果たし状
「主。あ〜んだ」
「え〜、恥ずかしいな〜」
「遠慮しなくてもいい」
「なら、お言葉に甘えて。あ〜ん」
「朝っぱらから何をしてるんですか先輩」
食堂に着いて見た光景はリブルが魚の身をほぐしたものを箸で実の口まで運んでいるというものだった。
「何って朝ごはん食べてるんだよ。あ!そうか千景ちゃんの家はいつもパンだったから朝に和食っていうのは珍しいか」
実の前には魚だけでなく、ご飯、味噌汁、海苔といったザ・和食というものが揃っていた。
こんなものまであるなんて力の入れるところが違うのではとこの研究所の今後が不安だ。
「そうではありません。というか何で私の家の事情を知っているんですか」
「え?窓から覗いただけだよ」
「サラッと自分の犯罪行為を言わないでください。聞いたこっちが驚いてしまいます」
訴えようにも警察なんていなし、この男が本当に覗いた証拠がないということが悔しい。
「イヤイヤ。自分の妹が朝何を食べているのか?パンツの色が何色かを確かめるなんて兄として当たり前でしょ」
ぽかんと不思議そうな顔をして千景の顔を覗き込む。
「それは兄であってもなくても犯罪です。早く自首して牢屋にぶち込まれていてください。できれば一生」
そうなれば千景の生活は平和そのものとなる。だがそれもこの世界から抜け出せればの話だが。
「そんな〜。やっぱり僕に冷たくなってるな〜。昔だったらあ〜んぐらいしてくれたはずなのにな〜」
「なら、してあげましょうか?」
「え?本当!」
少し口を開けて待っていると千景ぎ箸で持っていたのは揚げたてのエビフライ。
「ちょっ!朝に揚げ物は胃に優しくないもっと普通なのにして」
なんかテッカテッカしてるし、あの顔は丸ごと入れる顔だ。最悪喉に詰まって死んでしまうかとしれない。
「あ〜んして欲しいって言ったのは先輩じゃないですか?」
「それはそうだけど僕が思ってたのとちょっと違う。僕は新婚ホヤホヤの感じを味わいたかったのにこれじゃあヤンデレ少女から殺されかける体験になってるよ」
目は闇なんかは帯びていてエビフライは凶器にしか見えなくなっていた。
「無月・烈桜」
すると黙ってはいられないとリブルが刀を引き抜きエビフライを四頭分にした。
「何をするんですリブルさん」
「今の私は主を守るために存在している。そよ命を狙うものはたとえ妹であろうが見過ごすわけにはいけません」
睨み合う両者。そんな時に食堂を訪れたのはお腹を空かせた祐だ。
「うわっ!何この空気。ボクなんかまずい時に来ちゃった?」
一言で表すと修羅場。
「気にするな。ただの喧嘩だ」
その修羅場の隣の席で朝だというのにソバをすすっている仁がいた。
「仁さん。ボクもご一緒していいですか?」
もちろんソバではなく、パンで。
「ああ、好きにしろ」
「ありがとうございます。それにしても仁さんはリブルさんのことどう思ってるんですか?流れで仲間になることになりましたが、一度戦ってますし……」
言いにくいが負けてしまった相手だ。なんとも思わないわけがない。それに彼女は人間ではない。
「頼もしいと思ってるよ。俺はアラルでも人間でも強くて役に立つ奴なら女だろうと構わないと思ってる。まあ、あの男よりは役に立ってくれるだろうな」
遠回しに役に立たないと言われた男は二人をなだめている。
「ですよね。良かった〜。ボクは誰か反対してくる人がいるんじゃないかと思ってヒヤヒヤしてたんですよ」
ホッと安堵の息を吐いて肩をなでおろす。
「そんな奴なんていねーよ。俺たちは藁にすがってでもこの状況を打破しなきゃいけねーんだ。研究員は逆に喜んでたぜ」
協力的なアラルならいろんな事を教えてくれるだろうし、ちょっと細胞を貰ってそれで研究ができる。
「でも、リブルさんのこと他の国に話したりしたんですか?」
「してるわけねーだろ。玄馬の独断だ」
「そ、それって条約違反なんじゃ……」
「どんな情報でも包み隠さず他国に伝えるっていう条約か?確かにそうだな」
この条約は全ての国が同意しているこの世界の人間においては絶対的な条約だ。
「そ、そんな〜。なんでそんなことするですか〜」
最悪目をつけられるだけでは済まない。
「なんでってお前、言ったら絶対反対されるに決まってるだろ。中にはアラルに家族をやられて駆逐してやるとかほざいてる奴もいるからな」
最後の方はまあ、放っておくとして恨んでいる者が多いのは確かだ。しかし、そんな人はここにはいない。全員そういった感情的問題は玄馬が解決してきたからだ。
だからこそリブルを受け入れられることができたのは玄馬のおかげと言っても過言ではない。
「でもいつまで騙せるかな〜」
「さあな。だがこうなったら隠し通すしかないだろ」
今から追い出すわけにもいかない。
「そうですね。頑張るしかないですね〜」
あやふやな結論が出ると実によって修羅場は鎮められていていつもの朝食の時間が戻った。
「わ〜、似合ってるわリブリブ」
更衣室を借りて千景から借りた服から皆と同じ制服に着替えて出てきたリブルはさらにニーソを履いていて実にいい!
