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7 《18歳・3》

 駆け付けた店長から説教をされて、コンビニを出たのはとっくに十時を回っていた。

 海沿いの国道を、颯介は自転車で走る。ペダルを踏む足が、自分の足ではないかのように重かった。

 ふと左側を見ると、町から流れてきた若者たちが、砂浜で花火を始めていた。そんな光景を横目に見ながら、のろのろと自転車を走らせる颯介の目に、見慣れた背中が映る。

「璃子……」

 自転車を止めた颯介に、璃子が振り返る。璃子は海岸の堤防に腰かけて、海を眺めているようだった。

「なにやってんだよ? こんなところで」

 璃子は静かに微笑んで颯介を見る。少しべたつく潮風が、璃子の長い髪を揺らす。

「……ひとり? 今夜もお母さん留守なのか?」

「あの人はあたしのことなんか、娘と思ってないから」

 頬にかかった髪を、指先で耳にかけながら璃子がつぶやく。

「あたしは汚れた子だから」

 璃子はそう言って自嘲気味に笑う。

 璃子があの男にされていたことを、璃子の母親は全部知っていた。それなのに母親は璃子をかばうどころか、「汚い」と言って罵るのだ。

 璃子の母親が、ちゃんと彼女を守ってくれていれば……璃子はこんな思いまで、しなくてもすんだのに……。

 もどかしくて、でもどうにもならなくて、颯介は自転車のハンドルをぎゅっと握った。

「颯介は、バイト? 今帰りなの?」

 黙ってうなずいて璃子の隣に立つ。黒い海が夜空とつながり、その上にぽっかりと満月が浮かんでいた。

「ここ。小さい頃、よく来たね」

 璃子がひとり言のように話し出す。確かにここは、よく璃子を自転車の後ろに乗せて、遊びに来た海岸だ。

「あたし、あの坂道が好きだった」

 海を見たまま、にこっと微笑む。

「颯介の後ろに乗って、あの坂道を下るのが好きだったの」

 颯介は黙って璃子の横顔を見つめる。月明かりに照らされた璃子の顔は、すごく綺麗だ。もっと近寄って、その肌に触れて、抱きしめたい。そんな衝動を必死に抑える。

「俺……ずっと、金貯めてんだ」

 その代わりにあふれ出たのは、絶対言うつもりもなかった言葉だった。

「高校卒業したら、この町を出ようと思って……」

 璃子がゆっくりと颯介を見る。この胸の音が、璃子に聞こえてしまうのではないかと思うほど、颯介は自分の心臓の動きを感じていた。

「璃子と一緒に、この町を出ようと思って……」

 ふたりの後ろを車がスピードを上げて通り過ぎる。遠くで誰かの打ち上げた花火が、乾いた音を立てて飛び散ってゆく。

 やがて璃子が、小さく颯介に微笑みかけた。

「あたしを……連れていってくれるの?」

「……うん」

「うれしい」

 璃子はそう言って堤防から飛び降りた。そして颯介を残して歩き出す。

「璃子! 待てよ」

 自転車を押しながら追いかける。

「後ろ、乗れば?」

「無理だよ。上り坂だし」

「昔は大丈夫だった」

「昔はね。今は無理」

 璃子の声がどこか寂しげに響く。

「……無理なのよ。そんなの」

 璃子を乗せて走るのも、この町をふたりで出るのも、無理だって言うのか?

 璃子は黙って道路を渡って、坂道を上り始める。颯介もその後を追うように、自転車を引きながら歩く。

 ふたりは何も話さなかった。

 颯介はただぼんやりと、触れることのできない璃子の指先を見つめながら歩いた。

自転車の二人乗りはいけません。

……が、お許しくださいね。

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