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ある獣の村  V




 月明かりに照らされ、琥珀色が輝きました。

 ウルフは目を覚ましました。夜明けが訪れているわけでもなければ、誰かに起こされたわけでもありません。

 ただ、背筋から頭の先まで虫が蠢いて駆け上がってくる、その様な不快感から目を覚ましたのです。ふと隣を見ると、グレイも目をぱかりと開いてウルフを見ていました。

 灰色の瞳を一度、窓の外に、テインの眠る家に向けて移しました。ウルフは窓を開けてやりました。


「花畑。お花畑だ」


 ウルフは呟きました。グレイは耳だけを向けていました。

 そしてベランダを伝ってグレイは器用に駆け下りていきました。ウルフは、ことりと首を傾けました。不思議なことに不快感を身体中で感じているのに、頭がすっきりと冴えています。

 服をきちんと着替えてマントを羽織りました。灯りを点けようとしましたが、やめました。なぜだかそんな気がしたのです。


「……シープ。シープ、起きて」


 シープの細い肩を揺すります。どこかで、甲高い叫びのような、鳴き声が響いています。


「ん、ぅ……」


「シープ。はやく、はやくして」


「な、んです?」


「いいから」


 眠そうにシープは声を漏らします。シープの身体を起こし、ズボンをはかせ、マントを羽織らせます。その間にウルフは毛布を一枚だけ残し、あとは全ての窓の外へ放り、積み上げました。荷物もドサリと投げます。鈍い音が響きました。しかし、その音はテインの家から響く、動物たちの鳴き声にかき消されます。


「シープ、準備できてるね」


 そう言うと、ウルフはうつらうつらとしているシープを毛布もろとも抱き上げました。


「……ぅ?」


 そして、そのまま、窓の方へ駆けると、空中に身を踊らせました。ふわっ、と一瞬浮遊感を感じて、ぼすんと毛布の上へ落ちました。

 何が起こっているのかわかっていないシープを傷つけないよう注意を払い、ウルフは地面を蹴り上げ、駆け出しました。

 花畑に向かって。花畑の真ん中へ向かって。

 転ぶようにウルフが、シープに覆い被さったときでした。















 大きな、大きな音でした。










 そして地面が大きな船になって、荒波に放り出されたかのように、大きく揺れました。










 耳障りな音と共に、木材と石が組み合わさっただけの、この村の家々は一つ残らず崩れ落ちました。

 ぐっすりと、眠りに落ちていた村人たちは、皆みんな木材や石の下でぺちゃんこになっていることでしょう。


「これは、なんだ」


 誰に訊ねるということでもなく、ウルフは声を漏らしました。

 ウルフはこの得体の知れない現象が恐ろしくて恐ろしくて仕方ありませんでした。なぜ、こんなにも地面が、意志を持ったかのように動いているのかわからなかったのです。

 きっと、この村の人々も、意識があったならウルフと同じように思ったことでしょう。








 揺れは、突然止まりました。









 ウルフと身体を起こしたシープは辺りを見渡します。こちらに、歩いてくる影が見えました。もふもふとした塊がウルフの足にすり寄りました。テインの家の子犬でした。

 テインが、動物たちを引き連れて二人のもとへとやって来ました。青白い顔のテインが、二人を見て安心したように微笑み、その場に座り込みました。すぐに動物たちが集まり、テインの周りに寄ってきます。守っているようです。


「な、なにが起こったんだ」


 シープは言いました。口の端をぷちりと噛みました。頭のどこかの知識をすくい上げたのでしょう。


「……地震です」


「ジシン?」


「えぇ、地中の重なり合ったプレートが」


 そう言って手のひらを重ね合わせて、話します。


「こう、弾けとぶ、イメージです」


 ウルフとテインは、目を見開いて驚いています。テインが眉をひそめ、頭を抑えます。


「……そんな、こと。あり得るのか……?」


 そして、突然思い出したのでしょう。


「村は、」


花畑から立ちあがって、村の方を眺めました。朦々と土埃が立ち込んでいます。テインの家も、テインの祖父の家も、さらに向こうの村人の家も全て崩れていました。ただ一つ、レンガでできた、火葬場だけが寂しげに立っています。


