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ある大人の村 ll




 夕ご飯を食べ終わった後、シープとウルフは用意されたホテルへと向かいました。ルドは、仕事が残っていると言って重い足取りで、どこかへ去っていきました。しかし、また明日の朝にはホテルからレストランまで案内するとのことでした。食事が割引になるチケットを持っているようです。 


「さて、行きましょうか」


 シープとウルフの泊まるホテルは、村に唯一あるホテルです。人件費削減のためか二人を部屋に案内したのはロボットでした。

 大人のどこかぴりぴりした雰囲気を身近で感じるより、ロボットに案内される方がシープとウルフにとっても楽に感じました。

 通された部屋は簡素なもので、決して観光客ように作られたものではなく、訪れた商人ように作られた部屋なのでしょう。広さだけが取り柄のような部屋で、白いベッドが二つ、部屋の真ん中に並んでいます。しかし、シープとウルフのバイクも詰め込まれているものですから窮屈でした。

 そして窓際にぽつりと置かれたミニテーブルには、鳥籠が。その中にはシープとウルフの気配で目覚めた白い鳩がいました。


「わぉ、寝るためだけの部屋だねぇ」


「まぁ、そんなものでしょう。少々お高いですが……さて」


 シープはピーターに送る手紙を書こうとしますが、筆はなかなか進みそうにありません。なぜならまだ、真相がわからないのです。鳩には悪いのですが、もう少しこの狭い鳥籠で過ごして貰います。


「ごめんね、鳩さん」


 ウルフは鳥籠を汚す糞や穀物のカスを片付け、餌を取り替えました。鳩は、待っていましたとばかりに餌をついばみます。ウルフのお腹も、空腹を訴えて鳴きました。


「携帯食料もらうね」


 そう言ってウルフは、バイクに詰まれていた荷物から銀紙に包まれた携帯食料をひとつ取り出します。


「では先に、シャワーを浴びてきます」


 シープは黒い衣服の裾をつまむと、ほっとしたような表情を浮かべます。ラビットが持ってきた妙に身体に合うこの服を、一刻も早く脱ぎ捨てたかったのです。肌着とホテルの戸棚に用意されていた部屋着を抱き締めて早足でシャワールームへと向かいました。

 よく見ると黒い衣服の裾で揺れるレースは何かに引っかかってしまったのでしょう。解れていました。しかし、シープはシャワールームにあった汚れた衣服を入れる洗濯籠に放り込んでしまいました。

 シャワールームから水音が響きます。

 ウルフはごりごりと携帯食料を咀嚼し、喉の奥へと流し込みます。幾度か繰り返して食べ終わると、栄養サプリメントを何粒も飲み下しました。それでも空腹は治まりません。

 お腹を押さえながら、大きな大きなため息を吐きました。手袋を外すとすでに瘡蓋になった噛み傷の隣に、新たな噛み傷を増やします。湿った口内にたらりと落ちる自分の血は、鉄っぽく苦くて美味しくありませんでした。


「……痛いなぁ」


 呟いたウルフはシープがいないので、がじがじと手の甲を噛んでは小さな傷を増やしていきます。滲む血がウルフの口内に広がって、喉の奥へと滴り落ちました。


「……不味いなぁ」


 はぁ、と何度目かわからない大きなため息を吐きました。


「お腹空いたぁ……」


 シープの浴びるシャワーの音を聞きながら、ウルフは目を瞑ります。何か他のことを考えていないと、人間のお肉を食べたくなってしまうから、さぁ大変です。ウルフはミニテーブルの上の鳥籠が見えるところまで、重たい腰を上げます。

 お腹がいっぱいになり、ふっくらとした自分の胸に顔を埋めて眠る鳩をウルフは見つめました。


「ピーターに何を伝えればいいのかな……」


 ふと、レストランで感じた違和感を思い出しました。ジョンと同じ顔立ち、雰囲気を纏う彼らを頭に浮かべます。それと同時に、大人が何度も口にしていた「ジョアンヌ系統」「003」という心がもやもやする言葉。

 明日の朝、ウルフはルドに聞くことにしました。

 丁度、部屋着を着たシープがタオルで髪を拭いながらやって来ました。ぽたぽたと髪の先から落ちる水滴も丁寧に拭きます。翠玉色の瞳が、右に左にと動き、最後にウルフで止まりました。ベッドに腰かけたシープが、ウルフに言いました。


