47.大斧を穿つ、その三本の矢
『おや!我々が食べ終わったのを待って居たかのように、ヤマトとナデシコ陣営に動きがありました!』
俺達も桶を用意していた。そこに張ったのは冷たい水。
火を止めたばかりの蓋をしたままの鍋持ち上げをそこに下ろす、ジューっと水蒸気があがる。
一人が鍋を冷やす間に、もう一人が別の桶を準備、シャーロットさんは力仕事以外の手伝いを行ってくれている。
『あれでは中身の料理まで冷めてしまいますが、どいいう意図なのでしょうか?』
それが狙いさ。
ぬるくなった桶を別の桶に交換、水蒸気はもうあがらない。
しかし、鍋の中では急激な温度変化は続いている。煮物に味がしみるのは、温度変化の過程で起こる。
これは、具材に味を染みこませる手段だ。
三つの課題、甘さはタマネギ、コクはすりおろしたジャガイモ、染み込みは鍋の冷却。
これが俺達の『異世界』の肉じゃがに対する答えだ。
アーテナイの大斧に対抗するのは三本の矢。果てして届くのか。
「いよいよ仕上げね」
冷却した時間は15分、残り5分は再び火に掛ける。
これは、口に入れたときに暖かい方が心地いいからだ。
残り1分、蓋を開ける。舞い上がる蒸気と、甘塩っぱい食欲を誘うその香り。
少量を小皿に取り、3人で味見。
「ヤマトくん、ナデシコちゃん……これ…!」
「ええ、これなら、自信を持って出せるわ!」
「ああ、完成だ…!」
この味が、アーテナイの肉、『ラケル焼き』に勝るのか。あとは審判に委ねよう。
しかし、ナデシコも言ったように、俺達はこの一皿を自信を持って出す。
『そこまで!ヤマトとナデシコ陣営は、調理を終了し、取り分けをお願いします!』
『見たことの無い調味料を使った料理、とても楽しみですね』
取り分けが終わった。途中でナデシコが、
「なんか給食みたいね」
などと言った時には場違いに笑いそうになったが、盛り付けも終わった。
欲を言えば、『インゲン』などもあれば良かったのだが、こちらも見つからず残念。
予め30人分ではなく、50人分ほどの分量で作っている。
残りは、お世話になった酒屋の爺さんドワーフや、豆を売ってた腕相撲女ドワーフに贈る予定だ。
そして、審査員では無いが、一番食べて貰いたいのが一人。
『さあ!審査員席、招待観覧席にも行き渡りました!実食致しましょう!お二人とも!料理名を!』
『…正直、いい辛いわね。ヤマトよろしく』
『仕方ないな。「ラケル煮」だ。まさか、被るとは、な……。とにかく』
『『召し上がれ!』』
これは厳密には『肉じゃが』ではないし、この名前は二人で決めて、シャーロットさんにもいいのではと言われていた。
なので、アーテナイが発表した時は頭を抱える思いだった。
ちなみにアーテナイは、発表の瞬間にニヤリと笑った。違う、そこまで喧嘩を売りに行ってない。
『はい、アーテナイの分。食べるでしょ?』
『もちろんさ。アンタらもアタシの肉、持っていきな!シャ……仮面の達人の分もね』
自重できて偉いぞ。アーテナイが呼んだ事で誤解が強固になった気がするが、本名バレよりましだろう。
ちなみに隣の仮面の達人はしゃがんでしまった。
気の毒な、誰がこんなことを。
正義の怒りに震えた結果、シャーロットさんから顔をそらしていると、ナデシコが帰って来た。
一旦、拡声器をオフにした。
………さっきの料理交換の下りもオフにすれば良かったのでは…?
