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悪役令嬢の公開処刑ダンジョン配信が始まりましたが、高笑いしていたら同接百万になっていました 〜施しは受けませんわ!と怒るたびに投げ銭が増えるのですけれど〜

作者: 富益 啓
掲載日:2026/10/12

:始まった

:悪役令嬢の公開処刑配信と聞いて

:泣け泣けw

:ざまぁwww


 目の前の宙に、半透明の文字板が浮かんでおりました。

 白い文字が、下から上へ。どれもこれも、わたくしを嘲る言葉ばかり。

 隅には「同時視聴 12」の数字。そしてその横で、わたくしの顔ほどもある水晶球が、ふわふわと浮かんでいます。


 ――配信水晶。


 王国中の民が娯楽として楽しむ、魔導配信の神器ですわ。冒険者が迷宮(ダンジョン)に潜る様子を中継し、民はそれを家の受信水晶で眺めて、一喜一憂するのです。


 その水晶が、いま。

 嘆きの大迷宮の入り口に立つ、このわたくし――ベアトリクス・ヴァン・ローゼンハイムを、映しているのです。


 わたくしは、手にした黒い鉄扇をぱちんと開き、口元に当てました。

 そして、迷宮の湿った空気を、胸いっぱいに吸い込んで。


「おーっほっほっほっほ!」


 高らかに、笑ってさしあげました。


:!?

:え、なんで笑ってんの

:ついに壊れたか


 壊れてなどおりませんわ。失礼な。

 これは、ローゼンハイム家の娘としての、ごく当たり前の作法ですのよ。


:で、いつ泣くの?

:荷物それだけ?


 わたくしの持ち物は、鉄扇と、旅行用のトランクがひとつきり。

 迷宮送りの罪人に許されるのは、身の回りの品をひとつだけ。迷わず、このトランクを選びました。

 留め金を外し、配信水晶にもよく見えるよう、蓋を開けてさしあげます。


 白磁のティーポット。揃いのカップとソーサーが一客。銀のティースプーン。それから、小さな缶が三つ。


:ティーセットで草

:食料は!?

:死ぬ気か?


「当然ですわ。ローゼンハイムの淑女たるもの、どこにいようと午後三時にはお茶をいただきますの」


:てか中身ごと「ひとつ」扱いなのずるくない?


「規則には『品をひとつ』としか書いてございませんもの。トランクは、ひとつですわ」


:法の抜け穴を突く悪役令嬢

:じゃあその扇子は?


「扇は装いの一部ですわ。ドレスと同じく」


 入口の衛兵の方も、ただの扇だと思っておられましたし。


 それから、先ほどから気になっていたことを、水晶に尋ねてみました。


「――皆様がおっしゃっている『草』とは、なんですの? このあたりには、苔くらいしか生えておりませんけれど」


:草

:草

:そういうとこだぞ


 ……まったく、わけがわかりませんわ。


 そもそも、わたくしがなぜ、こんなところで見世物になっているのかと申しますと。


 事の起こりは、昨夜。

 王立学園の、卒業記念パーティーの席でしたわ。


「ベアトリクス・ヴァン・ローゼンハイム! 貴様との婚約を、今この場をもって破棄する!」


 シャンデリアの下、楽団の演奏を遮って響いたのは、わたくしの婚約者――いえ、元婚約者となった、第一王子アルベルト殿下のお声でした。

 殿下の腕には、ふわふわした桃色の髪の、小柄な少女がしがみついております。

 男爵令嬢、リリアナ・ハニーベル様。

 癒やしの魔法が使えるとかで、殿下のお口添えにより、王家から神殿へ聖女候補として推挙されている方ですわ。


「貴様はリリアナを妬み、陰で数々の嫌がらせを行った! 教科書を破り、ドレスにワインをかけ、あまつさえ階段から突き落とした! 証拠は揃っている!」

「アルベルト様ぁ……わたし、怖かったですぅ……」


 リリアナ様が、殿下の胸に顔を埋めて、肩を震わせます。

 震えているのは肩だけで、こちらに向けた横目は、笑いをまったくこらえきれておりませんでしたけれど。


 会場中の視線が、わたくしに突き刺さりました。

 ひそひそと交わされる声が、耳に届きます。


 ――やっぱり。

 ――あのお顔だもの。

 ――いつも怒っていらっしゃるし。


 ……怒ってなどおりませんわ。生まれつき、こういう目つきなだけですわ。

 金色の縦ロールも、真紅のドレスも、背筋を伸ばして顎を引く立ち姿も。すべて十年間の王妃教育で、「未来の王妃にふさわしく」と叩き込まれたもの。

 それがいつの間にか、「悪役令嬢」と呼ばれるようになっていたのです。


「よって貴様には、『迷宮送り』の刑を言い渡す!」


 会場が、どよめきました。

 迷宮送り。罪人を嘆きの大迷宮に放り込み、「最下層の宝珠を持ち帰れば罪を赦す」とする、古い古い刑罰です。

 全百層の大迷宮を踏破した者は、建国以来ひとりもおりません。

 要するに、遠回しな死刑ですわね。


「それだけではないぞ。貴様の惨めな姿は、配信水晶で王国中に晒してやる! 泣き叫び、許しを乞い、魔物に食われるさまを、民の娯楽として差し出すがいい! 貴様を応援する者など、この国にはひとりもおらぬ!」