「ねぇ、ウルフ」


「なに、シープ」


「“ ジョアンヌ系統003 ”とは何だと思います?」


「奇遇だね、シープ。おれもそれを考えてた」


「ピーターのように、子どもを育てる人がいるのでしょうか」


「夢がたくさん溢れている、子どもの楽園が存在してるかもね」


「明日になれば、きっとわかります」


「はやく手紙を書いて、出て行きたいねぇ、こんな村」


「大人はきっと、私たちなんか出て行ってしまえと思っていますよ」


 シープとウルフは、互いに顔を見合わせてくすくすとこそばゆい笑い声を立てました。 二人の声に寝惚けた鳩が白い胸を膨らませて、くるっぽぅと鳴きました。

 










 さて、朝になりました。カーテンの隙間からこぼれ落ちる日の光に、鳩の白い羽は淡く光ります。

 あの後、ぐっすり眠ったシープとウルフは夜が明ける頃には目覚めていました。銃の手入れや、軽い運動で身体をほぐすと、出歩く身支度を整え始めます。昨晩、洗濯籠に入れて置いた黒い服はすでに洗ってありました。引き出しにきちんと畳まれて入っています。


「いつの間にやったのでしょうね」


「ロボットって便利だね」


「……そうですね」 


 シープは

 二人は感心しながらも、渋い顔をしながら身に纏います。妙に身体にぴったり合う服に、ウルフはため息を吐きました。


「早く服が欲しい」


「こんな趣味の悪い服はもうこりごりです」


「ジョンは、もうこの村に馴染んだのかな」


「ふむ……、どうでしょうね」


 それも後でわかることです、シープはそう言うとウエストポーチを身に着けました。少しの金銭と手帳がぎゅうぎゅうと押し込められています。ウルフもシープから預かった金銭をポケットに押し込んで、さぁ準備は整いました。


「それじゃあ、行こう」


「えぇ、行きましょう」


 二人はロボットに出掛けることを告げると、お掃除ロボットを避けながら建物の外に出ました。

 建物の外は、昨日同様閑散としています。もうすでに大人たちはそれぞれの仕事場へ出向き、働いているのでしょう。

 二人は広場を挟んで向かいに見える、背の高い建物を首を傾げながら眺めました。大変そうだねぇ、とウルフが言います。

 それから広場に視線を戻しました。ルドが、一人異質なもののように誰もいない広場に立っていました。

 ルドは、やっぱり携帯電子機器の液晶画面を指先で叩いています。

 シープとウルフが近づくと、朝の挨拶をしてから言いました。


「それでは行きましょうか」


 そうして三人はレストランへ歩き始めました。


「すみません、ルドさん」


「はい、なんでしょう」


「この村での案内は午前中までで結構です」


「ああ、了解しました。上には連絡しておきますので、朝食が終わり次第別れましょう」


「はい」


「あなたたちはこの村の住人ではないので、電子端末を持ってないですよね。これを」

 

 そう言って、ルドは紙の地図を渡しました。

 それから三人がレストランに着くと、やっぱり厨房の大人たちは一生懸命働いていて、やっぱり他の大人たちは時間に迫られているように食べていました。ジョンの姿を見たような気がしましたが、別のジョアンヌ系統の一人かもしれませんでした。

 席に着いた後、シープとルドは食事を始めました。シープはオムレツを美味しそうに頬張りました。ウルフだけはおすそ分けしてもらったリンゴを囓っています。


「ねぇ、ルドさん」


 ウルフが訊ねました。口の周りがリンゴの果汁でべたべたです。


「ジョアンヌ系統003ってなに?」


 ルドは、食事の手を止めて答えてくれます。


「 “ジョアンヌ系統” は、茶色の髪に青い瞳を持つ一族のことだ。料理の才能があり、村では主にこのレストランで働く。 “003” はまぁ、子供が大人になるまで過ごす施設の番号。── “003” は、妙に才能がある大人ができるが……あぁ、あれがいるところか」


