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ある白色の村


 シープとウルフは、ある小さな村に着きました。

 たくさんの荷物を持った、遠い村からやってきた商人のトラックに乗せてもらったので、予定より早く到着しました。

山の麓にある、臙脂色の城壁に囲まれた村でした。山は冬でもないのに地肌が丸見えで、所々緑が残っていました。とても、寂しく思えます。

 城壁の村の中へと繋がる城門所に、守衛が立っていました。どうやら身体検査をするようです。


「銃は所持してもいいんですか?」


 シープがたずねます。


「ええ。中で使わなければ問題ないです」


 シープとウルフの身体検査はすぐに済みました。商人たちも、特に問題なく終わり、二人と共に村の中へと入っていきました。

 村に入ると、商人たちは用意していたガスマスクとゴーグルを着けました。シープとウルフも持っていたマスクとゴーグルを着けました。


「嬢ちゃんたち、ここで降ろして良いかい?私たちは村長さんとお話があるんだ」


「ええ、大丈夫です」「大丈夫ー」


「じゃあ、私たちは明後日村を出るけど、どうするかい?」


「よろしければ、乗せてください」


「了解。じゃあ、また」


 商人たちは、二人を降ろして、去って行きました。この村に、年に一回だけ訪れると商人は言っていました。


「さて、どうしましょうか」


「とりあえず宿を探そうよ」


「そうしましょうか」


 シープとウルフは手をつなぎながら、通りを歩き始めました。地面を踏みしめるたびに、ふわりと灰が舞いました。

 この村には、ドーム型の屋根が特徴的な建物がありました。二人はそこへ、向かうことにしました。

 人々は大人も子どもも男も女も皆、マスクとゴーグルを着けていました。そして、店はありませんでした。看板はありましたが、開いていませんでした。

 人々の流れに乗って、シープとウルフはドーム型の建物に入りました。中はとても空気が澄んでいます。村の人々は入った途端、マスクとゴーグルを外しました。通り過ぎる人々は皆笑顔でした。

 建物の中には、お店がたくさんありました。

 ある人集りの中に、商人たちがいました。支援物資を配っていました。受け取る人と受け取らない人がいました。


「ああ旅人さんたち」


 商人たちが、シープとウルフを呼び止めました。手招きをしています。人を避けて、シープとウルフは商人の方へ向かいました。


「なんでしょう」


 村人たちは珍しそうに、二人を見ては通り過ぎて行きます。


「何か欲しいものがあったら、私たちのところで買いなさいね」


 灰まみれは嫌だろう、と悪びれもせず言いました。一瞬眉をひそめたシープはすぐに笑顔を作るとぺこりと頭を下げました。そしてウルフの手を引っ張って離れていきました。店を回っていると軽装の女性が駆け寄ってきました。


「旅人さん、旅人さん」


 二人に、膨らんだ布製の袋を渡しました。シープは思わず受け取りました。


「もらってください。お金はいりません」


 中には野菜や干し肉、黒パンに乾燥スープなどがいっぱいに詰められていました。


「あ、ありがとうございます」


 驚きでシープとウルフは視線を交わしたのですが、女性は慌てて言いました。焦りのせいか早口でまくしたてます。


「食べれます!確かに灰は降りました。畑もダメになりました。でも、温室で育てました。身体に悪いモノは入ってないです」


「は、はぁ」「へぇ」


 しかし、生の野菜は旅には持ち歩くのに適していません。すぐに痛んでしまうからです。ウルフは言いました。


「旅にはちょっと持ってけないかな」


 女性の表情は曇り、泣きそうになりました。シープがたずねました。


「ここで食べれませんか?あと、温室も見れるのならば、ぜひ」


 シープの言葉に女性の表情は晴れ、目を輝かせました。


「はい!」





 シープとウルフは、最上階にある温室へと招待されました。女性の子どもでしょうか。二人の男の子がバスケットを持ってついてきました。

 温室は肌寒い外とは違い、ぽかぽかとしていてマントが暑いくらいです。土の匂いがします。温室にはキュウリやトマト、ジャガイモ、サツマイモなど多くの種類がありました。農家の村人たちを中心に交代しながら育てているそうです。二人の男の子は畑仕事をする人たちの元へと駆けてゆきました。

 シープとウルフは取れたての野菜とハムが挟まれた、質素でしたが美味しいサンドイッチをいただきました。

 

「商人さんたちの言ってること、間違っているわ」


「そうなんだ」


 ウルフは“美味し”そうに、口の中の味のしない物体を咀嚼しては胃に収める行為を繰り返しながら言いました。やっぱりお肉は気分が悪くなるのだ、と再確認もしました。

 シープは新鮮な野菜に、嬉しそうに目を細めてもりもりと食べています。

 女性は、自分の分のお茶を注ぎながら言いました。


「確かに灰は降り積もって畑はだめになった。それに、今もまだ被害の爪痕はしつこく残ってる」


 お茶を飲んで女性は、口を湿らせます。


「でもね、その分私たちが作る野菜は細かい検査も行っているし、地下から引いているからとても澄んだ水を使っている。支援金を使ってこの温室は適切な調整が出来るわ」


 ウルフは温室を見渡して「すごーい」と思わずにしました。サンドイッチを平らげたシープは、まだ温かいお茶を飲みました。そして、再び二人は女性に視線を戻しました。

 誇らしそうに女性は、言うのです。


「この村の野菜はどの村よりも安心安全と言えます」


「それは、わかります。野菜、とても美味しいです。もう一ついただきます」


 シープは二つ目のサンドイッチに手を伸ばしました。シープが二つ目のサンドイッチをもふもふと頬張っている間、女性は話しました。この村の野菜を、野菜の安全性を、宣伝して欲しい、とのことでした。

 温室から去るときでした。シープとウルフに女性は言うのです。


「被災地はいつまで被災地なのかしら」


 もう私たちは、未来に向けて歩いているのに。そう言うと、女性はにこと微笑み、先を歩いて行きました。光が溢れているかのような輝かしい雰囲気がこの村全体から漏れ出ていました。




◇◇




 シープとウルフは、灰色にくすんだ窓から外を眺めていました。ホテルは、とても安く、旅をする二人にとってはとてもお得な値段でした。その上、シャワー付きで、食事も美味しそうな物でした。

 火山灰は水に溶けません。それ故に、川の底に灰は沈み、水を濁らせます。それ故に、灰は畑に積もり、食べれるものは出来ません。

 シープとウルフは、湿らしたタオルで身体を拭きました。食事は黒パンと野菜がたくさん入ったスープ、少量のお肉と新鮮な野菜のサラダでした。

 窓の外を見ながら二人は、今日見たものを思い出していました。

 故人の名を刻む石碑の前で黙祷を捧げる人々。

 マスクとゴーグルを常につけている村人。

 家の中から出て遊べない子どもたち。

 噴石で崩壊した家。

 井戸の底、川の底に沈んだ火山灰。

 火山灰を詰めた袋が所狭しと積まれた空き地。

 それを理由に、他の村はこの村の野菜を買ってくれないのです。この周辺のどの村より立派な温室があるのに、です。


「この村は、どうなるでしょうかね」


「わかんない。わかんないけど」


 ウルフは言いました。


「人間は生きていくことについては、強かでしぶといと思う」


 ウルフを見つめたシープは、その言葉を聞きました。

 その、無責任で曖昧で希望に満ちた言葉を聞きました。 

 窓の外に視線を戻しました。

 ひゅう。風が吹きました。

 ふわり。灰が舞いました。

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