 殿下は勝ち誇ったお顔で、そうおっしゃいました。

 あいにく、国王陛下とわたくしの父ローゼンハイム公爵は、そろって隣国へ外遊中。殿下は陛下の名代として、この場の全権をお持ちです。

 外遊先へ知らせを送る間もない、翌朝の執行。……ずいぶんと、お急ぎでしたこと。

 会場を見回しても、わたくしを庇ってくださる方は、ひとりもおりませんでした。


 ですから、わたくしは。

 ぱちん、と鉄扇を開いて。


「おーっほっほっほ! 承りましたわ、殿下!」


 ――笑って、さしあげたのです。


 泣いてなど、さしあげるものですか。

 ローゼンハイムの娘は、人前で涙を見せない。それが、亡き母と交わした、たったひとつの約束でしたから。


 ――そうして、わたくしは今、ここにおります。


 トランクを提げ直し、わたくしは迷宮の闇へと、一歩を踏み出しました。


   ◇


 嘆きの大迷宮、第一層。

 壁に生えた光苔のおかげで、足元はうっすらと明るい。

 かつん、かつん、と。わたくしのヒールの音だけが、石畳の通路に響きます。


:ヒールで迷宮入るやつ初めて見た

:着替えくらい許してやれよ王子


「ドレスは淑女の戦装束ですわ。お気になさらず」


 答えながら、少し不思議な気持ちになりました。

 この文字板、こちらから話しかけると、ちゃんと返事が返ってくるのですね。王国の民と、こうして直接言葉を交わすなんて――生まれて初めてかもしれません。


 そのとき。

 通路の先の暗がりに、ぎらりと光る目が、いくつも浮かび上がりました。


「ギギッ」

「ギャッ、ギャギャッ」


 緑色の肌。尖った耳。錆びた短剣。

 ゴブリンですわ。数は……七匹。


:はい終了

:泣き叫ぶとこ来るぞ


 文字板の隅の数字が、12から318に跳ね上がりました。

 皆様、わたくしが泣くところをご覧になりたいのでしょうね。


 お生憎さま。


 トランクを壁際に下ろし、鉄扇をぱちんと閉じて、その先端をゴブリンたちに突きつけます。


「跪(ひざまず)きなさい、下等生物!」


「ギッ……?」


 ゴブリンたちが、一瞬ひるみます。

 ええ、ええ。わかりますわ。この目つきで睨まれると、学園の同級生の皆様も、だいたいああいうお顔をなさいましたもの。


「どなたの許しを得て、わたくしの通り道に立っておりますの? その錆びた刃物、手入れもしていないのが一目でわかりますわよ。不潔! 不衛生! 破傷風になったらどうしてくださいますの!」


:罵倒が具体的すぎる

:ゴブリンに衛生指導するな


「ギャアアッ!」


 逆上した一匹が、飛びかかってまいりました。

 半歩だけ身を引いて、その額に鉄扇を振り下ろします。


 ――ごいん。


 鈍い音。ゴブリンは白目をむいて、床に転がりました。


:ごいんって言った

:え、扇子だよな?


「鉄扇ですわ。重さは淑女の秘密ですけれど、そこそこございましてよ」


 残りの六匹が、一斉に襲いかかってまいります。

 ですが、慌てることはございません。


「ゴブリンは群れで動きますけれど、その動きはすべて、群れの長の指示に従っておりますの。長はたいてい、いちばん後ろで、いちばん大きな声で鳴いている個体。つまり――」


 飛びかかってくる二匹の間を、するりと抜けて。

 群れの最後尾で「ギャギャッ」と叫んでいた、頭ひとつ大きなゴブリンの脳天に。


「――あなたですわね!」


 ごいいいん。


 長が倒れた瞬間、残りのゴブリンたちは顔を見合わせ、蜘蛛の子を散らすように逃げていきました。


「ちなみに、ゴブリンの長は耳の先に小さな切れ込みがございますの。群れの中で序列を争った名残ですわ。それから、ゴブリンの短剣はたいてい迷宮で倒れた冒険者からの拾い物ですので、刃に古い血が残っていることが多くて、つまり先ほども申しましたとおり破傷風の危険が――」


:急に早口になった

:魔物オタクか?

:え、普通に強くね?

:罵倒もっとください


 ……はい?


「なぜ、罵倒をご所望になるの?」


:ご褒美なので


「……下等生物の皆様のおっしゃることは、よくわかりませんわね」


:ありがとうございます!

:ありがとうございます!!


