真夜中のサーカス
”紳士淑女の皆さん、少年少女の皆さん。
はじめまして?
それとも、こんにちは? こんばんは?
×××××サーカス団がお贈りする夢と幻想の世界へようこそ!
あなたを最高の世界へお連れします。
それでは、甘い夢のはじまりはじまり!”
ある日の正午、ある街の、街から街へと旅をするあるサーカス団ありました。赤、緑、青、黄色などの鮮やかな色合いの大きなテントを張って、三日にわたって、サーカスを開催していました。今日は、その最後の三日目です。
夕暮れ時のうっすらと橙がかった淡い紫色の空と差し込む夕日に照らされた、たくさんの子どもが、大人が、輝かんばかりの笑顔を浮かべながら言ったり来たり。まるで大きなオモチャ箱への入り口に足を踏み入れるかのように、浮き足立っていました。
それもそのはず、さぁ、くすんだ芝生から光沢のあるカーペットを踏みつけて。
ほら、カーテンをくぐるとカラフルなスポットライトが場内をピカピカと色付けます。人々の丸く開いた目には咲き乱れる花のように色づいた光が映り込んでいました。
て
でもこれは夢のような物語の始まりに過ぎません。
"
”紳士淑女の皆さん、少年少女の皆さん。
こんにちは!
×××××サーカス団がお贈りする夢と幻想の世界へようこそ!
私はラビットと申します。皆様、お楽しみいただけますよう!"
兎の顔を型どった仮面を着けた、不思議で可笑しな司会者が喋るたびに、長い耳をピョンピョンと跳ねさせ、愉快にショーを進めていきます。
さらに演目は実にさまざまで、玉乗りをする猿や、利口な象、鮮やかに空中ブランコをする少年、美しくドレスを翻す少女達、綱を渡る青年などと、子供も大人も楽しめるものばかりでした。テント内に無数の花吹雪が舞い散り、とても華やかです。人々は大盛り上がり。拍手が絶え間無く響き渡ります。
特に、観客たちの心を掴んだのは一人の少年と一人の少女の空中ブランコでした。
まるで重力がないかのように、ブランコにぶら下がる少年はこれまた重さなんて感じないかのように向かってくる少女を受け止めます。仮面の奥に人瞬きする琥珀の光に目を奪われることでしょう。
まるで怪我なんて怖くないとでも言うように、少女は簡単に身体を宙に投げ出して、少年へと腕を伸ばします。一口飲むとしあわせになってしまうようなホワイトミルクティーの髪は空に散らばり、なんと可憐なことでしょう。
なんて素晴らしいのだろう、と大勢の人々が思ったことでしょう。美しい夢のような時間を過ごした、と観客は思ったことでしょう。この鮮やかな世界を去るのは名残惜しいと人々は思ったことでしょう。
そんな夢のような時間にも、終わりはあるのです。時間は有限、お金で買った時間は思いでの欠片に形を変えて彼らの胸に植え付けて。
さあ、そろそろサーカスは閉幕。
楽しい時間でしたか?
笑顔になれましたか?
幸せになれましたか?
ええ、ええ。そうでしょうとも!
お気持ちわかります。ああ、なんとも残念なことだ。終わりなんてなければいいのに! なんて、まあ、そんなの、叶うことなんてありません。心苦しいです。
それでは、さようなら。またいつか、会えるときまで!
◆
夕暮れの喧騒はどこへやら。
闇の中に浮かぶ月を薄い雲が隠す頃のことです。
そのサーカス団のテントのライトは怪しく揺らいでいました。入り口には『関係者以外進入禁止』という看板とロープが架けられています。あら、でもなぜでしょうか。それにしても、中から響く声は関係者だけのものとは思えません。
そっと、中を覗くと観客席はほとんど埋まっていました。観客は大人ばかり。子どもはいません。サーカスと言えばどんな人でも観ることができる存在ですのに。さらに、驚くことに、大人たちは仮面で顔を覆っているのです。これでは誰が誰だかわかりません。
それもそのはず、このサーカスは子供には到底見せれるものでない“夜限定”のものなのですから。それにすこぅし、倫理観に外れてしまうものですから、観客同士でもお顔が知れてしまったらどうなることやら。そんな理由で人々も、団員も仮面をつけているのです。
さて、そんなように素性を隠した人々の雰囲気がなんだか荒くなってきました。
色とりどりのスポットライトがテントの中央にある円形の台に当てられました。
”紳士淑女の皆さん、少年少女の皆さん、おっと今いるのは紳士淑女のみなさんだけでしたね。失礼。
はじめまして?
