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エンドレスフール   作者: 和銅修一
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修行と風呂

 ギミックの練習が出来るようにと広い部屋の中に来た二人だったがその一人は隅でズーンという空気を漂わせていた。

「えーと、ボクはどうしたらいいんでしょう?励ましに行った方がいいんでしょうか?」

 その空気にさせた張本人は悪くないのだが責任を感じてしまい、全体的に空気が悪くなってしまった。

「行かなくていいですよ。時間が経てばいつも通りの先輩に戻ってますから」

「國里さんは篠春くんのことをよく知ってるですね」

「千景でいいですよ。あと先輩のことも下の名前で呼んであげてください。苗字で呼ばられると他人行儀みたいで嫌いって先輩言ってましたから」

「そうですか。なら下の名前で呼ばせてもらいますけど大丈夫でしょうか。かなり落ち込んでいるようなんですけど……」

 何かをブツブツと呪文のようにつぶやき続けて黒い空間を生み出している。

「こんな事は初めてですからね。いつもより立ち直りが遅いかもしれませんが祐さんはどうしてそんな格好をしているんです?もしかして趣味ですか」

 ちょっと後ずさって警戒しながらも実も気になっているであろう疑問を投げかけた。

「いや、そうじゃなくてですね。玄馬さんにこうした方がいいと言われたんです」

「もしかしてあの人にそんな趣味が!人は見かけによらないんですね」

 認識を改めようと頭の中を整理しようとしてが、祐は両手を前に出してブンブンと横に振った。

「いえ、趣味とかじゃなくてですね……これは敵を騙すためのものなんです」

「騙す?」

 視線は自然と実の方へと?

「はい。ギミックを使うには嘘が必要だと聞いねますよね」

「ええ、ですけどそれがその格好となんの関係があるんですか?」

「たとえば千景さんが何も知らない状態でボクが女だと言ったらどう思います?」

 もう一度全体を見るが、やはり何も聞いていなかった時は普通に先輩が好きそうな可愛い女性が現れたなと思った。

「女だと思います」

 だからこそ即答だ。

「で、ですね……他の人にもそう言われるんです。どう見ても女しか見えねーよって」

 どうやら祐にとってはコンプレックスらしく、途端に暗い顔をしだしたが実のに比べたら大丈夫な方だ。

「まあ、それは置いといて敵はそれを聞いてボクの言ったことが嘘だと勘違いします。しかし、ボクが男なのは事実です。このようなことで相手は混乱して嘘を見抜くことが出来なくなります」

 つまり、これは趣味とかそんなのじゃなく敵を困惑させる為の策だよ〜ということだ。

「なるほど、色々と誤解してました」

「分かってくれたならいいですよ。でもボクのは特殊なやり方なので真似しないでくださいね」

 話が終わったと同時に実が地の底からヌルリと這い戻ってきて、祐の肩をガッと掴んだ。

「ふ、ふ、ふ、ふ。ハーハッハッハッ!」

 その笑いには悪意は含まれていないのだが

、なぜか邪悪な気配がしない。

 ただ気持ち悪いのだ。

「ど、どうしたんですか先輩。ついに頭が狂ったんですか?あ、最初から狂ってましたね」

「ふふん。僕は気がついたんだよ。逆に考えてみるんだ。男でいいさって」

 紳士みたいな口調で言っているが内容は意味不明で中身がない。

「は、はぁ……」

 肩を掴まれて身動きの出来ない祐は戸惑いを隠せない。

「萌えは見た目だけじゃない。中身、性格からも出る膨大なエネルギーだ。祐たんにはそれが両方から感じられる。ボクっ娘も素晴らしいが祐たんはそれを超越した存在になれるんだ!」