 なんなのでしょう、この方々。


 そのときでした。

 文字板に、それまでとは違う、金色に縁取られた文字が流れたのです。


【祝福】王都のおじさん 銀貨1枚『よい罵倒であった』


:初祝福おめ

:おじさん口調古いな


 祝福。知っておりますわ。配信を見ている民が、神殿を通じて、配信者に銀貨や金貨を投げる仕組み。

 つまり、これは――。


「施し、ですわね?」


 わたくしは、ぴしゃりと鉄扇を閉じました。


「ローゼンハイムの娘は、施しは受けませんわ! お返しいたします! ……どうやって返すんですの、これ!」


:返し方わからなくて草

:怒られた、ありがとうございます


【祝福】王都のおじさん 銀貨3枚『うむ。その意気やよし』

【祝福】名無しの見守り人 銀貨1枚『怒られたい』


「ですから、増やさないでくださいまし!」


 怒鳴りながら、首をかしげました。

 なんだか、体がぽかぽかと温かいのです。お腹の底から、じんわりと力が湧いてくるような。


「……体が熱いですわ。きっと、怒りで血が滾(たぎ)っているのですわね。まったく、はしたない」


:かわいい

王都のおじさん:ふむ。その熱、怒りではないやもしれぬぞ


「怒りですわ!」


 まったく、調子が狂いますわ。

 咳払いをひとつ。トランクを提げ直して、先へ進むことにいたしました。


 王妃教育の一環として、わたくしは迷宮学と魔物学を叩き込まれております。

 陛下のご方針で、「王妃たる者、国の資源である迷宮のことも知っておかねばならぬ」とのことでしたわ。十年分の教本の中身は、一字一句、頭に入っております。


 しばらく進むと、通路の先の石畳に、妙なところがございました。


「皆様、あそこの床をご覧になって。継ぎ目の苔が、あの一枚だけ剥がれておりますでしょう。下が空洞で、湿気がこもらないからですわ。つまり――」


 足元の小石を拾って、ひょいと放り投げます。

 かつん、と石が当たった瞬間。石畳がぱかりと口を開け、その下に、錆びた槍の穂先がずらりと並んでいるのが見えました。


:うわ、落とし穴

:苔で見分けるの初めて知った


「迷宮学の教本、第二巻の三十七頁ですわ。王立学園の必修科目ですのよ」


:王子も同じ授業受けてたはずでは


「ええ。殿下も、同じ授業を受けておられましたわ」


 受けておられた、だけですけれど。

 殿下はその授業の大半を、お昼寝で過ごしておられましたもの。毎回わたくしが肩を揺すって起こしてさしあげて、毎回「うるさい」と叱られておりましたわ。


:王子www

:それでよく迷宮送りとか思いついたな


 気づけば、同時視聴は1,024になっておりました。


   ◇


 第三層まで下りたところで、悲鳴が聞こえてまいりました。


「うわああっ! ミーナ、ルカ、下がれ!」

「ト、トムくん……ルカくんの解毒魔法が、効かないの……!」


 通路の先の広間で、三人の少年少女が壁際に追い詰められております。

 真新しい革鎧に、刃こぼれひとつない剣。杖を握りしめた魔法使いの少女に、聖印を下げた僧侶の少年。どう見ても、冒険者になりたての新人ですわね。

 取り囲んでいるのは、子牛ほどもある黒い蜘蛛が三匹。


:迷宮大蜘蛛だ、麻痺毒持ち

:罪人だし見捨てるだろ


 剣士の少年の腕には、すでに紫色の噛み跡。毒が回り始めているのでしょう、剣を握る手が小刻みに震えています。


 ……はあ。


 ため息をひとつ。

 トランクを床に置き、鉄扇を開いて、わたくしは広間に足を踏み入れました。


「そこの蜘蛛。わたくしの通り道を塞ぐとは、いい度胸ですわね」


:行ったwww

:通り道(広間のど真ん中)


 蜘蛛たちが一斉に振り向き、八つの目でわたくしを睨みます。

 ええ、睨み合いでしたら、わたくしの得意分野ですわ。


「迷宮大蜘蛛。麻痺毒の牙と、粘つく糸を持つ第三層の捕食者。ただし――」


 一匹目が、糸を吐きました。開いた鉄扇で受け止め、くるりと巻き取ります。


「火に、とても弱いんですの」


 鉄扇の先に、小さな炎を灯しました。

 糸を伝って炎が走り、蜘蛛の口元で、ぼうっと燃え上がります。


「ローゼンハイム家相伝の火魔法、薔薇火葬(ローゼン・フランメ)。……の、ほんの火種ですけれど」


 火に巻かれた一匹目が転げ回り、残りの二匹も炎を恐れて後ずさります。

 鉄扇をひと振り。蜘蛛たちを炎の輪で囲い、奥の通路に面した一角だけを空けてさしあげると、三匹はただひとつの逃げ道へ、我先にと逃げ去っていきました。


:火魔法使えるんかい

:ゴブリンには使わなかったのなんで?


「ゴブリン相手に魔力を使うなんて、もったいないでしょう? 迷宮は長丁場ですのよ」


:計画的

:有能お嬢


 わたくしは、壁際にへたり込んだ三人の前に立ちました。

 剣士の少年――トム、と呼ばれておりましたわね――が、震える唇で何か言おうとしております。


「あ、ありがとう、ございます……あの、あなたは……」

「お黙りなさい」


 ドレスの隠しポケットから小瓶を取り出し、少年に放り投げます。


「迷宮大蜘蛛の毒は、見習いの解毒魔法では消えませんの。解毒薬ですわ。さっさとお飲みなさい」

「えっ、でも、これ……」

「勘違いなさらないで。あなた方がわたくしの通り道に転がっていて、邪魔だっただけですわ。わたくしは毒など効きませんから、そんなもの要りませんの」


 嘘ですわ。わたくし、毒は普通に効きます。

 けれど、迷宮送りの罪人から薬を恵んでもらった、などと知られたら、この子たちが妙な目で見られてしまいますもの。


:ツンデレだ

:お嬢それ最後の一本では?

:てか持ち物ひとつだけじゃなかったの?


「隠しポケットは、ドレスの一部ですわ」


:またその理屈

:取り出したあと、ポケットぺたんこだったぞ


 ……見られておりました。


「それと、ツンデレとは、なんですの?」


:お嬢のことだよ


「わたくしのことを、わたくしの知らない言葉で呼ばないでくださいまし!」


 解毒薬を飲んだ少年の顔に、みるみる血の気が戻っていきます。

 魔法使いの少女――ミーナさんが、目を潤ませて、わたくしのドレスの裾をつかみました。


「お、お姉さま……!」

「誰がお姉さまですの。さあ、地上へお帰りなさい。三層からの帰り道は、右の通路を二つ目で左。光苔の多いほうを選べば、魔物にはほとんど出会いませんわ」

「は、はいっ! このご恩は一生忘れません!」

「忘れなさい!」


 三人は何度も振り返って頭を下げながら、通路の向こうへ消えていきました。


【祝福】娘が心配な父 金貨10枚『ベアちゃん! 無理しないで!』

【祝福】娘が心配な父 金貨10枚『ベアちゃん! ベアちゃん!』

【祝福】娘が心配な父 金貨10枚『パパもすぐ帰るからね!』


:ベアちゃんwww

:金貨10枚を三連投って何者

:父……公爵閣下!?


「お父様!?」


 間違いございません。わたくしを「ベアちゃん」などと呼ぶお方は、この世にひとりしかおりませんわ。


「お父様、何をなさっておりますの!? 公爵家の財を、このようなことにお使いにならないでくださいまし!」


【祝福】娘が心配な父 金貨10枚『ごめんね!』


「ですから!」


:父も怒られて喜んでる

:血筋か?


