早乙女研究所
「早乙女?女の子ぽい名前だね〜。でも男だから僕は興味ないよ。巨乳お姉さんだったら興味はあったんだけどな〜」
「いるぞ。お姉さんではないがそんな感じの巨乳の人が」
頭を掻きながら真顔で答えると実の目が変わった。
「ほんと?ならこの研究所に入れてよ〜。僕ら他の人が消えて戸惑ってるんですから〜」
実が言うとまったく危機感がないのだがその恐ろしさはここにいる玄馬ならわかるだろう。
「消えているんじゃない。お前たちがここに来たんだ」
「それってどういうことですか?」
この世界に疑問が尽きない千景はその意味深な言葉に食いついた。実は相変わらず女性のことしか頭にないようで今は巨乳お姉さんに会えるとワクワクした表情で待っていた。
「立ち話もなんだ。中に入れ。続きはそこからだ」
白衣のポケットに手を突っ込んで知的はポーズをとりながら研究所の中に案内されることになった。
一人は不純な動機で。
「凄いですね。ここ」
中に入ると外装とは打って変わって複雑なものが沢山あって目を見張った。
「これぐらいの設備がないと調べたいものも調べられないからな」
「この人がいない世界のことですか?」
研究所に入る前にそんなことを言っていた。消えたのではないと。
「まずお前たちにはこの世界のことを教えてやろう。その権利がある者だからな」
「権利……ですか?」
「そうだ。まずここはお前たちのいた世界ではない。これがお前たちの世界だ。あまり周りを見ていなかったようだから違いは人がいないという程度しか分かっていないだろ」
何かのボタンを押すと画面に実たちが路地裏に入る前に歩いていた道だ。いつものように人が多く行き交っている。
「これは俺たちがいた世界の様子を知る為のものだ。どうだ?違いがわかったか」
「いえ……ですけど何か雰囲気がちょっと違うかな〜と思いますね」
なんだかこちらの方が全体的に暗い感じだ。人がいないからという理由もあるがそれ以上に奇妙なものがある。
「それだけ理解出来ていればいい。それで単刀直入なんだがこの画面の世界は繰り返されている」
「繰り返されてる?それは一体……」
「言葉のままだ。四月一日が永遠と繰り返されている。お前たちがここに来れたのはそれに気づいたからだ。詳しい理由はわからんがこの世界の住民が起こしたものだということだけはわかった」
「住民というとここに人が住んでいるんですね」
二人が出会わなかったのは偶々だったのだとホッとしたと同時に何故その住民たちがそんなことをしたのかという疑問が溢れて来た。
「人の形をしているがあれは化け物だ。恐ろしい力を使って俺たちを消そうとしている。俺たちはそれらをアラルと呼んでいる」
「そんな……理由はなんなんですか!」
勝手な事ばかりしてさらに消しかけてくるなんて横暴以外のなにものでもない。
「本人に聞いてくれ。分かっていないことの方が多いんだからな」
だからこそ調べるのだと機材を触り出した。
「しかし、悪いことばかりではない。新たな力を得ることが出来たからな」
「そんなことより私たちはここから帰りたいんですよ。あなたならそれぐらい出来るんじゃないんですか?」
そんな淡い期待をしたがこの世界のことがよく分かっていないのに元の世界に戻すことは不可能だ。
「無理だ。情報も設備も何もかも揃っていない。諦めて俺たちの力になってくれないか?戦闘員が少なくて困っていたところなだ」
手を出してサングラス越しに見つめてくるその雰囲気はただの研究者が出せるものではなかった。
「少し考えさせてください」
ここは慎重にいかないと思い、「巨乳お姉さんどこ〜?」と片足立ちでグルングルン回って周囲に目的の人はいないかと探している変態男の元へと向かった。
「先輩。そろそろ真面目になってくれませんか。生徒会長として活動してる時みたいなやつを」
「真面目に?千景ちゃん、僕はいつでも真剣でガチなんだよ」
やはり彼の言葉には説得力がない。いつもの姿を見てしまっているからだろう。
「真剣とガチは同じ意味ですよ。それよりもさっきの話を聞いていましたか?」
