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ある子どもの村 ll





「シープちゃんとウルフくん!もう手伝えることはないかな?」


「はい、ありがとうございました」


「残りはこっちでやるから、もう寝ていいよ」


 ベルと何人かの子どもたちは、上に張られる事故防止の網や、舞台で使えそうな大道具、小道具が並べられる床を見渡します。


「シープちゃんにウルフくん、引き受けてくれてありがと!とーっても楽しみ!」


 シープの手を握って笑顔を作るベルに、シープも笑みを返します。


「それじゃあ、明日よろしくね!手伝えるところは手伝うから!」


 手を振りながらベルと子どもたちは、寝床へと去って行きました。

 シープとウルフは扉を覗き込むようにして、彼らを見送っています。ヌイグルミの山にぽふぽふと潜り込んで行く様を、二人は笑顔を貼り付けて眺めていました。

 誰もがヌイグルミの山へ消えていったころ、二人は重い扉を、ゆっくりと閉めました。


「……」


 蓄音機から軽快な音楽が、舞台へ流れています。子どもたちが手入れをしているのでしょう。音は心地良く耳に届き、興奮をふつふつと湧かせるものでした。

 しかし、シープとウルフからは先程まで貼り付けていた笑みが、噓だったかのように消え失せます。表情には色がなく、ただ淡々と舞台を作り上げていきました。

 それでもしっかりと耳は音楽を拾っていて、リズムを身体に刻み込んでいるのです。

 不意にウルフの耳に、くすくすと淑やかな笑い声が流れました。


「シープ、素敵なところにいるね」


「でしょう」


 地面からとても離れた位置に揺れる、空中ブランコに腰かけながら、シープが笑い声を降らしていました。舞台に立つウルフはシープを見上げます。空中ブランコが三つ、ゆらゆらと揺れています。

 シープはブランコの上に立ち、とんとんと軽く跳ねました。ブランコは軋みはするものの、大切に扱われていたことがわかります。

 キィ、と。

 ウルフがブランコを吊るロープを握り、飛行台の方まで寄せました。


「明日、できますかねぇ」


「練習しようか」


 そうして何度かシープとウルフは三つのブランコを行ったり来たり。二人は久しぶりに、宙に身を躍らせていきました。


「そろそろ休みましょうか、ウルフ」


「そうだね、シープ」


 飛行台にぴょんと飛び移ったウルフは、シープを引き寄せました。

 シープがくすりと微笑み、ロープから手を離してウルフに向けて広げました。


「もう。シープは、好きだよね」


 それからウルフは、腰かけるシープの肩を押しました。ブランコが大きく揺れ、ウルフのところに戻ってくる時には、シープはいませんでした。

 落下防止の網の上に、シープは音もなく落ちました。

 弾む身体と、和やかに微笑むシープの顔を見て、ウルフも飛び降りました。

 ウルフが網に落ちると入れ替わるように、シープの身体は空中に放り出されるのです。

 二人はサーカス団にいたころの、ささやかな楽しみを、再び味わいました。

















 大きな大きな、シープとウルフが二人で寝てもまだ余裕のあるクマのヌイグルミを基盤に、小さなヌイグルミが積まれています。

 もふもふと柔らかいです。

 たくさん積まれた可愛らしいヌイグルミの隙間は、とても寝心地の良いところでした。


 天井が、星の瞬く夜模様から、白雲浮かぶ青空模様になりました。それを合図に、目を覚ました子どもがお寝坊さんたちを起こすのです。

 シープとウルフは、お寝坊さんの内の一人でした。

 崩れるヌイグルミたちと同時に降り注ぐ朝の光で、シープとウルフは目を覚ましました。


「おはようございます、ウルフ」


「おはよう、ぐぇ」


 ウルフが蛙を潰したような声をあげました。見ると、ウルフのお腹の上に、二人の幼い男の子が乗っていました。


「おにーちゃん、おはよー!」


「おねーちゃん、おっはよー!」


 元気の良い声がウルフの耳の中できんきんと鳴り響きました。


「おはようございます」


 シープが優しい笑みを浮かべ、男の子たちに挨拶をします。その挨拶が嬉しかったのでしょう。照れたような笑顔を見せながら、男の子たちはウルフの上で、身体を弾ませました。