 ……まったく。

 外遊先から、ご覧になっていたのですね。


 ほんの少しだけ、目の奥が熱くなりました。

 きっと、迷宮の空気が乾いているせいですわ。


 そしてまた、体がぽかぽかと。

 今日のわたくしは、少々怒りっぽいようです。


   ◇


 第五層の小部屋で、わたくしは足を止めました。


「三時ですわ」


:まさか

:ほんとにやるの?


 迷宮の中に、時計などございません。けれど、十年間の王妃教育のおかげで、わたくしの体はお茶の時間を正確に覚えております。


 トランクを開け、ティーセットを並べます。

 お湯は、ポットに汲んだ迷宮の湧き水を、魔法でじかに温めて。白磁は、直火にかけると割れてしまいますもの。浄化の魔法陣も三重にかけましたので、王宮の井戸水より清潔ですわ。


:魔力節約どこ行った


「お茶は別勘定ですわ」


 お茶請けには、壁際に生えていた青いキノコを、いくつか。それから、三つの缶のうちのひとつ――岩塩の缶を開け、その蓋に、湧き水で塩水を張ります。


迷宮ギルド職員:あの、それ迷宮青傘茸です。毒があるので、ギルドでは食用不可に指定しています


 あら、詳しい方がいらっしゃいますのね。


「ええ、生では食べられませんわ。けれど、毒は傘の裏のひだにしかございませんの。ひだを丁寧に取り除いて、塩水に浸けて、弱火で炙れば――」


 ぱちぱちと香ばしい音がして、キノコから甘い香りが立ちのぼります。


「――迷宮でいちばん美味しい、お茶請けになりますのよ」


迷宮ギルド職員:待ってください、それ図鑑に載ってない調理法です。今メモしてます

:王妃教育ってそんなことまで教えるの?


「いいえ、これは王妃教育ではございませんわ。十年前の飢饉の折、ローゼンハイム領の民が山の洞窟で採って食べていたものですの。当時の記録は、すべて読みましたから」


:領民の記録を全部読む悪役令嬢とは

迷宮ギルド職員:ギルドの図鑑、ローゼンハイム領の記録で書き直したほうがいいかもしれません


 炙ったキノコをソーサーに並べ、紅茶を注いで、背筋を伸ばし、カップを口元へ。

 迷宮の湿った空気の中に、ベルガモットの香りが、ふわりと広がりました。


 ……悪くありませんわ。


:迷宮でアフタヌーンティーしてる人初めて見た

:画面の中だけ王宮

:俺も紅茶淹れてくる


【祝福】王都のおじさん 金貨1枚『よい茶会であるな。王都まで、あと二刻ほどである』

王都のおじさん:ところで、その配信水晶。もとは勇者の遠征を支えるために、神殿が作った神器であることは知っておるか


「存じませんわ。教本には載っておりませんでしたもの。……それより、施しは! 受けませんわ!」


:恒例行事

:おじさん王都にいなかったのかよ

:てか何者? 詳しすぎない?


 同時視聴は、いつの間にか12,480。


:ひよこ団から来ました

:さっきの新人パーティがギルドで「お姉さまに命を救われた」って大騒ぎしてる

:ギルドの酒場の受信水晶、全部この配信になってる


「ひよこ団?」


:さっきの三人組のパーティ名


「……なんと気の抜けたお名前ですこと。せめて『暁の剣』くらいになさればよろしいのに」


:ネーミングにダメ出し始まった


 そうして、わたくしが二杯目の紅茶を飲み干す頃には。

 数字は、108,000を超えておりました。


   ◇


 第七層へ続く階段を下りていたときのことです。


 ぶうん、と。文字板の右上に、小さな四角い窓が開きました。

 映し出されたのは、見覚えのある金髪と、見覚えのある――ひどく引きつった、お顔。


『ベアトリクス!』


「あら、殿下。ごきげんよう」


 スカートの裾をつまみ、階段の途中で優雅に一礼いたします。


:王子きた

:顔真っ赤で草


迷宮ギルド職員:対の水晶ですね。監督官が配信を見たり、割り込んで指示を出したりするための水晶です


 なるほど。殿下は王城から、ずっとご覧になっていたというわけですのね。


『なぜだ……なぜ泣かぬ! なぜ跪いて許しを乞わぬ! なぜ迷宮で紅茶など飲んでいる!』


「三時でしたので」


『そういう話をしているのではない!』


:それはそう

:王子の気持ちもちょっとわかる


『ええい、民よ、騙されるな! この女は、心優しき聖女リリアナを虐げた悪女なのだぞ! ――リリアナ、こちらへ!』


 小窓の中に、桃色の髪が割り込んでまいりました。

 リリアナ様は大きな瞳にいっぱいの涙を浮かべ、水晶に向かって両手を組みます。


『み、皆様……聞いてください……。わたし、ベアトリクス様に、ひどいことをたくさんされたんです……』


 ぽろり、と。完璧な角度で、涙がひと粒。

 さすがですわ。学園の演劇部が、何度も勧誘に来ていただけのことはございます。


『先月の十日……放課後、教室に戻ったら、わたしの教科書が、ずたずたに破かれていて……。ベアトリクス様がわたしの机のそばにいるのを見たって、みんなが……』


学園司書:先月の十日でしたら、ベアトリクス様は授業が終わってすぐから閉館まで、図書館で迷宮学の古文書を読んでおられました。閲覧記録も残っております


『……え?』


:司書さんきた

:閲覧記録は強い


『ち、違うの、教科書は、その……そう、ドレス! 夜会で、ドレスにワインをかけられて……!』


裁縫部部長:あのドレス、うちの部室で直したんですけど、ワインの染みが内側からついてました

:内側からwww


『か、階段! 先月の二十日の放課後、中央階段で突き落とされたんです! ほんとうに、怖くて……!』


魔法学教師:二十日の放課後でしたら、ベアトリクス嬢は私の補講を受けておりました。殿下が欠席された回の補講です

:王子の補講をなんでお嬢が受けてるんだよ


「殿下の代わりに、ノートを取っておりましたの。ついでに、殿下の分の課題も」


:課題まで代筆!?