「は、はぁ……。実くんがそれでいいなら……」

 勝手にやってください、とは言えない。

 彼を野放しにしたらどうなるか分かったものではないが肯定する他なかった。

「よし、祐たんの許可が下りたことだし、ギミックの練習しよう。さあ、早く!今すぐに!」

 元気を取り戻した?実は張り切って力を身につける為に修行を始めた。




「それでどうなんだ?あの二人は使いものになりそうか?」

 食堂には二人の男がソバと唐揚げ定食を目の前にして向かい合っていた。

「相変わらず言い方が酷いね。でも気にはしてるんだ」

 唐揚げを頬張りながらいつもソバばかり食べている男の顔を見た。

「戦闘時に足手まといになったら迷惑だからな。そうなる前に知っておくことは必要だろ」

 こんな風にいつもツンツンしているが、本心は心配をしてくれる優しい人だということを知っている祐にとってこの態度はなんとも言えなかった。

「まるで玄馬さんみたいだね」

 いろんなことを研究して数値ばかり見てあまり人を見ないあの人に。

「あのクソと一緒にするな。ソバがまずくなる」

 少し似ている二人だが仲が悪い。といより、仁の方が避けている感じがある。

「すみません。でも、二人は足手まといにはならないと思いますよ。実くんは万能型ですし、千景さんは溜めが長いですけど使い所さえ間違えなければ大丈夫です」

「そうか、ならいいんだ。面倒ごとは増やすなよ」

 食べ終わると食器を片付けて食堂から消えて行ったので祐もそれに合わせて二人のいる部屋に戻った。




 修行が始まってから五日後。祐は久しぶりにある部屋に来ていた。

「二人とも順調ですか〜?」

 二人に修行を任せているのはギミックが教えられるものではないからだ。

 やり方は人それぞれなので自分に合ったものを自分で見つけるしかない。その為にここにはいろんなものが揃っている。

 各種の武器はもちろん、3Dホログラムによるシュミレーションができるような施設だが二人はお互いに対峙して戦うだけで部屋のほとんどの機能は使われていなかった。

 用意したものにとっては少し複雑な気持ちだろう。

「そうですね。順調、といえば順調なんですけどわたし的にはチャージが長すぎるのがどうにもならないんですよ」

 こんなので実践で役に立つのかと不安になってくる時だってあるのだ。

「それは慣れだよ。仁さんも最初はそんな感じだったと思うよ」

「祐さんが言うならそうします。でもどうしてここに来たんですか?」

 修行の様子ならこの部屋に設置されている監視カメラで確認できるし、修行で教えられるものなどないのに。

「ええ、少し二人に用事がありまして。まずはこれを」

 それは黒を基調とした制服だった。ビニールに包まれているその新品は男ものと女ものが一つずつあった。

「戦闘員の制服です。別に強制ではないですがお二人の服は限られてるので」

 確かに着てきたものと借りたものしかないのは不便でならないのでこれはありがたい。

「ありがとうございます。それじゃあ」

「おい待て!変態な先輩」

 何気無く受け取って何事もなく修行に戻ろうとする実に向かって語尾に怒りマークをつけながら怒鳴り散らす。

「な〜にかな?僕が何か悪いことをしたかな?」

「先輩はそれを着るつもりなんですか?」

 腕の中にあるそれを指差す。そのビニールの中にはスカートが入っていて明らかに千景の為に用意されたものだ。

「そんなまさか。ただ僕はちょっと新品の制服ってどんな匂いがするんだろうな〜て思ったからこれに顔をうずめてクンカクンカするだけだよ」

「流石ですね。そこまでいくと逆にすごい感じがします」

 もちろんそんな事させないと制服は没収。代わりに男ものの方を渡した。

「そんなに褒めてもなにも出ないぞ〜」

「褒めてませんからご心配なく。にしても今頃なぜこんなものを?」

 この研究所に来て随分経ったというのにこんなタイミングで渡してくる意味がわからない。

「実は任務を頼みたくて。それの記念みたいな」

「任務?」

 その単語を聞くだけでも身が引き締まる。

「はい。ですが大したことではないですよ。私たちの食料を集めてくるだけですから」

「気になってたんですけどここの食べ物って何処で調達して来てるんですか?」

 食堂で出されるのはどれもちゃんとしているし、種類も豊富だ。

 それに戦闘員は少ないがここには玄馬の元でこの世界のことを研究している者がいるので数もそれなりいるはずだ。

