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ある仮装生活の村 lll



 

 扉が閉められたと同時にシープが尻もちをつくと、白い埃が宙に舞いました。

 瞬間、銃声が轟きました。 

 頭の上を通り過ぎて行きます。ミルクティー色の髪の毛が数本舞い、消失しました。


「ウルフのお馬鹿さん!」


 叫んで立ち上がったシープは小窓に近づき、外の様子を窺いました。

 するとウルフが男の上に落ちていく姿が見えました。


「あぁ、もう」









 ウルフは群青が広がる空を背に、男へ影を落としました。耳を通り行く風の音と、はためく服に心地よさを覚えます。

 最後の抵抗として、天に突き上げたナイフの切っ先が、ウルフの肩へ刺さります。瞬く赤い光と、不快感が肩に響きました。


「あはっ」


 しかし、ウルフの中で、この世界はニセモノでした。痛みを感じることもない、人間以外を味わうことの出来る、ニセモノでしかない世界です。つまりウルフにとって、このニセモノの世界は遊びでした。

 重力に身を任せたまま、高く上げた拳を握り締めます。男の驚きと恐怖で震える肩を、狙って、思い切り、振り下ろしました。


 響く、重い音。

 生々しく伝わる骨の砕ける感触。

 恐怖と痛みで強張る男の顔。

 漏れるカエルが潰れたような声。

 泡を吹き、膝から崩れ落ちる男。


「あれ?」


 綺麗に着地したウルフは、刺さったままのナイフで赤く点滅する肩の存在を忘れ、手のひらを不思議そうに眺めました。もちろん、男を殴った手をまじまじと見つめています。そんなウルフの元へ、シープが駆け寄って来ました。


「勝手な行動はよしてください。……ナイフが刺さったままですよ」


 ため息を一つ、漏らしたシープはウルフの肩に深々と刺さるナイフを抜きました。赤い光は点滅し続けています。治療薬をウィンドウから取り出して、傷口と思われる場所に塗り込みました。


「……ありがと」


 鈴の音が鳴るような音と共に水色の光が瞬きます。傷は治っていました。

 シープはロープの端をウルフに渡します。理解出来ない事態に頭を捻るウルフは、未だ黙ったまま自分の手と男を交互に目をやりました。

 そんなウルフの様子を気にすることなく、シープは男を縛ろうと、腰を下ろしました。


「あら。この人、なぜでしょう。血ですかね」


 倒れる男の肩は異常なものでした。赤く染まった肩の部分の布はテントの様に、持ち上げられていました。おそらく骨が突き出ているのでしょう。シープはその肩のテントを小指で擦ります。そのテントからじゅわりと漏れ出ては地面に辿り着いた瞬間消失していく血液らしき赤いものに触れました。ぬるり、と滑るその液体を確かに本物の血であることを確信したのです。


「あー、やっぱり本物だった。なんか感触が、すごかった」


 ウルフはやっと謎が解けたというふうに、頷きます。

 シープがウィンドウから取り出した治療薬を握っています。どうやら、男に塗るようです。


「なんで?」


「ここの話を聞かないといけないでしょう。貴重な情報源ですから」

 

 傷口周辺の衣服の布を切り取り、肩を剥き出しにしました。ぬらぬらと光を乱反射する血液、肉片がぶら下がる白い骨が露出しました。

 シープが治療薬の小瓶を傾け、仄かに光る水色の液体をとろりと男の肩へ落としました。たちまち、酸でなにかを溶かしたかのようにじゅわりと泡立ちました。じわじわと塞がっていく傷口を見て、シープは自分のおぞましさを再認識します。  

