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想いの塊  作者: 一筆
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※この作品には未成年者の飲酒の場面がございますが、決して未成年者の飲酒を促すものではございません。飲酒は20歳になってからにしましょう。

 サークル室には無音があった。

 いつもは活気にまみれた室内に、今は私ひとりだけがいる。それもそのはずで、今日は創立記念日で大学は休みなのだ。それでも構内には学生の姿がちらほら見えていた。しかし、サークル室には誰もいなかった。いるわけない。私以外のサークルメンバーは、今ごろ飲み会へいっているはずである。

 ……くそぅ。べつに、飲めないわけではないんよ。私だって、その気になればビール瓶の五本や六本はちびちびと消費できるんだ。

 ただ、アルコールはダメなんだ。飲んだら、ダメなんだ。

 自分の体質が悲しすぎる。涙がでてしまう。寂しいわぁ。

 そんな寂しさを紛らわすために、サークル室へ来てみたのだけれど、逆効果だったかもしれない。素直に家へ帰っていればよかった。すくなくとも、家でひとりでならば飲んでもかまわないだろう。だけれど、片道二時間かけて大学へやってきたのに、なにもせずに帰るのは癪にさわる。

 だから私は、サークル室で鍋をすることにした。

 サークル室の備品である鍋をロッカーの中から引っ張りだし、夜桜の下でざばっと洗ってきた。駅から大学までのあいだにある肉屋と八百屋で買い物はすませた。実はアルコールも、別の酒屋で買っている。その酒屋は大学を過ぎた先にある橋を渡った先にある。橋の下には川が流れており、両岸には桜並木が連なっている。

 サークルメンバーは、酒屋よりも先へいったところにあるにある居酒屋で飲んでいるはずだ。あいかわらず迷いもためらいもなく、がばがばと飲んでいるのだろう、と思いつつ一口缶ビールを飲んでみる。

 カセットコンロは他のサークル室から拝借してきた。大丈夫、火はつく。


 鍋が食べごろになったころ、彼はやって来た。

 人の気配などないサークル棟に、突如足音が鳴った。

 足音は鳴る。鼓動が速くなるほど不気味に響く。サークル棟内では火を使うことは禁止されているから、すこしでも気づかれないように、私はコンロの火を切って鍋にフタをした。しかし、足跡はやがて私のいるサークル室の前で鳴り止み、かわってドアノブがひねられた。私はとっさに「きゃっ、着替え中よ」とつぶやいた。

「わっ、ごめんなさい!」と軟弱な声をだして、途中まで開いたドアは閉じていった。

 さて、どうしよう? おそらくサークルメンバーなのだろうけれど、私以外の人たちは全員飲みにいっているはず。だから、ここへやって来るわけがない。だからこそ、私は今ここにいるのだ。ということは、サークル棟の管理者かもしれない。火を使っていることがバレるのは一向にかまわないのだが、できれば私がここを去ったあとにしていただきたい。

 しかし、今聞こえた声はとても若々しかった。むしろへたれていた。友人をつくるのが苦手なのを、僕は独りのほうが気が楽なんですぅなんて言い訳するような、ダメな文系メガネ男子が標準装備していそうな声だった。そんな人間が、大学とはいえ管理を任されるはずがない。任されてたまるか。

 ということは、誰だ?

「あのう、どなたですか?」ととりあえず聞いてみた。するとドア越しに、「ぼ、ぼくは、沢渡さわたりしげるといいます」という声が聞こえてきた。

「いや、べつに名前聞いたわけじゃなくて、あなたは何者?」

 沢渡しげるという名前のサークルメンバーを、私は知らない。いや、聞いたことだけならあるか? 新入生だったらわからなくてもしかたがない。まだ顔と名前が一致していないし、そもそも存在すら知らない子だっている。つまり、沢渡シゲルくんは後者の存在だ。名前に聞き覚えがあっただけ、褒められていいだろう。

「えっと、ここの住人です」

 住人とは。それほどまでにこのサークルが好きなのだろうか? だとしたら、私が知らないのはどういうことだろうか? 

 私はドアを開いた。そこには、やはり陰険でそのくせへたれな感じの男子学生がいた。メガネはかけていなかったことだけが、私の期待を裏切った。ドアが開いたとき、視線を落したまま私のことを見たことは、とりあえずスルーしてあげることにして、こうして顔を見ても、記憶の中から一致する顔と名前は検索されなかった。

「こ、こんばんは、田湖たごさん」とその学生は言った。「えっ、ちょっと待って。なんで君、私の名前知ってるの?」

 気持ち悪い。私はこの子を知らないのに、この子は私のことを知っている。そのあいだの距離は、私側から見たときと彼側から見たときとでは異なって見える。その差が、気味悪い。

「それは……」と言い淀む沢渡くんは、ちらちらとあちらを見たりこちらを見たりと、落ち着かない。

「すこし落ち着きたまえ」

「あっ、は、はい」と彼は深呼吸をひとつした。

「君は、このサークルのメンバー?」

「はい、そうです」

「今日は飲み会だけれど、なんでこんなところにいるの?」

「そうだったんですか? 知らなかったです……。みんな、メイルでやりとりしてるのかな?」

「そうだと思うよ」

「では、田湖さんはなんで、ここに?」

「ちょっと鍋を」

「鍋?」

 沢渡くんは首を伸ばしてサークル室内を覗きこんだ。「ああ、鍋」となにを納得したのか、彼は首を上下に振った。

「君も食べていくかい?」と、私は聞いた。

「いえ、結構です」

「まあ、そう言いなさんな」

「僕、食べれないんです」

「鍋が?」

「はい、鍋が」

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