コンプレックス
「まさか待っているとは思いませんでした」
「逃げても意味なしね」
仁の敗北の報告からたった三分後、無傷のリブルの姿が一台と一人の前に現れた。
実際には仁が当てた蹴りのダメージがあるが、打撃による傷は服の下の痣を見てやっとわかるもの。しかし、リブルが羽織ったローブは体だけではなく、顔の肌までも隠していて濃い碧眼だけがその合間から見える程度だ。
「少し気になっていたのですがあなた方は何者です?」
「気になってた?別に僕はつい最近ここに来た新人でこっちはちょっと変わった姿をしたアラルなだけだよ」
「それにしては何だか違和感があやます……が無駄話をする気はありません」
話にあった無月を躊躇なく引き抜くがまずいと思った実が咄嗟に前に出ていた。
「まぁまぁまぁ。落ち着いて落ち着いて。僕たちは戦う為に待ってたんじゃないんだ話し合う為に待ってたんだ」
「話し合う?今更何を」
「何をって……その〜いろいろさ。僕の仲間の〜君が今倒して来たかませ犬くんを殺してないところからして噂とは別人みたいだしね。それなら話し合えば分かるんじゃないかた〜って思ってこうして待ってんだよ」
実際のところはその前からこうしようと思っていたがインカムからの報告で確信に至った。
やはり悪い人じゃないと。
「お互いこれ以上戦わなくて済むならそれでいいでしょ」
まだこちらに被害は出ていない。リブルの方も少し怪我をしたぐらいだ。
「そうしたいのは山々ですが……無月・桐々山」
コンクリートにそれを突き刺すとそこからモコモコと隆起しながら移動して飛び出ると鋭利な黒い物体が現れた。それはクワガタの大アゴ部分の片方が山のように太陽に向かって突き出ているようであった。
「どうやら話す気は無いみたいですね」
斬ったのは無言で集中しながら死角から伸ばしていた人形や人の形になる時に使っていたグニュグニュしたものだ。
これで無月を奪おうとしていたのだが、それは裏目に出てしまった。これではまともに話などは聞いてくれないだろう。
「すまん。失敗してもうたわ」
それは単に実に謝っているだけなのだが、それはライダーの単独行動ではなく了承を得てやったことだという決定的な証拠になった。
「いいんですよ。この世界では騙すことが当たり前ですからね」
刀を少し上げて右斜め下に振ると後ろから妙な金属音が響いた。
「無月・桔梗圧」
黒い蔓のようなものがライダーの体を縛りつけその圧でバラバラにされ、破片が散らばった音だ。
「特にそれらに悪意があったので先にやらせていただきました」
「容赦ないね〜。そこまでして何がしたいんだい?おっと、その前に戦意が無いことを示した方がいいよね」
下手をすれば先ほどのように体をバラバラにしてくる可能性だってある。無月を奪うことを諦めて話し合いで解決するのが一番だ。
そして実は着ている制服を脱ぎ始めた。
「ちょ、ちょっと何をしてるんですか!」
手がスボンにいき、下げそうになるのを大声で止めた。
「え?何って裸になるんですよ」
当たり前じゃないですかと真顔でそう答えてみせたが誰もそんなこと望んでいない。
それに裸になったとしてもギミックがあるから無意味だ。
「いや、別にいいですから。嘘をつかなければそれで」
ここに来る前に溜めていないから話し合いに持ち込もうしたことは分かっている。それにあんな姑息な真似をしたのもいい証拠だ。今の彼には大した蓄えがないということは予想できるのでそれだけ守ってさえくれればいい。
「そう。ならそうする」
スボンから手が離れてホッと安堵する。
「で、では聞きたいことがあるのだが全身ギミックで出来た男を知らないか?」
「全身ギミック?何それどういう状況?」
つまり嘘のエネルギーだけで形成されているということなのだろうか?しかしそんなの見たことも聞いたこともない。
「知らないならいい」
「あ〜、待って待って。玄馬さんなら知ってるかもしれないよ」
戦いの意思がないならライダーの時のように拠点に招いても何ら問題ないし、こちらの知りたい情報を聞き出すチャンスになる。
