3 《15歳・2》
水しぶきが上がる中、颯介はプールサイドに腰かけて、他人事のように眺めていた。
子供のようにはしゃぐ男子生徒、その向こうに水着姿の女子、そして反対側のプールサイドには、制服のまま見学している璃子の姿。
「生理かな?」
突然背中に声がかかる。清四郎だ。
「篠田、生理かな?」
無視して立ち上がろうとした颯介の腕を、清四郎がひっぱる。
「俺、すっげー噂、聞いちゃったんだけど」
清四郎がいつものにやけた顔つきで颯介を見ている。
「あ、でも、颯介は篠田と同じ小学校だから、知ってるかも」
「噂ってなんだよ?」
清四郎はあたりをちらっと見まわしてから、颯介の耳元でささやいた。
「篠田ってさ、子供おろしたことあるらしいぜ?」
心臓がズキンと鳴った気がした。
「しかも相手は、自分の母親の男。小学生の頃から関係持ってたって。すごくね? それって」
清四郎が水着姿の女子を、値踏みするかのように眺めながら言う。
「誰に聞いたんだよ? それ」
「誰って……みんな知ってるよ」
ピーッというホイッスルの音があたりに響いた。体育教師の「集合っ」と言う声が耳に聞こえる。
「けど、ありえるかもな。篠田って、頼めば誰とでも、やらせてくれるらしいぜ?」
颯介が手を伸ばし、歩き始めた清四郎の腕をつかんだ。大きな水音がして、清四郎の体が水の中に沈む。
「颯介! てめえ、なにすんだよ!」
「あ、悪い。手ぇすべった」
水の中から清四郎が怒鳴る。それを見た生徒たちが、おかしそうに笑っている。颯介は振り返らずに真っ直ぐ歩く。
ふと視線を感じて横を向くと、十六メートル向こうのプールサイドで、こちらをじっと見つめている璃子の姿が見えた。
「颯ちゃん、もうあがっていいよ」
最後に出て行った客のテーブルを片づけていた颯介に、奥から年老いた声がかかる。
「こんな雨じゃ、お客も来ないだろうしねぇ」
定食屋の女主人、木村富士子が外を眺めながら言う。
学校帰りに週四日、颯介はこの女の経営する定食屋でアルバイトをしていた。もちろん中学生はバイト禁止なので、学校には内緒で。
「それじゃあ……」
「あ、颯ちゃん。これ今月のお給料。少なくて悪いね」
富士子が割烹着のポケットからしわくちゃな封筒を取り出し、颯介に渡す。
「ありがとうございます」
小さく頭を下げると、富士子は満足そうに微笑んだ。
外は雨が降っていた。傘を持っていなかったのでコンビニの軒先まで走り、さっきもらった封筒の中身を確認する。
時給六百円×一日四時間×十八日分。それを全額、コンビニのATMから自分の口座に入金した。
雨は強くなっていた。レジでビニール傘を買っているサラリーマンを横目に、颯介は雨の中を家に向かって走った。