 二人で男を縛ってある最中も、なかなか目を覚ましませんでした。傷はすっかり治っているので、衝撃で気を失っているだけでしょう。


「ねぇシープ。あれ乗ってみても良いかな」


 ウルフが男の乗っていた二輪車に触れました。鉄の冷たさに驚きます。シープは少し考えて、答えました。


「いいですよ」


「よーし」


 ウルフはせっせと荷物降ろし始めました。そして二輪車に跨がります。


「えーと、自転車と同じ感覚でいいのかな」


「サーカスに訪れていた旅人さんに教えてもらった手順でやってください」


 サーカス団にいたころを思い出しながら、ウルフは二輪車の燃料タンクを膝で挟みました。ハンドルに手を添えた時です。


「わっ!シープ、これすごい!なんか説明が頭に流れてくる」











 ウルフが一時間ほど爆走したころ、男は目を覚ましました。藍色の空に沈みゆく緋色が滲んでいます。

 まず、自分を覗き込むシープに気がつきました。

 そして、自分が拘束されていることを理解しました。

 さて、どのようにしたらこの場から逃げ出せるかと思索し始めました。

 よし、この少女に頭突きでもして逃走しようと、身体に力を入れたその時です。


「起きたんだー」


 琥珀色の瞳を煌々と煌めかせたウルフがこちらに駆け寄ってくる姿が見えました。ぞわりと男の皮膚は粟立ちました。衝動的に身体を捩り、抜け出そうとします。


「あれ、お兄さん。逃げないでよ」


 よっこいしょー、と自分より頭一個分は背の小さな少年に抱きかかえられ小屋の中へと運ばれました。


「なにすんだよ!なんだよ、お前らはぁ!」


「食事です」


 シープはウィンドウから三人分のお水と軽食を取り出しました。なんと、この“戦い”のイメージではウィンドウに軽めの持ち物を入れられると教えてもらったのでした。


「ウィンドウは便利ですねぇ。ランプがあればよかったのですが」


 そう言って悩んだシープはマッチを取り出します。シープに男は言います。


「ウィンドウから透き通った球体のモノを取り出せ」


 手を止めたシープは素直にウィンドウから、透き通った球体のモノを取り出しました。男に教えられ、地面に置くと、ぽぅと仄かに光が灯ります。それぞれの表情が読めるようになりました。


「わぁ……ありがとうございます」


 シープとウルフは男の方を見て、姿勢を正しました。男は戸惑いを浮かべています。

 

「私、シープと言います」


「おれはウルフ」


 おお、と男は言いました。シープは、男の顔をじっと見ます。男は首を傾げました。


「私たちは名乗ったので、次はあなたの名前を教えてください」


「……勝手に名乗ったのはそっちだろ」


「ウルフ」


 にっこり微笑んだウルフは指の関節を鳴らします。そっぽを向いていた男は急いで背筋をぴんと伸ばし、言いました。


「ギースだ!」


 シープは口角をつり上げて、笑みを浮かべます。


「ではギースさん、食事にしましょう」


 ギースを縛っていたロープは解かれました。当然ギースは逃走を試みましたが、ウルフに腕を掴まれ関節を締め上げられると、ギースは大人しくなりました。


「お前ら何者なんだ?」


 ギースはぶるりと震えました。おそらく空から降ってきたウルフを思い出したのでしょう。一瞬、雪が降った朝のようにしん、とその場が静まり返ります。シープが沈黙を引き裂いて言いました。


「しがない旅人です」


 木の実を固めた砂糖菓子を頬張るギースは、つまらなそうに笑いました。


「普通だったら怪我をすんだよ。そんな身体能力がぶっ飛んでる奴ぁ絶対に怪我をするもんだ。特にウルフ、お前は可笑しい」


 ウルフは岸に打ち上げられた魚のように苦しそうに口を開けたり閉めたりすると、困ったように、哀しそうに微笑みました。仮装生活の中でさえも、普通でないことがわかったからです。むぐ、とドライフルーツを噛みしめました。

 シープは訊ねます。 

 

「なぜ、怪我をするのですか?ここは仮装生活をする空間ですのに」


 ギースは答えます。


「金だよ。金がねぇ奴は罰かなにか知らんが、怪我をするんだよ。そんでもって、ここにぶち込まれて出れやしねえ」


 その代わり、とギースは言います。


「とんでもねぇ身体能力が手に入る。本当に、何でもできるんだ」


「なるほど」


「じゃあなんで、おれのパンチ避けなかったんだよぉ」


「うるせぇよ。お前は何なんだ一体。お前らは何しに来た」


「観光です」


 ギースは目を大きく見開くと、大きな声を立てて笑いました。水をごくりと飲み、口内を湿らせました。


「じゃあ、お前ら、ここでおれのために殺されてくれよ」


「いいですよ」「いーよ」


「は?」


 ギースは再び驚きます。


「でも夜が明けたら帰っちゃうから」


「それまでに殺されないといけないですね」


 シープとウルフは互いに顔を合わせると、ギースに向き合いにっこりと笑みを浮かべました。


「それまで、私たちの観光手伝ってください」


「あと、正当な理由もちょーだいね」


 







