘まみあげました。


「これ?」


「はい」


 ウルフは乳房に目を向け、じぃとそれを眺めます。うーんと思案顔になり、左右に体をゆっくりと揺らしてます。それからシープに質問で返しました。


「シープは豚のおちんちん見て、どきどきする?」


「……しませんね」


「それと、一緒」


 シープが納得してくれたことが嬉しいのか、ウルフは目を細めてにっこりと笑いました。ぼちょりと乳房を穴に落としました。熟れた果実が弾けるような音が、シープの耳にこびりつきました。








 しばらくして、ウルフはようやく解体作業を終えました。腰から下は、「汚いから、いらなぁい」とのことで手をつけることはありませんでした。

 内臓を引きずり出された代わりに、そのぽっかりと開いたお腹には削いだ腕のお肉やら刻んだ腹の肉が詰まっています。どうやら死体をお皿代わりにしているようです。


「いただきます」


 ウルフは両手をぱちんと合わせました。

 手を伸ばして欠片を摘まむと、がぶりと齧りつきます。新鮮なものでないからでしょう、少しばかり固い食感です。しかしそんな固さはウルフの歯にかかれば容易いものです。じゅわりと溢れる赤い血液が唇の端から垂れてきます。服に落とさないようにそれを指先で拭いました。

 満月のような瞳を輝かせ、紅潮した頬に血を塗りながら夢中で喰べています。


「酔わないのです?」


「一日くらいなら平気」


 そういうものなのですか、と不思議に思いながらお湯をカップに注ぎます。ティーバッグを音を立てないように入れました。紅色が滲んで、広がります。


「……」


 カップの縁に唇をつけて、シープはその様子を見ていました。

 残ったお湯で淹れた紅茶には砂糖を二つ落とししているので、とても“ 甘くて “、とても“ 美味しい ”ものでした。

 ある時、ウルフに聞いたことがあります。


 ───人間とは、どんな味なのですか、と。


 ウルフは、少し悩んでから答えました。味は人それぞれ違うそうです。

 

『シープが一番美味しいよ。アップルパイみたいに“ 甘く ” ないけど、とっても甘くて辛くて美味しい』


 そう答えたのを思い出しました。シープには想像もつきませんが、とてもとても美味しいのでしょう。ウルフがとろけるほど甘い笑顔を浮かべていたのですから。

 シープは甘い紅茶を一口、口に含みました。

 




「ねぇシープ」


 すっかりお肉を平らげたウルフが言いました。


「なんですか、ウルフ」


 シープが二杯目の紅茶を飲み干すと、言いました。


「なんだか人の話し声が聞こえない?」


 口元にべとりとついた血を、手の甲で拭います。シープには聞こえませんが、ウルフには聞こえているのです。シープはウルフを信じています。

 ウルフの目線の先へ、シープも合わせました。そこには大きな樹があるだけで、原っぱが広がるだけです。

 樹の後ろに人が隠れているのでしょうか。

 それとも、


「う、ろ」


 シープは立ち上がると同時に腰から拳銃を抜きました。安全装置をかちりと外し、発砲。

 ウルフはすでに耳を塞いでいます。

 (うろ)の入り口に、弾が当たりました。その瞬間です。



「きゃーーーー!」

「うわーーーー!」



 甲高い少女の、叫び声が響きました。

 見られてないといいなぁ。呟きながら、ウルフは片付けを始めます。血に汚れたシャツは、惜し気もなく火に()べてしまいます。

 小さくため息をついたシープは拳銃を構えたまま、足音を忍ばせて洞の側へ行きました。いつでも撃てるように引き金に指をそえて、暗い洞の中を覗き込みました。

 すると薄汚れた毛布にくるまり、ぶるぶると怯えている一つの塊がありました。


「こわいよぅ」

「こわいねぇ」


 こそこそと可愛らしい声が聞こえます。シープはじぃとその塊を見ています。もぞもぞ、ごそごそ。声の主はまだ、気づいていないようです。

 様子を伺おうとしたのか、恐る恐る身体を起こしました。白菫色の二つの頭がふるふると震えています。

 毛布がずり落ちないよう細い指が伸びてきて、ゆっくりゆっくり毛布を下げていきました。紫水晶のように光を帯びた四つの瞳が、シープの翠玉の瞳とばちりと合いました。

 