 ルドは視線を宙に彷徨わせながら、答えました。ただ、ルドの発する “あれ” という言葉にぴくりと肩を揺らして反応します。


「 “あれ” っていうのは、」


「あぁ、いつまで経っても大人にならない出来損ないの子供だ。君たちも出会ったんじゃないか?」


「ピーターのこと……?」


「そう! そうだった。あれは人間じゃあないな。恐ろしい」


「ピーターは人間だよ」


「あんな普通でないものは人間じゃあない」


「ピーターは人間だよ」


 ルドは訝しげに、ウルフに視線を投げかけます。ウルフは真っ直ぐルドを見ています。隣にいるシープも、翠玉色の瞳をルドに向けていました。


「ご飯も食べるし、怪我もなかなか治らない。ピーターは、人間だよ」


 見つめ続けてしまえば、ちくりと刺さって溶かされてしまいそうな琥珀の瞳。

 見つめ続けてしまえば、吸い込まれてしまいそうな深い翠玉の瞳。

 ルドは、その二つの瞳から逃れるように顔を背けました。目の前のスープに視線をぽとりと落とします。銀色のスプーンをどぷりと差し込み、液体をすくい、口の中へ入れました。

 ごくんと液体を飲み込むと、囁くように言いました。


「年上の言うことには、従った方がいい……」








 

 さて、楽しい朝ご飯の時間が終わったあとルドは去って行きました。シープとウルフはレストランの前の広場で佇んでいます。二人以外はお掃除ロボットがかたことかたことと体を揺らし、ゴミを拾っているだけでした。

 そんな中、シープが言います。


「ジョンとの約束の時間まで、しばらくありますよ」


「無理矢理作ったくせに~」


 シープはくすりと笑います。


「さて、地図ももらいましたしこの村全体を見てみましょうか」


 シープとウルフはベンチに腰かけて、地図を広げます。顔を寄せ合って、じぃと見ました。娯楽施設はなんにもない、とても寂しい村でした。


「うへぇ、難しい字ばかり」


「縫製工場、食品製造工場とレストラン、備品管理センター、……一番大きな建物がでシステム01ですね……ふむ」


「ジョン……とその家系の人たちは食品製造工場とかで働いてるんだね」


「そうですね」


「で、この門の近くの建物が」


「ジョンが白衣の大人に連れて行かれたところですね」


「広いねぇ」


「きっと、この村の端っこにある “ 01,02 ”は、子どもたちが過ごす施設ですよ 」


「色々見てみたいけれど、だめだね。時間もないし、きっと部外者が入れないところたくさんある」


 そうして話していると、地図の上に大きな影がひとつ落ちました。驚いたシープとウルフはおもむろに影を辿って、影の持ち主を視界に捉えます。

 一人の男が、シープとウルフを不思議なものを見るような目で見ていました。


「お前たち、子どもか?」


 くたびれた作業服を着た男は訊ねました。二人はことんと首を傾げます。闇色の髪と、ミルクティー色の髪がそれに合わせて揺れました。 


「おれはウルフで」


「私はシープです」


「おじさん、だぁれ?」


 男はなるほど、と呟いて口角をぐいと上げて笑います。


「おれはジグ。その、お掃除ロボットで村のゴミの管理をしている」


「あら、そうなのですか」


「うん。で、おれたちをどうしたいの?」


「お前ら、色々見てみたいって言ってたよな」


「聞いてたのですね」


 ジグはポケットから電子端末を取り出しました。ルドが持っていたものと同じで液晶画面が取り付けられていました。画面をゆっくりと弄って、それからシープとウルフに向けました。

 映っているのは、この広場の様子です。幾何学模様のタイルから視界はどんどん上がっていき、雲がぷかりと浮かぶ空へ映ります。そのあと景色がまたかたことと揺れ、なんとシープとウルフと二人が座るベンチ、そしてジグの背中が映されました。

 シープとウルフは、ジグのこの電子端末にお掃除ロボットの視界が映っていることに気が付きます。すでにかたことと規則正しい音が響き、お掃除ロボットが近づいてきました。


「このお掃除ロボットは各施設に一体ずつ配置されている。それを管理しているのがおれだ。短時間でたくさん見れるぞ」


 シープはウエストポーチの中の手帳に触れました。それからピーターの笑顔を思い出します。それはウルフも同じでした。


「条件は……?」


「簡単さ」


 ジグは笑みを浮かべました。









 


「まさか、お話相手になって、だけだなんて」


「そんな程度でよかったですねぇ」


 シープとウルフは、ジグの仕事場に連れて行かれました。十数個の液晶画面が壁いっぱいに敷き詰められ、それぞれのお掃除ロボットの視界を映し出しています。広場や、二人の泊まっているホテル、レストランなど様々な場所や施設にお掃除ロボットは配置されているのです。