 シープとウルフ、ギースはこの岩場の向こう側にある街に行くことにしました。廃れている上に、繁盛しているのは武器屋しかないと、ギースは言っていました。しかしギースの話す、どんな人でも食べることのできるこの村一美味しいスイーツ、を聞いたことでシープが食べると言ってききませんでした。

 バイクに跨がるウルフ、その後ろにシープがウルフの腰に腕を回して腰掛けました。サイドカーには両脚を縛られたギースが荷物と共にぎっちりと詰められました。

 ウルフが、スタンドを蹴って外します。ハンドルに手を添え、エンジンをかけました。二輪車に命が吹き込まれたかの如く、震えるように動き、熱を帯びてきます。

 二輪車は走り出しました。

 風の音が獣のように唸り、すごい速さで三人に纏わり付いては後ろへ流れていきます。


「ねーーーえ、なんでギースさんはお金なくなっちゃったのーー?」


 風に遮られぬよう、ウルフは大きな声を出して聞きました。ギースは無視を決め込みました。ウルフは走っている間、何度か聞いてみましたが、ギースは黙ったままでした。

 砂煙を巻き上げながら、二輪車は走ります。そのうち岩肌剥き出し、ごろごろ転がる石の道は途中で終わり、平らな地面を進んでいきました。

 ウルフの背と、シープの胸がじわりと汗で濡れた頃、ようやく街に辿り着きました。ギースに言われた所に、二輪車を止めます。廃墟が集まったな街でした。ギースは再び、よっこいしょーとウルフに降ろされました。

 ギースに案内され、シープとウルフはカフェテリアのような、バーのような、混沌とした店へ向かいます。そこにお目当てのスイーツがあるそうです。丸腰のギースは、いつ襲撃されるかもわからない状況下なのでびくびくと怯えていました。

 店の中にさえ入れば、武器を使用することは禁止なので安全です。無事に店に辿り着いた三人は、席に着くとすぐに注文をしました。店員は、画面の向こう側の人が作られた人なのでしょう。穏やかな微笑みを仮面のように貼り付けています。

 ギースは突然喋り出しました。


「おれがなんで金がなくなったのかというとなぁ」


「あっ……喋るんだ」


「まだですかねぇ、スイーツ」


 金色の髪を掻き上げたギースは、続けます。


「ほら、この通り美しい顔だろ?これぁ、金で買ったもんなんだよ」


「へぇ、あの人と似てるね」


「あぁ。平和の方にいた、あの亜麻色の髪の……」


 ギースは、あっと目を見開きます。


「そいつぁおれの恋人だ。なんだ、あいつは向こうにいるのか。寂しがっていねぇかなぁ」


「幸せそうでしたよ」


「少し寂しそうだったね」


「そうか。あいつに合わせて格好良くなろうとしたら、金が尽きて。財産うっぱらっても、やっぱり足りねぇ」


 シープとウルフは黙って互いに顔を見合わせます。ギースの元の顔の問題であったのでしょうか、と失礼にも程があることを思いました。

 シープが冷たい紅茶を飲みます。にこりと微笑んで訊ねました。

 

「それは私たちを殺すことに関係があります?」


「ああ、あるね」


「へぇ、それはなーに?」


「ここではなぁ、十人殺すことが出来たら、このイメージから脱出することが出来るんだ」


 そこで丁度、店員がスイーツを持ってきました。殺すなど、物騒な言葉を聞いてもにこにこしているこの人は、やっぱり画面の向こう側の人間が作ったのでしょう。

 ふわふわのパンケーキと、その表面に熱されぱりぱりになった砂糖が空腹感を呼び起こします。さらにその上に黄金色の蜂蜜をとろりとかけてあるのでとても美味しそうです。もう三人の意識は完全に、このふわふわのパンケーキに向いていました。


