にゃにまる・うぉー
「!! そこにいたのかっ!」
ようやく視認出来た相手に向かって砂を踏み散らしながら駆け寄ると、奴は馬鹿にしたように瞬き、やれやれというように口を開いた。
「何の用だ? オレはお前と違って忙しいんだがな」
「なんの・・・だと!? 貴様ぬけぬけと・・・っ!!」
小馬鹿にしたような口調にカッとなったが、すぐに相手の足元にある物に気付き、息を呑んだ。
「貴、様・・・ソレ・・・っ」
「ああ、コレか? ・・・・・・お前なら、わかるよなあ?」
「細菌兵器・・・っ!」
黒みを帯びた緑色、と見た目からしてすでにヤバそうな物体を得意そうに見せる相手に、一瞬呆けた後、さらに警戒を強める。
やはり、コイツだった!
自分の感は当たったのだ。
「・・・・・・それを、どうするつもりだ」
「わかりきった事だろう? アイツだっ アイツにブッカケてやるんだよ!
もう失敗はしないっ!! オレは子供達に必ず復讐すると誓ったんだっ!!!」
「そんなこと・・・っ」
口の端から滲み出る怒りの一瞬気おされてしまったが、すぐに表情を引き締めた。
気持ちはわかる。でもコレは今、オレ様にしか出来ない事なんだ・・・!!
「そんな事、オレ様がさせやしないっ!」
きっぱりと言い切ると奴は一瞬びっくりしたように目を開き、すぐにまた底意地の悪そうな笑みを浮かべた。
「お前に? できる訳ないだろ、お前程度の奴が」
「できないかどうかは―――やってみねーとわからねーだろ!?」
言い放つと同時に足に力を込め、一気に突っ込むが、相手も読んでいたのだろう、その細く硬い足を振り上げた、瞬間、砂が舞う。
奴が起こした砂吹雪に視界を取られ、足運びが乱れる。その僅かな隙に相手は生物兵器を持ったままオレ様の後ろへと移動していた。
「く・・・っ!」
「ハッ だから無理だって言っただろ? オレとお前とじゃスペックが違いすぎる」
手で砂の入った視界を庇うオレ様に、悠然と胸を張る奴。その嘲弄する声音を聞きながら相手に気付かれないように左足を引き絞る。
奴の武器がその身の軽さと知恵ならば、オレ様の武器は接近戦に特化したハイスペックな筋力と動体神経。油断している今こそ、まさにチャンス――!
「 こ こ だああああぁぁぁぁぁあっっ!!!」
「な・・・っ!?」
渾身の叫びと共に体を捻りながら背後に跳躍、一気に距離と縮めるオレ様の耳に、奴が知らず漏らしてしまった驚愕の声が聞こえた。
慌てて背後に飛びずさろうとする前に奴の体に手が届―――
こな、クソぉおおおおおおおおおおおっ!!
意地で伸ばした刃が、相手の羽衣を掠る。よく手入れされている綺麗な黒い破片が刻まれた衝撃で宙を舞った。
「き、さま・・・っ!!!」
怒りというよりは驚愕に彩られた声色が奴から漏れた。あそこまでなめていた相手にまさか傷つけられるとは思ってもみなかったのだろう。その表情に胸がスッとした。
「へへっ」
オレ様は即座に体制を立て直して、音も立てずに地に降り立つ。その足元には奴が用意した細菌兵器。
「コイツは貰ったぜ」
得意満面、笑顔で言い切ってやると奴は一瞬苦々しい顔をしたが、すぐに気持ちを切り替えたのかまたふてぶてしい面構えへと戻る。
「勝手にしろ。だが、オレはすぐ新しい兵器を用意するぞ」
「上等だ。その時はまたこのオレ様が邪魔してやるよ」
「・・・ふんっ」
その返答を奴がどう思ったのかわからないが、奴は黒い裾を翻し、青空の下、何処へか去っていった。
「へっ どんなもんだっ! オレ様の勝ち~」
その姿を見送り、上機嫌に笑って足元に目をやる。後はこの兵器を片付けるだけだ。
だがソレにもオレ様は心当たりがある。
「・・・・・・ハァ~、これ、運ぶか・・・」
嫌は嫌だが仕方ない。しかるべきところに捨てるため思い切って細菌兵器を持ち上げる。間近で感じる臭気に放してしまいそうになる。
いや、駄目だっ オレ様がいながらこんなものを放っておく訳にはいかんっ! ヒーローだからなっ!!
