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ある縋る村 Ⅰ


 男の死体と、まもなく死体の二人が、小さな獣に囲まれる頃です。

 熟したミカンの様な色の木漏れ日が足元を走り回る森を、三人の人影が歩いていました。

 先頭を、弾むように歩く少女と、その後ろをシープと、手袋をはめたウルフがフラフラリと覚束無い足取りでついていきます。

 シープもウルフも、少女に「ついてきて」と言われるがままに歩いてきたので、現在どこにいるかはわかってはいませんでした。


 




 数分歩いた頃です。

 辺りから血の臭いは完全に消えました。

 代わりに、木々の間を通る風は落ち葉の匂いを鼻孔まで届けます。

 そんな空気の中に、珈琲色の髪を舞わせながら振り向いた少女はウルフの方を向きました。


「さっきはいきなり手を握ってごめんなさい。ちょっと、探している人に似ていたのよ」


「べ、つに、大丈夫……」


 律儀に謝った少女は髪と同じ色の瞳を細めて微笑み、胸に手を当て、安心したように溜め息をつきました。


「でも、ジンロウ様って誰──」


「あたしはリリシア」


 ウルフの質問を完全に無視をした少女──リリシアは言いました。

 シープとウルフは「……はあ」と気の抜けた返事をします。


「貴方たちは?」


 ことり、と首を傾げたリリシアは訊ねました。シープとウルフは自己紹介を忘れていたことに気がつくと


「シープです」


「ウルフ、です」


 ペコリと頭を下げました。

 ふむ、とリリシアは満足気に頷きました。クルリと反転し、再び、歩き始めました。

 「ところで」とシープが切り出します。


「私たちはどこへ向かっているのでしょうか……」


 ウルフもその言葉につられて、辺りを見渡します。

 先程まで空気を照らしていた暖かな木漏れ日は消え、三人は暗い森へ向かっていました。均等に並ぶ木々と重なる葉は薄く黒い紗がかかっていて牢獄の格子のようにも見えました。

 ザクザクとなる落ち葉の音も不気味に聴こえます。

 リリシアはそんな雰囲気をぶち壊すような、花が咲くような笑顔で言いました。


「もちろん、あたしの村よ! もう少しで着くわ」


 リリシアは疲れているとシープとウルフそっちのけで、どんどん歩きました。二人は一瞬顔を見合わせて溜め息をつくと、さらさら揺れる珈琲色の髪を追いかけました。










 小道の、その奥の、さらに深く暗い森。リリシアの村は、そのようなところにありました。

 黒い幕が幾重にも重なっているように、村の入り口は茂みに遮られ、中の様子はわかりませんでした。

 しかし、リリシアが奥へ進む度に、幕は自らリリシアを避けているように、視界は広がっていくように感じます。

 不思議に思いながらもシープとウルフはついていきました。


「ようこそ、あたしの村へ」


 足を止めた、手を広げてリリシアは言いました。 

 シープとウルフは、その村の異様な雰囲気に目を見開きました。

 本来ならば、この時間帯は夕陽が照り、辺りを橙色に染めている頃でしょう。しかし、村は高い木々により、夕陽の光は遮られていました。

 村の薄暗さが反映しているように、ちらほらいる村人も皆、顔を下げています。突然の来訪者に驚いているのか、好奇心に満ち、寄ってくる子供たちも、すぐに母親らしき人に抱えられました。人々はリリシアに道を開け、そそくさと家に戻っていきました。その家も、苔に覆われいます。 


「これは……」


 思わずシープが声を発しました。リリシアがくるりと振り返り、困ったように笑いました。


「後で、説明させて? 今は今日泊まる場所に案内するわ」


 リリシアは、すたすたと先へ進みました。シープとウルフも、早足でついていきました。その際、周りを見ながら歩きました。家々の窓から覗く子供たちは皆、色素の薄い髪と瞳をしていました。







