奮闘
「あのバイク盗んできたのかな~。それだったら夜じゃないと。そして十五歳じゃないと」
「言ってる意味は分かりませんが、この辺には私たちしかいないんですからやりたい放題なんでしょうね」
実たちも誰もいないのをいいことにスーパーから食べ物を頂戴しようたしていたところなので文句は言えない。
「でも珍しいですね。アラルは人間を嫌っているよですからああいったものは使わないと思っていたんですが」
「先入観は捨てろ。奴ら宇宙人と同じでなにをしてくるかわかったものではない。いちいちそんなこと気にするな」
アラルを研究しているものがそこまで言うのもバイクに乗っているという予想外の出来事に戸惑いが生じたからだ。戦いにおいてはそ負けてしまうケースだってある。
「わかってますよ。でも、どうします?あれだと逃げられてしまうかもしれませんよ」
目的が玄馬の予想通り、監視カメラの破壊だとしたらこちらと戦う義理などない。その盗んだであろうバイクで逃げながら続きをすればいいだけなのだ。
「俺がなんの用意もしてないとでも?お前のポッケットに鍵がはっているはずだ。万が一逃げられそうになったときはそれで追いかけろ」
祐がポッケット野中をあさると銀色の鍵が現れた。
「い、いつの間にこんなものを」
「気にするな。それはその公園の近くにある駐車場に停めてあるバイクのものだ。相手もバイクなんだからそれで追いつくだろ」
などとは言うがアラルが乗っているのはただのバイクではないレースとかでよく見るやつだ。
そこらへんのバイクでは到底追いつけそうにないが、無いよりはマシだ。
「その前に本体を叩きますよ。実くんと千景さんにはその後何が起こってもいいように待機していてください」
手で二人を後ろに下げてアラルのいる位置と反対側の道に陣取って陸上の選手がスタートする時みたいな姿勢をとって足に力を入れてタイミングを計る。
「アラルアラル言うのもなんだからそいつの名前はライダーにしよう」
玄馬は彼の雰囲気からは感じ取れないネーミングセンスのなさを披露したが他に案があるわけでもないないので否定はしなかった。
「別にそれでいいですけど、玄馬さんは使える監視カメラで他のアラルがいないかを確認してください」
「言われなくてもやっている。今はそんな姿はないからやはり単独行動のようだ。思いっきりやれ」
その時、祐の射程圏内にライダーが入った。
「はい!」
足の力が爆発して一気に前に進んだ。しかし、前には横幅二十メートルほどの池がある。
勢いのついた足は止まることなく池の水に突っ込んだが、それが沈む前に祐は足を動かしてさらに前へと進み続けた。
「み、水の上を走ってる……」
見た目はあれだが、片方の足が沈む前にもう片方の足を前に出すことを常人ではあり得ないスピードで繰り返し水を走っている。
「祐のギミックは肉体強化だ。それぐらいで当然だ」
つまり会話の中に嘘を交えて既に力を溜めていたそれを一気に出した結果がこれだ。
実や千景のものとはまるで違い、初めて生き生きとした祐の顔を見て驚いたがそれ以上にゾクゾクした。
この人が自分たちの仲間なのだと。
オロオロしてて頼りない人だな〜という風にしか思っていなかったがこれで一気に変わった。
「それ!」
たった数秒で向こう側に渡った祐はヘルメットにドロップキックをかまして茂みに吹き飛ばした。
しかし奇妙なことにバイクはそんなことなど気にしないかの如く、そのまま真っ直ぐ走っていく。
「あれおかしくないですか?ねえ、先輩」
その光景を見て不思議に思ったので同意を求めるように後ろにいるはずの実を向くとクルーザーと呼ばれるオートバイに乗っていた。
「ふふん。こんなこともあろうかと祐たんから鍵は受け取ってたんだよ〜。ちょっと取りに行くのに時間がかかったけどね〜」
クルーザーは大きく、さらに長い。駐車場からここまではそう遠くない距離だが扱いにくいのでここまで持って来るのに苦労した。
「全然似合いませんね。ぶっちゃけダサいです」
