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想いの塊  作者: 一筆
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 村崎黎美子むらさきれみこは、私の同級生だ。同じ学科で、同じ講義をとっている、どこにでもいる同級生だった。だけれど、同じサークルに偶然所属し、仲良くなった。一年留年して入学した私のことを、彼女はさん付けで呼んだ。同級生なんだからやめてと言ったが、「ごめんなさい、ルミエさん」と真剣な顔をして謝るのだ。まあ、今の時期だけだろうと思い、やがて指摘することはやめた。

 もともと恒常的に飲み会を開くサークルであった。橋を渡った先にある酒屋の、さらに先までいったところにある居酒屋でいつも飲む。入会から半年ほど経ってから開かれた飲み会のときだ。私は頑固としてお酒を飲まなかった。それまでも飲んだことはなかった。もちろんまだ自分自身の体質には気づいていなかったので、ただただ飲む気になれなかっただけなのだ。だが、黎美子は飲んでいた。というか、飲んでいないのは私だけのようなものであった。

 もともと、入りたくて入ったサークルではなかった。構内に落ちていた勧誘のチラシの中で、そのサークルのチラシだけが、なぜか地面を這いつくばっている光景をよく見かけただけなのだ。それで、なんとなく入ってみたのだ。だから、先輩たちとは話が合わず、みんなが二次会へいく中、一人さっさと帰って来てしまった。黎美子は私を引き止めてくれたが、勘弁してくれと泣いて謝ったら許してくれた。

 そして黎美子は、翌日川の下流で死体となって発見された。酔って、橋から落ちたらしい。彼女は一九歳になったばかりだった。

「べつに、アルコールが悪だとか言いたいわけじゃないよ? こうして私だって飲んでいるんだし、飲むことによって、見えないものが見えるようになったりもするしね。だけれどね、なんだろう、寂しいのか悲しいのか気持ち悪いのか気味悪いのか、はたまた反吐がでるのか呆気にとられるのか、ともかく、サークルメンバーたちが嫌いなんだ。だから、こうしてね、ボヤ起こして、そこにこの手紙おいといて、黎美子のことを思いだせてやろうと、思ったんだ。良心的でしょう?」

 失くした気持ちをとりもどさせてみせます。そんなキャッチーなフレーズをたずさえて、私はレミコにちょっと提案した。みんなに手紙だしてみない、と。レミコがやっほーいと喜んだので、私は彼女の言葉を代筆した。

「どう。凄く、親友想いだと思わない?」

 そう聞くが、沢渡くんはあいかわらず、怒っている。もはや険しい表情とかではなく、苛立ちと不快感をたたえている。

「つまり田湖さんは、レミコさんを使って心霊現象を起こさせようとでも企んでいるんですか?」

 私はうなずいた。

「親友のためさ」

「間違ってます」と、間断なく彼が怒鳴った。

「趣味が悪いです。それって、レミコさんのことをサークルメンバーたちにオカルトとひっつけて思いださせるってことでしょう? それは、レミコさんに対する冒涜なんじゃないですか? それじゃあ、まるで田湖さんはレミコさんのことを嫌っていたとしか思えません! なんで、親友の名誉を傷つけるようなことをするんですか? もっと、方法ならいくらでもあるでしょう!」

 心の底から、彼は私のことを糾弾していることがわかる。そしてそれは、彼の優しさの裏返しでもあった。

 私なんか、気にかける必要などないのに。どうせ、私はただ見えるだけなのだから、嫌っていたとしか思えませんなんて、私が黎美子のことを親友だと思っていた想いを擁護するような言い方をしなくてもいいのに。方法ならいくらでもあると、可能性を示唆させる必要もないというのに。

 それが、痛いほどわかる。いや、もしかしたら、すべて勘違いなのかもしれない。だけれど、そんなこと確かめようがない。だから私は、私が信じたことを信じる。

 自然と、口の隙間から笑声がもれていた。我ながら、ロマンチックに響いたと思う。

 沢渡くんは図星も虚もつかれたように、おとなしくなった。

「ほんとうに、君はいいやつだ。頼もしいよ」

 私は腕を伸ばして、彼の頭にのせた。しかし、私の手は質感を感じることなく、どこまでも下へ下へと重力にしたがって落ちていった。手は彼の頭から顔をとおって、胸の位置まで来ていた。

「……やっぱり、僕も幽霊だと、気づいていたんですか?」

 沢渡くんの質問に、私は「へへへっ」と応えた。彼に伸ばした手を握り、親指を立てた。

 誰もいないサークル棟で、玄関の開閉音もせずに足音が発生するわけないのだ。あるとしたら、それは幽霊たちだ。私ははじめから、レミコが言っていた、サークル室にいる幽霊に会いに来たのだ。名前は、以前レミコから聞いていたが、忘れてしまっていた。しかし、そんなことはただの細部だ。

「君なら、レミコを任せても大丈夫みたいだ」

 変わりもののくせして愛嬌があって、そのくせ誰にでも優しい。そしてなにより、レミコに対して特に強い想いを、彼は持てるのだ。

「……試しましたね」

「さあ?」

 私はカセットコンロの火を消した。彼は肩を一度大きく上下させてから、ゆっくり立ち上がった。

「今度は、三人で鍋を囲もう」

 私の提案に、沢渡くんは複雑そうに顔をしかめたあと、うなずいて、消えた。


 まだ、アルコールが残っている。部屋へ帰ると、レミコはベッドに座って時計を物憂げに見あげていた。私に気づくと、ネコのようにそっとこちらをうかがってきた。片手を挙げて「ただいま」と言うと、目を細めて頬笑んだ。

 すこし足もとがおぼつかない。靴を脱いで、ベッドへとむかった。レミコの隣に腰かけ、天井を見あげた。

「今日はね、飲み会をしたんだよ」

 私が飲み会に参加したがらないことを、レミコも知っている。私のことを、飛びだしてきた小動物に驚いたような顔で見た。

「サークル室で、飲んできたんだ。ちょっとね、会いたい人がいたんだよ」

 レミコはなにも言わずに、じぃと私のことを見ていた。

「レミコさ、君、ちょっと好みに問題があるかもしれないね」

 なんだか愛らしくて、頬が緩みっぱなしだ。そんな私の言葉と表情に、レミコは戸惑ったように、口もとを硬くした。それがまた、可愛かったりするのだから、しようがない。

 こんな子に好かれるなんて、彼はなんとも運がいいと、皮肉のひとつでもついてやりたくなった。

 でもさ、うん、君が好きな人は、いいやつだったよ。君の名誉を、全身全霊で守ろうとしていたよ。

 ――ルミエ。

 私はちょっと笑って、彼女に触れようとした。手のひらは、ぬくもりをとらえたような気がした。

以上で『想いの塊』は終わりです。最後までお読みいただき、ありがとうございました。

最後に、最年少芥川賞受賞作家綿矢りさ氏に最上の敬意を。


※この作品には、綿矢りさ氏へのオマージュ(ただのパロディかもしれませんが)がこめられています。

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