ある黒色の村
シープとウルフは、ある小さな村に着きました。
たくさんの荷物を持った、遠い村からやってきた商人のトラックに乗せてもらったので、予定より早く到着しました。
山の麓にある、灰色の城壁に囲まれた村でした。山は冬でもないのに地肌が丸見えで、所々緑が残っていました。とても、寂しく思えます。
城壁の村の中へと繋がる城門所に、守衛が立っていました。どうやら身体検査をするようです。
「銃は所持してもいいんですか?」
シープがたずねます。
「ええ。中で使わなければ問題ないです」
シープとウルフの身体検査はすぐに済みました。商人たちも、特に問題なく終わり、二人と共に村の中へと入っていきました。
村に入ると、商人たちは用意していたガスマスクとゴーグルを着けました。シープとウルフは着けませんでした。
「嬢ちゃんたち、ここで降ろして良いかい?私たちは村長さんとお話があるんだ」
「ええ、大丈夫です」「大丈夫ー」
「じゃあ、私たちは明後日村を出るけど、どうするかい?」
「よろしければ、乗せてください」
「了解。じゃあ、また」
商人たちは、二人を降ろして、去って行きました。この村に、年に一回だけ訪れると商人は言っていました。
「さて、どうしましょうか。ホテルどこでしょうかね」
「まぁ、見て回ろうよ。必要な物は何だったっけ」
シープとウルフは降ろされた所で、ぐるりと辺りを見回しました。とりあえず人が多いところへと歩いて行きました。しかし、いくら探しても店はありません。看板はありましたが、全部閉まっていました。
「ねぇ、シープ。ここに来るまでの道ってさ……」
「はい。お察しの通り、火山灰です。ウルフは寝ていましたが、商人さんにお話を伺いました。今から十年前、向こうの山が噴火したそうです」
「ふーん」
だからか、とウルフは呟きました。商人たちがマスクを着けたことに対してでした。
歩いていると、広場に着きました。空のトラックが停められていました。商人たちはいません。そして、そこにはドーム型の大きな建物がありました。その中に村人は向かっています。シープとウルフは中に入りました。
受付員にたずねると、ここは故人を偲ぶ場であると教えられました。噴石や火山灰、そしてその連鎖で起こった不幸な出来事などで亡くなった人々の名前を一つひとつ彫った大きな大きな石が中心にあるそうです。
さらに、不思議なことに、ここはとても空気が澄んでいました。
しかし男も女も子どもも老人も、全員が全員、マスクとゴーグルを着けています。冬でもないのに、肌を露出していません。
そんな人々に商人たちは囲まれていました。
どうやら、先程別れた商人たちのようです。様子を見ようと、その場に立っていました。
すると、二人の側に完全防備の女性が駆けてきました。
「だめよ、マスクとゴーグルを着けないと。旅人さんね。ほら、これあげるわ」
「……ありがとうございます」「ありがと」
シープはマスクとゴーグルを着けると、女性にたずねました。
「差し支えなければ、教えて欲しいのですが。この騒ぎはなんですか」
「ああ」
女性は頷きました。
「今日で、噴火が起きて十年経つの」
「伺いました」
女性は手袋をはめた手を頰に当て、肩を落としました。
「十年経ったら、あの村からの支援が終わってしまう契約だったのよ」
「そうなのですか」
「大変になっちゃうね」
「ええ……。まだ、マスクもゴーグルもしないといけないと生きていけないのは、あっちもわかっているのに」
女性は眉毛を下げ、ふふっと笑いました。「それで、皆で抗議中よ」
「そうですか……」
シープは言葉が見つかりませんでした。ウルフはここの空気はとても綺麗だと伝えようとしましたがやめました。
「助けを求めるのは、わがままかしら」。誰にいうでもなく女性は言いました。そして、
「ごめんなさいね、そろそろ行かないと」
女性は会釈をすると、踵を返しました。しかし数歩進むと、立ち止まりました。首だけ、ついと二人に向けて言うのです。
「いつまで被災地は被災地なのかしら」
灰が取り除かれても、私たちの苦悩はまだ続いているのに。そう言うと女性は、にこと微笑み、去って行きました。
女性は、騒ぎの向こう側にある石碑に駆けていきました。
シープとウルフは周りをぐるりと、見渡しました。人々は皆、水底に沈められたように苦しそうで、大切なモノを壊されたように悲しそうでした。
◆◆
シープとウルフは、灰色にくすんだ窓から外を眺めていました。ホテルは、とても安く、旅をする二人にとってはとてもお得な値段でした。しかし、シャワーはなく、食事も質素な物でした。
火山灰は水に溶けません。それ故に、川の底に灰は沈み、水を濁らせます。それ故に、灰は畑に積もり、食べれるものは出来ません。
シープとウルフは、湿らしたタオルで身体を拭きました。食事は黒パンとスープ、少量のお肉や野菜の炒め物でした。
窓の外を見ながら二人は、今日見たものを思い出していました。
故人の名を刻む石碑の前で黙祷を捧げる人々。
マスクとゴーグルを常につけている村人。
家の中から出て遊べない子どもたち。
噴石で崩壊した家。
井戸の底、川の底に沈んだ火山灰。
野菜が全く育たない畑。
火山灰を詰めた袋が所狭しと積まれた空き地。
これで、このままの状態で支援は終わってしまうのです。
「この村は、どうなるでしょうかね」
「わかんない。わかんないけど」
ウルフは言いました。
「人間は生きていくことについては、強かでしぶといと思う」
ウルフを見つめたシープは、その言葉を聞きました。
その、無責任で曖昧で希望に満ちた言葉を聞きました。
窓の外に視線を戻しました。
ひゅう。風が吹きました。
ふわり。灰が舞いました。