 蔓が絡まった格子の門を、リリシアが開けました。周りに家はなく、ポツンと寂しげに建っているリリシアの家。他の家と比べると、大きなもので、館といえました。

 重そうな扉を開け、リリシアは土足で部屋へと踏み込みます。

 階段を上ると、三部屋程通り過ぎ、シープとウルフを客室へ案内しました。

 シープとウルフの二人がその緑の扉の部屋に入りましたが、


「シープさんの部屋は、こっちよ」


「え?……はい」


シープは、その隣の赤い扉の部屋へ通されました。

 戸惑いながらもシープは赤い扉の前に立ちました。


「部屋の物は勝手に使って良いわ。食べ物も棚に置いてある。傷んでないはずよ。話したいことがあるけど、それはまた明日にしましょう」


 リリシアはそう残し、階下へ降りていきました。途中、リリシアの欠伸が聞こえました。

 リリシアが去った後、荷物を置いたシープはそぅっとウルフの部屋へ入ると、緑の扉を閉めました。






 シープは部屋の真ん中に置かれていたベッドに腰掛けると、ウルフに言いました。


「特にすることなんて、ないような気がしますが」


 ウルフは呆れ顔を浮かべ、シープの髪を引っ張りました。


「この有り様、どうするつもり?」


 シープは右側の髪を撫でました。もう一度確認するように、触ると


「あ」


 咄嗟にナイフで切り落としたことに気づきました。


「ウルフ。鞄の中のはさみを取ってください」


「どうご」


 ウルフは鞄に仕舞っていたはさみを取り出すと、シープに渡しました。受け取ったシープは、洗面所にあったタオルを下に引いて腰を降ろしました。

 そして、長い髪の束を掴むと、躊躇うことなく


 じょきん。


 刃をいれました。


「えぇ!?」


 驚くウルフを尻目に、シープは髪を肩につかないあたりの長さに切ると、鏡台まで行きました。体を捻りながら髪を整えます。器用なシープは怪我することなく切り終えました。


「完成です」


 髪を拾って、屑入れに捨てました。

 ウルフはパチパチと拍手をしました。


「上手~」


「ありがとうございます」


 シープは壁にかかっている精巧な時計を見ると言いました。


「そろそろ寝ましょうか」


「うん」


「おやすみなさい、ウルフ」


「おやすみ、シープ」


 シープは部屋を出ていきました。シープの肩まで届かない髪が、ふわり、と揺れました。



 荷物を整理し、体を濡れたタオルで拭いた後、二人はそれぞれの部屋のそれぞれのベッドに潜りました。

 サーカス団を出て初めて、シープとウルフは一晩離れることになりました。いつも隣にある温もりが感じられないことに、違和感を抱きます。

 月の光も届かぬこの村で、二人の胸にはぽっかりと穴が空いたように感じました。










 朝です。

 曇りの日のような明るさでした。たいてい夜明けに起きるシープとウルフは久しぶりに寝過ごしてしまいました。

 階下に降りると、二人は明かりのついている部屋へ向かいました。

 広い部屋でした。大きく、重そうなテーブルに、深い赤色のテーブルクロスがかかっていました。そのテーブルの周りにリリシア以外に数人いることに気が付きました。おそらくメイドでしょう。白いカチューシャが印象的でした。


「あぁ、シープさんにウルフさん。おはよう」


 リリシアが、テーブルの向こう側でグラスを片手に言いました。

 二人が起きるまでに身支度を整えたのでしょう。夜の色をそのまま服の中に閉じ込め様な、品の良いフリルが何段にも付いている膝までのドレスを着ていました。頭の高い位置にあるツインテールが、手招きするように揺れます。


「適当に座って」


 シープとウルフは隣り合わせで席につきました。二人の目の前に鮮やかな赤紫色の液体が満ちているグラスが置かれました。


「私たち、お酒はちょっと遠慮します……」


「お酒じゃないわよ。ただのブドウジュース。美味しいわよ」


「そうですか」


 リリシアが周りのメイドに手のひらを見せました。全員軽く頭を下げると、出ていきました。最後の一人が出ると、広間の扉が重い音を立てて、閉まります。


「さて、この村の話でもしようかしら」


 リリシアはグラスに半分ほど残っていたジュースを飲み干しました。


「ぜひ」


 シープが好奇心を垣間見せながら相槌をうちます。ウルフはいつも通り、赤紫色の液体を胃に流し込みました。そんなウルフを一瞥して微笑んだリリシアは視線をシープに戻します。


