ある愛の村 Ⅱ
「もしかするとさぁ……」
「もしかしてですけど……」
シープとウルフは同時に、同じベッドに腰掛けながら言いました。
フカフカの汚れひとつない毛布にシープは寝転びました。ずぶずぶと体が、毛布に沈んでいきます。
ウルフは靴をぽぽいと放ると、床に降り立ちました。裸足でぺたぺたとお風呂場へ行きます。
「お風呂にお湯入れるね」
蛇口を捻って温度を少し熱めに調節しました。
「それでさー、サラさんの婚約相手ってさあ」
シープも気だるげに身を起こすと、床に立ちました。腕と首を回すと、ぱきぱきと骨がなりました。一日中歩いたので疲れたのです。
「まあ、結局は明日わかるので、今は休みませんか」
シープはリュックから着替えやらなんやらを出しました。 寝間着がタンスの中に入っていたので、風呂上がりにそれに着替えようと思っていました。すると、扉がトントンとノックされました。
シープが背伸びをして覗き穴から外を見ると、ホテルのボーイだということを確認します。
「はい、何でしょうか」
「夕食の方はどういたしますか?」
「あー……」
「部屋にお持ちすることが出来ますが」
「それじゃあ……」
シープが、洗面所にいるウルフの方を見ると口がパクパクと動いていました。「いらない」と言っているようでした。
「夕食と、明日の朝食をお願いします。一人分、だけです」
「了解しました。夕食は今から一時間後、朝食は明日の七時でよろしいでしょうか」
「はい。よろしくお願いします」
ホテルのボーイが去ったあと、シープとウルフはお風呂に入りました。ウルフが先で、シープが後でした。
部屋にあった寝間着は、ちょうど身体に合いました。ウルフが青で、シープがピンク色でした。
二人は食事が運ばれてくる間、広いベッドの上であっちにごろごろ転がり、こっちにごろごろ転がって待っていました。
なぜ二人が転がっているかというと、食事が来るまで眠らないようにしているからでした。
「うひぃ、眠い~」
「寝てはだめで、す、ふわぁ……」
「シープもじゃん」
シープとウルフが、そろそろ寝てしまいそうなころ、やっと食事が運ばれました。
扉がノックされる前、扉の向こうから
「あ、これネコ用よ!ここはヒト用!」
と、慌ただしい声が響いていきました。二人は顔を一瞬見合わせて、気にしないことにしました。
運ばれてきた食事は、シープにとってはとても美味しいものでした。
熱々の特製ソースがかかった焼いたお肉、おそらく牛肉はとても柔らかかったです。
もぐもぐと口を動かしながら、シープは考えて、ウルフに言いました。
「このお肉って、誰かの恋人だとかそういうのはあり得ませんよね」
シープの向かいで皿から盗んだベリーやサラダを、腹を満たすためだけに咀嚼していたウルフは、手を止めました。
「うーん」
ウルフはすっかり手を止めてフォークを置き、お肉を凝視するシープを眺めます。
「まあ」
シープのフォークを素早く奪ったウルフは肉片を刺すと、シープの口に無理矢理押し込みました。
「むぐ……っ!?」
シープが驚愕した様子でウルフを見ました。ウルフが困ったような笑みを、シープに向けました。
「誰かの友人を、恋人を、家族を、殺して喰ったおれからの、助言。まずは、味わいなよ」
フォークを受け取ったシープは、完食しました。美味しいお肉を、じっくりと味わって食べました。
食事が片され、落ち着くと、シープとウルフはベッドに潜り込みました。他愛もない話をいくつかしたあと、二人は眠りました。
二人の疲れはドロリと微睡みの中に沈んでいきました。
◇
朝です。
気持ちのよい朝です。
ぐっすり眠った二人は、朝の心地好い光が目蓋にちらつくので、目が覚めました。
シープはてきぱきと用意をして、そ
ういえば銃は咎められなかったな、とホルスターをベッドに置きました。
ウルフは顔を洗ってくると言いながら手を洗っていましたが、シープに叩かれてすっかり目が覚めました。
二人は軽く運動と体操をしました。少し汗をかいたので、贅沢にたっぷりとシャワーを浴びました。
運ばれてきた食事をとったあと、偶然ナイフで指を切ってしまったシープは、ウルフに舐めさせてあげました。
