10 《18歳・6》
「真帆っ。どこ行ってたんだよ?」
「璃子ちゃんちに……」
「璃子はいたのか?」
「……いなかった」
真帆の声が、か細く震える。その表情にいつもの笑顔はなく、何かにおびえているような顔つきだった。
「……真帆」
颯介は真帆の前にしゃがみ込み、その顔を見上げながら、できる限りの優しい声で言った。
「大丈夫だから、言って? 璃子の家で何があったか」
真帆が唇を震わせながら首を振る。
「この前の男がいたんだろ?」
「……いない」
「何かされたんじゃないのか?」
「……何もされてない」
しゃがみ込む真帆の腕を颯介がつかむ。真帆は膝に顔をうずめ、声にならないような嗚咽を漏らしている。
「真帆っ。何かされたんだろ!」
つい声を上げてしまった颯介の前で、真帆が消えそうな声でつぶやく。
「服を……脱がされて……」
そして糸が切れたように、わあっと泣き崩れた。
「怖い……怖いよ、お兄ちゃん……」
「真帆、大丈夫。大丈夫だから……」
真帆の背中をさすりながら、颯介の胸に、今まで感じたことのないほどの怒りがこみあげてきた。
――殺してやる。
璃子だけじゃなく、真帆にまで手を出したあの男を、絶対殺してやる。
「お兄ちゃん! どこ行くの!」
立ち上がった颯介にしがみつくようにして真帆が言う。
「あの男のところに行く。こんなことされて黙ってられるか!」
「やだよ。行かないで……真帆をひとりにしないでよ……」
真帆の手を振りほどいて、玄関を飛び出した。
「鍵かけとけ!」
「お兄ちゃん!」
階段を駆け下りる颯介の耳に、大きな音が響いた。
ああ、そうか。今夜は花火大会だった。
高台のアパートから、海の上に打ちあがる花火が見える。
そういえば幼い頃、璃子と一緒に花火を見に行った。自転車の後ろに璃子を乗せて、あの坂道を一気に下った。
――颯介の後ろに乗って、あの坂道を下るのが好きだったの。
いつか聞いた璃子の声が、花火の音と共に消えてゆく。
自転車に乗るのももどかしくて、颯介は夜道を、璃子の家に向かって駆け出した。
璃子の家は静まり返っていた。一瞬だけためらった後、颯介は玄関の引き戸を思いきり開いた。
何も持たずに来てしまった自分が、なんとも稚拙に思えたけれど、もうどうにでもなれという心境だった。
「……璃子?」
しかし颯介の目に映ったのは、見慣れた璃子の背中であった。
「颯介……」
璃子がゆっくりと振り返る。その瞬間、颯介は息をのんだ。
璃子の白いワンピースに、赤い染みが飛び散っている。手に持った刃物らしきものから、真っ赤な液体が滴り落ちる。
「来てくれたんだ……うれしい」
璃子が颯介に微笑みかける。その向こうの床に、血まみれでうずくまる男が見える。
颯介はぼんやりと立ち尽くしたまま、ただ璃子の蒼白い顔を見つめていた。