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ある大人の村 l






 こつん。


 響く足音と共にジョンは、白衣を連想させる服を着た大人に手を引かれて扉の奥へ消えてしまいました。ジョンは希望を胸に抱きながら、さようなら、とシープとウルフに手を振ります。白い花の甘い匂いは、ジョンが去ると消えてなくなってしまいました。

 入れ違いに、シープとウルフの案内人と名乗る大人がやって来ます。やっぱり笑顔でした。

 ふとウルフが後ろを見ると自分の役目は終わったとばかりに審査官の顔から笑顔の仮面は外れています。

 案内人の大人は、ぴしりとスーツを正すと二人に向かいました。腕時計を一瞥すると、言いました。


「それでは、えー、シープちゃんにウルフくん。どちらに行きたいとかはありますかね」


「いえ、この村のことはわからないのでおまかせしたいです」


 いつもと変わらない丁寧な口調で、柔らかに微笑むシープに案内人は頷きました。ウルフもシープに続いて言いました。


「おじさんがおすすめするところでいーよ」


 おじさん、と言う言葉に案内人はぴくりと眉を動かしますが、大人ですので笑顔は剥がれません。案内人は胸のポケットに付いている名札をウルフに見せると


「ここにも書いてありますが私の名前はルドと申しますので、お忘れなく」


 にっこり笑いました。ごめんなさい、と謝りながらウルフも笑みを返します。ルドが振り返り際に小さくため息を吐いたことにウルフはきちんと気が付きます。唇を尖らせてウルフはぽつりと呟きました。


「名前って名乗るものじゃないの……」


 側に寄ったシープが慰めるように、肩を軽く叩きます。ウルフは渋々といった様子で頷きました。ルドは審査官にぺこりとお辞儀をすると、部屋を出て行きました。ジョンが消えた方向とは逆の扉でした。

 シープは首にかけたゴーグルを少し弄くると、蛍光灯の下で輝くバイクに視線を向けました。


「あの、荷物はどうすれば」


 ルドの背中を目で追いながら、シープはその場にいた大人に訊ねます。その大人、審査官は作業手を止めて、顔をおもむろに上げました。少し考えると、二人の方を向いてを安心させるかのように笑顔を作ります。


「後でホテルに送っておくから、ルドの後を追いかけてくるといい。時間は限られているからね」


 そうして再び、業務に戻りました。部屋の中では電子演算機のキーボードを叩く音だけが響きます。

 シープとウルフは少し不安を表情に滲ませながら、荷物を見ました。くるっぽぅ、と鳩は呑気に鳴いています。

 二人はため息をつくと、ルドが出た扉から部屋の外へ出ました。運がいいことに、真っ直ぐな廊下だったのでルドがどこに行ったのかすぐにわかります。


「あ、いた」


 ルドは、シープとウルフが追いつくと再び歩き出しました。手にすっぽりと収まるような電子機器を持っています。電子機器いっぱいの液晶画面を指で操作しています。なんだか忙しそうです。


「そういえばお二人さん」


「はい」


「何日ほど滞在されるのですか?」


「三日を希望しました」


「三日目の朝には発とうと思っています」


「実質二日もないのですね、はい。わかりました」


 そしてルドは視線を電子機器の画面に戻しました。


「ああ、ホテルを予約しておきました。ペット可の部屋なので少し割高になりますが、旅人保障が降りるので大丈夫でしょう」


「ありがとう、ございます」


 シープは生返事です。なぜならこのルドは電子機器を弄っているのにも関わらず、歩くことがとても早いからでした。黒いレースをゆらゆらひらひらさせて、シープとウルフはついていくのに精いっぱいです。次々と扉を追い抜きながら、三人は歩きます。

 さて、ようやく廊下に終わりが見えました。自動で動く扉を通って、建物の外に出ます。

 それからさらに歩いて、ルドに連れてこられたのは、閑散とした広場でした。今まで訪れてきた村とは違ってきゃらきゃらと響いていた子どもたちの声はもちろん、人っ子一人存在しません。シープとウルフは、そのどこか異様な雰囲気に、ごくりと唾を飲みました。


「誰もいないのですね」


「まぁ、勤務時間ですからね、当たり前でしょう」


 電子機器をポケットに捻りこんだルドは、くるりと辺りを見渡します。シープとウルフも彼に習います。広場を中心にねずみ色の長方形の建物が整然と並んでいました。どれもこれもが同じ色、同じ形です。建物と建物の間に伸びる道も真っ直ぐに整えられていました。色のわけられた看板をよく見なければシープとウルフは瞬く間に迷ってしまうでしょう。