俺は隣が怖くてあえて言わなかった。
「ただいまー」
「おう、お帰り…ってナデシコ、バイキングで取ってきた帰りみたいになってるぞ」
その手には一人分の皿が一つと、二人前ほど乗った皿が二つ。
「ヤマトもこれ位食べるじゃない」
「審査待ちなのに、本気食いの量を持ってくるんじゃありません」
「はーい」
皿を配り終わったナデシコと食べ始める。シャーロットさんもちびちび食べてる。
噛むほどに肉汁溢れ、咀嚼の度に香りが鼻を抜ける。
塩味は、調理中に流した汗を取り戻すように、身体に染みる。
あっという間に肉が消えていく。ああ、それにしても……
「「…米、食いてぇ……」」
半端に米の存在を知った故の弊害だった。もし今、転移特典を選べますよ、などと言われたら、お米、と言ってしまうかも知れない。
「それにしても、審査員が静かね…」
「アメリアちゃんは、自分の切ったジャガイモを見つけて喜んだり、おいしー、って言ってるけどな」
無限に聞いて居られる、観客もほっこりだ。
しかし、アメリアちゃんの感想会だけでは放送事故だ。
「………無理もないわ。だって、言葉が見つからないもの…。アーテナイ様のは、お店の串焼きの延長線上の味だけど、この煮物は初めての味なの。だから、みんな感想を考えているのだと思うわ」
さすが達人。そして、その読みは当たっていた。口火を切ったのは、自称ドワーフ一の弁舌家。
『…う、旨い!しかし、この甘塩っぱいさ、香り、初めてです!肉も、芋も、この薄いタマネギにまで味が染み込み、それぞれを肴に出来ます!いえ、汁でも一杯行けます!』
どうしても酒の肴が基準らしいドワーフの言葉。コスパがいいのか悪いのか。
『肉だけを比べると、アーテナイ様に比べれば迫力不足…。でも、この野菜の美味しさ。三つの具材の組み合わせが絶妙だね』
『そうね。芋と肉、タマネギと芋、肉とタマネギ、それぞれの組み合わせで口の中が変化するわ。特に私は芋が好きよ。芋を潰して汁に浸してと他の具材を一緒にたべるの』
『……リニーが、素直に…!?』
『…うるさいわね、ベン』
リニーがデレる旨さ、キャッチコピーが決まったな。一生使わないけど。
『……この料理に使われた調味料、どちらも植物ですね。ですが、この味わいは未知の物です。組み合わせの妙と言いますか、肉と合わせても野菜が負けていません。むしろ、肉の旨みを吸収して自身の味としています。ですが、それだけ無く肉もまた、野菜の甘み、芋の風味を身に纏っている。……まるで、支え合っているように………なんと表現すればいいのでしょう、この味わいを…』
シェーヌは、言葉に迷っているようだ、食べる手を止め考え初めてしまった。
そこまで、考察されるとは思わなかった。胃痛の原因を垣間見た気がする。
『?……優しい味ってこと?』
『それです!!…おっと、失礼しました。それです、まさに言いたかったことは』
アメリアちゃんの一言につい大きな声が出てしまったシェーヌ。
アメリアちゃんは一瞬びっくりした様だが、すぐに皿に意識を戻した。
リアクションを取りながらだからか、いつもより食べるのに時間が掛かっている。
『……二つ聞かせな』
アーテナイが発言する。目線は真っ直ぐ俺達に向いていて皿はすでに空だ。
『一つ、準備には魔力を使ったのに調理に魔法を使わなかった理由。
二つ、この材料はラケルで買えるもので出来てる。
アンタらはもっと凄いものを出せた筈だよ。例えば、祭りの出店の他の都市の商品を使うとかね。
……なんで使わなかったんだい?』
一つ目はともかく、二つ目の質問はアーテナイの聞きたいことは別だ。
アーテナイには俺達が『異世界』の食材を僅かであるが使えることを話している。
なのに、俺達は一切使わなかった。『異世界』の料理で勝負に出たにもかかわらずだ。
……手加減しやがったのか?
瞳はそう言っている。苛立ちの様で、少しだけ悲しげだ。
気持ちは分かる。全力の勝負に手を抜かれる苛立ちと寂しさは、俺達はよく知っている。
ナデシコと頷き合う。
俺達は隠すつもりだった事を話すと決めた。




