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夜の森にて


「ばぁんっ」





 シープはそう言うと、腕を大きく振り上げて勢いよく拳銃を護衛の頭に打ち付けました。


「ぎゃあ!」


 ガツン、と鈍い音がして護衛は気を失なってしまいます。よほど恐ろしかったのでしょう。ぴくぴくと震える目蓋の間から、白目がぎょろりと剥いていました。


「え?」


 ウルフは口をぽっかりと開けて、間抜けな声をあげました。

 気にせずシープは銃の血を拭って腰にしまいました。どうやらホルスターがベルトで腰に巻いてあるようです。そして護衛の懐を漁り、拳銃と弾丸を拝借しました。


「ふむ。回転式銃ですか。うーん、細かいところはわかりませんね。知識だけではどうにも......、今持ってるものとおそらく同じ種類な気もしますが、まあいいでしょう」


 しばらく銃を眺めてなにやらぶつぶつと呟いていますが、ウルフにはわかりそうもありません。じっとシープの行動を見つめることしかできません。


「はい。ウルフも一応持っていた方が良いです」


 シープがウルフの手のひらに銃が乗せられました。黒い金属の塊から伝わる冷たい感覚で、ウルフの背中は粟立ちました。


「これ……」


「あとで使い方を教えます。私が持っているのと同じ形ですから、おそらく」


 シープがウルフの腰に、さらに拝借したホルスター付ベルトを巻き始めました。

 青ざめるウルフの顔を見ると、シープは首を傾げました。


「行かないのです?」


「あ、えっと、行く」


「では行きましょう。ちょうど、動物さんたちも良い感じに暴れてくださっていますし」


 シープが赤いテントの向こう側を見ました。つられてウルフと見ました。

 動物たちの唸り声と、人間たちの怯えた声が奏でる不協和音。そこはとても賑やかでした。動物に麻酔銃を撃とうと人間達が右往左往していました。狭い冷たい檻から自由になったからか、熊もライオンもこの状況を楽しんでいるのでしょう。子どもたちが食べられませんように、と祈るだけ祈りました。

 そう感じたウルフは、少しほっとしました。


「あ。団長」


 ウルフが騒ぎの中の団長に気が付きました。護衛に囲まれ、顔に気休め程度の包帯を巻いて、目だけを出していました。その目はぎらぎらと光り、獲物を探す狩人のようでした。不気味さに二人は身震いします。シープは少し、ほんの少し表情を曇らせましたが、すぐに頭を振っていつもの表情に戻しました。

 ウルフとシープが踵を返して森へ行こうとしたとき、団長の目がより一層ぎらつきました。"二匹(ウルフと)獲物(シープ)"を見つけたのです。団長は興奮したとても大きなしゃがれた声で、叫ぶように言いました。


「おい! ウルフだ! シープだ! お前ら、早く捕まえろ!」


 護衛達はその声に従い、こちらを向きました。


「うわ。やば」


「あら」


 ウルフはシープの手を引いて走り出しました。森の方へ。後ろは数人の護衛が付いてきています。護衛達が持っているのは拳銃ではなく麻酔銃でした。先程まで猛獣と格闘していたのでしょうか。なんだか護衛達の動きは鈍いです。

 それをいいことに、ウルフとシープは有り余る体力を酷使して全速力で駆けました。そして、護衛達を百数十メートル離して森へ辿り着きました。

 ウルフは夜の空に溶け込むほど高く感じる木々を見上げました。


「シープ、登れる?」


「もちろんです」


「おれが足止めしておく」


「はい」


 シープは返事をすると、一番近い枝の高さを確認しました。一番近いといっても、シープを二人を積み上げてやっと届くほどの高さです。

 体に巻き付けていた、先に鉤が付いた長い縄を取り出しました。鉤の付いている方をビュウンビュウンッと回してその枝に投げつけました。

 鉤が枝に巻き付き、縄がピンと張られて固定されました。シープが縄を使って登ります。そのまま、その枝の上の枝に背伸びをして握ります。そして逆上がりをするようにしてまた登りました。ここで地上から三メートル程です。


「ウルフ!」


「うん!」


 護衛達があと数十メートルでウルフに追い付くところでウルフは鋭い爪と短い枝を使って太い木を登り始めました。手慣れた様子で登ります。サーカス団育ちの怪物(ウルフ)にとっては、こんな木はお手の物でした。


 そうしているうちにも、ぐんぐんと追っ手は側まで来てしまいます。木に背を預けながらシープが拳銃を構えました。安全装置を外し、遊底を引き、引き金に指を掛けます。そして、麻酔銃でウルフを狙う護衛達に言いました。