「きゃあ!」

「わぁあ!」


 悲鳴をあげる二人に、シープは静かに問いました。


「あなたたちは、どうして、ここに?」


 拳銃はちゃあんと突き付けたままでした。

 毛布から見えている紫色の四つの瞳は、湿りを帯びていきました。


「ここでわたしたちは」

「眠っていたの」


 互いに寄り添うように頬をふにゅりとくっつけた二人は、質問の答えにならない答えを言いました。シープは二人の視線が時折、拳銃に向けられることに気づいていますがそれでも拳銃を動かしません。

 二人は言います。


「貴女のその鉄の塊の音が、眠るわたしたちを起こしたの」

「ぼくは女の死体が落ちるときに目が覚めたのさ」

「そんなことは今聞いていないわよ……あら」


 女の子の方は、失態に気づいたのでしょう。紫の瞳を瞬かせます。それを見て男の子も気付いたのです。同じように瞳を瞬かせました。

 シープはにこりと微笑みます。


「なぜ、女の死体だとわかったのです?」


 紫の四つの瞳を、きゅうと細めました。口元は毛布に隠れていて、笑っているのかわかりません。それでも、くすくすとガラス細工の鈴を鳴らすような笑い声が聞こえてくるものですから、笑っていることはわかりました。

 

「ばれちゃったのねぇ」

「ばれちゃったんだぁ」


 先ほど怯えていた二人はどこへやら。くすくすと身を震わせています。

 紫水晶のように光を閉じ込めた瞳は、シープに向けられます。女の子がシープに訊ねました。


「ねぇ、貴女はわたしたちの邪魔をする?」


 なんの話だかわからないシープは首を横に傾げています。身を寄せあったままら同時に立ち上がると少女と少年を見ていました。毛布の隙間から、一本の手がにゅうと伸びてきて、洞の縁を掴みました。アメジストが光る豪奢な指輪が、眩しく思えました。

 募る違和感。シープは翠玉の瞳で二人を見ています。

 一歩。少女と少年が踏み出します。

 一歩。シープは後ろに下がります。


「……あなた方が、私たちに危害を加えないのでしたら何もしませんが」


 震える唇でようやく言葉を紡ぐと、少女と少年は笑いました。「ほんとうに?」「ほんとうに?」と口々に言うのです。

 シープは喉を動かして、唾を飲み込みました。

 灰色の毛布を、少女と少年は払い除けました。白い二本の足にまとわりつく泥のような毛布は地面に落ちます。

 紫水晶を埋め込んだかのような四つの瞳は、さざ波の立つ水辺のようにきらきらと瞬きます。

 白菫色の髪は洞の外から射す日の光にしっとりとした艶を帯びて、濡れたように光りました。少女の右肩にふわりとかかり、揺れました。









 身を寄せあった少女と少年───いえ、首から下の身体を共有している少女というか少年は自嘲的に(わら)いました。

 二人は、結合双生児でした。










「これでもわたしたちの」

「邪魔をしないといえる?」


 シープは眩しそうに瞼をしばたかせると、心を奪われたように二人の頭を見ていました。

 その視線に気がつき、双子は相も変わらず奇っ怪な目で見られるという落胆と諦めを顔に貼り付けたのでした。

 そんな様子を知って知らずか、シープは安全装置をかけると、銃を手から滑り落としました。双子の意識はもちろんそちらに向きます。いつの間にか伸びたシープの手は、白菫色の長い髪に触れていました。