「本当か?しかしお前は信じれんな。あの無月を奪おうとした奴の仲間だからな……」
バラバラになったライダーの遺体といかバイクの残骸に目をやるとそこから不思議そうな顔をした。
「どうしたの?もしかしてギャルのパンティーでも落ちてた?」
「いや、それはないが。奇妙だと思ったんだ。バイク型のアラルでも死に方は普通の奴と同じだと思ったんだがまだ残ってる」
「アラルの死に方?それってどんなの。僕見たことないからわかんな〜い」
「溶けて消える。ただそれだけ」
ぶりっ娘口調で言うが、そんなボケはなかったようにスルーをして話を続けた。
「ふ〜ん、良くわかんないけど玄馬さんに調べさせれば何か分かると思いますよ」
転がった破片をヒョイとつまみ上げて持ち帰ろうとした時、肩に刃の裏側が乗せられていた。
「ん〜、これってどいうこと?」
斬れないからといって本物の刀なので横にあるだけでめっちゃ怖い。
「まだ信じたわけではありませんから」
「な〜るほど。確かに道理だね。なんたってその大事な大事な刀を奪おうとしたライダーさんの仲間だからね。疑うのも無理はない。けどね、僕を信じてほしいんだリブルちゃん」
「な、何故それを」
「ふふん、僕を舐めてもらっては困るよ。そんなローブごときで隠し通せるとでも?僕はこの世界来て女性を見る目に開花したんだよ」
特に祐と初めて出会った時のあの事件。あそこから初心に戻ってみたのだ。今の実ならばどんな人でも男か女かに見極められる。
「くっ……。しかしそれとこれとは全く関係ない話だ。何でもいいからそれを誰かに調べさせるんだ。でないと……」
刀を押し込み、実の肩に激痛を走らせるがそれで叫んでもがいたりすることはなかった。
「そんなのじゃ駄目だよ。殺気がこもって無いから全然痛くない。じゃあこれはお返し」
何事ないように手を叩くとそこから刀、リブルへと黒紫の何かが伝わってローブを引き裂いた。
「なっ!」
全身の肌という肌を隠していたローブが消え去ったが残念なことに下には紫色のタイツを着ていた。
動きやすさを重視した結果なのだろうがブラが無い分より胸が強調されてなんとも言えないというかエロい!
それに海のようなショートの青い髪、目は片方は咄嗟に隠されてしまったが澄んでいて髪と同じような色で吸い込まれてしまいそうだ。
「ほほう、これは千景ちゃんと同等、いやそれ以上か。僕の予想を超えてくるとは」
「醜いだろ。私なんて殺しの為につくられた体だ。普通の女性のように柔らかくはない」
いや、胸は柔らかそうですけどね。
しかし、他の部分は彼女の言うとおりで腹筋なんか見事に割れていて腕の筋肉もなかなかのものだ。実の通っていた運動部にもこんな女の子はいなかった。これに匹敵するのはオリンピックに出ているアスリートとぐらいだ。
「女性の良さは一つじゃないんだよ。引き締まった体もそれはそらで魅力的なんだ。だから自信を持っていいんだよ。女の子が醜いだなんて言葉を使っちゃあ〜いけないよ」
ダイエットをする時は自分を醜いと言ってなんとか続けようとしている人もいるらしいが、実にとってそれは嘆かわしいことなのだ。
自分で自分を否定することほど悲しいことはないだろうし、何より女の人が汚い言葉を使ってはいけないと思っている。
「ならこれを見てもそう言えるか」
何を思ったのか怒り気味に隠していた片方の目を見せる。
「これは……」
目には刃物で斬られたような深い傷があった。失明していないのが不思議なぐらいだ。
「私がまだ未熟だった頃につけられた傷だ。回復系の力を持つ奴を何人かあたったが完全に治すことはできなかった」
顔までローブを被っていたのはこの傷を隠す為だったらしい。下は無月を隠す為とバランスの為だろう。
「女の子にとって顔に傷があるのは問題だよね」
男でもこんなに深い傷だと気になって仕方ないだろう。そんな傷が女の子にしかもこんな高校生か大学生ぐらいの可愛子ちゃんだ。
傷つけたやつ許すまじ。
彼女を苦しませる原因をつくった者に怒りを向けるがそれが誰かわならない以上ただ虚しいだけに終わる。
