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ある敗北の村


『きょうは、村に旅人さんが二人きました。

  一人はミルクティーみたいなふわふわの髪の毛のお姉さんと、真っ黒い髪の毛のお兄さんでした。二人とも、わたしより三つ年が上でした。すこししかかわらないのに、すごいなあって思いました。

 なにがすごいのかというと、二人とも鉄の、隣の村のヘイタイさんのモノをもっていることでした。「なににつかうの?」とわたしが聞くと、いろいろと説明してくれました。だけど、わたしがわからなそうにしていると、お姉さんはわたしの腕を見て、「あなたの傷の原因ですよ」、と教えてくれました

 「てっぽうがなかったら、わたしは怪我をしなかったの?」と聞くと、こんどはお兄さんが「わるいのはこの村だよ。ばかみたいな戦いをしているからだ」と、言いました。

 この授業のあと、わたしは「村は正しいのですか」と先生に聞いたら怒られてしまったから、きっとお兄さんとお姉さんはまちがっているんだ、と思います。

村が勝つことが一番なんです。

 それを先生に言うと、とてもほめてもらいました。うれしかったです。

           イナーシャ』





『 今日は、二人の旅人さんがこの村にやって来てくださいました。旅はとても危険なものなのだと、旅人のお姉さんは言いました。「 この村とどっちが危険なの」と訊ねると、旅人のお兄さんはていねいに答えてくれました。

 外の世界の方がたくさんの危険であふれている。だけど、その分美しいものもたくさん見れるよ。

と言いました。旅人のお兄さんとお姉さんが、本当のことを言っているかわからないです。でも、その美しいものを見てみたいと思いました。今はまだ、でこぼこの道を進めないけれどいつかきっとどこへでも動ける車椅子が出るといいな、と思いました。

           リリアン』



『今日は外の世界から旅人のおねいさんとおにいさんが来た!隣の村の奴らじゃなくて客だって先生が言ってたから、きっと二人はいい人なんだと思った。

 二人とも腰にてっぽうっていう鉄の塊をつけていたけど、絶対ぼくのお父さんと兄ちゃんの剣の方がするどくて立派だから、お父さんと兄ちゃんの方が強いんだ!

 おにいさんとおねいさんに、そんなオモチャでどれだけ人を殺したのか聞いたけど、二人とも誰も殺してないって、言った。

 殺せなかったの?と聞くと、殺さなかったのって言っていた。だから二人はきっとこの村に住めないと思う。弱いから。

 ぼくは大きくなったら村で一番上手に人を殺せるようになって、隣の村の奴らをたくさん殺して村の英雄になる!

 だから今からいっぱい訓練して強くなるんだ!

 強くなるためにはご飯をいっぱい食べなきゃいけなくて、嫌いなピーマンが昨日のご飯に混ざってたけど、全部食べれた。

                  トーガ』


『きょうは た びび とがきた。

 い  っぱいおはなしを きけた。

  みぎてを けがすると もじがかき にくい。

だか らもう かく のやめま す。

ごめ んなさ い。

                 カズ』



『村にお客さんが来た。隣の村の人ではなくて、旅人だそうだ。


 旅人に外の様子を聞くと、この村の周りには、隣村の兵がたくさんいるそうだ。


 すでに負けているんだろう。皆認めればいいのに。

 そうしたらもう怪我をしなくてすむのに。もう誰も死ななくていいのに。


 でも、私がそう思っていても村は戦い続けるだろう。馬鹿な村だ。


 きっと私はいなくなる。村に殺される。

 私のお父さんがそうだったように。


 先生さようなら。ありがとうございました。

                  アンナ』


























「おはようございます、皆さん」


 教卓にドサリと紙の束を置いて、女性が挨拶をしました。その女性に向けて、子供たちが口々に「先生おはようございます 」と言いました。

 先生と呼ばれた女性は紙の束を子供たちに見えるように掲げました。


「先日、旅人さんが来た日の日記、とても上手に書けていました!」


 先生は再び紙の束を置くと、その中から一部取り出しました。


「しかし、その中でも良く出来ていたのは──」


 子供たちが身を乗り出したり、隣の席の子と喋ったりとざわめきます。


「──トーガくんです!皆さん拍手ーー!」


 起立をした銃のイラストがプリントされたTシャツを着た少年に、拍手が送られます。

 先生お手製の剣の形のバッチをトーガの胸元へ着けます。もう五つ付いていました。


「あと五つで、もう一つ上のクラスへ行けますね」


「はい!村に命を捧げたいです!」


「とても素晴らしいことです。皆さん見習いましょう!」


 先生の言葉に、子供たち皆が大きな声で返事をします。

 そのときです。ある一人の頭に包帯をぐるぐる巻きにした子供がをことんと傾けて訊ねました。


「アンナはどうしていないのですか?」


 先生は答えました。


「アンナさんは、隣の村に殺されました」


 躊躇うことなく言いました。それを聞いた子供たちは、驚きで目を丸くしました。口を押さえて言葉を失った子や、拳を固く握り締めて憤る子もいました。そんな子供たちを見て、先生は再び口を開きます。