「普通にそこら辺のスーパーとかから貰ってるんですよ。ボクたち以外は誰もいませんからね」

 ループを抜け出した者は少ないが建物やその中のものはそのままで彼らはそれを利用して生活しているがそれもいつまでもつか分かったものではない。

「でも、それってここから出なくちゃいけないってことですね。大丈夫なんですか?アラルに見つかったりとしたら大変ですよ」

 敵に本拠地がばれてしまうのは隠れる身にとっては致命的だ。

「その点については心配ないですよ。各地に設置してある監視カメラを使って安全な場所を探して幾つもある出口でそのポイントに出ればいいだけですし、もしここが見つかっても必要なデータさえ持ち出せば時間をかけて復興できるって玄馬さんが言ってましたから」

 責任者のお墨付きがあるので安心はできる。

「じゃあ大丈夫ですね。いつ出かけるんです?」

「明日の午前中には出てお昼ぐらいには帰れるようにと思ってるんだけど……」

 大丈夫かな?と言わんばかりに首を傾げるそんな仕草がまた男らしさを感じさせない。

「もちろん祐たんも来るんですね」

 まだギミックを使い慣れていない二人だけでは心もとない。

「はい。ボクと実くんは食料を持って千景さんには周囲の安全を確認してください」

 ただとって帰ってくるだけ。初めてののおつかいみたいな任務だ。違うのは敵が来るかもしれないという不安だけだ。

「とりあえず準備をしておいてください」

 全てを言い終えた祐はその場から去って自分の準備をすることにした。

「僕たちも練習やめて準備しよっか」

「そうですね。でもアラルが現れたとなると戦わなくてはいけないですかね?」

「不安で眠れないなら僕が抱き枕になってあげてもいいんだよ」

 両手を広げてカモン状態を示したがいつものようにスルーされた。

「早く部屋に戻ってお風呂入ろ」

 しかし、最後の一言は余計だった。




「ふ〜、やっぱり体動かした後は気持ちいいわね〜」

 千景がここを気に入ったのは個室の部屋にシャワーが完備されているからだ。ホテル並みの設備で誰もここが研究所などとは思わないだろう。

「それにしても明日外に出るのか……」

 もう何年も出てない気もする。印象に残っているのは人のいない街とそこに現れた獣耳少女。

 まだここの人には言ってはいないがあれは何だったのだろうとふと考えてしまうことがある。

「本当に分からないことだらけ」

 シャワーのお湯を止めて外を出ようとした時、何かの気配がした。

「誰かそこにいるの?」

 タオルを持って来たのは正解だったとそれで体を隠しながらその気配へと声をかける。

「ニャ、ニャー」

 するとなんとも古典的な返しがきた。

「な〜んだ猫さんだったか〜。なら仕方ないね〜……ってなるわけないでしょ先輩!」

 お風呂の扉を開けて四足歩行でこの場から立ち去ろうとしている実の姿をとらえた。

「や、やぁ~奇遇だね」

「奇遇?確かにそうですね。階の違う男の人がこんなところにいるなんて奇遇ですね。差し支えなければどうしてここにいるか理由を聞きたいものです」

 見下ろしてくるその目からは絶対に逃げられないような呪文がかかっているようで、嘘をついても簡単に見抜かれてしまいそうな迫力があってそれに逆らえないのは実も例外ではなかった。

「これはですね~風の噂でここに来ると絶景が拝めると聞きましてキマシタ。今日は残念ながら雲がかかっているようなのでカエリマース」

 初めて富士山に来た外国人観光客のふりをして誤魔化そうとするが、この程度の演技では見逃してはくれなかった。

「あれ?何処行くんですか。絶景とは何のことでしょうね〜。それにまだ私の話が終わってませんよ」

「お、落ち着いて話し合おう。人間誰しも過ちを犯すし、反省をして次にいかすことことが出来るんだ。だからここは見逃しだね……」

 必死に弁解をするが表情を変えず、ズシンズシンと音が聞こえてくる勢いで迫ってきた。

「前科のある人には説得力がありません」

 まだあのことを根に持っているようで容赦無く実に技をかけた。今度はもっと痛いのを。

「ぎゃば〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん!」

 夜中に響いた叫びは研究所に幽霊がいるという噂の原因となった。

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