「ウルフに悪さすると撃ちますよ」


 その翠玉色の瞳は月光で妖しく光りました。しかしシープの言葉を無視して、狙いを定める一人がいました。

 シープは容赦なく撃ちました。木の上で安定しなかったからか、弾丸は護衛の腕を掠ります。赤い血が飛び散りました。護衛は手がぶれて、彼は地面へ発砲しました。地面に穴が空きました。反動で護衛はどたりと転びます。

 ウルフは無事にシープの隣に立てました。

 しかしシープは自分が発砲したことに驚いたのか、拳銃を持つ手ががくがくと震えていました。さらに顔も青ざめ、すぐにでも崩れ落ちてしまいそうでした。それに気づいたウルフは軽々とシープ担ぎました。

  シープは茫然としたまま、しかし、無意識で安全装置をとめて右手でしっかり拳銃を持っていました。

 ウルフは護衛に背を向け、シープは虚ろな瞳で空を見つめていました。二人は無防備でしたが、護衛達は誰も動きません。


 なぜなら、ウルフが振り向き、人を射ぬいてしまうような鋭い瞳で護衛達を睨み付けたからです。

 琥珀色の瞳が、どきりとするほど冷たいものでした。


 ウルフは視線を森の奥へ戻しました。


「シープ。揺れるからね」


 言うと同時に、ウルフはシープを担いだまま、枝から枝へ、森の奥へ軽やかに、時折枝を掴んでは、ぐんぐんと移動しました。





 完全に森の外から見えなくなる程のところで、ウルフは止まりました。さすがに二人分の体重を支えるのは辛かったのでしょう。シープを降ろすと彼女がいる枝の反対側の枝へ移り、腰掛けました。呼吸も荒いです。


「ウルフ」


 蚊の鳴くような細い声で、シープがウルフを呼びました。シープの声風の隙間を通ってウルフの耳へ届きました。ウルフはシープのところまで行く気力がないので、耳だけを傾けます。


「どうしたのさ」


 シープが声を震わせ、しかし落ち着きを取り戻した声で言いました。


「ごめんなさい。運んでもらってしまって。重かったでしょう?」


「うん。重かっ……くはなかったよ」


「正直なことはよろしいと思います」


「ごめんって。ところで何で、護衛の額を撃たなかったのか、聞いてもいい?」


「平気です。……私も正直に言います」


「うん」


 シープは自分の、まだ微かに震える手を見ました。少し息を吸いました。


「怖かったです。本当に。人を傷つけるのは、とても」


「わかるよ」


 安心させるような笑みを浮かべるウルフを見て、シープは思いました。人を殺すことに慣れることは、ないのだろうと。

 それに気づいて、ひっそりと誓います。


「私が戦わないと。ウルフが人を傷付けないように」


 シープは小さな、とても小さな声で呟いたのでウルフの耳には届きませんでした。


「なんか言った?」


「いえ。気にしないでください」


 二人はしばらく、ぼんやりと中を見つめました。木葉の間から薄い雲を纏った月が光を溢れさせます。

 それにしても、とウルフはシープに聞きました。なぜ銃声が小さかったのかと。今まで聞いてきた銃の音はこんなに小さくなかったなと。「それは」とシープは言いました。ウルフのいる枝の方へ移動しました。ウルフの向かいに腰かけました。


「銃の安全装置です」


「安全装置?」


「銃が暴発するのを防ぐ装置です」


 シープはウルフに銃を出すように言いました。ウルフの手に握られている銃の撃鉄(ハンマー)付近のレバーを指差しました。


「これですね」


「あぁ。これか……」


「一度撃ってみますか?」


「不安定じゃないか? 」


「大丈夫だと思いますよ。一応私たちは平衡感覚は良いと思いますし」


 シープはすくっと立ち上がって、腰のホルスターから銃を取り出しました。足を肩幅程開きました。安全装置を外し、遊底を引いて構えました。


「見本です。あの枝を撃ちます。反動で落ちたら助けて下さい」


「さらっと怖いこと言うな」


「いきますよ」


 シープは目を細めて、撃ち落とす枝を睨みました。引き金に指をかけました。


 ───プシュッ


 鋭い音と共に枝に弾丸が当たりました。枝はシープが狙ったところより内側にずれてしまいました。枝はまだ薄皮一枚繋がっていて、ブラブラと揺れていました。


「あ」


 と、同時にシープの腕が反動で跳ね上がり、さらにシープの体が後ろへ傾きました。


「ちょっ!?」


 落ちる直前、ウルフがシープの背中を支えました。


「ありがとうございます」


「降りてやってもいい? おれ、たぶん墜落死する」


「はい。では降りましょう」


 ウルフがトッと枝を蹴って、軽やかに地面に向かって飛び降りました。風がウルフの耳元で唸り声をあげました。ウルフは膝を深く折り曲げて着地します。

 ウルフがシープに向かって両手を開きました。


「よろしくお願いします」


 シープはそう言うと、ウルフと同様に枝を蹴り、飛び降りました。ウルフの腕の中に、ちょうど落ちます。二人は勢いよく転びました。シープの重みでウルフがぐぇっと声を漏らしましましたが、二人共無傷でした。