 ここはジグの監視室。お掃除ロボットが正常に作動しているのか管理し、お掃除ロボットでは判断できないゴミを代わりに判断する部屋なのです。そして、お掃除ロボットの視界で見つけた異常を、この村の偉い大人に知らせる部屋でもありました。


「なにがなんだかわかんないボタンが、たーくさん」


「私たちを残して、ジグさんはどちらへ行ったのでしょう」


 そんな大事な大事な機械が置かれる部屋に、シープとウルフはふたりぼっちです。しかし、ふたりぼっちの時間もすぐに終わります。


「待たせたな、おふたりさん」


 ジグはトレイに三つのグラスと山盛りのお菓子を乗せて、持ってきました。床に直接トレイを置いて、グラスに山ブドウのジュースをどぽどぽと注ぎます。

 唖然としている二人の前に、些か乱暴にグラスを差し出しました。シープとウルフは、思わず受け取ります。

 手を自分の元に戻す流れの中、ジグは皿の上のクッキーをつまみ、口の中へ放り込みました。


「大人はお菓子を食べないのではないんですか?」


「ん?」


 口の端に付いたクッキーの粉をぺろりと舐めたジグは、にやりと笑います。


「こんな美味いの食べないでいるのは勿体ないだろうが!」


 それからグラスの中で揺れる山ブドウジュースをごくごくと飲み干しました。


「ほら、昨日入ってきたクッキーと、あとはよくわからん木の実! 美味いから食べろ」


 そう言われシープはようやく手を出しました。ぽりぽりと遠慮深げに少しずつ囓っては、飲み込みます。とても美味しいクッキーです。

 ウルフはあっちの画面の映像を見たり、こっちの画面の映像を見たりと視線をくるくると動かしていました。そして、ふと疑問に思ったことを訊ねます。


「どこでお菓子を手に入れてるのさ、ジグさん」


「あ? ゴミからだよ」


 シープは目を見開くと、口を手のひらで押さえました。そんな仕草を見てジグはげらげらと笑います。


「心配することねえぞ! ゴミ箱を漁ったんじゃなくて入村審査官から直接預かったものだからな」 


「それなら、安心しました」


 シープは次のお菓子へと手を伸ばします。シープが手に取ったのは赤色の木の実です。人差し指と親指で摘まむとぐにゅりと弛む、不思議な触感です。


「ん?」


 ウルフがシープの顔を覗き込む中、シープはその木の実を口に含み噛み締めました。

 シープとウルフは互いに顔を見合わせると、こくりと頷き合いました。これはリリーと採った、あのグミの実だとシープは確信しました。


「もしかして、ですがこのお菓子は “ 003 ” という施設のものですね」


「おう」


 シープはごくりと唾を飲み込みます。二人は、はぁと大きく息を吐き出します。それから大きく吸い込みました。


「……ジグさん、ピーターを知っていますか?」


「ん? ああ……」


 ジグはゆっくりと立ち上がり、どこからか一つの箱を取り出しました。シープとウルフの前に置きました。蓋を外します。

 幾枚も重なった紙の、一枚をぺらりと捲りました。その拍子に、ずれた紙の束のその奥で黄ばんだ古い紙が覗きます。きっと何年もの、何十年もの前の紙も入っているのでしょう。


「ずっと、ずっと手紙を書き続けている少年だろ」


「ピーターと手紙のやりとりしているの?」


 ジグは首を横に振りました


「いや。このピーターのとこの施設を出たやつらに毎日毎日白い鳩を飛ばして手紙を届けるんだ。それが結局回収されてお菓子と共にゴミ箱にいって、おれのもとへ届く。だがここ数日な……ん?」


 液晶画面から、ジグはシープとウルフに視線を移します。何かを考えるようにまじまじと二人を見ると、はっと何かに気が付きました。


「お前らが連れてきた鳩は、もしかしてピーターのとこの鳩か?」


 頷く二人にジグは大きくため息をつきました。


「くたばったと思った……」


 言葉は汚いものでしたが酷く安心した様子でした。ルド──この村の一般的な大人とはピーターに対する別の感情が見えました。


「なあ、おふたりさんよ。あの鳩でピーターに手紙を送れるんだろ?」


「もとからそのつもりです」


「あいつに伝えてくれ」


 自嘲的にジグは笑います。










「この村に、お前を憶えている奴は誰もいないと、──子ども時代を憶えている奴は誰もいないとな」


 



 

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