ある愛の村 Ⅰ
一部軽い同性愛表現があります
「入村しますか?」
にこやかな笑みを浮かべて、入村審査官が言いました。
シープとウルフは、サラとレッドと別れて、村をぐるりと取り囲む城壁の入村審査を受ける部屋でにいました。入村審査官に書類をかかれていました。机に置かれた一枚の紙には、二人の名前の項目しか記入されていませんでした。
「はい」「うん」
頷く二人を見ると、入村審査官は、次に二人の手元を見ました。シープとウルフはしっかりと、指を絡ませています。
「では、この村に入村するにおいて必要な質問をいくつかさせていただきます」
「はい」「うん」
シープとウルフは座っています。一人で座るには広く、二人で座るには身をぴったりと寄せ合わなければいけない椅子でした。
「では、始めます。まず、二人は恋人同士ですよね」
シープとウルフは、サラが教えてくれた条件を思い出します。それは、
「もちろんです」「そうです」
恋人同士でしか、入村できないということでした。
「そうですか……」
入村審査官は笑みを浮かべながらも、厳しい視線でシープとウルフを頭のてっぺんから爪先まで見つめました。
シープとウルフは互いの手のひらに汗が滲んでいることに気がつきました。
「では、次の質問です」
「はい」「うん」
「あなたたちは、どういうご関係から恋人になったのでしょうか?」
「わ、私達は」
シープが声を震わせて、喋り始めました。
「私達は、生みの母は違いますが、兄妹でした。私達は血が繋がっていますが、私はウルフのことが……ぁ、好きになってしまいました」
シープは嘘を、本当にあったことのように話します。
顔を恋する乙女のように赤く染め、心の中では、実際は違うのに、と叫びながら、ウルフの手のひらを全力で握っていました。
ウルフは骨の絶妙な部分をギリギリと握られる痛みに耐えながら、シープの言葉を受け継ぎました。
「それで、おれたちは周りに秘密で付き合うことにしました。でもある時、ついにばれてしまい、住んでいた村を追われて、この村の存在を知りました」
「それはそれは……、同情致します」
入村審査官は小さく頷きながら、言いました。ちなみに、この時入村審査官の持つペンはけっこうな速さで書類を文字で埋めていました。
「では、最後です」
「はい」「うん」
「入村した際、結婚式は挙げますか?」
「遠慮しておきます」「遠慮します」
入村審査官は、とても寂しそうな顔をしました。
◇
シープとウルフが入村審査室から出て、噴水のある広場へ出てきました。
広場にあるベンチにはカップルや、犬をつれている男性などがちらほらと見えました。
そのとき、肩に真っ白の身体と黒い靴下を履いたような猫を乗せた男性が声をかけてきました。
「やぁ、こんにちは」
「あ、こんにちは」「こんにちはー」
「入村審査官から聞いたかな。この村を案内させてもらう、シェシャだ。こっちはネネ」
肩に乗った猫のネネも、みぃ、と可愛らしく鳴きました。
「よろしくお願いします」
「じゃあ、行こうか」
シェシャはウルフの隣を歩き始めました。
「シープさんとウルフくんは、まずどこに泊まるか決めているかい?」
「いえ」
「宿に荷物を置いてから、村を回ろうか」
三人と一匹は小さなホテルに着きました。
噴水の広場から、そう遠くはありませんでした。
ホテルまでの途中、仲の良いカップルをたくさん見かけました。
肩に猫のネネを乗せたままのシェシャに案内されて、ホテルの受付をシープとウルフは済ませました。
荷物を軽く整理したあとホテルのロビーに戻ると、シェシャはいませんでした。外で二人を待っています。
「それじゃあ、案内しよう。この村に関しては何一つ知らないんだね?」
「はい」「うん」
「この村は相当可笑しくて、素晴らしいよ。見て回ってみようか」
シェシャは猫のネネの喉元を撫でながら言いました。ネネが気持ち良さそうにゴロゴロと喉を鳴らします。
村はけっこう発展していました。
凹凸のない道はとても広く、車二台は余裕ですれ違える幅でした。しかし、車も自転車すら一台も走っていません。
「車は走らないの?」
ウルフが訊ねると
「色々と危険ですからね、村で禁止されているんです。でも、救急車や消防車は走りますよ」
そして、家や店などの建造物も大きなものから小さいもの、そして珍妙な形のものも多くありました。
「すごい形ですね」
シープが訊ねると
「全ての村民が暮らしやすいように、試行錯誤して造られているのです」
「へぇ、なるほど……」
シープは腰のベルトにぶら下がったポーチから手帳にメモをしています。歩きながらなので、ふらつくのでけっこう危ないです。
ふと、フワリとどこからか香ばしい匂いが漂って来ました。
「あ、いい匂い」
ウルフがぽつりと呟きました。
すると、猫のネネがシェシャの肩からひらりと飛び降りました。すらりとした身体を揺らしながら、ひとつの屋台へ駆け寄って行きました。
「ネネ ?シープさんと、ウルフくん。ちょっと待っててください」
しばらくして、少し屋台の店主と話し終えたシェシャが二人のもとへ戻ってきました。尻尾を揺らしながら、ネネもついてきます。
その手には、甘い香りが漂う包みが四つ握られていました。
「どーぞ。この村に来たお礼です」
「代金はいくらでしたか?」