:婚約者の宿題をやってる悪役令嬢とは


『よ、余計なことを言うな!』


:否定しないんだ

:俺その日、中央階段でリリアナ嬢が三段目からぴょんって飛び降りて「きゃー」って言ってるの見たわ

:三段目www


『う、うそ……うそよ、みんな、うそをついて……』


:聖女(自称)

:もう涙が乾いてる


 小窓の中で、リリアナ様のお顔が、みるみる真っ赤に。

 その横で、殿下のお顔は、みるみる真っ青に。

 赤と青が並んで、なんだか国旗のようですわね。


:国旗で草

:お嬢の例えが辛辣


 あら。声に出ておりましたかしら。


『ええい、黙れ! 黙れ黙れ! こんなもの、こんなもの――!』


 殿下が、ばさりと何かを振りかぶりました。どうやら、テーブルクロスのようですわ。


『もう見たくもない!』


 ばさっ。


 小窓が、真っ暗になりました。


:布かぶせただけで草

:あれ? 右下に「音声:接続中」って出てるけど


 確かに、真っ暗になった小窓の隅には、小さく「音声:接続中」の文字が光っておりました。

 ……あら。

 わたくしは鉄扇を開いて、そっと口元を隠しました。


迷宮ギルド職員:あっ

迷宮ギルド職員:いえ、なんでもないです


:今「あっ」って言った?

:見なかったことにしよう


【祝福】王都のおじさん 金貨1枚『……ほう』


 なんだか、空気がひやりとした気がいたしました。

 迷宮の深い層に、下りてきたせいでしょうね。きっと。


   ◇


 第十層。

 見上げるほど大きな石の扉の前で、わたくしは足を止めました。


:第十層の主の部屋だ

:ベテランのパーティでも全滅したやつ

:お嬢、引き返せ

:迷宮送りだから引き返せないんだよ


迷宮ギルド職員:嘆きの牛魔王。ミノタウロス種の上位個体です。咆哮で相手の「希望」を削り、魔力を枯らします。……孤独な者ほど、よく効くと言われています


 孤独な者ほど。

 鉄扇を握る手に、そっと力を込めました。


「存じておりますわ。迷宮学の教本、第四巻の百十二頁に載っておりましたもの」


 扉に手を触れると、石の扉はひとりでに、重々しく開いていきました。

 まるで、招き入れるように。


 そこは、王宮の大広間よりも広い、円形の部屋でした。

 天井は見えないほど高く、壁際には、かつての挑戦者たちのものと思われる錆びた鎧が、いくつも転がっております。


 そして、部屋の中央に。

 牛の頭に、人の体。わたくしの背丈の三倍はある巨体が、巨大な戦斧を床に突き立てて、座っておりました。


 嘆きの牛魔王。


 赤く濁った双眸が、ゆっくりとこちらを向きます。


 わたくしはトランクを扉の脇にそっと置き、一礼いたしました。


「ごきげんよう。少々、通らせていただきますわ」


 牛魔王は、答えの代わりに、立ち上がりました。


 ――ずん。


 床が、揺れる。


「薔薇火葬(ローゼン・フランメ)!」


 真紅の炎を、牛魔王の顔めがけて放ちました。

 毛皮に炎が通らないことは、承知の上。狙いは目くらまし。炎の陰で、間合いを詰めるつもりでした。


:でかい炎!

:いけるか!?


 けれど、炎の中から、戦斧が振り下ろされました。


 とっさに鉄扇で受け流します。腕が痺れるほどの衝撃。わたくしの体は木の葉のように吹き飛ばされ、石の床を転がりました。


「っ……!」


 炎が晴れると、牛魔王は毛先が少し焦げた程度で、平然と立っておりました。


:効いてない

:お嬢! 立って!


「……教本どおり、耐火の毛皮ですわね。目くらましにすらなりませんか」


 身を起こし、牛魔王を見上げます。

 教本によれば、弱点は二本の角の付け根。そこだけは毛皮が薄く、炎が通るはず。

 けれど、薄い毛皮を焼き抜くには、扇の先を付け根に押し当てて、炎を一点に注ぐほかございません。わたくしの背丈の三倍の高さにある、あの角まで――どうやって。


:角狙えって攻略本に書いてあった

:届かないだろあれ

:はしご持ってこい


「はしごはございませんわね。でしたら――」


 壁際に転がる錆びた鎧を足場に、ドレスの裾を翻して跳び上がりました。

 横薙ぎに振るわれた戦斧の柄を蹴って、さらに上へ。


:跳んだ!?

:ヒールで!?


 角の付け根が、目の前に。

 鉄扇に、ありったけの炎を――。


 その瞬間でした。

 牛魔王が天を仰ぎ、大きく口を開いたのは。


『――ヴォオオオオオオオオオオオオオッ!!』


 咆哮が、部屋中に響き渡ります。


 耳を塞いでも、意味がありませんでした。その声は、耳ではなく、胸の奥に直接届くのです。


 ――ひとりぼっちだ。

 ――お前を庇う者など、誰もいない。

 ――十年尽くした婚約者にも捨てられた。

 ――学園の誰も、お前の言葉を信じなかった。


 ずるり、と。空中で、体から力が抜けていきました。

 受け身も取れずに、石の床へ叩きつけられます。

 鉄扇の先に火を灯そうとしても、ぷすん、と細い煙が上がるだけ。魔力が、枯れていく。


 ……ああ。

 そう、ですわね。


 あの夜会の広間で、わたくしを庇ってくださる方は、ひとりもおりませんでした。

 目つきが悪いから。口調がきついから。いつも怒っているように見えるから。

 誰も、わたくしの話を聞こうとは、してくださらなかった。


 起き上がろうとしても、膝をつくのが精一杯でした。


 牛魔王が、ゆっくりと戦斧を振り上げます。


 目の端で、文字板が揺れておりました。

 白い文字が、滝のように流れていきます。

 それなのに、不思議と、ひとつひとつが読めるのです。想いの強い言葉ほど、文字板に長く留まるのかもしれません。


:お嬢!!