 その度、「ぐぇ」やら「うっ」やらとウルフから音がこぼれます。

 シープはよいしょと身体を起こそうとしましたが何度やっても、もふりもふりとヌイグルミに埋もれてしまいます。

 その様子を見た男の子たちは、けたけたと笑い出すとシープの手を引っ張って、柔らかいヌイグルミの山から固い床へと導きました。


「ありがとうございます」


「いーよー!」


「おねーちゃんたち、朝ごはんたーべーよー!」


「ええ、ぜひ。昨日の晩ご飯も美味しかったので楽しみですねぇ」



「昨日はおねーちゃんたちだけ別の部屋でたべたもんねぇ」


「案内したげるー!」


 それぞれシープの手を握りながら、とたとたと駆け出して行きました。シープは二人の背丈に合わせて、腰を屈めながら進みました。いくつかのヌイグルミの山を通り過ぎた時でした。ヌイグルミに幾度か溺れたであろうウルフが走って、三人に追いつきました。服の中から小さなヌイグルミがころりと転がって、床で力なく横たわります。


「おれを忘れるな!」

 

「あら、元気いっぱいですね」


 子どもたちに(はや)されながらウルフは、食堂に着きました。食堂、と称されるここはサーカスの舞台の次に大きな部屋を改築した空間です。

 食欲をそそる美味しそうな匂いがいっぱいに充満しています。シープは嬉しそうに顔を綻ばしてお腹を鳴らし、ウルフは喉元を駆け上る酸っぱい液体を笑顔で飲み下しました。


「あそこでねー、トレイを取って並ぶのー」


「係の子たちがねー、ご飯置いてくれるのー」


「なるほど。わかりました」


「ありがとねー」


 ここでシープとウルフを案内してくれた男の子たちはお友達に呼ばれて、名残惜しそうに去って行きました。手を振る彼らに、シープとウルフは和やかに微笑みます。

 そうしてトレイを持って並んでいるとピーターとベルがやって来ました。ベルは寝起きなのでしょう。金色の髪はぽさぽさとあちらこちらに跳ねています。むにゃむにゃと夢うつつのベルはピーターの服の裾を掴んでいました。

 対してピーターは、爽やかな笑顔でやって来ました。


「おはよう、お二人さん」


「おはようございます、ピーターさん」


「おはよー、ピーター」


「ベルは眠そうですね」


「うぅ……、まだ寝たかった」


 しばらく目蓋を半分程閉じ、うつらうつらとしていたベルですが、トレイにパン、スープ、白身魚のバター焼きなど、食べ物が置かれて匂いが濃くなっていくうちに、ベルの目は開いていきました。最後にプリンを置いてもらったら、もう眠気の欠片など残ってはいません。


「プリンー!」


 トレイを二つ持っていたピーターの手から、奪うようにしてトレイを受け取ると、一人でテーブルへと駆けていきます。

 大きく手を振るベルが陣取るテーブルへと足を歩ませます。席に着くと、全員で手を合わせてご飯の挨拶をしました。これも係の子どもがいるのでしょう。大きく元気な声で「いただきます」と言いました。

 食事が始まり、シープは向かいに座るピーターに問いました。


「このような食料はどこからいただいたのですか?」


 一瞬、驚いた表情を浮かべたピーターはうんうんと頷きました。きっと、ここにいる子どもたちはそのような疑問をピーターに投げかけたことはないのでしょう。


「ここを出て行って隣の村に移ったオトナが、たくさんたくさん食べ物をくれるんだよ。育ててくれたお礼に、ってさ」


「ずいぶんと稼いでいる方のようで」


「何人も何人もいるからねぇ、協力すれば五十人分ぐらいどうってことない」


 大きなスプーンでスープを口に運んだシープは美味しそうに微笑みました。


「いつまでも忘れないでいてくれるのですね」


「……そう、だね。うん」


 ピーターは物憂げな表情を浮かべていましたが、シープが気付くことはありませんでした。パンを小さく千切りっては、もふもふと頬ばっていたのですから。







 ご馳走様でした。子どもたちの声が重なります。並んで食器を片付け始めました。シープとウルフも彼らに習い、片付けの列に並びます。もちろんピーターとベルも一緒です。

 前に並ぶ女の子がくるりと首をこちらに向けて訊ねます。 


「おねーさんたちはどこでお仕事するの?」


 ピーターが答えます。


「こらこら、一応彼らはお客様なんだよ」


「そっかぁ」


 残念そうに前を向く女の子とピーターにシープが言います。


「お手伝いできることなら、一緒にやってもいいですか?」


 花が咲くように表情を明るくした女の子はピーターに向けて、瞳をきらきらと輝かせました。トレイの上の食器が揺れて、カチャンと音を立てます。


「おねーさん、わたしと一緒にグミの実を取りに行こう?」


「グミの実、ってなんですか?」


「グミの実はねー、乾かすとグミグミしてて、おいしーの」


 女の子はトレイを係の子どもに渡すと、そのまま手のひらで頰を包みました。女の子の表情から、とっても美味しそうなことはわかりました。しかし、それでもシープには、グミの実が何なのかわかりません。