「さっきの話?もしかして千景ちゃんの胸が大きくなったことかな?」
ニッコリと笑いながら首を斜めに傾げた。
「な、な、何で知ってるんですか!」
顔を赤くしてバッと両手で胸を隠すが実の顔はパァーと明るくなった。
「やっとデレが出た……。これが真のツンデレだよ。もう僕が教えるのとはない」
肩を強く掴んで顔を近づけるが千景の強烈な蹴りが股間にクリーンヒットして、顔を真っ青にしてがくりと膝をついて崩れ落ちていった。
「うが……我が一生でやり残したことは女の子の膝裏をぺろぺろすることと、膝枕ならぬおっぱい枕してほしい、それと本物のお尻をマウスパッドにしたかった……がくり」
自分で擬音を言いながらもゆっくりと目を閉じた。
「かなりかっこ悪い最後ですね。それよりもそろそろ私の話を聞いてくれません?」
「ここは心配してくれる所じゃないの〜。何処かの拳王みたいな死に方だったのに」
「本当に殺しますよ。早く立って!」
「は、はい!すいません」
怒りがマックスになって怒鳴り声を上げる彼女は実には教官に見えて、腹をを抱えていたのにすぐ立ち上がって背筋を伸ばして手は横でピシッと揃えた。
「最初からそうしてくれれば良かったんですよ。それで実際のところはどこまで聞いてたんですか?」
「そ、そんな。僕はただ巨乳のお姉さんを探してただけでエイプリルフールが繰り返されていたとか、モジャモジャ博士から仲間に誘われたなんて知らないよ〜」
「なんですかその漫画みたいなあざとさは」
しかし説明をする手間が省けた。あんな複雑なことを説明できる自信がなかったので良かったといえば良かった。
「それでどうします?買い出しに来たつもりが妙なことに巻き込まれてしまったようですけど」
もはや関わりを持ってしまったが出来ることなら記憶を消してでも元の生活に戻りたい。
「巻き込まれたならとことん巻き込まれようよ。モジャモジャ博士は帰る方法がわからないって言ってるんだからそれがわかるまではさ」
研究者が分からないことがただの高校生に分かるわけもない。
「う〜、そうですね。あの人は信用なりませんが仕方ないので勧誘を受けるとしましょう」
こうして二人は早乙女研究所にお世話になることになった。
「そういえば私たち以外にも気づいた人はいるんですか?」
「いる。お前たちは千百九十一人目と千百九十二人目だ。日本だけでない。世界の中でだ」
ならばかなり気づいた人は少ない。
「ループを抜け出すのに何か条件とかあったりするの?モジャモジャ博士」
「モジャ!……、それも分かっていない。いろんな人がいる。この日本にいるのは俺たちを含めて三十八人。その内のほとんどここの研究所でサポート役をしていて戦闘員はお前たちを合わせて六人だ」
つまり日本でループから抜け出してこの世界に来た人たちは皆この研究所にいたから人一人見つけられなかったのだ。
「その中に巨乳お姉さんがいるんだね!」
「そうだ。今暇なのはあいつぐらいしかいないからな。俺はこれからやることがあるからそいつに任せることにする」
白衣のポケットから手を出して一つの部屋を開けるとそこは体育館ぐらいの大きさのスペースがあった。
照明はしっかりついていて真ん中に女性が立っているのが確認できた。
「あれは天門 咲。俺とは違って戦闘員の一人だ」
それだけ言い残すと「俺は仕事があるから」と出て行きこの空間には三人だけのものになった。
どうしよう話掛けにくいな〜。
千景が一人見知りだからということもあったが天門という人の放つオーラから近づけないでいると隣で大人しくしていた変態が忽然と姿を消していた。
「どうもパーヴジェントルマンの篠春 実です。お会い出来て光栄ですお姉様」
予想通り天門の目の前にいた実は膝をついて姫と会話しているかとツッコミたくなる格好だが千景でも少し理解できた。
腰まで伸びているウェーブがかかったピンク色の髪に人を穏やかにするその笑顔。透き通った白い肌にスタイルの良さ。
彼女の容姿は何処かの貴族ですか?と伺いたくなるほど美しいからだ。
