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ある獣の村 l



 シープとウルフは歩いています。

 森の中に出来た一本道を、とことこと歩いています。時折、荷物の重さによろめきながら、です。

 踏まれた草も地面にへばりついたままでした。


「シープぅ、荷物重いよ」


「こっちもですよ。次の村に行くまで耐えてください」


「本当に合ってるのー?」


「地図の通りであれば」


 ウルフは項垂れて、うひーと声を上げました。

 そのときです。

 ウルフは鼻をひくひくと動かして、顔を上げました。

 ウルフの、喉の奥の方から地響きのような、唸り声が聞こえてきます。その音を警告音としたのでしょうか、シープは素早く身構えました。


「何か、いる」


 黄色い瞳を満月のように煌々と光らせ、ウルフは低い声でシープに言いました。シープは無言で、小さく頷くと、いつでも逃げれるようにします。

 ガサリ、と前方の茂みが大きく揺れ、黒い影が飛び出してきました。

 曇り空のような灰色の、犬か狼か、しかし美しい獣でした。

 凛とした姿で、二人とも思わず見とれてしまうほどでした。

 獣は、しばらくの間シープとウルフを蒼玉のような瞳で見ていました。二人は下手に動くことも出来ないので、獣を凝視しながら固まっていました。

 ぐるる、と獣は低く唸りました。ウルフはその声より、やや高い音で「ぐるる」と唸ります。

 ぐるる。ぐるる。一匹の獣と一人のウルフがいくつか“言葉”を交わします。

 数分経った頃でしょうか。獣は次の村へ続く道をしばらく駆け、再び振り返りました。

 ウルフはシープを手招きすると、獣についていきました。

 シープは不安はありましたが、ウルフを信じることにしました。

 森の奥へ、奥へと一匹と二人は進んでいきました。




















 二人のズボンの裾と、靴が土や砂でどろどろに汚くなりました。森の中のまっすぐ伸びた道を進むより、獣の示すところを進む方が早く着くのだと、ウルフはシープに伝えました。

 疲れたシープとウルフが顔を上げると、ようやく村の城壁らしきものが見えてきました。森の中であれだけ見えると言うことは、もうしばらく歩けばつくのでしょう。

 二人は端の方で灰色の煙がもうもうと立ち上っているに気がつきました。

 そして二人の前方を歩いていた獣は振り向いて、小さく吠えると茂みに飛び込みました。

 あまりに一瞬のことでしたので、シープとウルフはお礼も言えませんでした。


「今からは二人で行けってことかな」


「ですかね。取り合えず、行きましょうか」


 二人は城壁に向かって進んでいきました。




 さらに何時間か歩き、ようやく村の門へつきました。さびれていて、長い間誰も通ってないのでしょう。入村審査口では守衛がのんびりジュースを飲みながら読書をしていました。シープとウルフが受け付け口から声をかけると、思わずコップを落とし、ジュースをぶちまけてしまう程驚いていました。


「えぇっ!? 君たち、このルートから来たのかい?」


 ジュースを首に巻いていたタオルでごしごしと拭きながら訊ねました。


「大抵の人は道に迷っちゃうのになぁ」


 タオルを傍らに置き、机の上に設置してある埃の被った棚から紙を二枚とペンを二本を取ると、シープとウルフに渡しました。シープは書類に名前と性別、入村理由を書きながら言いました。


「はい。えーと、不思議なことに大きな……犬が道案内をしてくれました」


 すると、守衛は持っていた書類の束を床に落としてしまいました。


「いいいい犬っ!?犬ってあの野蛮で獰猛な、あの犬かい!?」


 動揺し、床から書類を拾っては落としている守衛にウルフは言いました。


「犬って可愛くない?」


「そんなことない!だってあの牙で噛まれたらどうなることか考えたことあるかい?狂犬病とかを広めるのも犬だ!」


 首を横にぶんぶんと振ると、守衛は忠告してくれました。


「この村では動物の話をしない方がいい。きっと君たちを変わり者だと見てしまうからね」


 頷いたシープとウルフを見た守衛は、門を開けてくれました。二人を見送った後、再び椅子に座って読書を始めました。








 入国審査口が見えなくなるとウルフがシープに訊ねました。


「動物って、人間も動物じゃないの?」


「この村の概念の問題でしょう」


「ふーん」












「動物は素晴らしい。我々人間と同等、いやそれ以上に優秀だ!なぜそれがわからない!」


 広場で、たくさんの人々が行き交うなかで、たくさんの動物に囲まれた一人の男が声を張り上げました。シープとウルフは驚いて立ち止まりました。しかし、他の村人は知らん顔や、なかには露骨に顔をしかめたりしています。


