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珈琲色の少女


「どうしましょう……」




 マントのフードを深く被ったシープは、木の影から呟きました。

 シープの目の前には、少女が座り込んでいます。少女が震える度に、珈琲色の髪もふるふると震えています。

 少女の顔色は蒼白で、額には汗が浮かんでいました。

 その少女の目の前には、二人の男が立っていました。一人は細い鎖で結ばれた枷を持ち、もう一人はナイフを少女に向けています。



 ───これは……難しい状況ですね。



 いくつか思考を巡らせましたが、どれも成功しそうにありません。勝ち目がないとわかったシープは冷静に、三人の会話に耳を傾けました。



「や、やめてくださいっ」


 砂埃で汚れた髪を揺らしながら、少女が僅かに後退ります。


「ピーピーうるさせぇな」


 男はナイフをさらに近づけます。よく見ると、そのナイフは錆だらけです。おそらく、脅すだけなのでしょう。


「何で、あたしなの……!」


 少女は瞳に涙を溜めながら、首を振りました。枷を持った男も、じりじりと少女に、にじり寄ります。冷たい金属の音が、いっそう少女を怯えさせました。

 少女はマントの内側に、もぞもぞと腕を入れ、自分を抱き締めるように縮こまりました。

 シープは自分に出来ることは、もう無いと悟ると、その場を後にしようとしました。見殺しにするのは、とても後味が悪かったのですが、今は自分の命が優先です。

 踵を返したその時、男が言いました。




「てめぇは魔術を扱う村の生まれだろぉが。俺らの道具として使うんだよ」


「……何で……よぉ」





 "使う"という言葉にシープは反応しました。そして、サーカス団にいた"使い捨て"の子供たちを思い出しました。少女の姿と、あの子供たちが重なります。











 シープの体は、勝手に動いていました。












 ウルフはやっと辿り着きました。

 心臓は早鐘を打つように、鼓動が激しくなっています。嫌な予感が当たってしまいました。

 心の中で毒づきながら、木の枝から見下ろすと、見慣れたミルクティー色の長い髪が、ふわふわと揺れています。

 眉を寄せたシープは何かを守るように、立ちはだかっていました。

 そのシープの目の前には、二人の男。鈍く光るナイフと、冷たい金属音を鳴らす、枷。

 シープの状況が、非常に危険なことが見てとれます。


「……くそ」


 ウルフは相手の不意を突くために、木の上から降りることにしました。

 斜め下の枝に足を掛けた、その時です。

 男の汚い罵声と、汚い手がミルクティー色の髪を雑に掴み上げます。華奢な身体も共に持ち上がり、足先が地面から離れました。


「いっ」


 唇を噛み締めて、顔を歪ませます。


「シープ!」


 その姿を見たウルフの目の前は真っ赤に染まりました。

 枝を蹴りつけ、凄まじい速さで飛びナイフを持った男へ飛びかかりました。押し倒す直前で、このままこの男を倒してしまえば髪を掴まれたシープにも痛い思いをさせてしまいます。

 しかし、その心配は要らぬものでした。

 シープは咄嗟に懐からナイフを取り出すと、顔の近くで振るいました。


 音もなく、長い髪の束が地面に落ちました。

 同時にシープは男から離れたところへ避けました。


 その隙にウルフは鋭い爪を男の目に突き立てました。ぐちゅりと眼球が抉れ、血を散らしながら地面に転がりました。片方の目で最後に見た光景は、土に汚れたブーツの底でした。


「ぁぎ」


 二人の男は一体全体何が起こっているのか理解が出来ません。ただ、怒り狂う獣が、自分らを襲っていることがわかりました。

 ウルフは二人が怯んだにもかかわらず、ナイフを持つ男の顔面に拳を叩きつけました。鼻骨の折れる感触がしっかりと伝わりました。男は鼻から血を噴き出しながらよろめきました。ウルフは半歩距離をとると、助走をつけて勢い良く男の鳩尾を蹴りあげました。

 ナイフを持った男は枷を持った禿頭の男諸共 後ろへと倒れました。

 ウルフはナイフを持つ男は放っておき、まだ無傷の枷を持った禿頭の男に馬乗りになりました。

 血の匂いと、燻る赤い感情のせいで、ウルフは考えることがあまり出来なくなっています。とりあえず、シープを傷付けた男らに怒りを向けることにしました。


「ひっ……」


 禿頭の男は悲鳴を漏らしました。瞳孔の開いた金色の瞳が、虫を見るように冷たい視線を送ってきます。

 開いた口から、尖った犬歯が覗いています。ウルフは歯の隙間から、熱い息を吐くと、


「があ、あ!」


 男の肩に噛みつきました。ギチギチと歯が食い込んでいく音が、男の耳にも入りました。もがく男をしっかりと固定します。温かい血液が口一杯に溜まり、あまり美味しいと感じない味が広がりました。

 男の肉は固く、ウルフがさらに力を込めようと、一瞬力を緩めた時です。

 シープが渾身の力を振り絞って、ウルフを無理矢理男から引き離しました。


「ウルフ!」


 ガチン、と歯が空を噛む音が響きました。

 シープがウルフの口をマントで巻き付けて塞ぎました。


「むぐっ……」


 ウルフはそれを引き剥がそうとしました。しかしシープはがっちりときつく塞いでいます。ウルフが瞳だけを動かし、シープを見ました。ぐるる……と唸り声を発しました。シープは翠玉色の瞳で見返します。眉を寄せて、怒ったような表情で


「ウルフ、あなたは殺してはいけません」


 そのままウルフが動かないように抱きつきました。荒い呼吸を繰り返す、血塗れのウルフの頭を肩に置き、押さえた。ウルフの呼吸が穏やかになるころ、禿頭の男が肩を押さえながら体を起こしました。

 顔を憤怒の色に染めて、禿頭の男は隣で気絶している男の手から錆びたナイフを奪いました。


「この……、クソガキ共がぁ……っ」


 そして、よろめきながら近づき、ナイフを振り上げ、


 ───ドシュッ


 皮膚が突き破られる音と同時に、痙攣し、凍ったように硬直しました。ゴボリと口から血を吐き出すと、支えを失った板のように、後ろへ倒れました。砂埃が舞い、男はピクリとも動かなりました。

 男の喉元には、短めの矢が刺さっていました。

 拳銃を抜きかけたシープはおそるおそる、矢が飛んできた方向を、怯えた少女が座っていた方向を、見ました。落ち着いたウルフもシープの影から顔を覗かせました。

 少女はいました。右腕をこちらに向けていました。右腕に装着されたボウガンはスイッチと連動して矢が発射されるものです。


「装着するのに、時間かかっちゃった」


 少女は悔しそうに呟きました。

 先程まで潤んだ瞳で怯えていた少女の面影はありません。人を殺したというのに、すまし顔でした。

 こちらを見ているシープに気づくと、にっこりと笑みを浮かべました。乱れた珈琲色の髪を整え、汚れていますが質の良いマントの砂を払いました。

 ウルフを抱き抱えるシープに近づきます。


「……?」「……?」


 困惑しているシープを無視して、少女はウルフの顔が見える位置に膝をつきました。少女はウルフの琥珀色の瞳を見据えます。少女の瞳は妙に煌めいた瞳でした。


「な、なに……?」


 ふっと微笑んだ少女は恭しく、ウルフの手を取りました。べっとりと血が付くのも構わず、握りました。





















「ジンロウ様。貴方を待ちわびていました」







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