「この村の説明なんて簡単よ。地図には載っていない、魔術が使える“あたし”がいる村」


 にぱっ、と笑ったリリシアは「たったそれだけ」と手を広げました。


「魔術を使えるのはリリシアさんなのですか!?」


「凄い!」


 興味無さげにジュースを飲んでいたウルフも瞳を輝かせました。


「え、わぁ。良い反応ね」


「本当に凄いですもん」


「だよな!」


「そ、そんなに凄いかしら?」


「だって、魔法とかそんなのだろ?そんなのあったら……」


 “人間になれるかもしれない”。そんな言葉を飲み込んだウルフは大きく笑いました。


「なんでも出来るじゃん!」


 リリシアは目を大きく開き「そんなに便利ではないけどねぇ……」と呟きました。しかし、嬉しそうに微笑みました。


「ねぇ、そんなに知りたい?」


 リリシアは身を乗り出して聞きました。二人は顔を見合わせると、


「はい」「もちろん」


リリシアに言いました。


「わかったわ、教えて上げる。じゃあ、行くわよ!」


 扉の方へ向かったリリシアは重い扉をコンッとノックしました。向こうで召し使い達がいるのでしょう。扉は重い音を立てて開きました。





 まだ、日が高い位置にあるので、村は昨日より何倍も明るいものでした。

 リリシアはフリルを弾ませながら、楽しそうに草木が茂る小道を歩いています。

 リリシア曰く、この小道は図書館に繋がっているのだそうです。シープがわくわくしていることがウルフにもわかりました。

 数分間歩きました。

 細かな彫刻が施されている建物の扉を開き、三人は中へと進みました。


「あたしは説明が下手だから、図書館で調べた方が早いと思うわ」


 リリシアが言いました。


「す、すごいです。見たことのない本ばかりですね」


 シープは言葉を若干震わせながら、視線を動かしています。

 本を抱えた金色の髪をおさげの司書らしき女性がシープに、にっこりと笑いかけました。


「旅人さん、村へようこそ」


 そして、リリシアに向き直ると、頭を下げました。


「リリシア()。今回はどのようなご用件ですか?何か用がありましたら、私めにお申し付け下さい」


「ララ、今日は特にないわ」


 リリシアは当たり前のように司書の女性を「ララ」と呼び捨てて、言いました。


「さぁ、シープさん。何か読みたいものとかあるかしら?」


「あ、えっと……この村の歴史とかは興味があります」


 リリシアの村での立場が気になったシープですが、本は読みたかったのでリリシアに言いました。


「ララ。今すぐ連れていってあげなさい」


「はい。シープさん、こちらです」


「は、はい」


 ララは長いスカートを翻しながら、奥へと行きました。






「ウルフさんは、何かある?」


「俺はいいや」


 そうだと思ったわ、とリリシアは笑みを浮かべました。


「シープさんはしばらくここで、本を読んでいると思うの」


「だろうね」


 ウルフの脳裏には、サーカス団で過ごした日々が浮かび上がりました。薄暗い月明かりを浴び、静かに本の頁を捲っている、少女の姿。

 ウルフの口元は軽く緩みました。


「シープさんが本を読んでいる間、ウルフさんには、村の案内でもしようかしら」


 リリシアが唇に人差し指を当てて、言いました。珈琲色の瞳が、ウルフの方をチラリと見ました。


「うん。そっちの方が楽しそう」


「ええ。ほら、こっちよ」


 リリシアはウルフの袖を摘まむと、踵を返して、図書館を出ました。

 ふと、ウルフは楽しそうに前を行くリリシアに訪ねました。


「ねぇ、リリシアさん。何でそんなに嬉しそうなの?」


 リリシアは、うふふと笑い声を上げました。クルリと後ろを向いて、ウルフに夜の花が咲いたように妖しく笑いかけました。


「だって、やっと貴方に会えたのよ。ずっと待っていたわ」


「え?」
















「ねぇ?神狼(じんろう)様」



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