「この辺りでの地震は珍しいことのようです。建物の状態的に……」


「そうか……」


 テインは再び、花の上に座りました。黄色や桃色の花びらがふわりと舞います。ウルフが言いました。


「テインさんはなんで、花畑に逃げて来れたの?」


「ああ、皆が、一斉に鳴いて、私を起こしたんだ。そのあと、グレイがやってきて、花畑に……」


 グレイや他の子たちに引っ張られたのでしょう。テインの服の袖などは唾液まみれで伸びきっていました。


「そうだ……、礼を言うのを忘れていた」


 テインは、ありがとうと溢しながら動物たちをなで始めました。

 シープとウルフは二人にしか聞こえない声の大きさで話します。


「昔から、動物は人間のわからない気配や、異変を察知できると言われています。地震の予兆を感じられるのも、その一つであるとされます」


「ふーん」


「動物たちの言葉は私たちはわからないと先程ウルフは言いました。確かにモノを作り出したりする能力は人間の方が高いですが……どちらが優勢とかはないんではないでしょうか」


「そうだねぇ」



 

 そして、夜明けが訪れます。朝はどんなものにも平等にやってくるのです。




◇◇




「シープさん、ウルフくん。もう行かれるのですか?」


 テインが、たずねました。両手に二人分の食べ物を持っています。瓦礫の下から掘り出したうちのものでした。


「ええ貴重な物資を私たちが消費するわけには行かないですし。自己判断ですが、私たちのやれることはやったと思うので」





 シープとウルフは、昨日は一日にかけてテインの家の荷物を火葬場に運んだり、行ける範囲で生きている人々を救っていました。もちろん、動物たちと一緒にです。

 小鳥や、犬は人々を見つけては知らせていました。猫は傷ついた村人たちにすり寄り、安心させようとしています。

 そして初めは火葬場に入ることを渋っていた動物も、村人も最終的にはそこに落ち着いていました。 


「お兄さん」


 二階から落とした荷物を取りに行くウルフに、駆け寄ってくる女の子がいました。お昼に話した女の子です。この女の子の家は、お肉屋さんだったのて朝早くからお肉を捌く仕事がありました。運良く家の下敷きにならなかった家族でした。


「……これからはグレイといられるね」


「うん。でも、色んな人が、死んじゃったから……」


 女の子はグレイに抱きつきました。グレイは慰めるように、女の子の手を舐めました。


「けどね、頑張る。いつか皆で、笑うの」











「それでは。シープさん、ウルフくん、お元気で」


「はい、えっと……そちらこそ。頑張ってください」


「頑張ってね」


 掛ける言葉がわからないシープとウルフはは、戸惑いながら言いました。テインはにっこり微笑みました。


「ありがとう。たぶん、自分は家を失っただけで済んだからこう思えるんだけれど。私は今、とても清々しい気分だよ」


「そうなんですか」


「なんで?」


 うにゃあ、と鳴く猫のシロを撫でながらテインは言いました。


「これから皆で、この子や村の人たち、ここにいる皆で、この村を再建していくつもりなんだ。まだ、数人としか話はしていないけれど」


 テインは、とてもとても嬉しそうに笑います。愛する動物たちのために何度も何度も広場で話していた男は言うのです。


「何回でも、立ちあがって歩けばいいんだ」


 




















「あの村、どうなるかなぁ」


「さぁ、知りません。テインさんの、グレイたちの、村人たちの頑張り次第ですね」


「そうだね。ねぇ、グレイ頑張ってよ」


 わふっ、とグレイは返事をしました。


「お見送りありがとうございます」


「じゃあね、ばいばい」



 太陽がきらきらと眩しい日でした。雲は一つもなく、青空が広がています。


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