 ルドが言いました。


「この村の人々全員は、村の活性化を望んでいます」


 シープとウルフは、殺風景で無機質なこの広場に視線を走らせてからルドに戻しました。シープが訊ねます。


「この様子ですと、観光客はいないのではないですか」


「観光で村を活性化させるなんて非効率です。農業も然り、私たちが食べていくだけで十分です」


「それって村を栄えさせることできるの?」


 ウルフが訊ねます。ルドは誇りを含んだ笑みを、二人に向けました。


「今現在、私たちが行っていることをお教えしましょう。電子演算機を用いて村と村を繋ぎ、その中で動く莫大なお金を管理することです。この村はどの村にとっても必要不可欠な存在となります。さらにそのことはこの村に多くのお金が入ることに繋がります。そして──」

 ルドは長々お説明しました。初めは手帳に書き記していたシープですが淡々と続く、理解しがたい内容に次第に飽きてきてしまいます。ピーターの求める“真実”はひとつも含まれていないように感じました。

 そんな様子のシープに気付くことなくルドは話します。


「──そのためにはですね、残業残業ですよ。残業を嫌がる人間はいないです。忙しいですけれど村が豊かになれば、私たちの老後も楽になるかもしれないですし。さらに──」


 ウルフは大きな欠伸を噛み殺しました。

 ふむふむと頷く動作を繰り返すシープとウルフ、二人が気になっていることは、ただ一つです。


 “ 子どもたちは、なぜピーターの元へ戻ってこないのか ”


 それだけでした。訊ねようとしたシープとウルフはルドの言葉が途切れる瞬間を待っていましたが、ルドの口は止まりません。

 シープが何度目かに頷いたときでした。


「──そうですよね! それでは見学しに参りましょう。アポイントメント取って置いて正解でした。システム01から許可が降りています。そのあと食堂で昼食を取りましょう。そうそうあなた方と来たジョアンヌ系もいますよ」


 ルドは、赤い看板の目立つ一際大きな建物を示してにっこりと笑います。満月のように瞳をまん丸に見開いたウルフはことりと、首を傾げて言うのです。


「ジョンだよ。ジョアンヌ系じゃないよ」


 決まりの悪そうに笑顔をおもむろに消したルドは、小さく咳払いをします。


「まずは向かいましょう。システム01では、より詳しい説明を聞けるでしょう。あなた方には、たくさんの村にこの素晴らしいシステムのある、私たちの村を広めていただきたい」


 視線をシープに向けて、ルドは話します。


「はあ」


 シープは気の抜けた返事をしました。

 そうして三人は鼠色の大きな建物の中へと向かいます。自動で開く扉を抜けると、人間を単純に表したような姿のロボットがルドに話しかけました。ルドはロボットの持つ液晶パネルに自分の電子機器を近づけます。ルドといくつかのお話をしたロボットは足の裏に取り付けられている四つの小さな車輪を上手に操りながら、三人を一つの部屋へと招き入れます。案内を終えると、ロボットは元の位置へ戻ってしまいました。


「ありがとうございます」「ありがとー」


 ロボットは何も答えません。

 部屋の長机には、すでに四つのカップが並んでいました。コーヒーの黒々とした液体が、ゆらりと揺れています。シープとウルフは隣同士に座りました。ルドは向かいに座って、コーヒーの入ったカップ一つを引き寄せました。

 シープはテーブルの上にお砂糖の瓶とミルクの入った器を探しましたが、ありません。部屋にあらかじめいた、ロボットにお砂糖とミルクを頼みます。ロボットに言われ、お腹にある扉を引くと、お砂糖とミルクがありました。シープはそれを受け取ります。

 そうしているうちに、男がやって来ました。身体は鞠のように丸く、スーツははち切れそうな男でした。白い頭髪を頭に撫でつけた男に、ルドは跳ねるように立ち上がると深々と頭を下げました。