 すると、ピーターが言葉を補います。


「どこかの村にグミという不思議な食感のお菓子があるのさ。グミの実を乾燥させたら、そのグミとおんなじようになるんだよ」


「今日のおやつにでてこないかなぁ~」「かなぁ~」


 女の子とベルが、それぞれの手を胸の前に組みながらピーターにすり寄ります。


「知らないよ。君らが係に頼めばいいさ」









 

「こっちこっち~」


 女の子がひらひらとスカートを揺らしながら森の小道を駆けていきます。その小さな手はシープの手をしっかりと握っています。

 そして後ろを、ウルフが三人分の籠を持ってついてきていました。なんだか不服そうな表情です。


「リリーちゃん、どこまで行くのですか」


「グミの実の係は、いっちばーんお家から離れてるのー」


 木漏れ日が地面で踊る小道はどんどんとサーカスから離れていきます。そして、しばらくすると木々が減り、少し開けた場所に出ました。リリー、と呼ばれる女の子は足を止めました。


「ここの、木にくるくる巻きついている蔦があるでしょー」


 一本の木を這う蔦をリリーが握りました。


「これのね、上の方に、赤色の実がたくさん生ってぶら下がってるの」


 木から離れたリリーは少し歩いて茂みに手を突っ込みました。リリーの手には簡素な梯子がありました。シープとウルフに手伝ってもらいながら、それを先程までいた木にかけました。慣れた様子で、二人に押さえてもらっている梯子を登ります。小さな鋏で、赤色の実が生る枝をぷつりと切り落としました。

 リリーはそれをシープに手渡して籠に入れてもらいます。これで、一房のグミの実が採れました。


「ブドウのようですね」


「そーなのー、似てるのー」


 シープとウルフがリリーに習い、それぞれグミの実を集めました。シープとウルフは持ち前の身体能力を生かし、梯子無しに木に登ってはグミの実をたくさん採るものですからリリーの仕事は、ほとんどなくなってしまいました。


「おねーちゃん、おにーちゃん、すごぉい」


 リリーはぱちぱちと拍手をします。梯子は居心地悪げに地面に寝っ転がっていました。

 ぷちり。ぷちり。

 三人分の籠に、グミの実がいっぱいになった頃です。

 ウルフの耳がぴくりと動きました。

 琥珀色の瞳をぱかりと開けて、木々の向こうを見つめます。

 シープが不思議そうに首を傾げました。そして跨がっていた木の枝から、リリーの隣の地面へふわりと降り立ちます。

 ウルフの視線の向く方向に、シープはぴんと指を指しました。


「リリーちゃん、この向こうには何がありますか?」


 訊ねます。リリーは、少し考えてから言いました。


「白い、お花畑」


 それを聞いたウルフは、ピーターのお話を思い出します。


「おにーちゃん、どうしたの?」


 リリーは聞きました。顔には不安の色が漂います。ウルフはリリーに優しく微笑むと、言います。


「少ぅし、待っていてね」






 








「グミの実の係の子たちは、いつもより戻るのが遅いねぇ」


 ピーターが頰杖をつきながら、ベルに言いました。ベルは片方の腕に赤ん坊を抱え、残りの手でミルクを与えていました。


「お昼に間に合わなかったねぇ」


 ふにゃふにゃと眠たげなその赤ん坊を、ベルは聖母のような柔らかな表情であやしています。そのうちに、赤ん坊は眠るでしょう。


「まぁ三人分のご飯を取っておいたからいいかねぇ」


 すでに片付けを終えた子どもたちは、お昼寝のためにヌイグルミの山へと向かっていました。一番上のピーターとベル、他数人の子どもたちは、まだ起きています。昼食後の食器洗いは、眠たくない年上の子どもたちの仕事でした。


「ねえピーター、そろそろご飯を温め直そうか?」


 年上の子の一人であるジョンの問いに、ピーターは悩みました。ジョンの空色の瞳がピーターを覗き込みます。

 すっかり冷めてしまった三人分の昼食に、ベルとピーターは目をやります。


「あ」


 ピーターの耳は扉の開く音を、捕らえました。


「ただいまもどりましたーぁ」


 次いで、リリーたちの明るい声音が響きます。ピーターは、にこりと微笑み、出迎えました。









「大変だ、昼食は四人分必要だったんだねぇ」


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