:立て!

:負けるな!!

:ひとりじゃない!

:俺たちが見てる!


 ……なにを。

 なにを、おっしゃっているの。この方々は。


迷宮ギルド職員:ベアトリクス様! おじさんの勇者の神器の話で思い出しました! ギルドの古い記録です!

迷宮ギルド職員:講習では「祝福で少し調子が上がる」としか習いません。でも勇者の時代には、受け取る側が心を開けば、祝福がそのまま戦う力になったって!

迷宮ギルド職員:体が熱かったのは怒りじゃありません、祝福です! 「施し」だと拒んでいるうちは、ほんの少ししか届かないんです!

:施しじゃない! 応援だ!

:受け取れお嬢!!


 ……祝福。

 あの、ぽかぽかと温かい感じは。

 怒りで血が滾っていたのでは、なくて。


【祝福】ひよこ団 銅貨3枚『お姉さまがんばって!!』

【祝福】学園司書 銀貨5枚『図書館でお待ちしております』

【祝福】迷宮ギルド職員 銀貨10枚『キノコの調理法、まだ全部聞いてません!』

【祝福】娘が心配な父 金貨100枚『ベアちゃん!!!』

【祝福】王都のおじさん 金貨100枚『負けるでないぞ』

【祝福】名無しの見守り人 銅貨5枚『お小遣い全部』

【祝福】名無しの見守り人 銀貨2枚『隣国から応援してます』

【祝福】名無しの見守り人 金貨1枚『帝国からも見てるぞ』


 金色の文字が、文字板を埋め尽くしていきました。

 数えきれないほどの、名前と、言葉。


 ひよこ団の皆さん。司書さん。ギルドの職員さん。お父様。それから、名前も知らない、たくさんの方々。


 ――ああ。

 ひとりでは、なかったのですね。


 胸の奥で、固く結ばれていた何かが、するりとほどけていきました。

 代わりに、熱いものが、体の底から湧き上がってまいります。今度こそ、はっきりとわかりました。これは、怒りなどではございません。


 文字板の隅の数字が、目に映ります。


 ――1,000,000。


:同接100万!?

:なんか光ってる!?

迷宮ギルド職員:同接百万の祝福なんて、王国史上、前例がありません!


 振り下ろされた戦斧を、わたくしは。


 ――片手の鉄扇で、受け止めておりました。


『ヴォ……?』


 牛魔王の赤い目が、初めて揺らぎました。


 受け止めた戦斧を、扇のひと振りで弾き返します。牛魔王が、たたらを踏んで後ずさりました。


 わたくしは、ゆっくりと立ち上がります。

 ドレスの裾を払い、乱れた縦ロールを指先で整え、背筋を伸ばして、顎を引いて。

 十年間、叩き込まれてきた、王妃の立ち姿で。


「――よろしくてよ」


 鉄扇を、ぱちんと開きます。


「皆様の応援、このベアトリクス・ヴァン・ローゼンハイムが、確かに受け取りましたわ」


 扇の先に、炎が灯りました。

 先ほどまでの真紅ではございません。目も眩むほどの、黄金の炎。


「民に見守られて膝をつく公爵令嬢が、どこにおりますの」


 息を吸い込みます。胸いっぱいに。

 そして――。


「おーっほっほっほっほっほっほっ!」


 薔薇火葬(ローゼン・フランメ)。


 黄金の薔薇が、部屋いっぱいに咲き誇りました。

 幾千、幾万の花びらが炎となって渦を巻き、牛魔王の巨体を、天井の見えない闇の彼方まで押し上げて、包み込んで――。


 光が収まったとき。

 部屋の中央には、焦げた戦斧が一本、突き立っているだけでした。


:…………

:勝った

:勝ったああああああ!!

:高笑いで勝った

:高笑いで泣くとは思わなかった

:切り抜き確定

:推しになった


 わたくしは鉄扇を閉じて、文字板を見上げました。


「……切り抜き? 推し?」


:そこは気にしなくていい


「皆様のおっしゃることは、相変わらず、よくわかりませんわね」


 けれど、なぜでしょう。

 今は、それが少しも嫌ではありませんでした。


   ◇


 牛魔王の部屋の隅で、わたくしは壁に背を預けて、ひと息ついておりました。

 祝福のおかげか、傷はほとんど塞がっています。……ドレスの裾は、少々焦げてしまいましたけれど。


:お疲れ様

:とりあえず紅茶飲んで


「そうですわね。三時ではございませんけれど、今日は特別に――」


 扉の脇に置いておいたトランクを、取りに立ち上がろうとした、そのときでした。


 ずっと真っ暗なままだった、文字板の右上の小窓から。

 がちゃり、と。扉の開く音が、聞こえてまいりました。


『――まったく、なんなのよ! 司書も教師も、みんなあの女の味方して!』


 ……リリアナ様の、お声です。

 けれど、先ほどまでの、あの儚げな涙声ではございません。


:あっ

:小窓から音


『落ち着け、リリアナ。どうせ今ごろ、牛魔王の餌になっているさ。布をかけてやったから、もう何も見えん』

『見えなくていいのよ、あんな女。どうせ死ぬんだから』


:王子、音入ってますよ

:切り忘れ助かる

迷宮ギルド職員:対の水晶は、布をかけても映像が隠れるだけで、音声は切れません。切るには、水晶に手を当てて「閉じよ」と唱える必要があります

迷宮ギルド職員:監督官の講習で、最初に習うやつです

:寝てたんじゃね?


 ええ、たぶん寝ておられましたわ。迷宮学の授業でも、そうでしたもの。


迷宮ギルド職員:いえ、寝てたんじゃありません。殿下は名代の権限で、講習そのものを免除させてるんです。ギルドに届いた監督官任命の告示に、そう書いてありました

:もっと悪い

:講習すっぽかして監督官やってるのかよ


:お嬢、教えてあげないの?