「まさか、社長自ら来てくださるとは……! ありがとうございます」


「いやいや、流石に私はね、案内はできない。案内係は他の奴を呼んで置いた。私は旅人さんに挨拶だけしに来たんだ」


 そう言って社長と呼ばれた男は、シープとウルフの側まで来ました。コーヒーカップの中に砂糖とミルクを入れ、くるくると混ぜているシープを見て社長はくすりと笑います。


「おや、旅をしているといっても本当に子どもじゃないか。コーヒーに砂糖とミルクを入れている」


「甘いものは美味しいですよ」


 翠玉色の瞳を社長に向けた後、シープはカップの縁に唇を置いて、こくりと飲みました。


「ふは、は。 “美味しい” だけで大人はそんなことはしないんだよ。……まぁそれは置いといて。旅人さん、ようこそ。この村のいいところをたくさん他村に広めていって、くださいね」


「ぜひ、そうさせていただきます」「そーするよー」


 シープがにこりと微笑むと、社長も笑い返します。しかしウルフに視線を投げかけることなく社長は行ってしまいました。社長を部屋から見送るために、ルドは腰を上げて付いていきます。

 ウルフはふむ、とシープにだけ聞こえる声で言いました。


「敬語って大切なんだねぇ」


 シープはくすくすと笑います。


「そうとも限りませんよ」


「どういうこと」


「そのうちわかります」


 シープとウルフが話している間に、社長の見送りを終えたルドが戻ってきました。隣には、ルドがまた男を連れてきました。シープとウルフは、その男に会釈しました。

 ルドが二人に、男を紹介します。


「グルさんだ。私より十も上の先輩だから、失礼のないように。グルさん、この二人が例の旅人さんたちです。女の子がシープさん、男の子がウルフさん」


 グルと呼ばれた男は、シープとウルフに軽く挨拶をすると自分の席につきました。湯気の立たない、温くなったコーヒーを見てロボットに変えるよう命じます。

 そうして、砂糖もミルクも入れないコーヒーをごくごくと飲みました。苦そうに顔を歪めてます。


「苦いですよね。お砂糖、いりますか?」


 シープは丁寧な言葉で、訊ねました。

 グルは、見るからに不愉快そうな表情を浮かべます。慌てたルドが言いました。


「シープさん。この村では大人はコーヒーに砂糖を入れないんだ。もちろんミルクも」


「あら、そうなのですね。失礼しました」


 謝ったシープはお砂糖とミルクで甘くなったコーヒーを、こくりと口に含みます。ほんの少しの苦みが、ふわりと香ります。それからウルフに、にやりと悪戯っこのように微笑みました。ウルフもそっくりの笑顔を返します。

 ごほん、とルドが小さく咳払いをします。


「それではグルさん、旅人さんに説明をお願いします」


「……まずはシープさんにウルフさん。この村は、効率化を図る村です。このように受付や、荷物運びなど簡単で単純な作業を安く済ませられるようにしているのさ。人件費を削減することが大切だと考えているからね」


「はあ、すごいですね」


「そのロボットはどこで作ってるの?」


 目を輝かせて訊ねるウルフを、ルドが制します。


「質疑応答の時間は、最後に作るので──」


 ルドに、グルは言いました。


「いや、いい。えー、ウルフさん。ロボットはこの村では作っていない。この村の西門をでて二つ先の村から買ったのだ」


「ふぅん、なんだ」


 ウルフは心底がっかりしたように応えました。

 そんな様子のウルフには、再び大人たちは冷たい視線を向けました。ウルフはちゃんと、気が付いています。


「それでは、施設の見学といきましょうか」


 それから施設の中を見て回りました。

 部署がいくつか存在しました。グルが部署の名前を教えてくれますが、長々とよくわからない単語ばかりです。シープの頭の中でシステム開発、人事、事務に、広報と意訳していきますが、追いつきません。シープは考えることを放棄しました。ウルフはすでに上の空。ブラインドの隙間から見える大人たちの顔を見ています。

