観測中
ヘリオポーズでの観測は、予測された通りに、いや予測された以上の、もとい予測さえ不可能な程の、未曾有の発見の連続だった。
太陽風や太陽磁場の影響は確実に弱まり、銀河の潮流が怒涛のように押し寄せてきていることが、観測機器に頼らなくても船体の震えやきしみで知覚できるほどだった。
一番最初に観測されたのは、やはり宇宙放射線であるGCRだった。しかも、今まで地球上、いや太陽系内では太陽風の影響で、一切観測することが出来なかった『超高エネルギー宇宙線(UHECR)』を検出したのだ。超高エネルギー宇宙線が持つエネルギーは驚くべきもので、観測機器をいかれさせるには十分な程のものだった。
探査チームは色めき立った。特に探査チームのモリは、興奮を抑え切れない感じで観測機器にかじり付いていた。
「これは凄い発見だ」
「ゾクゾクと震えていますよ」
「早く、そして詳しく分析したくて、身体中がウズウズしてますねぇ」
しかし、エンジニアチームは辟易としていた。観測する度に観測装置がオーバーフローして壊れてしまうのだった。チーフエンジニアのダイスが船長に「観測する度に壊れやがる。何とかならないのものか」と訴えたほどだった。
そして、電磁ネットで補足した星間物質にも様々な発見があった。
L型しかないと思われていたアミノ酸群にD型が発見されたり、各種元素の同位体に新しい組成が加わったり、地球上、いや太陽系内では見付かっていない構造の分子や、どういうプロセスを経るとこんな構造になるのだろうという、実に不可解で興味深い物質がおびただしいほど量で発見されたのだった。
「全観測機器をフル稼働させていますが、観測する項目以上のデータが採集されている状況で、それだけで精一杯です。分析している時間は全く無いです」
探査チームは、データの収集だけに集中する方針に転換せざるを得なかった。それ程に化学の世界を塗り替える物質が、ヘリオポーズには目白押しで存在していたのだった。
太陽系の外側、つまり銀河の潮流は『何でも有り』の世界だった。我々の手では作れないモノを意図も簡単に、しかも高エネルギーの状態で存在していたのだ。この凄さ、素晴らしさは観測チームを十分に魅了した。
しかし、この凄さや素晴らしさは、我々にとっては『諸刃の剣』であった。数々の大発見に酔いしれて、その時に起こり始めていた、その後に続く悲劇に、ランナウェイズのクルーは誰も気が付こうとはしなかった、いや気が付けなかったのであった。