それとも、こんばんは?
再び会った人もいるかもしれませんね、それでも改めて。
×××××サーカス団がお贈りする悪夢と幻想の世界へようこそ!
あなたを最高の世界へお連れします。
それでは、甘ぁい悪夢のはじまりはじまり”
兎の顔を型どった仮面を着け、カラフルな服を着た、男か女かも区別がつかない司会者が言いました。
お辞儀をすると、ウサギの耳が生きているようにピコピコと動きました。
サーカスはとても盛り上がりました。
熊に乗り、操ろうとした旗を振っていた女性。
ライオンにごうごうと燃える火の輪をくぐらした鞭を持った青年。
命綱無しで綱渡りをした少年。
トランポリンで跳ね、くるくるりと回転した少女達。
空中ブランコで鳥のように空を翔た少年達。
板にくくりつけられた女の子にナイフを投げた男の人。
ワインの瓶を数本、投げてキャッチするカラフルなピエロの男の子。次々とショーを繰り広げる、男の子、女の子、女の子、男の子、女の子、男の子。細い手足とあどけない顔で、一生懸命動きました。
夕暮れ時のショーと、なにが違うって?
それはもう、一目瞭然。さぁて、続きを観てみましょう。
色とりどりの花びらの代わりに、赤い血飛沫を、さぁどうぞ。
仮面を着けた出演者たちは皆、喰われ、引き裂かれ、転落し、折れ、叩き付けられ、刺さりました。皆、最後は血塗れになりながらも、楽しそうに舞台の外へと退けました。
何人かは端から出てきた子どもたちの手によってずるずると幕の後ろまで赤い道を作るものもいました。
観客席はさらにさらに盛り上がり、口笛を吹き、唾を散らしながら声をあげていました。
ピエロが去った後、ピョコピョコと可愛らしいウサギ耳を揺らしながら司会者が舞台袖から出てきました。
"最後はこのサーカスのメインのお二人です"
おぉ!と観客達はざわめきました。
ウサギの司会者がマイクを持っていない方の腕を上げ、ポフンッと紅い花を一輪、現しました。
"それでは、お楽しみを"
司会者は紅い花を観客席に放りました。
そして、暗転。
テント内は暗闇に包まれました。
テント内は静寂に包まれました。
突然、パパッと眩しいライトが点灯し、舞台中央を照らしました。その眩しさに観客は思わず目を細めます。
舞台にはいつのまに現れたのか、手を繋いだ少女と少年がいました。不思議なことに、彼らの下には広い柔らかな白色の布が広げられています。
頭の両側に白いリボンを二つ留めた、ふわふわのホワイトミルクティーの髪。背中で波のように髪の揺れる少女は半袖膝丈のドレス。まるで、人形のように可愛らしい。目元は羊を型どった仮面に覆われています。
黒色の髪の少年は裾の膨らんだ膝丈の灰のサロペットに白のブラウス。不気味なほど手が大きく見えました。目元は狼を型どった仮面に覆われています。
観客が見惚れるように二人を眺めていると、お辞儀を合図にショーが始まりました。音楽は鳴り止み、視線は一気に舞台中央へ。
まず、少年が少女の後ろに回りました。布に音は吸い取られ、衣擦れだけが妙に大きく響きます。優しい手付きでゆっくりと彼女の右腕を横に広げました。
少年はその白い二の腕を、何度か大きな手で撫でました。ここから何をするのだろう。観ている者は、きっとそう思ったことでしょう。
すると、少年は自分の口を近づけました。
ゆっくりと口を開きます。白く、鋭い犬歯が見えました。
少女は優美に微笑んだまま。人形のように、動きません。
そのまま、少女の二の腕に口を当てました。
小さな声が、しんと静まりかえった会場に広がります。肩が、びくりと小さく跳ねました。
観客達の息を飲む音が聞こえます。
そして、少年は少女の二の腕を、噛みました。少女の口元が微かに歪みます。
ぶちん。
静かな静かな会場に、お肉が千切られる音が響きました。ぶつり、ぶつり。肉の繊維を断ち切る音。それは牛や、豚の肉を噛み切る音と似ているようで、違いました。
息を漏らすように甲高い悲鳴が少女の喉の奥から漏れました。その声に、何人もの大人たちは背筋を粟立て、熱に浮かされたような感覚に陥ります。