 わたくしは、少しだけ考えました。


「……他人様のお話に横から口を挟むのは、はしたないことですもの」


:黙って聞く気だ

:淑女の作法(悪用)


 ええ。わたくし、悪役令嬢ですもの。


『それにしても、あの司書や教師ども……余計なことを。証拠はすべて完璧に揃えたというのに』

『ほんとよ。教科書もワインも階段も、ぜーんぶわたしの名演技だったのに。ねえ、アルベルト様?』

『ああ、見事だった。おかげで父上の留守のうちに、あの女を裁けた。罪人を出した家となれば、公爵領の鉱山は王家預かりにできる。そうなれば、鉱山の利権も――』


:全部言った

:鉱山の利権目当てかよ

:記録水晶に保存した

:そういえば、おじさんの書き込み、急に止まったな

:これ何人が聞いてるの?


 文字板の隅の数字は、1,203,511。

 王都の人口を、ゆうに超える数ですわね。


:証人の数がおかしい

:しかもこの王子、祝福が配信者の力になるのも知らないで晒し配信つけたんだよな

:「貴様を応援する者など、この国にはひとりもおらぬ!」(同接120万)

迷宮ギルド職員:それも講習で習うやつです。受けていれば、ですけど

:受けてないんだよなあ


 ……つまり殿下は、わたくしを晒し者にするおつもりで、わたくしに百万の味方をつけてくださった、というわけですのね。

 お礼を申し上げるべきかしら。


『ふふっ。あの女さえいなくなれば、わたしが王妃ね。ああ、楽しみ――』


 ――ばぁん!


 小窓の向こうで、扉が、壊れんばかりの勢いで開け放たれました。


『アルベルト!!』


 低く、重く、とてつもない怒りに満ちたお声。

 わたくしは、そのお声を存じておりました。十年間、王妃教育の折に、何度も励ましの言葉をかけてくださった、あの――。


『ち、父上……!? なぜ、ここに……外遊中では……!』

『今朝、宿を発つ折に、配信の触れを見てな。帰りの馬車の中から、ローゼンハイム公と並んで、ずっと見ておったわ。城に着いたとたん、配信からそなたらの声が聞こえてきたのでな。……廊下を走ったのは、三十年ぶりだ』


 ばさり、と。

 小窓の暗闇が晴れました。どなたかが、水晶にかぶせられていた布を取り払ったのです。


 映し出されたのは、白い髭をたくわえた、威厳あるお顔。

 エーデルシュタイン国王、ハインリヒ三世陛下。


 陛下は水晶に向かって、まっすぐに、わたくしをご覧になりました。


『ベアトリクス嬢。……よい罵倒であった』


:その台詞

:王都のおじさん!?!?


王都のおじさん:余である


:余であるwwwww

:水晶に詳しかったのそういうことか

:最初の祝福、陛下だったのか


 ……わたくしも、思わず鉄扇を取り落としそうになりました。

 その陛下に向かって、「施しは受けませんわ」と、何度怒鳴ってしまったことでしょう。


『すぐにでも止めたかったがな。迷宮送りは、門をくぐれば宝珠なくして戻れぬ定め。止めることは、すなわち裁きを覆すことだ。王が証もなく名代の裁きを覆せば、王権の私物化になる』


 陛下は、傍らの殿下へ、ちらりと目を向けられました。


『司書らの証言はあった。だが、文字板の名乗りは誰にでも騙れる。名代自身の口から出る言葉が要った。王が肩入れしたと知れれば、それもまた証を濁す。……ゆえに、名もなき「おじさん」として見守るほかなかったのだ』


 陛下はそこで、少しだけ目尻を下げられました。


『――まあ、半分は、そなたの戦いぶりに見入っておったのだがな』


 陛下の肩越しに、もうひとつ、見覚えのあるお顔が覗きました。

 目を真っ赤に泣き腫らした、わたくしのお父様です。


『ベアちゃん……! よかった、よかったよお……!』

「お父様、人前ですわよ!」


:公爵閣下も号泣してる

:いい家族だな


 陛下は咳払いをひとつなさると、お顔を引き締めて、王子と聖女のほうへ向き直られました。


『第一王子アルベルト。余の名代でありながら、私欲のために罪なき者を陥れたこと、百二十万の耳がしかと聞いた。本日をもって、そなたの王位継承権を剥奪する』

『そ、そんな……父上……!』

『男爵令嬢リリアナ・ハニーベル。偽りの証言で公爵令嬢を陥れた罪により、王家からの聖女推挙を取り消す』

『い、いやあああっ!』

『そして、二人には――』


 陛下は、ほんの少しだけ、口の端を持ち上げられました。


『「迷宮送り」の刑を言い渡す。無論、配信水晶付きでな』


:ざまぁwwww

:同じ刑で草

:自分で考えた晒し刑で晒される王子


 小窓の奥から、二人の悲鳴が重なって聞こえてまいりました。

 陛下はそれを意にも介さず、今度は文字板のほうへ、ちらりと目を向けられます。


『それから、民よ。記録水晶への保存、大儀であった。証拠として、のちほど王城へ提出するように』


:はい!