「重……」


「……」


 ゴツン。


「うっ」


 ウルフは頭にたん瘤が出来てしまいました。




「では撃ちましょう。まず安全装置を外してください」


 ウルフがホルスターから拳銃を抜き、安全装置を外しました。


「次は先程私が行ったようなフォームを作ってください」


 ウルフが木の幹に向かって構えました。ウルフが木の幹を睨み付けます。その姿は様になっていました。


「わあ、威圧感がすごいですね。では引き金を引いてください」


 ウルフは一度引き金に指を当てましたが、外しました。


「……これ音って」


「少しだけです。消音器(サイレンサー)で破裂音……銃の音を半減させているので」


 ウルフは理解し難そうに銃口に付いてる機械を見ました。そして、すぐに構え直しました。狙いを、定めて、撃ちました。


 ───パシュッ


 弾丸は幹の大分端の方へ穴を空けました。

 ウルフの両手は反動で跳ね上がりましたが、体勢は崩しませんでした。


「ふむ。ぶれてません。体幹が強いのですね」


「そっか。でも爪の方が戦いやすい……」


 ウルフは親指で人差し指の爪を擦りました。その手を握るとシープは言いました。


「ウルフはもう、人を殺したらだめですよ」


「ああ、わかってる。人間はもう殺さないよ。それに、食べなくても生きていけるようになるんだ」


「私も、もう喰べさせませんよ。私の味は “人間” ですから」


 シープは何気なく言いました。


「了解。そろそろ行こうか。体力は平気?」


「サーカス育ちを舐めないでください」


 シープはふふっと笑いました。ウルフもにひひ、と笑いました。


「じゃあ、行こう」


 ウルフは鋭い爪と脚力を器用に使いこなして、驚くほどの速さで木を登りました。シープは枝を鉄棒のように使って登りました。途中、ウルフがシープを引き上げました。

 二人は協力しながらある程度の高さまで登ると次は枝から枝へ、木から木へ。リズムよく飛び移り、移動しました。まるで風の妖精の様でした。


 しばらく夜中の暗い、静かな森の空気を切り裂きながら、木から木へ進んでいるときです。


 ───たん


 ウルフが急に止まりました。勢いが弱まらずシープはウルフの背中に額をぶつけました。一拍遅れてミルクティーような髪がふわりと宙を漂いました。


「わ、何ですウルフ」


 ウルフは黙って耳を澄ましていました。風が木々の隙間を通り、ざわつかせている音が幾重にも重なり、響いていました。ただ、耳が良いウルフは微かな、しかし心地好い音を感じとりました。


「水の音が聞こえる」


「え?」


「川だ」


 ウルフが数本、木を渡りました。シープもそれに続きます。木々が途切れた場所に出ました。あ、とシープが声を漏らしました。ウルフとシープの眼下には、金色の月明かりに照らされ、一匹のうっすらと金の鱗を輝かす蛇がうねっているかのような川が流れていました。さらさら、と耳を心地好く撫でました。

 シープは一瞬瞼を閉じ、ほぅ、と吐息を口から滑らせました。


 ウルフは鼻をひくつかせ、辺りの匂いを嗅いでいました。目を細めて、ひくひくと。

 ウルフの隣に移動したシープもウルフの真似をして草木の湿った匂いと、夜の澄んだ空気の匂いと共に、ある臭いを吸い込みました。その臭いに顔をしかめたシープが何か言おうと口を開いたときです。

 ウルフのお腹から間抜けた音が静寂な森で、木々のざわめきと共鳴するかのように鳴り響きました。シープがウルフを横目で見ると、ウルフの頬から耳まで真っ赤に染まっていました。ウルフが熱くなった顔を両手で覆いました。恥ずかしそうに小さな声で、言いました。


「おれです」


 人間なんて食べないと言った矢先のことでしたので、なんだか気まずそうに、恥ずかしそうに顔を覆うウルフをシープは一瞥すると、ふふふっと微笑みました。


「……食事にしましょうか」



 シープはウルフの肩に掛けてあった鞄から銀紙に包まれた携帯食料を取り出して、顔の横で振りました。




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