「これで分かっただろ。私は醜い女だ。こんな顔を見せるだけで相手が不快になってしまう」
再び深い傷のある目の部分を手で覆った。
その時の顔はとても悲しそうで寂しそうでもあった。
「実はね。僕が妹のように可愛がっている後輩も昔は君のようにコンプレックスを抱えていたよ」
いきなり話を切り出した実に驚きながらも自分に言いたい事があるのだと察したリブルはそのまま立ち止まり耳傾けた。
「初めて出会ったのは中学三年生の頃かな?たまたま廊下ですれ違ったんだ。とても可愛くても妹系で僕のタイプだったんだけど一つ残念なことがあったんだ」
タイプといっても実のストライクゾーンは北海道の大地より広いので深い意味はこもっていない。
「残念?私みたいに何か問題があったということですか」
もう見られてしまっただからと目を露わにしながら聞くと実は低い声で唸った。
「ん〜、リブルちゃんほどじゃないんだけどね。いっつもマスクで口元を隠していたんだよ。それが気になって気になった僕はちょっとコネでそのこのクラスとか趣味とかスリーサイズとかを教えてもらったんだ」
そこでリブルに視線を向けてツッコミ待ちだと主張してくるがそんなことしたことない。
「最後の方は聞かなかったことにしますから続けてください」
自分には無理だと受け流すとチェ〜と不機嫌そうな顔をして口をとがせながらも話を勧めてくれた。
「僕はそれから何回も妹。じゃなくて妹のように可愛がっている後輩に会ってその真相を確かめるか問いただしたんだ」
「マスクの下に何があるか……」
自分もローブの下に傷を隠していたように何かを隠しているだと話の流れで大体想像できた。
「彼女のスリーサイズを!」
「そこですか!」
不意をつかれてついツッコミんでしまい、口を手で抑えるが既に遅く実がニラニラしながらこちらを見つめてきている。
「ふふん、ちゃんとツッコミできるじゃん」
先ほどつっこまなかっのが嫌だったのか憎たらしいほどの笑顔でそう言ってくる。
「そ、そんなことより続きを」
「ん〜、何処まで話したっけな?そうそう千景ちゃん……妹のように可愛がっている後輩に何回も尋ねんたんだよ。なんでいつもマスクをつけているのって」
妹は必要なのかと思いつつ真面目に話を聞くリブル。
確かにいつもマスクつけている人などいない。他の誰か見てもおかしいと思うだろう。
「まあ、二百三十回目ぐらいに教えてくれたよ」
長いですねと言いたくなるほど途方もない数だが言ったらまた気持ち悪いほどの笑顔が返ってくるのは容易に想像できるので口を噤んだ。
「理由は簡単。千景ちゃんは自分の歯が嫌いだったんだよ」
「歯……ですか?」
確かにマスクの下には口しかないが歯を気にするなんて珍しい。
「そう。千景ちゃんの歯は昔から尖ってたみいなんだ。それでワンコっていうあだ名をつけられたりしたらしいけどそれだけじゃあ終わらなかったらしいんだ」
「終わらない?そこから何があったんです」
「………」
あの事を言おうかどうか少し悩んでいると後ろから何かが動いた雰囲気があった。
「!何かいた」
「いいよいいよ。追いかけて罠だったら洒落になれないでしょ。それに僕らには監視カメラがある。僕らの拠点に来てそれで探した方が懸命だと思うよ」
「……わかりました。しかし無月は絶対に離しませんからそのつもりで」
「いいよ。でもね続きは教えれないけど一つだけ。コンプレックスは強さに変えらるんだよ。千景ちゃんも僕の前ではマスクを外せるようになったんだ。まあ、他の人がいると駄目みたいだけどいつか外せるようになると僕は信じてるんだ」
「何が言いたいかサッパリです」
はっきり言ってコンプレックスだとか考えたことがない。ただ自分が醜く、誰にもこの傷を見せないようにしてきただけ。
「そうだね〜。分かり易く言うと悩むよりそれを超える道を探した方が楽なんだよ」
それは彼女を否定する言葉でもあったが本人は何故か納得してしまった。
「なるほど。だから毎日が疲れるんだ」