食事が退けられたあと、二人は外へ出る準備を始めました。
気候は暖かかったので、マントは置いていくことにしました。
拳銃を吊ったベルトを腰に巻いたシープがいいました。
「さて、行きましょうか」
「シェシャさんとは、どこで待ち合わせだっけ」
「広場の噴水の前です」
そして、部屋を出るとき二人は手土産も何も持ってないことに気がつきました。生憎二人には、あまりお金の残りはありませんでした。
「シェシャさんに、どこか良い店を聞いてみましょうか」
噴水の前で、シェシャはシープとウルフを待っていました。昨日と同様、猫のネネがシェシャの肩でくつろいでいました。
「お待たせしました」
「いえいえ。それでは行きましょうか」
「おれたちさ、昨日の帰りにも言ったんだけど、今から結婚式には出席するんだ」
「ああ。そうでしたね」
「それで、何かプレゼントがしたいんだけど、何かあるかな」
「ええ、ありますよ。少し遠回りになりますが、良いですか?」
「全然大丈夫ー、です」
三人は広場を出ました。
昨日通った道ではない方向でした。
しばらく歩くと、色々な人達で活気に溢れた大きな道へ出ました。
たくさんの店が並んでいます。
猿の旦那さんと人間の奥さんが営む八百屋さん、双子の兄妹たちが手作りするパン屋さん、町中を飛び回る鷹と町中を走り回ると男性の郵便屋さんなど、とても面白く、目新しい物ばかりです。
「すごい、皆カップルだね」
「そうですね」
傍から見ると、同様にカップルに見えるウルフとシープが話しています。すると、猫のミミが鳴きました。にゃあ、とシープの足元にまとわりつきます。二人は足を止めました。
「ああ。着きましたよ」
シェシャが立ち止まった店は、ショーウィンドウから可愛らしい小物や、ヌイグルミが見えます。どうやら雑貨屋のようです。
「この村とは、愛の村という意味もあるので、やはりお祝いの品では……」
シェシャは話続けながら、店内に入りました。
扉を開くと、真っ先に目にする位置におすすめの商品が置かれています。
シェシャがその一つを手に取りました。
「ハートの形のものが主流、ではないかと思いますね」
ハートの模様が可愛らしいハンカチを、シープは眺めました。
「へえ。いっぱいあるんだね」
「迷いますね」
シープとウルフ、シェシャ、ネネで店内をぐるぐると回りながら、サラにあげるための品を探しました。途中、店主の少女と男性が加わり、一時間程悩んで、決まりました。
店主のおすすめである、ハートの形のお皿を、色違いで二枚購入しました。店主の少女が、無料でラッピングをしてくれました。
三人と一匹はお礼を言うと、店を出ました。早足で、結婚式場に向かいます。
結婚式場には、予想のかなりの多くの人数が集まっていました。移住したばかりのサラに、こんなに知り合いがいるのかと訊ねたところ、シェシャ曰く、サラは以前からこの村に通っていたからだと言うことです。
シープとウルフは、シェシャと猫のネネと別れてサラに会いに行くことにしました。途中、色々な人から声をかけられました。大抵の人は、挨拶をすませたあとに、こう言います。
「あなたたちは、どういう経緯なの?」
と。その度、シープとウルフは、入村審査官に向けて話した嘘のお話を喋るのでした。
シープとウルフはたくさんのカップルからの質問と視線をやっとの思いで抜けました。
顔をあげると、目の前にサラがいました。
「あら。シープちゃんとウルフくんじゃない!来てくれたのね!」
サラが身に纏う白いフリフリのレースが揺れました。綺麗にお化粧された顔に手を当てて、うふふと笑います。
「やっぱりこういうの、緊張しちゃうの。シープちゃんとウルフくんが来てくれて嬉しいわ」
シープとウルフはサラにお祝いの言葉と品を渡します。その際に、サラの後ろに立つ、彼女の婚約相手を見据えました。
「……」「……」
シープとウルフの予想は当たりました。
「まぁ!わざわざありがとう、二人とも。今日から使いましょう、レッド!」
振り返ったサラは、結婚相手である彼に抱きつきました。首に黄色の蝶ネクタイを着けた、馬のレッドに抱きつきました。