シープが訊ねると、シェシャはちらりとネネに目をやりました。
シェシャを見つめ返すネネは「うにゃあ」と、鳴きました。
そしてネネがシープの足にすり寄ります。
「ネネが君たちにプレゼントしたいそうだ。ふふ、いつもネネのおねだりに敵わないんだよなぁ」
「あ、ありがとうございます」「ありがとう」
三人と一匹は、その店のテーブルに座りました。真上から太陽が照っているので些か熱いですが、気にしませんでした。
三人が包みを剥がします。カリカリに焼けたハートの形のパンに、ラズベリーやブルーベリーなどのクリームを挟んで、その上からチョコレートソースをかけたスウィーツでした。
サクリとスウィーツをかじったシープが瞳を輝かせました。
「美味しいです!クリームが甘酸っぱいので、いくらでも食べれそうです」
ウルフもサクサクと口を動かしては飲み下しています。
「うん。生地がカリカリで“美味しい”!」
シェシャも、笑顔を浮かべながらもぐもぐと食べています。その隣では、生地だけのスウィーツを、ネネが食べていました。口の回りに生地の欠片がたくさんついていて可愛らしいです。
「ところで。シープさんとウルフくん、この村の住民は、全員夫婦やカップルの片割れだということに実感はわいたかな」
ハートの形が大分崩てしまう程、平らげたシープが首を傾げました。口に残っている分を飲み込みます。
「全てカップルなんですか?」
「やっぱり、そうは思わないですよね。僕もそうだったし」
すると、シェシャは前から女性と男性が腕を組んで歩いてきたカップルを呼び止めました。
「こんにちは、二人とも!」
気づいたカップルは、二人とも笑みを浮かべると、こちらに近寄ってきました。
「シェシャ、こんにちは!」
「よう、シェシャ。その子たちは?」
「午前に入村してきたシープさんとウルフくんだよ。二人は兄妹で、村を追われたそうだ」
「え!?」「言う?」
シープとウルフはひそひそと話しました。
「あら!それじゃあ、私たちと一緒ね!」
肌が真っ白で色素の薄い女性が言いました。
「おれたちも、二人で村から逃げたんだよ」
チョコレートのように艶やかな茶色の肌の男性が言いました。
このカップルは全く別の部族だったのにも関わらず、恋に落ちてしまったそうです。
「この村の人たちは皆、愛する相手と一緒なのよ」
そう言うと、カップルは去っていきました。
「そういうことなんです」
シェシャは指に付いたスウィーツの欠片を、 ネネに舐めてもらいながら言いました。
「見てみてください」
シェシャは通りの方を指差しました。
シープとウルフも、視線を移します。
たくさんの種族がいて、たくさんのカップルがいました。
「皆、愛に溢れてるんですよ」
シェシャは立ち上がりました。
「愛の広場へ行きませんか?明日、結婚式が行われるので、その準備が始まっていますよ」
シープとウルフは、広場に行くまでの道のりでたくさんの愛を見つけました。
三人と一匹とすれ違った、背の高い女性とまだ幼さの残る女性は、指を絡ませ手を繋ぎ、頬を赤く染めていました。
三人と一匹が通った芝生では、垂れ目の男性の膝に頭を乗せたふわふわの髪の男性が、気持ち良さそうに眠っていました。
三人と一匹が避けた水溜まりで、幼い少女と少年がはしゃいだあとキスをしていました。
三人と一匹が見かけた花畑では、親子ほど年の離れた男女が腕を組んでいました。
三人と一匹は広場の入り口のところで、狼程の大きさの犬に跨がる少女を見ました。
三人と一匹が通った石像がいくつも並ぶ道では、石像の美男子にキスをする女性がいました。
「あの、」
シープがシェシャに訊ねました。
「道路に車が通らないというのは」
「ええ。体の大きな方もいらっしゃるので急に飛び出されたら、双方どちらも危険ですし、排気ガスは体に悪いからです」
シープは感心したように辺りを見回しました。
「ここにいる方々は、全てカップルなんですよね」
「そうですよ。あ、ちなみに子供が少ないのは、ご察しの通り性こ───」
「あっ……!」「せいこ?」
顔を真っ赤にしたシープがウルフの方をちらりと一瞥すると、シェシャに顔を向けて口元に人差し指を当てました。
シェシャは、その様子を見て気づくと、微笑みました。
「───雄しべと雌しべうんぬんが行われることが少ないからです」
シープがほっとため息を吐きました。
「はい」
「え?意味わかんない。せいこおしべと、え、なに?」
「ウルフは本をたくさん読んで、教養を身に付けてください」
「えーっ」
二人のやり取りをみて、くすくすとシェシャは笑いました。
「当たり前ですが、二人ともとても仲が良いですね」
「え、そうですか?」
「教えてくれないし、シープは意地悪だ」
ふん、とそっぽを向いたウルフはおそらく明日、サラが式を挙げるであろう教会を見つけました。
「あー! きっとあそこだ!」
「たくさんの色の花がたくさんありますね……って、ウルフ!」
ウルフがシープの手を取って、シェシャとネネを置いて、走っていってしまいました。
「もし、子供がいたら、こういう子達が良いですねぇ」
猫のネネが助走をつけて、二人の背中を眺めるシェシャの背中を駆け上がりました。
肩に乗っかったネネが、シェシャの頬に頭を擦り付けました。
「にゃおん」と、鳴きます。
「あはは。今のままで充分満足ですよ、ネネ」