 双子の少女は思わず身を竦めました。右手が胸に引き寄せられます。

 笑みはすっかり消え去り、やはり二人は怯えていたのだとシープは気が付きました。


「きゃあっ」

「チェナ!」


 双子の少年は、少女───チェナを守るために左手を突き出してシープを払い除けました。


「リ、チェ」


 チェナは右手で左手を押さえ付けました。少年───リチェは驚いたように自分の左手を見ています。親指に嵌められた指輪に、赤い液体が付いていました。

 シープは自ら落とした拳銃に足を取られ、芝にお尻をつきました。

 投げ出された手の甲には、指輪で引っ掻かれたものでしょう。赤い線が引かれています。いえ、引かれていました。リチェは、リチェだけはそのことに気がつきました。

 リチェが、何か口にしようとしたそのときでした。



「シープ、どうしたのさ」


 片付けを終え、知らないうちにやって来ていたウルフが、尻もちをつくシープを見下ろしていました。それから、目の前に立っている二人に目をやりました。


「誰、その双子さんは」


 特に物珍しげに見ることもなく、シープを脇に手を差し込んで立たせてやりました。

 シープは砂を払うと、チェナとリチェに向かって姿勢を正して謝ります。


「すみません。髪がとても、綺麗でしたので、つい触ってしまいました」


 その言葉に、チェナとリチェは目を見開きました。動揺が隠せないように、チェナは血色の良い唇を戦慄(わなな)かせます。


「そ、それだけなの? 何故蔑むことをしないの? 何故逃げ出さないの?」


 チェナは予想外だったようで、たくさんの質問を浴びせます。


「はい」


 サーカスにいたとき、シープも、ウルフも奇形と呼ばれる人をたくさん見てきました。それに二人も、似たような存在なのです。いまさら驚くべきものでは、ないのです。シープは、首をひねりながら、たった一言答えました


「私の髪、ふわふわの癖っ毛でして、どうしてもまとまらないんです」


 指先で摘まんだ髪の束をぴんと伸ばしますが、手を離すとすぐにくぅるりふぅわりと、もとの位置に戻ってしまいます。


「それに、ミルクのように真っ白な髪にも憧れてしまいます」


 チェナとリチェの髪はたっぷりのミルクに一滴の菫の香水を落としたような白菫色。シープは羨ましそうに二人の髪は見ています。

 チェナは恥ずかしそうに顔を赤らめると、シープに言いました。


「あ、貴女の髪色も、紅茶にたっぷりのミルクを入れたような色で素敵よ……! 私の好きな、ミルクティーの色だもの」

 

 シープはチェナの言葉を聞いて、にっこりと微笑みました。


「そうですか……、ありがとうございます」


 ところで、とチェナが口を開きました。シープの後ろに佇む、黒髪の少年にちらりと視線を向けました。

 リチェが驚いたように目をまん丸く見開くとチェナを睨みました。


「え、っと。貴方は先程、何をしていたの?」


 ウルフは自分に話しかけられたことがわかりました。そして、“先程していたこと”も何だかわかっています。しかし、にこやかな笑みを浮かべて言いました。


「なんのことだろ」


 チェナは、右手で左手を握ります。


「わ、わたしには彼女の死体を食べているように見えたわ」


 チェナが言葉を紡ぐ度にリチェの顔が小さくひきつっていきました。左手は右手をぎゅうと強く握り、左足がじりじりと後退していきます。しかし右足は震えながらもしっかりと地面を踏みしめていました。 

 リチェが視線をチェナに向けます。諦めたように、ため息をつきました。左足は右足に揃います。

 チェナと同じ色の瞳を、ウルフに投げました。


「……」


 笑みを浮かべたまま、腕を組んで悩んでいます。ちらりと視線を送り、シープに助けを求めますが、シープは知らんぷり。

 嘘を吐くことが得意なウルフですが、すでに見られている以上、難しいなぁと唇をつんと尖らします。


「まぁ、食べたよ。おれは人間を食べないと生きていけない身体なの」


 そう言いました。


「怖いでしょ」


 ウルフは困ったように笑います。

 チェナは首を勢いよく左に向けました。たじろぐリチェに、笑顔のチェナ。

 シープとウルフは、不思議そうに二人のやり取りを見ていました。

 すると、二つの白菫色のつむじがシープとウルフに向けられました。右手がスカートの裾を摘まみました。左手が胸元に添えられます。

 流れるような美しい動作でした。


「改めまして」

「ご挨拶を」


 二人が頭をゆっくりと持ち上げると、髪が白銀に光ながらチェナの肩にふわりと落ちました。

 右手と左手を胸当てると、親指にはめてある紫水晶が埋め込まれた指輪が煌めきます。


「わたしはチェナと」

「ぼくはリチェと申します」


 天使のような可愛らしい笑みを浮かべたまま、二人はシープとウルフを見つめています。はっと我に返り


「シ、シープです」


「おれはウルフ」


 そう言いました。チェナとリチェはシープに軽くお辞儀をすると、ウルフに向き合いました。

 凪いでいた風が突然、吹きました。さざ波のたつ湖の音。


「ウルフさま」

「お願いがあります」


 チェナが右手を、リチェが左手を開きました。

 宝石のようにきらきらと輝く四つの瞳が、細められました。

 形のよい唇が三日月のように歪みます。それから、ぱかりと開き、赤く濡れた舌が見えました。

 








「わたしたちを」

「食べてください」

 

 



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