「皆さん、泣くことは許されませんよ。アンナさんの仇をうつために、立派に戦いましょうね」


「はい!」


 子供たちは背筋をピンと伸ばして大きな声で返事をしました。

  
































 ある村の城壁の周りにはたくさんの兵隊が集まっていました。

 ごちゃごちゃとした鉄の部品やら何やらで作られた戦車や、同じく鉄の部品で出来た銃などがいつでも使えるように準備してありました。

 しかし、緊迫した雰囲気はなく、兵隊同士でほのぼのとお喋りをしたり、身を寄せあってカードゲームをしたりと、なんだか楽しげでした。

 テントを補強するロープに干された、着いたばかりの血を洗い流した衣服がぱたぱたとはためきます。

 そんな兵隊たちの間をマントを被った五人が通り抜けます。ほんの一瞬、兵隊たちは興味を示しますが、すぐに関心を失います。

 五人は兵隊たちの本部であるテントへ向かっていました。

 テントの入り口に立つ、がたいの良い男に声をかけるとテント内へ入りました。

 五人のマントを一人の兵士が受けとります。

  テントの奥の椅子に腰かけていた隊長にミルクティー色のふわふわ髪の少女と、夜色の髪の少年と、細い体に薄汚れた衣服をまとった、あちらこちらに怪我をしている少年と少女二人は礼をしました。

 屈強な体を前のめりにし、隊長が五人に嬉しそうに笑いかけました。


「おお、シープ、ウルフ。この三人はあの村の者か」


 シープと呼ばれた少女が頷きます。


「はい。お聞きした通り村の兵士に連れて行かれそうだったので、隊長さんから預かったお金で買いました」


 ウルフという少年も口を挟みます。


「なんか、皆すっごい高かったよね」


 隊長はふむ、と右手で顎を撫でると、左手で五人に手を伸ばしました。


「どうせ反逆者だなんだ、と理不尽な理由をつけて殺されそうだったんだろうよ。よし、三人。こっちへ来い」


 びくびくと怯えながら、三人は隊長の側へと行きました。


「ふむ」


 隊長は三人を頭のてっぺんから爪先まで、じっくり眺めました。

 しばらくして、隊長は三人に問いかけます。


「お前ら右から順番に、名前と傷を言え」


 三人にはふるふると震えながら立っていましたが、砂色の髪に隠れた右目に眼帯を当て、頬に抉れた傷を持つ少女が拳をぎゅうっと握りしめると、言いました。


「わ、私は、アンナ。右目と、頬と、右耳を、怪我してる」


 髪の毛に隠されている右耳をよく見ると、そこには耳はなく、ぽっかりと黒い穴が空いているだけでした。

 続いてもう一人の少女が口を開きました。


「あたしはナナ。背中に、大きな傷、があるの」


 焦げ茶色の長い髪がの背中を覆い隠すように揺れました。

 最後に少年が、左腕をぶらんと垂らしながら言います。


「ボクは、キキ。左腕を、もう自分で動かす、ことが出来ない、です」


「ほぉ……」


 隊長は席を立つと、靴音をカツンと響かせて三人の目の前のに立ちました。隊長は三人の目線に合わせて屈みます。

 そんな隊長の行動に三人は竦み上がりました。目の前にいる男は、村が敵と見なし、今のいままで戦っていた相手です。

 その後のことは一瞬で起こりました。大きく腕を広げた隊長は三人をすくいあげるように抱き締めたのです。傍らで見ているシープもウルフも驚きましたが、最も驚いたのは三人です。目を真ん丸に見開いたまま硬直し、されるがままです。

 隊長はおいおいと泣いています。涙がボタボタと三人にかかっています。ウルフが「わぉ」と小さな声で呟きました。


「こん、なっ、小さな子たちが!こんな目にあってるなんてなぁ!辛かったろう?私が責任をもって、君らを預かろう!怪我も出来る限りの治療をさせてくれ!」


 隊長が子供のようにむせび泣く姿を見ている、三人は緊張と恐怖、村からの縛りがほどけたのでしょうか。


「……っ」


 静かに静かに涙を流しました。


 頬を温かな涙で濡らしていきました。












 