:切り抜き班、陛下公認


『ベアトリクス嬢。この愚か者どもに、何か申したいことはあるか』


 陛下が身を引かれると、小窓の中に、青ざめた殿下と、お化粧の崩れたリリアナ様のお顔が並びました。

 今度の涙は、どうやら本物のようですわね。


 わたくしは鉄扇をぱちんと開いて、口元に当てました。


「殿下。迷宮学の教本、第一巻の一頁目を覚えておいでかしら」

『な、なにを……』

「『迷宮に入る前に、まず己の道具の使い方を確かめよ』ですわ。配信水晶も、対の水晶も、ね」


:ぐうの音も出ない

:一頁目から寝てたのか


「それから、ゴブリンの長は耳の先に切れ込みがございます。群れのいちばん後ろで、いちばん大きな声で鳴いている個体ですわ。……お二人とも、くれぐれも、お昼寝などなさいませんように」


 そして、胸いっぱいに息を吸って。


「おーっほっほっほっほ!」


:これが聞きたかった

:最高の悪役令嬢

:ゴブリン対策まで教えてあげるの優しい


   ◇


『さて、ベアトリクス嬢』


 陛下が、改めてわたくしに向き直られました。


『そなたの罪は、すべて晴れた。すぐに迎えの騎士団を向かわせよう。王都に戻り、名誉を回復したうえで――そうだな、望むなら、第二王子との婚約も』


「お断りいたしますわ」


:即答www

:第二王子かわいそう


 陛下が、目をぱちくりとさせておられます。


「勘違いなさらないでくださいまし、陛下。刑は取り消されても、昨夜『承りました』と申し上げた言葉は、取り消せませんもの」


『しかし――』


「それに」


 わたくしは、文字板を見上げました。

 そこには今も、たくさんの言葉が流れております。


:お嬢、帰っちゃうの?

:もっと見たい


「見守ってくださる皆様に、まだ、最後までお見せしておりませんもの」


 嘆きの大迷宮、全百層。最下層の宝珠を手にした者は、建国以来、ひとりもおりません。

 ――それを、このわたくしが成し遂げる姿を。

 昨夜、誰ひとり信じてくださらなかったわたくしを、画面の向こうから信じてくださった、この方々に。


「最下層の宝珠を持ち帰って、正面から堂々と、帰ってさしあげますわ。……それに、正直に申し上げますと」


 少しだけ、声を落とします。


「ここのほうが、王宮よりも、ずっと息がしやすいんですの」


:お嬢……

:一生ついていく

:あと九十層あるんだが

:九十層ぶん見られるってこと!?

:……お嬢、ちょっと泣いてない?


「泣いておりません」


 ローゼンハイムの娘は、人前で涙を見せない。母との約束ですもの。

 ですから、これは――。


「迷宮の空気が、乾いているせいですわ」


:迷宮、さっき湿ってるって自分で言ってたよね

:そういうことにしておく


 陛下はしばらく黙っておられましたが、やがて、深々と頷かれました。


『……あいわかった。ならば、王として命じる。必ず、生きて帰れ』


「ええ。もちろんですわ」


『ベアちゃん! パパも今から迷宮に――』

「いらっしゃらないでくださいまし。お父様には、領地のお仕事がございますでしょう」

『そんなあ……』


:公爵閣下しょんぼりしてる

:でも祝福は投げるんだろうな


【祝福】娘が心配な父 金貨100枚『毎日見てるからね!』


「……ええ。存じておりますわ」


【祝福】王都のおじさん 金貨100枚『これは施しではない。応援である』


「――ありがたく、頂戴いたしますわ」


:受け取った!

:成長してる

:陛下うれしそう


   ◇


 それから、一週間後。


 嘆きの大迷宮、第二十三層。

 わたくしの配信は、今日も続いております。


:お嬢おはよう

:ひよこ団、正式に「暁の剣」に改名したってよ

:ギルドの図鑑の迷宮青傘茸の項に「ローゼンハイム式の調理法あり(検証中)」って追記された


「……あら。どちらも、悪くありませんわね」


 同時視聴は、朝から八十万。

 切り抜き、というものもたくさん作られているそうで、「お嬢の高笑い百連発」なるものが、王都の子どもたちの間で流行っているのだとか。

 ……淑女の作法を、遊びにしないでいただきたいものですわ。


 さて。

 安全地帯で三時のお茶をいただきながら、わたくしは、もうひとつの水晶を眺めておりました。

 陛下から賜った、連絡用の小さな受信水晶です。迎えをお断りした代わりに、騎士団の方が第十層まで届けてくださいました。……もっぱら、別の用途に使っておりますけれど。


 映っているのは、嘆きの大迷宮、第一層。

 薄暗い通路で、泥まみれの金髪の青年と、桃色の髪の少女が、半泣きで身を寄せ合っておりました。


『な、なぜだ! なぜ誰も見ていない! 祝福はどうした!』

『ひとつも来ないじゃない! どうするのよ、アルベルト様!』

『僕に聞くな!』


 画面の奥には、ぎらりと光る目が、十四。……つまり、七匹ですわね。

 錆びた短剣を手にしたゴブリンたちが、二人ににじり寄っております。


『み、耳だ! 耳に切れ込みのある奴を探せ! あの女がそう言っていた!』

『暗くて見えないわよ!』


 ……あら。今回は、お昼寝せずに聞いておいででしたのね。


「皆様も、ご覧になりませんこと?」


 自分の配信水晶に向かって、尋ねてみました。


:いや、いい

:お嬢見てるほうが楽しい

:それより今日のお茶請けは?


 ……でしょうね。


 ちなみに、あちらの配信の同時視聴は――3。

 初日こそ数十万の方が詰めかけたそうですけれど、一週間、第一層から一歩も進まずに言い争いばかりでは、皆様が飽きてしまわれるのも無理はございませんわね。


 残った三人のうち、一人は、たぶん監督官を務めておられる陛下。もう一人は、たぶん記録係のギルド職員さん。

 そして、最後の一人は。


 わたくしはティーカップをソーサーに置き、受信水晶の文字板に、そっと指を触れました。

 祝福の残高は、この一週間で、公爵家の年収をとうに超えております。


 ですから、ほんのひとかけら。


【祝福】ベアトリクス 銅貨1枚『施しですわ』

ベアトリクス:おーっほっほっほっほ!

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徹頭荼毘ブレてない、お見事。
感動した!
おーっほっほっほっほ!(おもしろかったです!) おーっほっほっほっほ!(お嬢の「応援を受け入れる」という心境の変化に心温まりました) おーっほっほっほっほ!(お嬢のおかげで、この国の外交官、話のネタに…
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