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太陽系の外側  作者: 檀敬
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報告書

 二十六世紀に入って十年ほど、海王星に建設中のISSBが一部分を稼動してからおよそ半年が過ぎた頃だった。SVLA観測網が不思議な電磁波をキャッチした。

「ランナウェイズ、帰還中。ランナウェイズ、帰還中」

 それは、少し前の軍用暗号で送られてきた信号だった。

「それで、発信源は探知出来たのかね?」

 海王星のISSB司令官であるゴールが、オペレータに尋ねた。

「はい。ランナウェイズは現在、いて座方向の太陽からおよそ五十四AUの位置で、毎秒四十五・八九キロメートルの速度で太陽に向って進行中です」

「相分かった」

 ゴールは、大きくうなずきながら答えた。

「帰ってきたのか。人類は皆、君たちのことを……」

 ゴールは大きく溜息をついて、感慨深げに宙を見つめた。

 しばらく考え込んでいたゴールは、ランナウェイズを指し示すモニタ画面に視線を上げてから、ゆっくりと命令を下した。

「深宇宙有人探査船『ランナウェイズ』の受入準備に入る。パイロット・シップは準備が出来次第発進、最大船速でランナウェイズに急行せよ」


 二週間後、四隻のパイロット・シップは「ランナウェイズ」に最接近していた。

「U-ISSB、こちらPSリーダー。PS搭載のワイドレンジレーダーで補足した。間もなく目視で確認できると思う」

 やがて、まるで真っ黒に汚れた濡れ雑巾を絞ったような塊が視界に飛び込んできた。

「これが、宇宙船か? とてもそうは見えない」

「只の真っ黒な岩石のように見えるぞ」

「座標、速度から言って間違いはない、これが『ランナウェイズ』だ」

「どうしたら、どうなったら、こんな風になるんだ?」

「詮索は後だ。とりあえず、コンタクトだ」

「ランナウェイズ、応答せよ。こちらは地球だ。聞こえるか?」

 全ての通信チャンネルと通信回線で呼び掛けを行ったが、まったく反応がなかった。

「乗組員の安否確認を引き続き行いながら、減速作業を開始しよう。それから、U-ISSBに曳航だ」

 四隻のパイロット・シップは、真っ黒な濡れ雑巾の塊と速度を合わせて並走し、ボーディングブリッジで真っ黒な濡れ雑巾の塊に船体を固定した。

「四隻とも固定作業完了、強度試験も終了しました」

「減速作業を開始する。最大加速にて毎秒十キロメートルまでブレーキを掛ける。プラズマバーストエンジン逆噴射開始!」

 ランナウェイズからきしむ音がボーディングブリッジを伝って聞こえてきた。

 減速が終わった四隻のパイロット・シップは、ボーディングブリッジで「ランナウェイズ」を捕捉したままで、海王星ISSBへと曳航していた。

「全くひどい有様だ」

「まず、乗組員の生存は無理だな」

「今だに、呼び掛けているが反応は依然として無しだ」

「この分だと、メディカルカプセルの中でも生存はあやしいぞ」

 パイロット・シップの水先案内人たちは、ランナウェイズを検分した感想を報告し合った。

「この外装のやられ方は異常だ。外装物質が変質している。しかも放射線量がもの凄く高い」

「ボーディングブリッジから回線を接続したいが、放射線がひどくて近寄れないしな」

「幸い、プラズマバーストエンジが停止していて良かったよ」

「プラズマバーストシステムも停止しているみたいだし」

「ただ、船が戻ってきただけか」

「いや、戻ってきただけでも凄いぜ」

「それはそうだ、うん」

「あぁ、そうだ」


「最初に、ランナウェイズに乗り組んだ十八名の乗組員に対して敬意を表します……」

「まず、ランナウェイズに記録されていたデータはほとんど解析できませんでした。僅か十二パーセントのみの解析結果を開示したいと、このように考えております。えー、……」