「ふわぁ、すごいですねぇ」


「……美味しそう」


「……うめぇ」


 フォークで表面の砂糖をしゃくりと割ると、一切の抵抗なく切れるパンケーキを三人は頬張りました。もぐもぐと口を動かして、シープとウルフは夢中でパンケーキを咀嚼しては味わって、味わっては咀嚼することを繰り返しました。さっさと平らげたギースは、甘ったるさを紅茶で流しました。


「そんで。おれはあと四人、殺さねぇといけないってわけ」


「むぐ?」「もぐ?」


 頰をぱんぱんにしながら、パンケーキを食べていた二人は急いで飲み込みました。


「おれたち二人を殺した後、もう二人を殺さないといけないわけ?」

 

「ギースさんに出来るでしょうか……」


「はぁ?出来るに決まってんだろ。いままでだって六人!殺ってきたんだぞ」


「やってきたばかりの人を、おれたちを襲撃したみたいに殺したでしょ」


「あとは隙を突いて、とかですね」


 パンケーキを一欠片、ぱくりと食べたシープは言いました。声を潜めて、言います。


「今、外に三人程いますよ」


「出て行った瞬間撃たれるよね」


「裏口から出て、私たち二人を撃てばギースさん

問題なく脱出できたでしょうけど」


「おれたちを撃った後に、三人が気づいて裏に回るよねぇ」


「殺されちゃいますねぇ……。おそらく相当強い方々ですし」


「ねぇ、ギースさん」


「どうしますか?」


「戦う?」


 シープとウルフが、呆けた顔をして話を聞いていたギースに訊ねました。ギースは、はっと我に返って大きく頷きました。


「あたりめぇだ!お前たちも手伝ってくれんだろ?」


「え……」「うーん」


「えっ」


 ギースは途端に不安を滲ませます。


「報酬もないですし……」


「人を殺したくないし……」


「脱出したら恩もなにか返す!もちろん三人ともおれが殺る!だから手伝ってくれよ」


 互いに眉を寄せた顔を見合わせます。きっとギースの大きな声は、外に響いているでしょう。あと数分もすれば、突撃されかねません。武器は使えないといっても、人間の手は人を殴ることが可能です。

 二人を、窓から空を見上げます。空の端っこには、まだ橙色は滲んでいません。シープは少しの間、黙って、頭の中で最善の方法の欠片を探し当て、組み立てていきます。翠玉色の瞳を、ギースに向けました。


「はぁ、わかりました」


「やるよねぇ。もー、やるよぉ」


 シープは、ウルフとギースにやってほしいことを伝えました。












◆ 


 

 三人の男がいました。シープとウルフ、ギースがスイーツをのんびりと食べているお店の前で構えていました。銃の引き金に人差し指を平行に沿わせ、いつでも撃つことができるよう準備をしています。

 三人とも、あと一人殺してしまえば、このイメージから脱出できるのです。

 見間違いでなければ、十代中頃の少年少女、軟弱そうな美青年が店の中に入っていったのです。殺しやすいこと、この上ないでしょう。


「おい、弾残ってるか?」


 低い声で禿げ頭の男が聞きました。髭面の男が頷きます。

 初老の男が言います。


「静かにしておけ。一人ずつだぞ。誤っても二人殺るなよ」


 男ら三人は、このイメージに来る前、仮装生活が始まる前からの用心棒仲間です。しっかり脱出して、再び酒を飲み交わし、溺れるほど女と遊びたいのでした。

 そのうち、店の中から青年の大きな声が聞こえてきました。柔そうな見た目の割に、口は悪いようです。“脱出”、“恩”、“三人”、“殺る”、と自分達の存在が店の中に伝わっていることが理解できました。

 再び、沈黙。店の中の三人は声を潜めて話し始めたようで、聞こえません。まさか立ち向かってくる気じゃないだろうな、と男ら三人は口元を歪ませました。








 ぴん、と糸を張り詰めたような感覚。








 微かな金属音。三人とも聞き慣れた、音でした。

 空を見上げると、赤い月が煌々と燃えています。 三人の男は、扉に手を掛けました。




 そして、爆発音が、降ってきました。



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