こういったバイクは外国人やごっつい人が似合うものであって、実のようなひょろ長い人には宝の持ち腐れなのだ。
「酷いな〜。でものんびり喋ってる時間もなさそうだよ。ほら乗って乗って〜」
クルーザーは後輪のところに人一人が乗れるスペースがあってそこをぺしぺし叩く。
ライダーが乗っていたバイクは今も真っ直ぐ走っている。
「仕方ないですね。それよりも先輩はこれを運転できるんですか?」
ゆっくりと座った千景は渡されたヘルメットをかぶった。
「うん。スクーターなら何度か運転したことあるから大丈夫だと思うよ〜」
「不安しかあやませんね。でも先輩にしか任せられませんし……」
「じゃいっくよ〜」
陽気な声と共にエンジン音が鳴り響き、人を乗せず、公園を走り去っていくバイクを追いかけて行った。
「バイクが妙な動きをしているが俺のバイクを使って追いかけている。お前はいつも通りに好き勝手にやれ」
「そうですか……。ではこれを潰してから連絡をください」
インカムを耳から外してポケットの中にしまいこんだ。
「さて、ここから本気で行きます。覚悟してください。ライダーさん」
周りは草木だらけで人の影は二つしかなく、その一つがぬるりと立ち上がったが返事の言葉などは一切ない。
「無視ですか。なぜ監視カメラを壊しているのか聞きたいんですけど教えて欲しかったんですけどね」
今までのアラルはそんなことはしなかった。壊されているのは目障りだからという理由が多いがそれは見つけたらであって探し回るものなどいなかった。
「何も喋らないとボクが変な人みたいじゃないですか。ほら、なんでもいいから話してみてくださいよ」
しかしライダーは大股のまま手を下に向けてぶらぶらとしているだけで話すつもりはないといった感じを出していた。
というよりも祐のしたことは獣に交渉をしているかに等しく、何の前触れもなくぶらぶらとしていた手を上にあげて鞭のようなしなやかさ持って襲いかかってきたが、ギミックで肉体が強化されている祐はいとも簡単によけてみせた。
「危ないですね。それにボクの話を聞かないなんてよっぽど死にたいように思えますが殺しちゃっていいですか?十秒以内に答えてください。でないとあなたの身の安全はないとおもってください」
「…………」
相変わらずヘルメットの中は口がないのではと疑いたくなるほどに無口だ。
「無視ですか?それとも何かを企んでいるんですか?ボクとしてはどちらでもいいんですが、アラルに出会ったらできるだけ情報を聞き出しておけと言われているのでも一度だけチャンスわあげます。なぜ監視カメラを壊すんですか?」
それに対する答えは以下の通りだ。
地面にめり込んでいた右腕を上にその勢いで空を切り裂き、もう片方の腕をしならせて祐の頭めがけて叩き落した。
「それがあなたの回答ですか。残念ですね。玄馬さんとかなら情報のためとか言ってもう少し我慢したんでしょうが、あなたのあいてはボクです。そしてこんなボクにも好き嫌いというものがありまして、ライダーさんは嫌いな部類に入ります」
大きく一歩踏み込んで右腕をコンパクトに、力強く、的確にライダーの腹に放った。しかもスピードはマッハいってるんじゃね?と言いたくなるほどで動く間もなく当たり、自然を愛する者たちがお怒りになってしまうかも、というほど木々をなぎ倒していきながらさに奥へと飛んで行った。
「これで喋る気になってくれましたか?っというか喋れますか?結構本気出しちゃったんですけど」
茂みからガサガサと音がしてそこからライダーが何事もなかったようにぬっと現れた。
「どうやら心配は無用だったみたいですね」
感触はあったが手応えがいつもとは違ったのでは倒したとは思ってはいなかったがここまで平然とされると精神的にきつい。
「ならもう一度です」
冷静に考えてノーダメージなはずがない。攻撃し続ければいつかは倒れるのだから有無を言わせず自慢のパンチを繰り出せばいいのだ。
決死の思いで拳を放とうとしたがグニャグニャと不思議な動きをしたライダーが両腕にまとわりついてきた。
「なるほど、そうきましたか」
