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23 《23歳・13》

 お盆休みの最後の日。真帆を海に誘った。

「あらまあ、あんたたち、そんなに仲がよかったかしら?」

 母は不思議そうに言いながら笑って、真帆は、なんで兄貴と海なんか、とぶつぶつ文句を言っている。

「どうせ彼氏いなくて暇なんだろ?」

「お兄ちゃんこそ。けど、仕方ないから付き合ってやるか」

 真帆がそう言って、颯介の前でいたずらっぽく笑った。


 真帆を自転車の後ろに乗せて、坂道を下る。

 穏やかに、美しく、きらきらと輝く海。颯介の背中で、キャーキャー騒いでいる真帆の上を、海鳥が一羽飛んでゆく。

「お兄ちゃん!」

 坂道の途中に咲いている、向日葵の花を通り過ぎた時、真帆が言った。

「ごめんねー! あたし、璃子ちゃんじゃなくて!」

「バーカ! うるせぇよ!」

「取り返しちゃいなよ、璃子ちゃんを! あたし知ってるんだから!」

「……なにをだよ?」

「昔聞いたんだもん、璃子ちゃんに。お兄ちゃんのこと、どう思ってるの? って」

 坂道の終わりでスピードを落とす。国道を渡って堤防沿いに自転車を止める。

「……そしたら、なんて?」

 海に視線を向けたままつぶやく。背中に伝わる真帆の声に、体中の神経を集中させる。

「颯介は……あたしの一番大切な人、って言った」

 潮の香りが鼻につく。大きく深呼吸するように息を吐いた。そうしないと、心臓がどうにかなってしまいそうだったから……。

「絶対颯介には言わないで、って言われたから、ずっと黙ってたんだけど」

 真帆が自転車から降りて颯介の顔をのぞきこむ。

「今さらそんなこと聞いたって……遅いんだよ」

「わかんないよ? そんなの」

 遅いよ……もう。だって璃子のお腹の中には、あいつの子供が……。

 その時颯介の携帯が鳴った。真帆の顔を一瞬見てから、携帯を取り出し画面を開く。

 そこには佐々木加奈の名前が表示されていた。


「……もしもし? 颯ちゃん?」

 電話越しに聞く加奈の声は、力なくかすれていた。

「あの……ごめんなさい。お金のこと……気づいてるよね?」

 加奈と連絡が取れたら、怒鳴りつけてやろうと思っていたけれど、実際はそんな気も失せていた。

「……もういいよ。返してくれれば」

「あのお金……使っちゃったの……」

 隣で真帆が心配そうに見つめている。颯介は真帆に背中を向けた。

「借金があって……昔の男に。返さないと殺すぞって脅されてて……」

 途切れ途切れな加奈の声を聞きながら、本当か嘘かを、頭の中で模索する。

 ――加奈は昔の男ともまだ関係を持っている。

 修一の言った言葉がぼんやりと浮かんでくる。

「それで……まだお金が足りなくて……あたし、颯ちゃんしか頼る人いないの。絶対あとで返すから、もう少しだけ……」

「ふざけんなよ? 二百万も引き出しといて、まだ欲しいっていうのか?」

 ちらりと後ろを振り返る。真帆は聞いているのか、いないのか、堤防にもたれて海を眺めている。

「あの修一って男に頼めよ。金持ちそうだし」

「……会ったの?」

「全部聞いた。どっちが本当なのか、俺にはわからないけど……もうそんなことはどうでもいい。とにかく金とカードを返して欲しい」

 加奈が黙り込み、すすり泣くような音が聞こえてくる。

「……たすけて。颯ちゃん……お願い」

 そんなしおらしいことを言っても駄目だ。また金を巻き上げられて、笑いものにされるだけだ。

「あたし別れたいの。その男とずっと別れたいって思ってたの。だけどそいつ、やくざみたいな男で……あたしの殴られた痕って、本当はそいつにやられたの」

 知るか、そんなこと。警察にでも逃げ込めばいいだろう?

 加奈の泣き声を聞きながら、青く広がる海を見る。たすけて、たすけてとつぶやく声が、璃子の声のようにも聞こえる。

「ごめん。自業自得だね……あたし」

 小さく息を吐いたあと、電話の向こうの加奈に言う。

「……今、どこにいる?」

「颯ちゃん……来てくれるの?」

 場所を聞いて電話を切った。

 お人よしにもほどがある。いや、もしかしたら、自分は救いようのない馬鹿なのかとも思う。

 振り返って真帆に言った。

「真帆。悪いんだけど……今から行くところができて……」

 真帆が睨み付けるような視線を颯介に送る。

「今の電話、加奈さんなの?」

「……ああ」

「加奈さんに会うの?」

「ちょっと、いろいろあって……」

 真帆が右手を握りしめ、颯介の背中を思いきり殴った。

「バカ! そんなんだから、お兄ちゃんはダメなんだよっ!」

 わかってる。きっとまた加奈に騙される。金を取られて逃げられる。

 だけど、さっきの話が嘘だという証拠だって、どこにもない。

 真帆がくるりと後ろを向いて、ふてくされたように歩いていく。颯介は黙って、その背中を見送る。

 たった今、一気に下った坂道が、とてつもなく長い長い上り坂に見えた。

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