 このように「ランナウェイズ」が帰還して半年後に行われた調査委員会の報告会は、驚くほど形式的で簡素に進められていった。

 外装が放射線で焼かれたこと、データも放射線の影響で解析できなかったことが簡単に述べられただけだった。

 そして、報告会は三十分ほどで締めくくられようとしていた。

「……という訳で『ランナウェズ』に関する報告は以上です。これにて報告会を終わります」

 それまで黙って聞いていた聴衆の中に、挙手している者がいた。それはオブザーバーで参加していた司令官のゴールだった。

 ゴールは指名される前にスクッと立って重い口を開いた。

「では、ランナウェイズは何も無かった、無駄だったということか?」

 数十ページのペラペラな報告書も、外観とコンピュータのデータだけが調べられ、ロボットで遺体を運び出した程度の調査だけで、船体内部を隈なく調査されていない雰囲気がありありと分かるものだった。

 慌てた報告会のチーフスタッフはシドロモドロだった。

「いえ、そういう訳では……。ただデータの損傷が激しくて十二パーセントほどしか解明できなかったので……」

 ゴールは報告会のチーフスタッフを睨んだ。

「船体は調べたのかね? 全てを調べたという報告書ではないように感じるが?」

 報告書を作成したスタッフの数名はコッソリと逃げ出して、既に会場に居なかった。

 それを見抜いたゴールは机を拳で叩いた。会場にいた誰もが一瞬、ビクッとなった。そして一際大きな声で、だが恫喝することなく静かな口調でゴールは問いただした。

「いいかね、諸君。この『ランナウェイズ』には十八名が乗り組んでいたんだ。彼らに手向けることも無く、こんな薄っぺらな報告書で『無駄だった』と一笑すべきことかね? 私は違うと思うのだが」

 そう言い残すと、ゴールは会場を出て行った。


 二年後に再び『ランナウェイズ』に関する分析報告会が行われた。

 今回は、部品一つ一つに至るまで分解され、丁寧な調査が行われ、その報告書は、優に一万ページを超えていたという。ランナウェイズは、その存在全てが貴重な資料となった。

 外装のほとんどが対消滅の跡で覆われていて、船内の各所にも超高エネルギーの放射線が貫いたこと、その為にデータは破壊され、プラズマバーストシステムとエンジンもオシャカになったこと、遺体に関してもほとんどがミイラ化していたことなど、ランナウェイズを襲った未曾有の悲劇は、想像するに余りあるものがあった。

 しかし、ランナウェイズのクルーが残したものは人類にとって大いなる遺産であった。そして、人類が初めて太陽系の外側に出た証拠でもあった。

 その分厚い報告書の最後のページである一万二千九百六十四ページには、こう書かれていた。

『宇宙はあらゆる可能性に満ちている。しかし、我々は何も知らなかった。数字で言えば、自然数しか知らなかったとの同じだった。虚数、有理数、小数はおろか、マイナスの数さえ知らなかったのだ。それが【太陽系の外側】であった』と。

 最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

 宇宙のことが好きで、日頃からNASAやJAXA、その他の宇宙関連のサイトを調べたりするのですが、太陽系の外側の情報はほとんど分からず仕舞いでした。

 辛うじて僕が分かったらしいことは、IBEXの探査でヘリオポーズにおけるEnergetic Neutral Atom(高エネルギー中性子のことらしいッス)の分布がリボン(帯状)になっていて、それが銀河の磁力線の方向に対して垂直である、ってことくらいかなぁ。

 それで「それじゃあ、何でも有りだな」ってことで、空想(妄想ともデタラメともいう)してみた、というのが発端です。

 ラストシーンは『コスモス・エンド』の「銀のたてがみ」をパクリ気味ですが、とにかく宇宙船を飛ばして帰還させたかったんです、あの『はやぶさ』のように。ある意味で『はやぶさ』に対するオマージュだったりします。

 ハードSF!とか、スペオペ!とかと叫んでいただければ、とても嬉しかったりするのですが、どんなもんでしょうか……。白状すると「N元帥」にちょっぴり傾倒しています、はぃ。

 内心では、空想の内容や思想よりも、話の見せ方や構成の仕方、小説の書き方がずっと問題かもしれない、と思っていたりします。

 感想など、たくさん聞かせていただければ幸いです。よろしくお願いします。

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