こうなってしまったら腕は動かせないし逃げることもできない。さらにライダーの体はゴムのような質感でこれを解除するのは力づくでは到底敵わない。
「でもまだまだ甘いです」
ライダーの間違いはまず祐の武器が拳だけだと勘違いしてしまったことだ。
肉体強化された祐は体全体が武器となっている。そして腕が封じられてしまったのなら脚を使えばいい。
大きく膝を曲げて地面に叩きつける。そうすると強化された脚力で小地震が起きてその揺れでライダーが離れてその隙にボクシングを見て覚えたコンパクトな動きで何度も拳を至る所に叩き込んだ。
「な、何これ……」
最後だけ感触が違った。
決まったとか、殺ったとかそんな感じではなくて泥の中に手を突っ込んだかのかと思ったほどだ。
自分の拳を確かめてみるとライダーの体は水飴のように粘り気のある黒い泥と化していた。
「ちょっとグラグラしてませんか?」
無人のバイクを追いかけながらも不審に思った千景はオートバイを運転している実に質問するが、こちらを見ようともしない。
「そんなことないよ~。千景ちゃんはこういうの乗るの初めて?」
「ええ、まあそうですね。バイクに乗るのはこれが初めてですけど」
「あ~、やっぱりやっぱり。初めての人は大抵そういうんだよね~」
「そういうものですか?なんか真っすぐ走っている感じがしないんですけど」
道は平たんで何処にでもあるような道だが白線が右に近くなったり、左に近くなったりしていのを見て首を傾げた。
「それよりも心の準備しといてよ。もうそろそろコーナーだから」
この辺の道は曲がりが急で事故が多いことで有名だ。
「なんだか不安でいっぱいですけど先輩に任せます」
バイクどころか原付も運転したことない千景にはどすることもできないし、この状況では運転を交代することもできないので、諦めて実の背中に抱きついて衝撃に備えた。
「千景ちゃん……大人になったね。お兄ちゃんは嬉しいよ」
嬉しさのあまり涙目になってしまうほどだ。
「こんな時にも冗談を言うんですか。本当にマイペースな人ですね」
しかもまだ妹設定が生きていたとは驚きだ。さすがは先輩というべきだろうか?いや、褒めることじゃないんですけどね。
「ふふん、何と言われようとも僕は僕さ。あ、今いいこと言っちゃった?」
あらやだといった感じにどこかの奥様みたいに口元を手で隠す。
「ええ。ですが、先輩の一言でギャグっぽくなりましたけどね」
本当に最後の一言がなかったら先輩もこんなこと言えるんだ~、と少しは見方を変えてみようかと思ったのだがこれはこれで先輩らしくなんだかホッとする。
「え~、そんな~。僕の名言ベストファイブに入ると思たのに~」
僕の名言?迷言の間違いじゃないのといろいろ言いたいことはあったが、今はそれどころではない。
「そんなのどうでもいいです。それよりも前!前!」
この街の事故の一番の原因である曲がり道の目の前まで到達した。追いかけている無人のバイクはもうコーナリングをしている。その姿は無駄がなく、プロのレーサーが乗っていると錯覚してしまうほどだ。
「無人のくせになかなかやるね~。でも僕のテクほどではない!」
ある意味敵対心を燃やして、体重を左に傾ける。頭がついてしまうのではというほどに。
だが、そんな事故りそうなバイクは奇跡的に曲がり道を抜けた。
「ちょ、ちょっと先輩!何がテクですか?もう少しで死んじゃうところでしたよ」
ヘルメット越しでも恐怖を感じてしまったのだ。たちの悪い絶叫マシンに乗った時みたいに気分が悪い千景は声を荒げた。
「千景ちゃん。テクってなんだかエロいね」
黄昏ながらそんなことを言ってのけるなら先輩に違いないのだが、なんだかいつもの様子とは違う。一つ壁を乗り越えた顔になっている。
「もしかして怖かったんですか?」
用意されたヘルメットは一つのみ。それは千景が深く被っていてあの時にの実は素肌ならぬ素頭だったのだ。さぞ風を感じれたことだろう。
「まぁ……ね」
しかしもう曲がり道はない。後はただ目の前の止まらないバイクをどうにかすればいいだけだ。