 たくさんの大人がぎゅぎゅう詰めの状態です。きっと口を引き締めて、お仕事を頑張っています。栄養ドリンクの空き瓶が傍らに転がり、目の下には隈が色濃く出ています。

 かなり年上の大人に怒られている大人もいました。


「ネクタイは紺色と決まっているだろうが!」

「申し訳ございません」


 怒っている大人の首元には赤いネクタイが巻かれています。


「なんで赤いネクタイをつけている人が、紺色のネクタイをつけろと怒っているの?」


 グルが教えてくれます。


「あいつは仕事が出来ないから、怒られても仕方ないんだよ」


「理不尽なところだね」


「年上の人には逆らってはいけないんだ」


「なんで?」


 ウルフが訊ねます。


「年功序列だからさ」


「へぇ」


「君も年上、……大人にはきちんと礼儀を正すがいい」


「がんばるね」


 ウルフはこのやり取りが施設を回るより、何だか楽しくなってきます。息苦しそうだなぁ、と次第に真っ赤になる大人の顔をウルフはまじまじと見つめました。。

 ぎゅうと、シープはウルフの手を握って引き寄せました。ウルフはやりすぎたかな、とシープに視線を移します。しかしシープの口元は緩んでいました。シープは囁きます。 


「大人は息苦しそうですね、ウルフ」


「そうだね、シープ」


 シープとウルフはやれやれとため息を吐きました。

 それから黒い衣服をひらひらと揺らめかせながら、二人は大人の働く姿を見て回ります。ルドとグルは、施設の説明を淡々としていきますが、言葉はシープとウルフの耳を通り過ぎてゆくだけでした。

 おやつを食べる時間をとうに過ぎた頃、ようやく建物から出られました。建物にいる大人たちは、夜中まで働くそうです。グルも仕事に戻ってしまいました。外に出たのは、シープとウルフ、そしてルドです。


「それではレストランへ、まぁレストランと言ってもとても大きいですけどね」


 ルドは革靴を鳴らしました。

 夕陽に照らされた革靴は、歩く度に橙色に光ります。 


「これは夕ご飯でいいの?」


「夕方だから、夕ご飯で良いでしょう」


「ジョンは元気かなぁ」


 ルドは二人の言葉に、振り返ります。夕陽がルドを煌々と照らします。顔に射す影は、ルドの顔を黒々と染めました。


「元気にしていると思いますよ」













 

 レストランはそれほど混み合ってはいませんでした。会社から休憩をもらった人たちがちらほらといるだけです。ルドが言うには夕飯時と、日が変わる直前に混むようでした。

 漂う匂いにシープのお腹はきゅうきゅうと鳴きます。


「お腹空きますね……」


 食事の方式は、ピーターのところと同じでした。シープとルドはトレイを持って、ずらりと並ぶ料理に目を移します。ウルフはただ後ろを付いていき、ジョンの姿を探していました。

 シープがハンバーグのセットを、ルドがオムライスのセットを頼みました。ルドは会計を済ませると、さっさと席へと向かいます。

 シープは注文表と、並ぶ料理を交互に見たあと人差し指で唇を弄ります。


「デザートはないのです?」


 そう言って眉を下げたシープに、厨房からひょいと顔を出した大人が言うのです。


「デザートは子どもが食べるものだから、ないに決まっているでしょ」


 シープとウルフは、ぱっと顔を上げました。

 揺れる淡い茶色の髪。

 澄んだ空色の瞳。

 

「ジョン……?」


「は?」


 ただ、少し違和感がありました。なんだか昨日まで見てきたジョンより、年が一回りほど上のような気がするのです。今日、この村に訪れたばかりなのにコックコートもくたびれています。

 そして二人の予想は当たっていました。彼はシープとウルフを覚えていなかったのですから。きっとたくさんたくさんたくさん存在する、ジョアンヌ系の一人なのでしょう。


「シープちゃん、ウルフくん」


 奥から、まだ青年になったばかりの瑞々しさを放つ、昨日まで一緒にいたジョンが顔を出しました。変わらない優しげな笑みを浮かべています。


「よかった、ジョン!」


「何事もなかったようですね」


 シープとウルフは、ほっとしました。白衣の大人に連れて行かれたので、何かされているのではないかと疑っていたのでした。

 ウルフは訊ねます。


「ジョン、一体全体どこでなにをされていたのさ」


「あー、えーと、ゆっくり話したいところなんだけれど長い休憩を取れるのは、明日のお昼なんだ」


「そうなのですか」


「僕がこの村の見所を案内したいんだ、させてくれるかな」


「もちろん!」


「新しい服が欲しいのですが、どこかありますか?」


「じゃあ、明日の昼頃、ここの裏で待ってるよ。僕のお気に入りの仕立屋さんを紹介するね」


「ありがとうございます」「ありがとう」


 ジョンは慌ただしく、仕事場へ戻っていきました。

 シープとウルフは、ルドの元へと向かいます。ハンバーグは少し冷めてしまいましたが、とても美味しそうです。


「ジョンが明日案内してくれるなんて、よかったぁ」


「そうですね、服も新しいの買えそうですし」


「仕立屋さんだってね、ジョンのお気に入、り……の」


 靄のようにふわふわと頭の中を漂う違和感に、シープとウルフは首をことりと傾げます。







「あれ?」

 


 

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