「あら。これは可愛らしいジェントルマンね。初めまして、私は天門 咲。好きな風に呼んでくれてもいいわよ。ハルルン♪」
多分、篠春の春を抜き取って名付けたのだろうが実は簡単にそれを受け入れた。
「なら、咲お姉様と呼ばせていただきます」
膝をついた状態で有り難き幸せといった感じで頭を伏した。
「変態紳士ですけどね」
「え?ハルルンって変態さんなの?」
「自分で言ってましたよ。パーヴジェントルマンって。なんかかっこ良く聞こえますがパーヴは変態という意味です」
前にも同じことをしていた実を見てパーヴってなんだろう?と思ったので調べてみたら変態という単語が出てきたのでその時は「騙された!」と机をバンッと叩いたことがあるので忘れられない。
「え〜と、ゲンゲンから聞いたんだけどあなた達が今日ここに来たループから抜け出した人でしょ〜」
「あれ?私の話聞いてました私の先輩は変態なんですよ」
後輩に「お兄さんと呼びさい!」と言ってきたり、いきなり妹の良さを熱弁したりする人だ。これが変態でないなら世界中を探しても変態は数える程度しかいないことになる。
「変態か変態じゃないかは私が決めるのでいいんですよ。それにハルルンは昔飼ってたワンちゃんみたいで可愛いから許せちゃいそうだな〜」
「心が広いんですね。天門さんは」
こんな人が天使と呼ばれるんだろう。
「そんなことないよ〜。ただ私は人にはそれぞれあることを知ってるだけだよチカルン」
「流石は咲お姉様!チカルンも見習わなきゃね」
「チカルンって呼ばないてください。なんだか寒気がしますから」
もはや天門の手下状態にあり、漫画とかに出てくるガキ大将の後ろでわーきゃー言ってる金持ちのキャラみたいだ。
「ハルルン。様はやめてよ〜。なんか他人行儀で私は嫌いなんだよね〜プンプン」
え〜〜〜〜〜!この人プンプンとか言っちゃてるよ〜〜〜〜と千景の心の中はざわめき始めたが実は動じないどころか喜んでいるように見えた。
「天然だ。巨乳プラス姉プラス天然だよ千景ちゃん。何これ?僕を悩殺する気なの」
「ちょっと黙っててくださいよ。誰も先輩の意見なんて聞いてないんですから」
「でもさ、でもさ、でもさ!初めて見たよこんな最強コンボ」
「さっきまで妹がどうとか言ってませんでしたっけ?」
妹のことを熱弁していたくせに今度は姉にチェンジするなんてこの人は結婚したら絶対に浮気するなと冷ややかな目で見つめてやる。
「分かってないなー。僕は姉も妹もいいんだよ。シスコンは妹だけじゃないんだよ」
シスターは姉、妹の両方を示しますと手のひらを上に広げて自分は悪くないと主張するがただの言い訳でしかない。
「はいはい。それで天門さんはこんな最低変態男はほっといて私たち二人で話しましょう」
はっきり言うとこの人がいると話がまったく進まない。
「そんな〜、ハルルンが可哀想だよ〜」
「いいんですよ。この人はどこまでも突き上がって来ますから無視するのが一番なんですよ」
それが中学から高校までで学んだことの一つだ。
「でも〜、チカルン結構ハルルンの話に反応してたよね〜。それって無視出来てないんじゃないの〜」
「う!それは……」
「天然はたまに鋭い。だか君には妹属性とツンデレ属性がある。勝機がないわけじゃない」
腕を組んでバトル漫画の解説役みたく振舞っているが雰囲気があっていない。
「ツンデレじゃありません!」
「またまた〜、そんなこと言っちゃって〜“私の先輩”とか言ってくせに。あれは何なのかな〜?」
天門にこの人は変態ですよと説明しようとした時、千景は確かに私の先輩と無意識で言っていた。
「べ、別に変な意味なんてないです!た、ただ先輩は変態だと伝えたかっただけなんです!」
耳まで真っ赤にして必死に叫ぶ姿はツンデレの鑑であったがそれを指摘すると拳が飛んできそうな勢いだったのでやめておいた。
「は〜い。二人ともケンカはやめてね〜。じゃあ予定通り説明始めるから席についてね〜」
何故か先生口調だがここに椅子などはないので正座で我慢することにした。