 ある戦争を続ける村と、戦争を終わらせたい村を出たシープとウルフは原っぱを歩いていました。靴の下で、雑草がぐしゃぐしゃ潰れていきますが、二人は気にしませんでした。



「面白い村だったな」


「うーん……面白くはないですが、なぜあの村はあんなに腐っていたのでしょうね」


 シープは自分達が連れ出した少年少女、そして村の現状を思い浮かべながら言いました。対するウルフはというと、


「まぁいいんじゃない?謝礼はもらったし」


 行きより随分と重くなった荷物をウルフは背負い直しました。ウルフは嬉しそうに笑いました。なぜなら近隣の村の地図、数日分の食料、そして金貨を数枚もらったので、道にも困りませんし、シープも餓えません。さらに、次の村で店があればの話ですが、金貨数枚分あればかなりの物が買えます。

 喜ぶウルフを他所にシープはふむ、と考え込んでいました。


「私、隊長さんにあの村の村人を連れて来るのを頼まれたとき、てっきり奴隷にでもするのかと思いました」


「んー。奴隷かー」


「まさか、戦争を終わらす引き金にするとは」


「思わなかったねぇ」


「あんな小さな力で、出来るのでしょうか 」


 さぁね、と言うとウルフは隊長さんが言っていた言葉を歌うように口ずさみました。


「くだらない戦争。空っぽの戦争。敵のない戦争。愚かな戦争。無駄死にする兵士」


 不謹慎ですよ、と思いながらもシープはウルフの歌を聞いていました。爪先を固い地面に押し付けて、くるりとその場で回ったウルフは、シープの方を向きました。手を握ると、言葉を促します。


「自覚出来ない、敗北の村」


 二人の声は重なり、青い空に響きました。




































「うぅ、ぐすっ。嫌だ、怖いよ」


「こんなのおかしいわ」


「何が、村のためだ、民のためだ……ひどいじゃないか」



 汚い汚い小屋に、怪我をしている者していない者、老人、子供、男も女もぎゅうぎゅうに詰められていました。この人々は全員、村に対して違和感を持つ者たちでした。隣の村のせいにされ、殺される人々でした。

 ギシリ。扉が軋みます。




 自分達は信じていた村に殺されるのか。



 村民は、絶望してました。

 誰も、言葉を発しませんでした。



 扉は、さらに激しく揺れ、軋みました。

 ガチャン。扉の向こうで落ちた鉄の塊のおとで、人々は南京錠で閉められていたことを知るのです。

 向こうにいる何者かが、重い扉を音を立てないように、慎重に慎重に開けていきます。

 徐々に開く扉から射し込む赤い光に、村人たちは久しぶりの太陽の光に思わず目を瞬かせました。


「皆さん、静かにボクについてきてください」


 優しく、青年の声が小屋の中で響きました。

 息を殺して、村人たちは一人ずつ、一人ずつ、外へ出ていきました。

 皆で黙って細いあぜ道を通り抜け、少し開けた所に出ました。

 青年の後ろには夕焼け空が広がっています。

 捕らえられていた村人全員が揃うと、青年は両手を広げて言いました。左腕がキシ、と音をたてます。


「この村は敗北しました。この村の反逆者であった、あなたたちは自由です」


 青年は、にっこりと微笑みます。

 歩いてきた村人たちの後方から、焦げ茶の髪を肩の辺りで揺らしながら女性がやってきました。

 青年の横に並ぶと言いました。

 

「あなたたちには、あたしたちが総力を尽くし、保護させていただきます。あたしたちと共に、来てください」


 青年と女性は、手を差し伸べました。







 村人たちはある日の少年少女のように涙を流しながら、崩れ落ちました。

























 村の真ん中である、広場で、破裂音が響き渡りました。

 隣の村の軍隊が、一人の鎧を纏った女を先頭に広場を占領しています。

 女が右手を突き上げ、天に鉛玉を撃った、その金属の塊。

 銃口から細くのびる煙が空中で散ったとき、女は顔を上げました。


「全村人に、告ぐ」


 この村の兵隊たちが剣を腰から抜くこともなく、凍りついた表情で、女を見つめていました。

 風が、フワリと砂色の髪を空へ上げました。

 女と同じ年代頃の兵隊たちは、びくりと身を震えさせました。

 女は口角を上げ、不敵な笑みを浮かべます。






「この村の、あなたたちだけの、戦争を終わらせに来た」







 右目のない女、アンナの声は、高らかに響きました。



 

 

 

 




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