レッドは満足そうに鼻を鳴らしました。
サラは最高に幸せそうな笑みを浮かべていました。
◇
「本当にレッドでしたね」
「うん。レッドだったね」
シープとウルフは結婚式場を後にしました。シープのふわふわの髪に付いてる紙吹雪を払い落としながら、シェシャと別れた場所へ向かいました。
シェシャと猫のネネが、ベンチに仲良く腰かけていました。ネネの鼻の頭を撫でながら、シープとウルフに気づいて微笑みを浮かべました。
二人はシェシャとネネの座るベンチへ、向かって歩きました。手前で立ち止まると、シェシャが二人に訊ねました。
「どうでしたか?」
「とても、幸せそうでした」
「でしょう」
「それと、今日はもうホテルに戻ろうと思います」
「ガイドの方はどうなさりますか?」
「この村のこと、シェシャさんのおかげでよくわかったから、もう大丈夫」
「では、今日で失礼させてもらいますね」
シェシャはベンチから立ち上がると、シープとウルフに歩いてきました。くつろいでいたネネも身体を伸ばして、欠伸をすると、シェシャについてきます。
シェシャはゆっくりと辺りを見渡しました。シープとウルフもそれにつられて、視線を動かします。くつろぐ村人たちを暖かい空気が撫で、ゆるゆると時間が過ぎています。皆、愛する人が隣にいます。とても幸せそうです。
シェシャがようやく口を開きました。
「ところで、あなたたちは、この村に移住しますか?」
「え?」「いじゅー?」
突然の質問に、シープとウルフは首を傾げました。シェシャがうなずきます。
「ええ、そうです。どうですか?シープさんとウルフさん」
シェシャは二人に向けて手のひらを差し出しました。それに合わせて、ネネもシープの足に身体を擦り寄せます。ネネの尻尾が膝にまとわりつきます。ネネも歓迎しているようです。シェシャが言葉を続けます。
「昨日今日、見てもらった通り、村に住む方々は愛に満ち溢れています。年齢も、性別も、種族さえも関係ありません。愛する相手の隣で毎日過ごしていけば良いのです。子を孕み子孫を残してゆくことは、この村では大切ではありません」
一度言葉を止めて、シェシャはにこりと笑いました。
「どうせ、世界は人で溢れているのですし、この村ぐらいはただただ愛しいモノの側で生きていくのもよいでしょう?」
シープとウルフは一瞬互いに顔を合わせて、それからシェシャとネネに向き合いました。
「はい。そう思います」「おれも」
「では、どうされますか?」
シープはぎゅうっとウルフの手を握りました。ウルフも握り返します。
「私たちは、もう少し世界を見たいと思います」
ネネは不満そうにニャアンと鳴きましたが、シェシャは差し出していた手を、自分の方に引き戻しました。
「残念ですが、わかりました。いつかまた、この村に訪れてください。二人のガイドをさせていただき、ありがとうございました 」
深く礼をしたシェシャはネネを呼び寄せて、自分の肩に乗せました。ネネはぺろりとシェシャの頬を舐めます。
「こちらこそ、ありがとうございました」「ありがとう」
「いえいえ。それでは、また会いましょう。あなたたちを歓迎しますよ──」
礼を返したシープとウルフの隣を通り過ぎるとき、シェシャは小さな小さな声で二人にささやきました。
「──恋人同士でなくてもね」
咄嗟に繋ぎあっていた手を離して、シープとウルフは振り向いてシェシャを見ました。
シェシャは、「それぐらいわかりますよ」と悪戯っ子のように笑うと、立ち去って行きました。
「……ばれてたんだ」
「ですね……」
シープとウルフはクスクスと笑い合うと、再び手を繋ぎました。
「まぁ、そろそろ旅立つ準備でもしましょうか」
「そうだね。おれ、肌着が欲しい」
二人はにこにこと笑いながら、買い物をして、シープは美味しいお菓子を食べ、ウルフはその様子を見て、胸にほわほわとした温かい気持ちを抱きながらホテルへ帰りました。
部屋で荷造りをして、名残惜しそうにシャワーをたっぷりと浴びます。
ふかふかの毛布にくるまり眠りました。
これからの旅で出会う恋人たちに、この可笑しくて素晴らしい、“愛”で溢れた村をを伝えようと、二人は思うのです。




