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ある写真の村



「次に行く村、楽しみだね」


「そうですね。旅人さんに聞いた通りだといいんですが」


「展望台からの夕焼けが綺麗らしい」


「幸せの花が咲いているらしいです」


「見てて楽しいアイスがあるらしい」


 シープとウルフは互いに顔を見合わせます。そして、にっこり微笑みます。


「楽しみですね」「楽しみだね」


 二人は残りの道を進みました。とっても楽しそうでした。この調子で歩いたら、夕焼けまでに辿り着きそうです。

















「えっ……なんですか。これは」「うそでしょ」


 二人は夕焼けまでに辿り着きました。順調に入村検査も済みましたし、安くて綺麗な宿も見つけて、特に問題はありませんでした。

 一通りの準備が終わったシープとウルフは、旅人の間でもとても評判の良い、展望台からの夕日を見に行こうとしていました。

 しかし、展望台に続く階段が封鎖されているのです。

 金色に光る綺麗な夕焼けを見るのがとても待ち遠しかった、ウルフが頭を掻きます。


「なんで、展望台に登っちゃ行けないのっ?」


 シープも自分の頰をふにゅふにゅと触りながら、呟きます。


「可笑しいですね、情報が古かったのでしょうか」


 すると、展望台の近くの家から、妙齢の女性がやって来ました。


「すみません。旅の方でしょうか」


「はい」


「これ、登れないの?」


 女性は話慣れているのでしょう。カバンから、両手に収まる大きさの四角い精密機器を取り出して見せました。


「これは、この村で流行っているカメラと言うもので」


 失礼しますね、と言ってシープとウルフに向けます。表面についている丸い部分がパチリ、と鳴り、小さな機械音が聞こえます。しばらくするとカメラの上の辺から紙が出てきました。その紙には、少し時間を置くとシープとウルフが浮かび上がります。


「この丸いレンズに映ったものを紙に移すことが出来るのです。で、これが写真といいます」


「見たことある、もっと大きいけど」


「これが、登ってはいけないことと何の関係があるんですか?」


 渡された写真を受け取りながらシープはたずねました。女性は頰に手のひらを添えて、眉を寄せ困った表情を浮かべます。


「ええ。週に一度、皆が撮った写真を広場に並べ、やって来た人が良いと思ったものに投票するんですよ」


「あぁ、同じような写真が多いと大変だから?」


 ウルフが言いました。女性が答えます。


「いえ、まぁ。同じような写真が初めは多かったのですが、それに飽きてきた方たちが今度は自らを撮して変化をつけていくものでして……」


「危険な行為が増えたのですね」


「ええ、そういうことです。展望台から身を乗り出して落ちた方もいますしね。ちなみに落ちる瞬間を撮った方は票が一番多くつきました」


 それぞれの村に、それぞれの決まり事があります。シープとウルフは、諦めることにしました。

 そして、“幸せの花”を見に行くことにしました。

 そのまま女性に、“幸せの花”のことについてたずねました。幸せの花が咲く木は広場の真ん中に、一本だけ立っていると、女性は言いました。ある遠い村から友好の印として頂いた苗が育ったのだそうです。


「あ、おそらく看板が立ててありますが。花は千切ったりしないでくださいね。病気の原因になりやすいので」


「はい」


「ありがとー」








 シープとウルフは広場へ向かいました。

 すれ違う村人たちに、時折一緒に写真に写ることを頼まれながら歩きました。

 ぽつりと、“幸せの花”は中心に立っていました。予想通り、周りには村人がその花を囲んでカメラを向けています。

 薄い桃色の花が、風がそよぐたび儚く揺れ、ひらひらひらりと舞っています。


「綺麗ですね」


「すごーい、もっと生えてたら良いのにねぇ」


 すると、シープとウルフの側のベンチに腰掛け本を読んでる老人が顔を上げ、おもむろに振り返りました。読んでみた本をぱたりと閉じます。


「旅人さん、こんにちは」


 目元に皺を寄せて、微笑みました。


「こんにちは」「こんにちはー」


「昔は、そこの道に朽ちてる切り株も“幸せの花”を咲かせていたんですよ。花のトンネル、花びらの絨毯が出来るぐらいにね」


「そうなんですか」


「綺麗だったんだろうねぇ」


「まぁ昔のことを言っても仕方がない。いきなり話しかけてすまないね、旅人さん。良ければじっくり見てみるといい、花は変わらず美しい」


 シープとウルフは軽く頭を下げて、笑います。


「はい、ありがとうございます」


「もっと近くに行こう、シープ」


 二人は“幸せの花”が咲く木に近づきました。村の子供たちの真似をして、薄い桃色の花びらを拾ってみたり、花に顔を近づけて匂いを嗅いでみたりと“幸せの花”を楽しみました。

 “幸せの花”は不思議で魅力的で美しい花の咲く木でした。こぶから箒のように生えた何本もの細い枝も、興味深く思えます。

 すると、村のシープとウルフと同じ頃の年の女の子たちがやって来ました。やはり手にはカメラを持っています。

 きゃらきゃらと笑いながら、手を花に伸ばし、プチプチと花を千切ったり、ポキリと細い枝を折りました。何が面白いのか、箸が転がっても笑うお年頃だからなのか、けらけらと笑っていました。各々の髪に飾っては、くすくす笑いながら写真を取り合います。