「おい、まさかこんなお披露目会をするために俺たちを呼んだんじゃないだろ〜な」
仁は興味なさそうにそっぽを向いて文句を言うが呼び出されたのは戦闘員全員だ。
「違うわよ〜。大事な話があるから呼んだの」
「なら、とっとと話せ。これでも忙しいんだ」
「忙しいってジンジンはいっつも特訓してるか本読んでるだけでしょ〜。ちょっとぐらい我慢してよ〜」
それ以外はソバを食べていることしか見たことがない。生活リズムが出来ているというかなんというかワンパターンだ。
「そんなもんするか。お前の話を聞いてるとイライラするんだよ」
「あ〜、ゲンゲンと同じこと言ってる〜」
「それがムカつくと言っているんだ」
ちょっとからかったつもりなのだが玄馬のことを嫌っている仁にとってはそれはただムカつく原因でしかない。
「咲、あの事を話せ。お前が直接言いたいっていうから集めてやったんだぞ」
隣でその様子を見ていた玄馬も少し苛立っているようだってので仕方なく本題に入ることにした。
「は〜い。あのね、皆をここに集めたのは私のギミックが発動したからなの」
「咲さんのギミック?」
そういえば彼女も戦闘員なのでギミックが使えるはずだ。
「そっか実くんや千景ちゃんとかは見たことないんだったね。実はね咲さんは未来予知ができるの」
のとか言ってるがこれは祐は男だ。口調からして自分でも男だということを忘れているのではと思ってしまうからだ。
「未来予知?何それ日記に未来に起こることが書かれるとか?」
おやおや、この子は何を言っているのやら。そ日記に未来に起こることなんて書かれるなんてあるはずもないのに。
「いや、そうじゃないんだ〜。なんか頭の中にこれから起きることがバァーって流れてくるの」
一応、本人が教えてくれたが要領を得ない例え方で実でも解読できない。
「まあ、未来に起こる事が分かる。ただ大まかなことしか分からなことが難点だ」
助け舟として玄馬が説明してくれた。
「でも、リブルさんが何処に来るかを言い当てたのは咲さんだしボクたちはその力で何度も助けられてきたんだよ」
信じるには値するらしい。純情な彼が言うなら間違いない。
「それでね。つい最近なんだけどいつも私たちが食料を調達しているスーパーに二人のアラルが現れるの」
「おい、手紙が届いてるみたいだぞ」
出口の近くにいた仁が慌てて来た研究員の一人が渡して来た“果たし状”と書かれた一通の手紙を掲げた。
「読んでみてくれ」
面倒だと思ったのか近くにいた祐にそれを渡して渋々受け取った彼はその内容を読み始めた。
「え〜、辻斬りのリブルならびに人間共。俺たちは泣く子も黙る束縛のヴェント、疾風のシェーヌだ。俺たちはお前達に決闘を挑む。場所は東にあるネズミマークのあるスーパー。来るのは何人でも構わないが辻斬りのリブルは必ず来ること。でないとこの街をめちゃくちゃにしてやる……だそうです」
束縛のとか疾風のとかは異名らしい。
それとネズミマークがあるスーパーは監視カメラを壊して回っていたライダーに気づく前に食料調達しようとした場所だ。
「これで咲の予知が正しいことが証明できたな。それにしても何でわざわざこんな手紙を寄越してきたんだ」
「馬鹿なんじゃ〜ないの。そんなことしなくてもこの街にあるスーパーを壊していけばいいのにね〜」
前回の食料調達の作戦を中止してしまったのでもうそろそろ調達にしに行かないとヤバイな〜という状態だったのだ。
「その可能性もなくはないが罠というのが妥当だろ」