少女の白いドレスに、少年の白いブラウスに、二人の仮面に、赤色が飛び散り、不思議な模様を付けました。床に敷いてある白い布は、より一層赤を目立たせ、ある村のある人が書いたある物語に出てきた白いバラを染めて赤いバラにさせるように染まっていきました。
少女の二の腕のお肉を咥えた少年は、そのお肉を咀嚼しました。
口の端から脂が混ざった血がどろりと垂れました。
ごくん、と大きく喉を動かして飲み込むと、再び少女の鮮血がボタボタと流れ落ちる二の腕に口を付け、柔らかいお肉に噛みつきました。
観客達は何かに取り憑かれたようにその少年と少女に見入っています。不意に、誰かが驚愕の声を漏らしました。
なぜなら、少女の、喰い千切られた二の腕の、血の滴るぽっかりと抉られた傷が、聞いたことのない生々しい音と治っていったからです。
観客達は、最初は目の錯覚だと思っていました。しかし、少女の骨まで見える程深かった傷が浅くなっていることに、滴る血液の量が減っていることに気がつき、皆、背筋に氷を当てられたかのように身震いし、歓声を沸かせました。
さて、少年はそんなことはお構いなしに、先程喰い千切ったお肉も飲み込むと、崩れ落ちる少女の細い腰を抱きました。
音もなく、白いシーツに少女を寝かした少年は右手を横に払います。爪が鋭いナイフのように、鈍色に光を反射しました。その爪は少女の白い腹部も白いドレスを切り裂きました。
フリルの隙間から真っ白なお腹が、ちらりと覗きました。
少女は抵抗もせずに、されるがままに横たわりました。
そして、少女のお腹にナイフのように鋭い牙を剥きました。微かに、少女は苦痛で歯を食い縛り、シーツを手の感覚がなくなるほど強く握りしめていました。
ぐちゅ。
少年は飢えた獣のように、少女に食らい付き、内臓をかき混ぜます。少女は、時折痛みを堪えるように手足に力を込めました。そのたびにフリルが揺れました。
ぶち。
少女は、きゅうっと呻きながら、血を吐きながら、大人しく喰われていました。
ごくり。
むわり、と熱く、独特の血生臭い空気が観客達まで届きます。胃の中のモノを吐く者までいました。
突然、少年が立ち上がりました。観客達を見渡すように、ゆらりと回転します。そして、その場で、獣のような爪を持つ手をだらりと垂らし、突っ立ってました。
その姿は、まるで怪物のようです。
臓物を露出させ、ピンクの肉片が散らばる血溜まりに寝転がる少女を見下ろしていました。
数分後、少女ががくがくと体を痙攣させ、操り人形のように起き上がりました。少年と同じく、回転すると少年の隣に立ちました。そして、手を握りました。
少年も少女も、少女の血と脂で身体中をてらてらと光らせ、少女のまだ、温かい血で真っ白の衣装を真っ赤な衣装に変えています。二人とも、足下に赤黒い血で水溜まりを作っていました。
白い布は、おぞましい程の血がぶちまけられて赤々と光り、観客の目を奪います。
どこもかしこも真っ赤っか。ドレスも少年も床も、全てが血に染まっています。
しかし、ただひとつ。少女のドレスのフリルの隙間から覗くお腹はすべすべとした、真っ白のお腹に戻っていました。
二人は繋いだ手を上げ、観客達に深々とお辞儀をしました。そして、顔上げて口元に笑みを浮かべると、観客達に繋いでいないほうの手を振りました。
再び、暗転。
テント内は暗闇に包まれました。
どこからか、司会者の声が楽しげに響きました。
"皆様、いくら傷付けても死なない、不死身の少女と人喰い少年はいかがだったでしょうか?"
突然、スポットライトが舞台中央を照らしました。そこにはウサギの司会者が立っていました。
観客達は何かが切れたかのように、息を荒くして、とても興奮しました。舞台に、出演者に向けて、拍手喝采が雨のように降り注ぎました。
兎の顔を型どった仮面の司会者が、かくんと首を傾げて言うのです。
"皆さま、これにて全てのショーがおしまいとなります。
素敵な夜をお過ごしいただけましたでしょうか?
またお越しいただける日を心よりお待ち申し上げます。
今宵はありがとうございました。お気をつけてお帰り下さい。
では、またお逢いできるその日まで!"
そして、ウサギ耳を揺らして恭しく礼をしました。