 シープとウルフは看板に目をやり、再び女の子たちに目を向けました。二人と一緒に遊んでいた子どもが、女の子たちに無邪気に言いました。


「おねーさんたち、おはなはちぎったらだめなんだよ」


「なにこのこ」


 女の子たちは、子どもを見ました。それから、シープとウルフを見て旅人であると気付くとにんまり笑いました。


「あーっ、旅人じゃーん。写真撮らせてよ」


 こたえる間もなく、女の子たちはシープとウルフにカメラを向けると写真を撮りました。二人は互いに視線を交わしました。はぁ、とシープはため息をつき、言いました。


「今撮った写真は許可していないので、捨ててくださいね。この村の者でないのですが、花は千切るなと書いてありますが……」


 女の子たちは、目をぱちくりとさせました。だって、ねぇ、と顔を見合わせます。一人が言います。


「お母さんたちが、昔やってたって言ってたしー。かわいいし」


「そうそう。それに、皆もやってるから」


 ね?と同意を求めます。周りの女の子たちは頷きました。


「そうですか」


 シープとウルフは、その場を去ることにしました。

 子どもたちに案内をしてもらい、アイスクリーム屋へと向かいます。

 子どもたちがきゃあきゃあとはしゃぎました。シープとウルフの目の前には、カラフルで可愛い夢のようなお店がありました。同時に、人がたくさん並んでいることにも驚きました。

 そして、予想通りここでも皆カメラを構えています。

 シープとウルフの順番が回ってくると、お店の人は旅人である二人にアイスクリームをサービスしてくれました。さらに、即興で二人をイメージしてアイスクリームをデコレーションしてくれるというのです。

 二人は、お礼をして受け取ります。二人は少し興奮気味にアイスクリームを見ました。

 アイスクリームは、これまた可愛らしい容器にバニラアイスとチョコレートアイス。その上に白いマシュマロ、抹茶味のクッキーとレモン味のクッキーが大量に乗せてあります。さらに、もふもふと綿菓子が盛り付けられていました。

 シープとウルフは絶句し、ごくりと喉を鳴らします。美味しそうなので喉を鳴らしました。決してその量に圧倒されて飲み込んだ訳ではないでしょう。

 二人はスプーンをきゅうっと握りしめると、アイスクリームを平らげることに専念しました。シープはとても美味しそうに食べていますが、ウルフに至っては冷たいモノを飲み込む作業でしたので、大変でした。村のこどもが何人か手伝い、二人はやっと完食しました。 


「ご馳走様でした」「ごちそーさま」


 容器とスプーンは使い捨てのものだったので、二人はゴミ箱に向かいます。子どもたちも各々使ったスプーンを持ってついてきました。二人と子どもたちはスプーンをピンク色の可愛いゴミ箱へ捨てました。


「えっ……」「わっ、すご」


 ゴミ箱の中は、容器とスプーン、カラフルなアイスクリーム、マシュマロ、クッキーがぐちゃぐちゃと混ざりあって奇妙な色合いと匂いを発しています。子どもたちが、言います。


「ぼくたちはちゃあんとたべるんだけど、おとなとかおねいさんとかおにいさんがね、カメラでお写真とったあとにね、ぽいするの」


 子どもたちはシープとウルフを見上げました。


「ピーマンのこしちゃだめっていうのに、へんだよねぇ」








 シープとウルフは、子どもたちと別れた後、必要な物を買い、宿へと戻りました。

 シープはご飯を食べて、しばらくゆっくりしました。

 ウルフはたっぷりとお湯を使ってシャワーを浴びて、湯船に浸かりました。

 お風呂から上がったシープはベッドに飛び込みます。ウルフがふかふかの毛布を贅沢に使っていたので潜り込みました。


「この村にはいつまでいるつもり?」


「そうですねぇ。明日は少し買い物をして、ゆっくり休みましょう。幸いここの宿は、すっごく心地が良いですし」


「外に出るとカメラでたくさん撮られるもんね」


「そうですね。明後日の朝早くに、ここをでましょう」


「うん」


 そうしてお話をしていましたが、二人はとても眠かったのですから、すぐに眠りに落ちてしまいました。










 夜が明ける頃でした。星の散らばる夜空に、絵の具を溢してしまったかのように、紅色がじわりと紺色に広がります。

 城門付近に荷物を背負ったシープとウルフが、立っていました。門番が、二人に話しかけます。


「今日は写真の投票日ですが、よろしいですか」


「はい。大丈夫です」


「出村しまぁす」


 シープとウルフは村をでて、再び進み始めました。

 



   





◆◆




 ある村で、週に一度、各々が撮った写真を比べ投票する日がありました。

 今週のその写真会には、こっそり侵入した展望台で撮った夕日や、“幸せの花”を髪につけてる女性、カラフルで可愛いアイスクリームなど、季節ならではものが並べられています。


「ああこれが話題の村人さんか」


「おれは綺麗に撮れたぜ、ほら、買い物してるところさ」


「私は旅人さんの後ろ姿を、花をバッグに撮ったのよ」


「いやぁ、誰が一番投票をされるのか想像つかないね」


「ふふん、たぶん私よ」


「どうしてだい」


「ほーら、旅人をこーんな間近で、しかも花の側で撮ったんだもーん」


「おお!それはすごい」


「あれ?それ捨ててって言われてなかった?」


「いいでしょ、どーせ、ここにはいないんだし」


 




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