「でも行かないわけにはいかないんですよね〜。お米だって少なくなってきたし〜」
これは朝和食の実にとっては大きな問題だ。
「もってあと一週間程度……。最悪のタイミングだな。今日ぐらいには行こうと思ってたんだが」
行くか行かないかで皆が悩んでいるとリブルが手紙受け取り読んでみると気になったことが一つあったのでおもむろに手を上げた。
「あの〜、でもこれっていつにスーパーに来いって書いてないですよ」
「え?」
実は咄嗟にリブルの手にあったそれを奪い取って読み返すと確かに日付等は一切書かれていない。
「は〜、そこは咲に任せることにしよう。問題は誰が行くかだ。食料調達の為に戦うことは避けられない。だからこの二体のアラルと戦う者を決めなくてはいけない。都合がいいことに名前が書かれているんだから好きな方を選んでくれ。もちろんリブルは必ず参加してくれ。何をしてくるか分からんからな」
だが積極的に戦いたい者などおらず、リブルや咲以外は唸っている。
「んじゃ〜、僕がリブルちゃんと一緒に行く」
「そうか。ならそうしてください」
「ま、待ってくださいよ玄馬さん。先輩を女性と二人っきりにしたら何をしたか分からないですよ」
あんなことやそんなこと、実ならやりかねない。
「これは戦いだ。その変態だってそんな暇はないさ。それにリブルはそいつと仲がいいそうだからそっちの方が連携を取りやすいだろ」
「そ、そんな〜」
「まあ、まあ。僕は浮気なんてしないから安心してよ〜」
「違います。私はリブルさんが先輩の毒にやられないか心配なのです」
これで疾風のシェーヌには実、リブル。束縛のヴェントとは祐、千景となり仁は研究所で待機となった。
「手紙届けてきたぞ〜」
「おう、ご苦労さん。すまんなこんな面倒ごと押し付けて」
「いやいいよ。あの手紙書いてくれたからこれくらいはしなきゃね。それよりあいつらビックリしてだぜ」
「そりゃあそうだろうな。俺たちからコンタクトをとれば奴らは後手に回るしかないし、プレッシャーをかけられる」
「さっすが〜。こんな作戦を思いつくなんてほんと流石だよ〜」
「そうだろそうだろ。じゃあ早速準備に取り掛かるぞ。スーパーで辻斬りのリブルと人間たちを迎え撃つんだ」
「お〜!……でもさ本当に来るかな?読んでくれないっていう可能性もなくない」
「その点については大丈夫だ。俺が中身を見たくなるように力強く“果たし状”と書いておいた」
「お〜、これまたさっすが〜。でもさでもさ本当にスーパーなんかで戦うの?なんかごちゃごちゃしててやりにくいと思うんだけどな〜」
「そうじゃない。スーパーは奴らにとっては大事な食料倉庫だ。派手に暴れることはてまきないはずだ。だが俺たちはそんなこと気にしなくていい。いつもみたいに自由にやればいい」
「うっひょ〜!そのまで考えていたとは今までついてきて良かった……」
嬉しすぎて涙が出てそれを袖で拭いた。
「おいおい、オーバーリアクションだな。泣くのは無月を奪って俺たちかこの世界に王になってから泣くんだ。それまでは笑っていよーぜ」
「う、う……。そうだね、そうするよ。まずはリブルを倒すことだけに専念しよう」
「そうだ!その粋だ。それなら早速スーパーでストレッチをしながら待っていよう」
それから真っ直ぐスーパーに向かい、二手に分かれてリブルのその他をストレッチをしながら待つことにした。
しかし彼は手紙に日付や時間を書き忘れいたことに気づかず、その後かなりの時間待ち続けた。
そんな彼らは一言でいうとおバカなのである。