「動物にも劣る我々の、どこに動物たちを縛る権利があるんだ!」


 男の声に続いて、わんわんにゃあにゃあと犬猫の声、ばさばさぴぃぴぃと綺麗な鳥の羽音と鳴き声が広場に響き渡ります。

 ふと一人の村人が立ち止まると、鋭く男を睨みました。動物たちはさらにざわめき始めましたが、男が制しているのかどの動物も村人に攻撃しません。


「いつもいつもうっせぇんだよ!おれらはその動物を捨てたんだ!さっさと殺して来いよ!」


 一人が声を荒げると次々に村人たちは罵詈雑言を浴びさせました。


「そうよ!早く処分しなさいよ!」


「そんな野蛮な生物をこの村から追い出せ!」


 男の周りに集まる動物たち同様、いやそれ以上にうるさく騒ぐ村人たちをただただ唖然として見ているシープとウルフに通りすがりの村人が話しかけ


「あらあら旅人さんかしら。うるさくてごめんなさいねぇ。ここは獣臭いから離れた方がいいわよ」


ハンカチで口元を覆って去っていきました。

 騒々しい広場に嫌気がさした二人が立ち去ろうとしたそのときでした。村人の一人が足元の石を拾うと、男に向かって投げました。

 男の肩に石は当り、音を立てて地面に落ちました。

 それを見た他の村人たちも自分達の正義を振りかざして、石を拾い投げようとしました。

 そのとき、何処にいたのか、一匹の犬──シープとウルフの道案内をしてくれた──が茂みから飛び出し、男と村人たちとの間に立ちはだかりました。

 すると、動物も村人も一斉に静かになりました。先程までの騒ぎようが嘘のようです。

 舌打ちをして、村人たちは散り散りに去っていきました。


「今日は、もう終わりだ。さぁ帰ろう」


 男は言いました。男は賑やかな広場とは反対方向に、歩きました。動物たちも、ついて行きました。

 男と動物が去った後、シープとウルフは顔を見合わせて、頷きました。二人はついて行くことにしたのです。

 動物たちと歩いてる男の顔は、広場にいたときとは違い、和やかに笑っていました。その柔らかな雰囲気の男の足下に子犬がじゃれついたり、肩に鳥が乗っていたりしていました。喧騒を鎮めた犬は後ろからゆったりとその様子を見ながら歩いていました。

 シープとウルフも一定の距離を保ちながらついていきます。

 やがて、木で出来た建物の中に男と動物たちは扉を開けて入っていきました。どうやら彼らの家のようです。シープが呟きました。


「なにか、臭いませんか?」


「そう?むしろ良いにおいじゃない?」


「……それって、もしかして」


「あ、静かに、シープ」


 気付かれるといけないので、二人の話はそこで終わりました。

 シープとウルフが茂みから息を潜めて覗いていると、一番後ろにいたあの犬が振り返り「うぉん」と鳴きました。ウルフも「っおん」と返します。


「ずっとバレていたみたい」


 ウルフはシープに言いました。






 動物特有の匂いなのでしょうか。鼻につく匂いのするその家でシープとウルフの前にあるティーカップと、自分の前にあるティーカップに、男はお茶を注ぎました。


「お茶しかなくてすまない」


 男は律儀に謝りました。シープとウルフは大丈夫です、と言いました。男がまず最初にティーカップの端に口を付けてお茶を飲むと、シープとウルフもお茶を口に含みました。飲み込んだシープは、男に言いました。


「私の名前はシープで、こっちはウルフです。いきなり訊ねますが、なぜ見知らぬ私たちを家に上げて、さらにお茶を出してくれるんですか?」


「おれたちが怪しくないの?」


 男は笑いました。足下に寝そべっているあの凛々しい犬の頭を撫でます。もっと撫でて欲しいのか、身体を持ち上げて、男の手のひらに頭を押しつけました。


「僕はテイン。家に入れたのは、グレイ──こいつがあんまり警戒しなかったからなぁ」



 ほかの動物も羨ましそうにテインに近づきます。猫がテインの膝に乗ったり、小鳥は肩に舞い降りたりと構って欲しそうです。ウルフとシープはその様子を見ていました。我慢が出来なくなりました。

 ウルフとシープは顔を見合わせると、言いました。


「触ってもいいですか?」


 テインは一度目をまん丸に見開くと、すぐに笑顔になりました。


「どうぞどうぞ。こいつらも僕以外の人に触られるのは久しいんだ」


 テインの笑顔を合図にしたのか、小鳥が数羽シープの肩や、ふわふわの髪に乗りました。くすぐったそうにシープは微笑みます。

 ウルフはグレイに手のひらを差し出しました。


「おいで」


 グレイは手をじっと見ました。そして、ウルフの顔を見つめました。ウルフはにこにこと笑いました。


「大丈夫だって。口の周りは触らないから」

 

 グレイはウルフの瞳を見て、首を傾げました。

 あれ、おかしいぞ?と言っているようでした。同様にテインも首を傾げ、訊ねました。


「ウルフくん。なぜグレイが口に触られるのを嫌がることを知っているのかい」


「えー、なんでだろ。なんかそう言ってる気がしたから」


「そうか……」


 ウルフはそろりそろりと歩み寄ってきたグレイに、もふり、と抱きつきました。


「うへへ。もっふもふぅ」


 ウルフはとても幸せそうに笑います。どことなくグレイも笑っているようにみえます。

 ぴちゅぴちゅ、と小鳥の鳴き声を真似したりして戯れていたシープが不意に聞きました。


「テインさん。そういえば、なぜ村人たちはあんなにこの子たちに怒っていたのですか?」


「ああ……」


 視線を小鳥からテインに変えたシープは、うつむいていふテインの暗い雰囲気に気がつきました。

 どろり、と静かな怒りの感情がテインからこぼれ落ちてくるのをシープとウルフ、そして周りの動物たちは感じました。



「ここの村人は愚かだ」



 低い声で言いました。

 



「可笑しいんだ。こんなにも、このこたちは賢く、どれだけ僕らを思っているか知らないんだ」



 顔を上げたテインの顔は、歪んでいました。

 悲しみや苦しみ、怒りがぐちゃぐちゃと入り混じっています。






「あいつのせいで……」



 ぽつり、と呟きました。

 テインを慰めるかのように、テインの周りに動物たちが集まってきました。

 


 



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