自分に言い聞かせるようにグッと我慢して、細菌兵器を壊さないように優しく扱う。
・・・うっ・・・す、少し体に入った・・・っ!
――――即効で取り落としそうになったが。
そんなこんなで、多少の犠牲を払いながらなんとか無事に捨て去り、一心地着いた。家路への道を歩きながら背後の大きな鉄の網を振り返る。あの囲い込まれ、周囲から切り離された場所に捨てれば問題ない。そこに運び込むまでの間に多少の被害を受けたが、オレ様がどうこうなるレベルではなかった。さすがオレ様。
最初のように身だしなみを整えたかっこいいオレ様ではないが、コレも名誉の負傷と思えば心も軽い。
未然に被害を防げたことに心躍らせながら弾む足取りで家まで走る。今日のことを知れば家で待ってるあいつもオレ様を褒め称えるだろう。
「オレ様到着~!!」
気分よく大声をあげながら家に入ると、部屋の隅で机に向かっていたあいつが振り向き、一瞬目を見開いた後駆け寄ってきた。オレ様の格好に驚いたのか眉根を寄せてオレ様の全身に視線を走らせる。
おいおい、そんなに心配しなくったってオレ様は無事だぜ?
心配性なその仕草に思わず笑みがこぼれる。
と、次の瞬間。
『コラ! にゃに丸っ!! お前なんて格好で部屋に入ってくるんだよ!? 部屋が汚れるだろ?!』
あいつはいきなり叫び、オレ様をむんずと抱えあげた後、窓から外に手を出して体の砂を叩き始めた。
「いたいイタイ痛いコウスケっ!!」
その力に思わず非難の声を声を上げると、ようやく満足したのか手を止めたコウスケが再びオレ様の顔を覗き込む。
『うわっ にゃに丸、お前、口の周りなにつけてんだ? なんかベトベト――ってコレ腐った柿の実じゃんっ!! お前何喰ってきたんだよっ!?』
失礼なっ! オレ様があんな細菌兵器を食するような馬鹿に見えるのか!?
オレ様の口元を指でぬぐったコウスケのあまりに失礼な物言いに、少しカチンときた。それでも、うわっ胃薬っ、いやその前にまずはお風呂だ!、と騒ぐコウスケの腕の中でおとなしくしておいてやる。
コイツの物言いはオレ様を心配してる態度の裏返しだからな。
そう思うと腹立たしさも消えるというものだ。
――――そう、たとえいきなりお湯を張った洗面器の中に放り込まれようとな・・・っ!
・・・・・・まったく。風呂など嫌いだ。嫌いだが―――
仕方ない。ヒーローなオレ様は今日もこいつに付き合ってやるか。
オレ様大人だからな、とオレ様は泡まみれになりながら今日も天井に向かって嘯いてみる。
*****
一通り洗い終わった黒猫をバスタオルで拭きながら幸助は大きく溜息を吐いた。勉強中にいきなり窓から汚れた格好で入ってきたせいで学校の宿題も途中で放り出したまま。今着ている服など一部が濡れてまだら模様を描いている。
「まったく、にゃに丸ぅ~ なんて事すんだよ」
おかげで解きかけの算数は答えを逃し、後で部屋の掃除というものが残った。砂や柿の汁が落ちたあの部屋には掃除機と雑巾がけが必要だろう。ベッドの上に飛び乗らなかっただけまだいいけど。
「・・・そういえば、向かいの佐藤さん。鴉の巣を叩き落してからしょっちゅうゴミを車とか玄関とかに放り込まれて片付けるのが大変とか言ってたな。それに比べるとまだマシなのかな?」
にゃんっ!
白いタオルの間からふかふかの顔を出し、何故か得意げな鳴き声で同意したにゃに丸に脱力してしまう。
お前のせいだよ、わかってんのか? と呟きながら、部屋へと移動するため幸助はバスタオルごとにゃに丸を抱き上げた。
風呂に入ってるとき唐突に思いついて、忘れないうちにダカダカダカッと勢いで書いてみた。
ちなみに、バトルの場所は近所の公園の砂場。バトル相手は人ん家の庭に作った巣を破壊されて怒り狂っている鴉です。
生物兵器 → 腐ってカビの生えた柿の実
黒い羽衣 → 黒い羽
砂吹雪 → 鴉が蹴ってとんだ砂場の砂
鉄の網に囲まれた場所 → 公園のゴミ箱
とかだったり。